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テレワークをしていると、ついついデスク近くに置いてあるマンガを読み始めてしまったり、ベッドに横になってしまったりする経験はないだろうか。そしてオフィス勤務時代の「同僚や上司が常に近くにいる」という環境と比べるとどうも生産性が落ちているような気分に陥ったことはないだろうか。
今回のインタビューで「その考えは誤りではないか」と指摘する石倉秀明氏が取締役CRO(Chief Remotework Officer)を務めるキャスター社は、コロナ禍以前から800人以上に上るほぼ全員がテレワークを実施しており(2021年4月時点。うち雇用社員約350名)、47都道府県、16カ国にメンバーがいるが、同じチームでも一度も顔を合わせることなく業務をすることも珍しくないという。同氏はその環境下での働き方や社員マネジメントについても積極的に情報発信をしてきた人物だ。
テレワークの急速な普及によって「仕事をするのはオフィスのみ」という固定観念が強制的に取り払われ、多くの人の中で「仕事とは何をどうすることなのか」という問いが浮かんだと思うが、改めてその「本質」はどこにあるかをうかがった。
石倉秀明
株式会社キャスター取締役CRO(Chief Remotework Officer)
2014年の創業以来、ほぼ全員がフルリモートワークを実施。現在は800名以上のメンバーが47都道府県、16ヶ国に在住。 著書に『会社には行かない 6年やってわかった普通の人こそ評価されるリモートワークという働き方』『コミュ力なんていらない 人間関係がラクになる空気を読まない仕事術』『これからのマネジャーは邪魔をしない。』、FNN系列『Live News α』にコメンテーターとして出演中。
聞き手・構成・文:神保勇揮
自宅よりもオフィスの方が集中できない?
石倉秀明氏
―― 石倉さんは普段、どんな環境で働かれているんですか?
石倉:以前はカフェやコワーキングスペースなどで仕事をすることもありましたが、コロナ禍が加速してからはほぼ自宅で仕事をしています。リビングダイニングの隣に子どもが遊ぶ部屋があって、その端っこにテーブルと椅子を置き、ノートパソコンとモニターだけ用意してやっているという感じです。
―― キャスターはほぼ全員がテレワークですし、石倉さんもガッツリと環境を整えているのかなと思っていました。
石倉:そんなに世間で言われるほどガッツリ環境を整えたりはしていないですね。ただ、オフィスで勤務している人でも、いい椅子で心地良い感じで働ける環境ではなく、何となく机とノートパソコンがあって個人用モニターは無し、というケースの方が多いんじゃないですか?
―― 確かにそうだと思います。
石倉:その時はここまで「働く環境が良くないといけない」と言われなかったのに、在宅勤務になると何故急にそういった意見が出てくるのか僕は不思議だったんです。
―― 僕は去年まで1Kの部屋に住んでいて、去年4月の緊急事態宣言までは週1回の会議がある日だけ出社していたんですが、やっぱりオフィスは良いな、仕事が捗るなと思うことが結構ありました。
石倉:それはさっき言ったように、オフィスの方が良い椅子を置いていたりするからじゃないですか?
―― それは確かにあると思います。これほど大々的に在宅勤務することは考慮していなかったので、そこまで高い家具も買わなかったですし。
石倉:「世界で一番集中できる場所」というコンセプトのコワーキングスペース、Think Labが行った調査では、人が集中状態に入るためには平均23分が必要で、にも関わらずオフィスでは平均11分に1回、誰かに話しかけられたりメール、チャットが来たりして、むしろ一番集中しづらい環境だということを指摘しています。
これは僕もそうだなと思っていて、集中力があるから捗るんじゃなくて、作業を続けてやっていることで集中力が出てくるだろうと思っているんです。とにかく何か手を付けるというのはすごく大事だと思います。何よりもまず始めちゃう。そして、正直僕はオフィスにいる時よりも自宅の方が確実に仕事が捗っているなと感じているんです。
―― それはどういうことでしょうか?
石倉:仕事ができているというのは「やらなきゃいけないタスク」「考えなきゃいけないこと」にちゃんと時間を割けるという意味ですね。オフィスにいると話しかけられたりとか、周りの人が何をしているのが気になったりというのもありますし、ミーティングの連続で結局席にいられないことが多いので、それに比べたら全然できているかなと。
なので「自宅だと集中できない」という人は、オフィスの場合と測って比較したというよりも、もう少し肌感覚的な意味合いで言っていませんか、と思ってしまうんです。
―― 自宅だとゲームやマンガ、いつでも横になれるベッドなど、誘惑が多いように感じることもあります。
石倉:ただ、オフィスでも仲のいい同僚から話しかけられて「ちょっとコーヒーでも飲みに行こうよ」と誘われて30分ぐらい小休止することも多くないですか? 誘惑の種類が違うだけだと思いますし、それはそれで良いリフレッシュになって仕事のアイデアが浮かぶこともあります。
そして究極的には「集中できたかどうか」よりも「仕事が正確かつ終わったかどうか」の方が大事じゃないですか。集中できようができまいが、それがちゃんと終わっているためにどうしたらいいかを、みんなもっと考えるべきだと思うんです。
―― そうですね。完全に正論ですね、それは。
「テレワークで生産性が下がった」の「生産性」って何?
石倉氏がテレワークに関して考え、実践してきたことを記した『会社には行かない 6年やってわかった普通の人こそ評価されるリモートワークという働き方』
石倉:よく「仕事のモチベーションを上げるためにはどうすればいいか」みたいな話がありますけど、僕は「モチベーション最低のタイミングでもパフォーマンスを発揮するためにはどうすればいいか」を考えるんです。
―― 個人的かつ恥ずかしい話なんですが、正直なところ僕は在宅勤務に移行してから自分の生産性が下がってしまっているような気がするんです。
石倉:それは具体的にどういうことですか?
―― 僕の編集者・記者という仕事で言うと、取材をして記事を公開する本数が減ってしまっているなと。コロナ禍でイベントが減って外出する機会も減ってしまいましたし、イベントなどが減ると外部からの「これを記事にしませんか?」という持ち込み企画も減ってしまうということもあります。
石倉:それは業務効率と生産性の話を混同してしまっている気がしますね。生産性は厳密に言うと、何かの作業によって生み出した付加価値のことじゃないですか。
単純化すると、例えば「あなたはこの1カ月でいくら付加価値を出しましたか?」という質問になるんですが、多くの人は答えられないと思うんですよね。
―― はい。
石倉:そして「それがテレワークになってなぜ、どのように下がったんですか?」という質問にも同じように答えにくい。生産性というよりは、みんなは業務効率の話をしているんだと思うんですね。
コミュニケーションが慣れないテキストベースになりましたとか、例えば記事の企画をするという時に、いろんな人と会って話すインスピレーションの中から企画が生まれてきますというタイプだったとして、「偶然に人と接触する機会が今は少ないよね」というのが原因で生まれなくなりました、というのが原因かもしれないじゃないですか。
そうすると「このコロナ禍で企画を生むために、いろんな人と話をする機会を増やすには何をどうすればいいんだろう」と考えるべきだと思っていて、具体的に何に困っているのかとか、何が変わったのかをちゃんとみんな自分で自覚していないんだと思うんです。なので「生産性が」「環境が」みたいな抽象的な話で終わっちゃっているという。
―― 自分でもそこが言語化できていないんだろうなというのは感じます。
石倉:なので僕は「テレワークで生産性がうんぬんかんぬん」という議論は的外れだと思っているんですよ。その人の能力はオフィスでも自宅でも大きく変わるわけじゃないですよね。なのにアウトプットを生み出した量が変わってしまう。
だとすると、それは場所の問題じゃなくて業務フローの問題だったりとか、仕事の仕方を変えないといけないとか、そういう具体的な課題として言語化していかなきゃいけないと思うんです。
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