相次ぐ元生徒からの告発
『Philip Roth: The Biography』に掲載されたフィリップ・ロスが関係を持った女性にまつわる写真
ベイリーは1990年代にニューオリンズのラシャー・スクールの国語教師をしていた。ラシャーは天賦の才がある中学から高校生を対象にした「マグネットスクール」である。複数の元生徒たちの証言によると、彼は12歳から14歳の女子中学生に対して理解がある指導者のふりをして接近し、その子が自分にとって特別な存在であると思い込ませ、性的な質問やジョークをして手なづけていく「グルーミング」を行った。そして、それらの少女が学校を卒業した後でも親しい関係を取り続け、彼女たちが18歳(性行為が「法的レイプ(statutory rape)」とみなされない年齢)になった時に2人きりになる機会を設けて性交渉を持った。
これらのメディアの取材で複数の生徒がベイリーと性交渉を持ったことを告白し、1人は途中で逃げたことを語った。また、ベイリーの元生徒イヴ・クロフォード・ペイトンは実名で彼からレイプされたことを訴えた。それに対してベイリーは「役には立たないことかもしれないが、問題となっていることが起こった夜には君は8年生(中学3年生)ではなかった。君は20代で僕は30代(になったばかり)、念のために言うと僕は君が8年生の時には君に魅了されていなかったし、その女子が自分の学生だった時には誰にも手をつけていない」とEメールで答えている。同じく元生徒のカリン・ブレアもレイプを訴えている。別の記事には、ベイリーがブレアのイヤーブック(学年終了ごとに作る卒業アルバムのようなもの)に書き込んだメモも掲載されている。
ベイリーの元生徒たちの話で一致していたのは、教師のベイリーが女子生徒たちと「気があるようなやり取りを交わし、恋愛について告白するように促し、彼女たちがまだ高校生の時に小説『ロリータ』を読むよう命じた」というパターンだ。成人男性が少女に『ロリータ』が崇高な恋愛を描いた小説だと思い込ませて同様のロマンスを演じさせようとするパターンがアリソン・ウッドの体験を語った回想録『Being Lolita』とあまりにも酷似しているために、ウッドもベイリーに教わったのかと思って確かめたほどだ(結局は別人だったのだが、それほどこういうタイプの教師は多いのかもしれない)。
ベイリーのレイプを告発しているのは元生徒だけではない。出版業界で役職についているヴァレンシア・ライスは、知人の書評家の家に泊まっている時にベイリーにレイプされた。それが起こったのは2015年のことで、ライスは周囲の身近な人に打ち明けただけで公には沈黙を守っていた。けれども、#MeTooムーブメントに勇気づけられ、2018年にベイリーの作品を出版していたノートン社のリードヘッド社長と『ニューヨーク・タイムズ』紙にレイプがあったことを伝えた。しかし、リードヘッドからの返答はなく、かわりにベイリーから「私はいかなる形でも同意がないセックスはしたことがない」「私には私を敬愛して頼っている妻と年若い娘がいる」「あなたの良識に訴えかける」と自分の評判を守るために徹底的に戦う姿勢のEメールが届いた。リードヘッドは、ライスの訴えに誠実に対応するかわりに、訴えを加害者に転送したのだ。その出来事で弱気になったライスは『ニューヨーク・タイムズ』紙からの取材に応えなかった。
2018年にライスの告発を無視してベイリーを守ったノートン社がその態度を続けることができなくなったのは、ベイリーの元生徒たちの告発があったからだろう。しかも、被害者が次々と名乗りを上げているからこれ以上無視すると社の信頼に関わる。
次ページ:#MeTooムーブメントが巻き起こすビジネス環境の変化