誤解の多い行動経済学
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著者のパナジーたちがこの本で訴えたかったことは、「やってみるまでわからないから実験をしよう」「人間が行動する理由は様々なので、実際にやってみないとわからない」ということだ。「人間は複雑な要因で行動するので、事前の予測はしばしば外れる。実験をしよう」というのが行動経済学のコアだ。
ところが、研究者のノーベル賞受賞などで注目されたことで、本質から外れる要素が独り歩きする現状を招いている。「やらないとわからない」という本質の部分は結果のレポートだけで理解するのが難しい概念だ。いち実験の結果にすぎない「なにかオマケをつけるのが大事」といった考え方が行動経済学だと誤解されるに至っている。何かしら行動を促進するきっかけ(行動経済学では「ナッジ」と呼ぶ)をつけるのはいいアイデアだが、試してもみないうちから「ナッジをつければうまくいく」と決めつけるのは、むしろ何も知らない人よりも、行動経済学の考えから離れている。
政策における実験と失敗の必要性
新型コロナウイルス渦の日本で、まさに多くに人が行動変容を求められている。そして行政は結果を出す必要がある。だが一方で事前予測の後すぐに大規模実施にかかることから、予想とまったく違う効果を出している政策が多い。本来はこういう難局では、小規模かつ失敗の方が多い社会実験を何度も繰り返しながら大きな政策につなげていくべきである。今回の新型コロナ対策で飲食店他の営業自粛要請のような行動変容を促す政策、Go Toキャンペーンのような経済振興策が行われている。またプラスティックバッグの有料化なども行動変容を促す政策だろう。
そして、多くの政策で効果が疑問視されている。こうした政策の検討時に、シミュレーションや意見交換のあと、小規模な実験を行い、結果をフィードバックするプロセスは行われていただろうか。
また、人間はずっと同じでなく、変わる。三度目の緊急事態宣言に対する反応が1回目と同じではないだろう。実験は一度やって終わりになるものではない。「人間は変わる」「みんなそれぞれの考えがあって動いている。他人が意図したとおりには動かない」というのが政策検討時のコアであるべきだ。
そのためにはどのような対象であっても実験が重要だということについて、社会と政治両方の理解が進む必要がある。
『貧乏人の経済学』ほか行動経済学の名著の数々は、そうした科学的な思考の重要性を僕らに伝えてくれる本でもある。