ITEM | 2021/04/21

「技能実習制度の闇」と「アナーキーな不良外国人」を同時突撃ルポする労作【安田峰俊『「低度」外国人材 移民焼き畑国家、日本』】


本多カツヒロ
ライター
1977年神奈川県生まれ、東京都育ち。都内の私大理工学部を経てニートになる。31歳の時に...

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構造的な「搾取」を解決できないから「脱走者」が跡を絶たない

Photo By Shutterstock

本書の中心的な関心は、技能実習生の約55%を占めるベトナム人技能実習生や偽装留学生だ。著者の安田氏は、中国問題に詳しく、『八九六四 天安門事件は再び起きるか』で2018年大宅壮一ノンフィクション賞を受賞したルポライター。なぜ、中国問題の専門家がベトナム人技能実習生にスポットライトを当てたのか。

それは日本に出稼ぎに来る外国人が中国人からベトナム人へと置き換わり、外国人技能実習生の国籍別人数もベトナム人が中国人に取って代わり1位になったからだという。それに付随するように、「一昔前までは在日中国人によって担われていたポジションが、ベトナム人に入れ替わりつつある現象に興味を覚えたから」(P.81)だという。

中国人に取って代わり、増加する在日ベトナム人技能実習生や偽装留学生が直面する社会問題とは一体何なのか。安田氏は2点を指摘している。

ひとつは、「彼らの多くが従事している労働環境の過酷さや構造的な中間搾取、低賃金、それらを苦にした逃亡などだ。これらは主に、技能実習制度や留学制度をはじめとした日本の外国人労働制度の欠陥や、日本社会の企業組織や労働現場のありかたに主たる原因がある」(p80)。

上記のような搾取されるかわいそうな技能実習生たちや偽装留学生はマスメディアで報じられることが多い。本書からひとつ例をあげると、ベトナム人留学生のルンだ。

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「ルンが入学した日本語学校は特に悪質だった。学校側は地元の業者と提携し、言葉ができない外国人留学生を最低賃金レベルで働ける労働者として斡旋さえしている」(P.89)

「授業が終わると、手配されたバスで職場に連れて行かれます。バスは有料で片道300円くらい。職場での給料は出るけれど、学費も寮費も高いから手元に残らない」(P.89)とルンは証言する。ルンは来日するために、留学エージェントに150万円ほどを支払ったという。

技能実習生の多くは、出国前に本国のブローカーと送り出し機関に多額の金銭を支払うために、借金をして来日する。その額は、60~150万円にものぼるという。日本にいる間は監理団体が見張っており、勤務先に問題があっても容易に職場変更はできない(なので「脱走」が有効な打開策になりえてしまう)。その中で低賃金、かつ重労働、長時間労働を課されている。本書に登場するハーというベトナム人技能実習生の女性の平均月給は7万円だった上に、勤務していた会社の社長から飲み会に呼ばれ、マッサージを要求されるセクハラ被害にも遭っていたという。

ただし、だからといってそのような環境に全員が絶望し、失踪するわけではない。そうした待遇に納得している技能実習生もいる。また、技能実習生を雇用する企業は、マスメディアで報道されるような悪徳企業ばかりもないともいう。

「かわいそうな経緯を持つ人の悪事」に何を思うか

もうひとつの問題は、「不良化した留学生や逃亡した技能実習生らによる犯罪の増加」(P80)だという。

不法滞在者や日本語学校からドロップアウトしたベトナム人偽装留学生たちは、SNSのなかでも特にFacebookを利用し、兵士という意味を持つ「ボドイ」を名乗り、コミュニティを形成しているという。かれらは、どんな犯罪に手を染めるのか。

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「中国人犯罪者の場合、カードや公文書の偽造、詐欺、売春、窃盗などさまざまな犯罪を行う傾向があるが、ベトナム人の『ボドイ』たちの犯罪は窃盗が圧倒的に多い」(P.82)

盗んだ商品は、SNSを通じて買い取り屋や運び屋を経由し、ベトナム国内で流通するという。

たとえば、昨年10月、違法に豚を解体したとして、と畜場法違反の疑いでベトナム人男性4人が逮捕された。北関東で相次いだ家畜の盗難被害に関与した疑いとも報道された。主犯格は「豚を盗んだ“群馬の兄貴”」と言われる人物。この人物についても本書ではその素性を追っている。本書によれば、この人物は日本の専門学校卒業後、「技術・人文知識・国際業務ビザ」を取得していたという。

安田氏は本書の冒頭で、このような在日外国人に関する報道や論考で多い3つの傾向を指摘している。ひとつは「かわいそう型」で、搾取される外国人労働者のかわいそうな事例を集めた報道。2つ目は「データ集積型」。外国人労働者に関する数値などでレポート的な情報を提示する。3つ目が「叩き出せ型」。上記のような不良化した留学生や逃亡した技能実習生ら外国人の増加に対して、読者の排外主義感情を刺激するもの。

特に3つ目の排外主義的な考え方は、外国人住民の増加を犯罪や治安の悪化と結びつける。2000年代以降に広がったと言われている。

かれらは、確かに過酷な労働環境や低賃金、中間搾取の被害者ではある。しかし、安田氏が取材をすすめていくと、すべての人が上記の「かわいそう型」に当てはまるわけではないと指摘する。

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「彼ら彼女らは驚くほど怠惰であったり、みずから望んでボドイになったり、逆に被搾取としての『喰われる』立場から『喰う』立場に回ろうとすることも多々あるからだ。(中略)技能実習生や偽装留学生・ボドイの問題は、いざ調べ始めると関係者が全員「ろくでもない」という構図に直面する」(p.147)

例えば本書では、ベトナムの送り出し機関に、安田氏自らが乗り込み、技能実習生が預けていた違法であるはずの保証金を取り戻すべく対決する映画さながらのエピソードが出てくる。しかし、この技能実習生はエージェントに怒りをぶつけることをせずフワフワした受け答えに終始する。そして案の定交渉が失敗に終わってからその謝罪や後悔もなく安田氏に「これからも自分を支援してほしい」と告げる。本書はこうした事例を通じて「搾取されるヤツが悪い」と結論づける内容では決してないが、このような視点はマスメディアに多い「かわいそう型」の報道では、決して知ることができない。本書でも登場するように多くの技能実習生やボドイを取材した経験があるからこそだ。

だからといって、排外主義的な論調に目を向けても、日本の非熟練労働市場は実質的にこうした外国人労働者がいなければ成り立たないだろう。

日本人にだって、いい人もいれば悪人もいる、怠惰な人もいれば、勤勉な人もいる。ベトナム人であろうが、どこの国の出身であろうが、社会は様々な人々で構成され、白か黒かと単純には語れないことを多くの人は頭では認識しているだろうが、数々の理不尽に直面した時に人は何を思うのか。安田氏が最終的にどう感じたのかは本書を読んでほしい。


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