モヤモヤを抱える多くのサラリーマンの背中を押したい
大手広告代理店に勤務しながら、リーマントラベラー、休み方研究家として活動する東松寛文氏。
―― その弾丸旅行で一気に視野が広がったわけですね。その後、渡航回数を重ねながら、どんな経緯で“リーマントラベラー”の活動に至りましたか?
東松:予想以上の気づきを思わぬかたちで得てしまい、その原体験が今も僕を突き動かしています。以来、2013年から毎年年間8回くらい海外に行きまくっていたのですが、だんだんモヤモヤするようになりました。
会社の中で同じくらい好きになれるものが見出せず、それではいけない。会社の中でやりたいことを絶対見つけなければと思っていました。
でも、会社にいる時間が8時間だとしたら、1日の3分の2は社外にいるわけです。となると、自分がやりたいことがかならず会社の中で見つかるかどうかはわかりません。だって俯瞰で見たら、会社にいる時間は僕の生活の33%しかないわけです。
そこであらためて僕がなぜ旅が好きかなのか考えました。短く限られた時間の中で旅行するので、絶対に元を取ろうとします。とくに1人で行くと、基本的に自分のやりたくないことはしません。だからこそ1人旅は自分の好きなことがあぶり出されるんですよ。
旅行の醍醐味として、絶景や世界遺産めぐりはありがちですが、僕の場合、ガイドブックには載っていない、現地の人が集う市場やレストランなどで、地元の人の暮らしをこの目で見たい気持ちが強くあります。日本では知らなかった生き方を知りたくて、海外に行ってはそれを集めていることを自覚しました。
海外を見ていろんな選択肢を知ってしまったからこそ、今の生き方にモヤモヤが起きるようになりました。逆にいえば、サラリーマンしか知らなければそんな悩みはなかったでしょう。
でも、悩めることはすごく素敵なことで、サラリーマンももちろん選択肢のひとつです。多くの人は、サラリーマンとしての生き方しか知らないからモヤモヤしたり悩んだりしているのではないでしょうか。
僕自身、普通に社会のレールに乗って進学し、新卒で大企業に就職していて社畜的な身だからこそ、これはみんなにも知ってほしいなと思いました。
あくまで僕は旅人ではなく、サラリーマン。でも、旅が好きなサラリーマンもたくさんいるので、このライフスタイルに共感してくれる人も多いのではと思ったのです。そこで2016年から会社に勤務しながら“リーマントラベラー”を名乗り、SNSなどを通じてさまざまな発信をするようになりました。
組織に属する以上は、副業の「根回し」は不可欠
―― “リーマントラベラー”の活動に対する会社の反応はいかがでしたか?
東松:最初はなかなか理解が得られませんでしたね。興味深いのは、当初、部署が近ければ近いほどアレルギー反応がありましたが、遠ければ遠いほど「面白いね」という反応でしたね。
プライベートで旅をする分には、特に有休を消費するわけでもないし、ハレーションはなかったのですが、そこから発信するとなると、完全に組織のレールから逸脱した行動になるわけです。
もちろん、それは予想していて不安もあったので、実はリーマントラベラーを始める時に、120人の知り合いに片っ端からアポイントをとって企画書を見せながら相談したんです。
結果、8割の人は「面白いじゃん」という肯定的な反応で、残りの2割はネガティブな反応でした。
同時に気づいたのは、当初、「ワクワク」と「不安」は同じ量だけありましたが、前者はどんどん増幅するものの、後者はどこまで行っても変わらないということ。それでようやく踏ん切りがつき、これはもうやるしかないと思えるようになりました。
社内への根回しとしては、海外旅行のすばらしさを体感してもらった方が早いと思い、一度直属の上司と海外旅行に行ったこともあります。
それと海外に行くたびに同部署内はもちろん、僕の席から見える広い範囲の人までおみやげを配りまくってました(笑)。ネガティブな反応の上司に対しても、おみやげを渡し続けたところ、やがて「どこに行って来たの?」などと仕事外の会話が生まれるようになりました。
―― 現在、リーマントラベラーとしてはどんな活動をしていますか?
東松:まずは週末を使うだけでも海外には行けてしまうという旅のスタイルをSNSで発信していきました。ただ、それだけだと熱い思いは載せられないので、昔はブログでも発信していました。
最近はYouTubeなど発信するツールは増えていき、「週末だけでもこんなに楽しめるんだ」といった気づきを与えて、誰かの背中を押せるといいなと思っています。
それから何冊か本を書いたり、キャリア系のセミナーに登壇したり、学校で講演させていただいたりすることが増えました。そしてそこでの報酬も得ています。もちろん会社のルールの範囲内ですけど(笑)。
「自分軸」を持った休み方を多くのサラリーマンに提案したい
―― 東松さんが会社を辞めずにリーマントラベラーを続ける理由は?
東松:僕が背中を押したいのはあくまでサラリーマン。僕がサラリーマンでいる方が、そんな人たちにも共感してもらえて、背中が押せるのではないかと思いました。
それから今、文化人と呼ばれる人たちの中に企業に勤めるサラリーマンは基本的にいません。逆にその中に会社員が入れば、リアルな声を届けられるんじゃないかとも思っています。
実際、一般的なサラリーマンの多くが社会を回していて、そんな人たちが元気になるために応援したいと考えています。
―― “休み方研究家”を肩書きに加えた経緯は?
東松:きっかけは、ずっと「働き方改革」に対する疑問が僕の中であったこと。もちろん、国の政策なので、ブラック企業で長時間労働を強いられる人をはじめ、誰もが享受できるものではあるものの、どこか受け身な気がしたのです。
結局は従業員が自分で働き方を変えようと思っても、会社の制度が優先されます。従業員の立場からすれば、働き方改革は守らないと罰則を被る会社の話であって、多くは個人のものではなくなっていると感じています。
僕自身、リーマントラベラーをやるようになってから仕事にもプライベートに対しても主体的に生きられるようになりました。しっかり自分の人生に向き合うことができて人生が豊かになったので、これを伝えられないかと思ったのがきっかけです。
なんにしても、主体的に自分で決めることって、これまでの日本人が一番してこなかったことだと思うんです。しかも休みを充実させることは誰もがしたいことだから入りやすい。ちゃんと意識して休み方を決めることは、もっとも簡単な第一歩だと考えました。
―― 日本人ってあらためて真面目ですよね(笑)。東松さんは、金曜の夜から月曜の朝までの週末休みだけで、けっこう遠い海外にも行っていますよね。
東松:一番遠いところだとオーストラリアのシドニーですね。羽田から夜、飛行機に乗って寝て起きたらもうシドニーに着いています。朝食はビルズの本店でパンケーキが食べられますよ。季節が逆転しているから、非日常も味わえます。
そして日曜の夜にシドニーを発てば、月曜の早朝5時に羽田に帰って来られます。その時間なら、一旦家に帰ってシャワーを浴びてから会社に行けるんです。
旅に出ることで発想力が磨かれる!
―― かなりの弾丸旅ですね(笑)。旅に出るそれ以外のメリット、それからデメリットはありますか?
東松:デメリットはめちゃくちゃしんどいことですね(笑)。それから貯金が減ることでしょうか。それでも僕が続ける大きな理由は、とにかく心が回復するからです。
家でダラダラ過ごした週末とは真逆な気持ちになれますよ。リフレッシュしすぎて脳が冴えまくって、月曜からアイデアが出まくることも。
ただし、体力はさすがに続かないので、平日の中でバランスをとるようにしています。でも、金曜まで仕事で辛いことがあろうと、上司とのしがらみやいざこざなんて、旅に出れば全部忘れちゃいますね(笑)。
僕の場合、海外に行ったら面白い広告やキャンペーンなどをチェックしていて、それが仕事へのフィードバックとして生きています。そう思うと元が取れたなと感じて、今のところ会社員とリーマントラベラーの活動のいいサイクルができています。
それと一番の効用は、外に好きなことを共有し合えるコミュニティができること。これまでは会社の中で評価されることが一番の指標でしたが、外のコミュニティでの評価も生まれるので、あまり気にならなくなります。
僕も最初は気づけなかったのですが、「会社のために働いて会社のために休む」ではなく、「自分のために働き、自分のために休む」考えにシフトしたら、きれいに分けられるようになりましたね。
あと会社の中だけにいる人よりも、社外でもアクティブに遊んでいる人の方がはるかに豊かな人生を生きていて、面白い。
昔の僕も会社の中だけで生きていましたが、新しいアイデアも出ないし、当たり前のことを疑う力がどんどん落ちていきます。旅に出ると自分で決められることが増えて、幸福度が高まるんです。
サンタモニカのビーチでサイクリングを楽しむ人たち。
―― 副業のバランスはどのようにとっていますか?
東松:リーマントラベラーを始めてから、「自分」の中に「会社」もあるし、「旅」もあると考えるようになり、その大元となる“自分軸”ができました。
会社で関わる仕事についても、自分軸を持って向き合うようになったら、大きな変化が。それまでは会社の仕事で成功することしか僕の人生に成功はないくらいに思っていたので、とにかく成果を出して認められたくて、どんな仕事も200%で取り組んでいました。でもそれは、あくまで誰かに求められた像でしかありません。
今は、いい意味で会社での仕事を101%に下げることができました。会社でさまざまな仕事をする中で、誰しも自分の「こうなりたい像」につながる仕事、そうでない仕事があるものです。
つながる仕事は引き続き200%でがんばりますが、つながらない仕事は自分の中では101%で臨むスタンスです。時間は誰しも限られているので、そこに対して200%で臨む必要はかならずしもないと思えるようになりました。
そうやってタイムマネジメントすることで、結果、時間やゆとりがもてるようになりました。メリハリをつけて目標を設定したら意外とうまくいき、仕事の効率を高めることができました。
いい副業、悪い副業とは?
―― 現在、「副業熱」が高まっていると聞きますが、東松さんの周囲の反応はいかがですか?
東松:社内外問わず、副業の相談はよく聞くようになりましたね。そこでいつも僕が言っているのは、ただ単にお金を稼ぐための副業は、多少貯金はできるかもしれないけど、あまり将来役に立たないということです。
それよりも、自分のできることを増やしたり、やりたいことを実現したりするためにやるべき。この機会に好きなことにチャレンジし、自分の武器を作る副業をすべきです。
なぜなら将来、誰でも簡単にできる仕事からどんどんAIにとって代わられた時に、最後に残るのは、“自分らしさ”だから。自分らしさをどんどん研ぎ澄まして唯一とって代わられないものを磨いておく方が、絶対いい。
特に好きなことは、好きだからこそ突き詰められるし、がんばれる。リーマントラベラーも最初は仕事にするつもりではありませんが、そうやって突き詰めて行ったら執筆や講演の依頼がくるようになりました。
―― 自分らしさ全開の東松さんだからこそ説得力ある話ですね。最後に今後のビジョンについて教えてください。
東松:今後は、子どもたちに「夢を叶えること」を伝えられたらと思っています。実は僕自身、ずっとエッセイ本を書きたかったのですが、広告代理店に勤務するようになってその夢は諦めました。ところが、リーマントラベラーを始めて2年で本を出せるようになりました。
それまでは本を書く技術なんて作家の人くらいしか知らなかった。でも今の時代、SNSなど夢に近づけるツールが増えました。昨年、小学校で登壇させていただいた時、夢を叶える場所はどんどん増えているので、叶う率はとても高まっているということを子どもたちに伝えたばかりです。