EVENT | 2020/12/16

ハーバード卒の現役アーティストが「アートのデジタル化」「新大久保のアートスペース」事業を開始する意味。アマトリウム株式会社・丹原健翔インタビュー【ビジネスとアート、アートのビジネス(3)】

第1回「創業から20年。「スマイルズのアーティスティックな事業」はなぜ生き残ってこれたのか。遠山正道インタビュー」はこち...

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第1回「創業から20年。「スマイルズのアーティスティックな事業」はなぜ生き残ってこれたのか。遠山正道インタビュー」はこちら

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多様な人種で活気溢れる街東京・新大久保。その一角に、アトリエやバーなどが併設された、多様性と向き合うユニークなアートスペース「新大久保UGO(ウゴウ)」が2020年10月に誕生した。仕掛け人の1人は、アマトリウム株式会社の代表・丹原健翔氏だ。

灘高校からハーバード大に進学した経歴を持ち、自身アーティストでもある丹原氏。彼が2017年に起業したのが、アート関連のスタートアップ「アマトリウム」。平面美術作品のデジタル化サービスを手始めに、アートイベントの企画運営、展覧会のキュレーション、アーティストマネジメントなど、幅広い事業を手がけている。

ビジネスに対するクリアな認識と、アートに対する強い情熱。その両輪でドライブする若き俊英は、アートシーン・ビジネスシーン双方にどのような渦を巻き起こそうとしているのだろうか。起業家であり美術家である丹原氏に話を伺った。

聞き手:中島晴矢・神保勇揮 文・構成:中島晴矢・神保勇揮 写真:神保勇揮

アーティストのためのたまり場、新たな作品の価値をつくるサービスを作りたい

UGOのオープニングパーティーでの写真
写真:堀蓮太郎

ーー アマトリウムは現在どのような事業を展開されているのでしょうか?

丹原:アートにまつわるさまざまなプロジェクトに携わっています。共通しているのは、僕自身がアーティストとしてやっていく中で「こんなサービスが欲しいな」「こんなシステムがあればいいのに」と思ったことを、できるだけ実現しようという方向性です。

例えば、直近ではアーティストの映像作品の字幕翻訳もやっています。日本には、アートをきちんと勉強した上で翻訳作業ができる人が少ない。僕はアメリカで美術館のステートメント文などを書いていたので、いわゆる「アート言語」を知っています。だから、アーティストには僕の能力を提供したいし、「自分ができることならなんでもやるよ」というくらいのスタンスで会社をやってるんです。

他にも、新しくできた日本庭園のお披露目会の展覧会を企画したり、ファッションブランドのビジネスまわりのサポートをしたり、いくつかのアートスペースを立ち上げに関わっていたり、アートに特化したブロックチェーンの委員会を組織したりと、本当にバラバラですね。

2020年10月に六本木で誕生した新たなアートの拠点「ANB Tokyo」のオープニング展「ENCOUNTERS」では、丹原氏も6階での企画「And yet we continue to breathe.」でアーティストの1人として作品を出展した
撮影:山中慎太郎(Qsyum!)
Photo: Shintaro Yamanaka (Qsyum!)

ーー その中でメインの事業というのは何になるのでしょう?

丹原:会社として戦略的なメイン事業にしたいのは、アート作品のデジタル化と、そのデジタルコレクションを閲覧・管理するサービス「VALL(ヴォール)」です。要するにアート作品のサイネージであり、“絵画版Netflix”みたいなものですね。今まだベータ版ですが、このプロジェクトがアマトリウムのビジネスモデルの前提になっていて、20社ほどでもう運用を始めております。現在は額縁がついたモニターなども提供開始しております。

VALLというサービスは、美術館に収蔵されるような名作をモニターやデジタルサイネージといったかたちでストリートに出せるというサービスです。「アートはデジタル化する」という考えというよりも、あくまでアートの流動性を上げるための第一歩だと思っています。日本って、展覧会に行く人数は世界でもトップだし、裕福な方もたくさんいるのに、アートを買うという選択肢があることを意外と知らない。要はアートって美術館という非日常空間に置いて楽しむものになっています。

そもそも美術品とは部屋に置いて日常を豊かにする存在でした。米国にいた時は誰かの家に、絶対にアート作品があるのを見て、自分も空いたスペースがあれば絶対置きたいと思っていました。日本でもそのような美術との付き合い方が増えてほしいと思い、その第一歩としてアートを日常空間に置く体験をVALLで提供したかったんです。

コロナ禍以降、在宅勤務をする人が急激に増え、「自分の生活空間を豊かにすること」に目が向くようになった人も増えました。そんな中で「どの絵を買えばいいかわからない」という人であっても、ストリーミングなら毎日別の作品に変えて色々と試せる。VALLが現物の作品の代わりになるとは絶対に思いませんが、まずお試しの最初のステップとして使ってほしいですし、今は企業のオフィスや介護付きホームなどに設置してもらっています。

ーー 個人用途はもちろん、企業・団体での導入も狙っていくということでしょうか。

丹原:最近は日本でも「ウェルネス」に注目が集まる一方で、余暇のためのお金を持つ人が減っています。予算のバランスも取りつつ、それでも「アートを置いてみたい」という時に、こういうサービスを使ってほしいんです。

VALLもユーザーの選んだ絵を映すサービスとして始まりましたが、導入してくださっているお客様の中には、毎週特定の日にこちらでキュレーションした絵を入れ替えるサービスを希望される方が多いです。日常の中で四季を楽しむように絵を楽しんでもらっています。あとはクリニックや総合病院が「治療室に絵を置くことで痛みが和らぐ」という研究成果に基づいて導入検討をしてくれていたり。美術が美術館などの非日常空間でしか受容されていなかったからこそ気づけなかった、美術の可能性を再提示するようなサービスにしたいと思っています。

ーー 他に力を入れているプロジェクトはありますか?

丹原:2020年10月に「新大久保UGO」というコミュニティスペースを、他のアーティストやクリエイターの方たちとオープンしました。僕が米国でアーティスト活動をしていた時、アートコミュニティがしっかりしていて、とりあえず行けばアーティストや同じ視座を持つ人たちに会える溜まり場が、いくつもあったんです。同じような場所が都内にあれば、とコミュニティを育てるためのスペースを作ろうとしました。

ーー UGOは具体的にどんな内容のスペースになっていく予定なのでしょうか?

丹原:世の中ではマイノリティだったり、見えない存在になってしまっていたり、十分な評価を受けることはできていないけれど、やっていることにすごく意義があって、僕らがいいなと思っている人たちが、らしさを堂々と発表できる場として考えています。ファッションデザイナーやハワイのフラダンサー、サブカルチャー寄りのDJだったりだとか、ファインアートに限らず、多くの人が早速集まってくれていて。そういう仲間たちとこのスペースを中心に面白いものを生み出して行きたいと思っています。

UGOのスペース運営を手掛ける実行委員会は僕を含めて9人いて、その中には現役アーティストもいれば僕みたいな制作も企画もやっている人もいれば、デザイン寄りのことをしている人もいるし、職業が「ギャル」というメンバーもいたり、傍から見たら共通性が見えないような面々なんです。でも実はみんな新しいものが好きだったり、「一般的」みたいな物差しで物事を判断しない人だと思っていて、その観点から企画を進めていきたいです。

10月に行ったスペースのオープニングパーティでは歌舞伎町の「愛 本店」という最老舗のホストクラブのホストさんにシャンパンコールをしてもらって、Chise Ninjaさんというヴォーギング(ファッション誌『VOGUE』が名前の由来となる、雑誌モデルのようなポージングを高速で繰り出すダンス)の世界的に有名な方にダンスパフォーマンスをしてもらったのですが、一言で「アート・カルチャー」って定義できちゃうような特定の座組み、構造には縛られないよう強く意識をして、面白いこと・かっこいいことと向き合っているあらゆる人が発表の機会にできる場所にしたいと思っています。

新大久保UGOのオープニングパーティの模様
写真:堀蓮太郎

直近ではファッションデザイナー兼現代アート作家のrunurunu(ルヌルヌ)さんの個展を開催し、青山学院大学文学 部英米文学科教授で言語哲学者のエレン・マクレディさんと、クィア関連の美術史研究者で現代アート作家でもある近藤銀河さんを招いたトークイベントも行いました。

我々は「無法地帯」のようなものを作りたいのではなくて、表現活動をする上での責任やリスクなどにも目を逸らさず向き合っていきたいんです。UGOの建物はもともと労働者向けの集合住宅で、老朽化して使われなくなったという経緯から僕らが借りることができました。他の活用方法ではなくアートスペースであるUGOにしたからには、この町や広い社会にとってにポジティブな影響を及ぼさなきゃいけないという責任、覚悟を持ってやっていくつもりです。

例えば町に関して、「ジェントリフィケーション研究会」という会を定期的にやっていくのですが、新大久保を地元として何十年も住んでいる方、移民コミュニティのリーダーの方などをお招きし、アートやカルチャーがこの地域にどのような影響を及ぼし、どのように活用するべきかを近隣のコミュニティとともに考えていこうとしています。昨今では都市開発にアートやカルチャーを活用する事例が増えていますが、「誰のための開発か」という点が抜けていることが多いと感じます。この町の文化をちゃんと見据えて我々の立場を考えなくてはならないと思います。

ーー マネタイズはどう考えているのでしょうか?当初は2~3階をアーティストも滞在できる宿泊施設にするプランがあったそうですが、新型コロナの影響で頓挫してしまったと聞きました。

丹原:そうなんです。UGOはもともと3月にオープンする予定だったんですけど、新型コロナが広がってきたタイミングで、ちょうど外国人観光客の入国制限が始まってしまいました。それに関連して新大久保の街がすごく風評被害を受けて、多くのお店が閉店を強いられる状況に加えて自国に帰国できない方がいたり、大久保がとても静かな時期がありました。そのころに、オープニングパーティをするのもどうかということでオープンを延期しました。

そこからの数カ月はUGO実行委員会のメンバーが、UGOでの共同生活をしていたんです。そうしたら自粛になって家から追い出された、アトリエを使えなくなったといったいろんな人が集まるようになって、改めてコミュニティの重要性を感じるようになって。それまでは「こういうのがあったらいいよね」という空想レベルでしかなかったものが、社会におけるリアルな役割みたいなことをより強く考えるようになって。コロナの経験を踏まえて10月にオープンして、こうやって人が集まるという事実だったり、役割を持たなきゃいけないという覚悟がより強くなったかたちでスタートできました。

いまは展示やイベント企画に加えて、サロンのようなサポーター制度を考えています。月額支援をしてもらって、リターンとして我々が小さい作品を渡したり、UGOのメンバーだからこそゲットできる本をプレゼントするといった特典をつけるイメージです。もちろん運営に必要な費用を賄う目的もあるんですけど、アーティストに限らず、アートファン、全く興味ない人も含めて「多様性と向き合う」というビジョンに賛同する人のコミュニティをつくりたいのです。

UGOにはバーカウンターがあるのですが、実はこれは、実行委員会に名を連ねるアーティストの海野林太郎、中尾一平のる「ダイナソウ」という1つのプロジェクトなのです。バーという場を使って、新大久保という多種多様なカルチャーが集まる場所を定点観測すると。一つ一つの企画に多様性、地域性と向き合う手段としての考えが実はあるので、来場される方はそういったところについて一緒に考えてほしいと思います。

写真:堀蓮太郎

新大久保は、いまや「若者の間で原宿よりも人気!?」と言われるほどがめちゃくちゃ面白い町です。いろんな人種が入り混じっていて多様な文化がある。2、30年後に「新大久保にすごいスペースがあって、誰と誰がいた」という風に、美術史の一部になるような場所になれれば、嬉しいです。

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