CULTURE | 2020/11/26

“ビックリ建築”が放つ現代社会へのメッセージ 白井良邦(ビックリ建築探求家)【連載】テック×カルチャー 異能なる星々(17)

加速する技術革新を背景に、テクノロジー/カルチャー/ビジネスの垣根を越え、イノベーションへの道を模索する新時代の才能たち...

SHARE

  • twitter
  • facebook
  • はてな
  • line

外観だけに留まらない、“ビックリ建築”の魅力とは

『WONDER ARCHITECTURE 世界のビックリ建築を追え。』紙面より。(右)アメリカでの『フトゥロ』販売会社フトゥロ・コープのパンフレット表紙 (左)フィンランドの『フトゥロ』製造メーカー、ポリケム社のパンフレット表紙

―― 著書の『WONDER ARCHITECTURE』には『フトゥロ』を皮切りに、ぶっ飛んだ印象の建築作品ばかりが掲載されていますが……泡がつながったような有機的な形の住宅などは、「建築=四角いもの」という常識に対する挑戦のようにも思えます。

白井:この『ゴーデ邸』(1968年)を設計した建築家アンティ・ロヴァグの主張は、「人間の体の構造や行動は四角ではない。であれば、住居もそれに沿った形になるべきだ」というもの。モダニズム建築はいつしか経済合理性や効率性を追求するあまり、味気ない四角いビル一辺倒になってしまった。そうした風潮に対する揺り戻し、いわばカウンターカルチャーとして生み出された建築とも言えますね。

アンティ・ロヴァグ『ゴーデ邸』(1968年/カンヌ) Photo/J-P de Rodliguez Ⅲ

このように自然や生物的な原理を建築に取り入れる試みとしては、日本では1960年に世界へ向け発信された建築運動「メタボリズム」(新陳代謝の意)が有名です。今回の本の中では、そのメンバーの一人、建築家・黒川紀章が手がけた東京・銀座の『中銀カプセルタワービル』と、それと同じカプセルを用いた双子の建築で黒川自身の別荘として建てられた『カプセルハウスK』も掲載しています。「メタボリズム」は、細胞の新陳代謝に着想を得て、自由に増やしたり取り替えたりできるユニット型住居による建築や都市のあり方を提示しました。それを実作として、ビルや別荘として1棟まるごと実現してしまったのは、世界的に見ても例のないことだと思います。

―― ビックリ建築と言っても、見た目的にただインパクトがあるだけでなく、きちんとした理念があるものを取り上げているわけですね。このあたり、何か基準があるのでしょうか。

白井:自分なりに「ビックリ建築の五原則」を定めています。例えば、「見かけだけのキワモノ&キッチュはダメ」。外見の奇抜さで言えば、福の神の立像が3体並んだ形をした中国河北省のホテル『天子大酒店』のように有名なものは数多くありますが、これは単なるキッチュな建物で、ビックリ建築とは言えません。重要なのは、そこに時代を超えて輝き続ける理念や精神性が感じられるかどうか。というのも、私にとってビックリ建築とは単なるビルディング(建物)ではなく、アーキテクチャー(建築)ですから。

『WONDER ARCHITECTURE 世界のビックリ建築を追え。』紙面より、アキレス・カパブランカ『内務省ビル』(1953年/ハバナ)写真:森嶋一也

「ビックリの建築の五原則」には、「その建築が生み出された『時代性』『社会性』が感じられる」という項目もあります。例えばキューバには、フィデル・カストロによるキューバ革命(1959年)以降、新国家の理想を具現化した独自のモダニズム建築が数多く建てられました。

また、国家の理想を体現した例で面白いところでは、旧ソ連のジョージア(旧グルジア)に建てられた建築群。2004年に脱ロシア路線を掲げて就任したミハイル・サーカシヴィリ大統領は、新たな方向性をアピールするために大胆なデザインの現代建築を国じゅうに造りましたが、志半ばで失脚し、奇抜な建築だけが後に残りました。目を惹くインパクトの中にも、徒花としての輝きがある。そこが切なくもあり、歴史的な価値にもつながっているポイントだと思います。

サーカシヴィリ政権下で建てられた建築群より『国境検問所』(2011年/ジョージア・サルピ)(写真:白井良邦)

次ページ:忘れられた作品、異端の巨匠……徒花ゆえの輝きを愛でる