企業の新規事業創出を支援する株式会社フィラメントは、創業10周年を記念したビジネスカンファレンス 「Filament X Frontier」
を2025年6月9日、虎ノ門ヒルズ
ステーションアトリウム で開催した。NIKKEI
THE PITCH、森ビル株式会社の協力のもと行われた本イベントには、新規事業創出と企業変革に携わる多数の実践者が参加し、濃密な学びと新たな気づきに満ちた機会となった。
同社は 「挑戦を楽しめる人と組織をつくる企業変革の伴走者」
として、新規事業開発と人材育成をサポート。代表取締役CEOの角勝氏は大阪市役所での公務員経験を経て起業し、福祉分野で培った
「人に寄り添う」 をスタンスに企業支援に取り組んでいる。
プレイヤーからリーダーへ──組織成長の転換点
オープニングセッション 「フィラメント10年の歩み」 では、早稲田大学ビジネススクール教授の入山章栄氏、フィラメントCSOの村上臣氏、角氏が企業と人の成長について語った。角氏はフィラメントの10年を 「ハッカソン期 (2015-2018年)」 「新規事業開発期(2019-2021年)」 「リーダー開発期(2022年-現在)」 に分類し、事業を変えながら組織が成長してきた過程を振り返った。

村上氏は 「成長とは変わり続けること」 とし、「角さんは、プレイヤー視点から、メンバーをどう動かすか、型を作り、仕組みとしてどう展開していくかという思考に変わった」
と評価。入山氏は 「リーダーがプレイヤーのままだと組織が止まる。50人の壁を超えられるかは社長が手放せるかにかかっている」
と、リーダーの変化が組織成長の鍵と強調した。
角氏も 「自分でやりたい気持ちを抑え、メンバーに任せられるようになった。任せた方が高いクオリティを出せる場面が増えています」 と経営者としての成長を語った。


好奇心は育てられる──地方企業が実践する人材変革
この日は4つのトークセッションを通じて、企業変革と新規事業創出についての議論が展開された。
最初のセッション 「地方グローバル企業が語る新規事業人材育成事例」
では、常石商事株式会社 代表取締役副社長 津幡靖久氏、早稲田大学ビジネススクール教授 入山章栄氏、フィラメント代表取締役CEO 角勝氏が登壇し、フィラメント フェローの宮内俊樹氏がモデレーターを務めた。
本セッションでは、広島県福山市を拠点に造船や海運などを中核事業とする常石グループがフィラメントと取り組んだ新規事業人材の育成プログラムを中心に議論が交わされた。津幡氏は、グループ各社からの選抜型推薦制度を導入し、フィラメントと8カ月間のプログラムを実施していると語った。新規事業創出では、スキルやノウハウより 「新しいものに興味を持つマインドセット」
の形成が重要と強調した。
入山氏は 「素晴らしい経営者は全員好奇心の塊。好奇心は能力であり、トレーニングによって育てることができる」
とし、知的謙虚性と継続的な学習姿勢の重要性を説いた。角氏は越境体験の重要性を強調し、「他社の新規事業担当者や学生起業家との交流で、既存の枠を超えた刺激を受けてもらっています」
と語った。

継続こそ力──社内ビジネスコンテストが変える企業文化
続くセッション 「社内ビジコンが大企業に与える影響とその価値」
では、関西電力株式会社 イノベーション戦略グループの井上裕子氏、ヤマハ株式会社 執行役員新規事業開発部長の北瀬聖光氏、東急不動産ホールディングス株式会社
グループCX・イノベーション推進部の久保日乃氏が登壇し、フィラメント取締役COOの田中悠氏がモデレーターを務め、社内ビジネスコンテストの効果的な運営について議論した。
社内ビジコンの目的は 「事業創出」 「人材発掘・育成」
「風土醸成」 の3つに集約され、事業創出においては、スケール(事業拡大)の見通しが課題となる。井上氏は 「最初は軽い気持ちで応募したが、最終審査で急にスケールが求められると気づいた」
と振り返る。北瀬氏は 「まず小さく検証し、成功の手応えを得てからスケールを考えればよい」 と指摘する。
人材育成の観点でも成果が見えてきている。井上氏は 「コミュニケーションの取り方から全く違った。事業全体を俯瞰する経験ができた」
と語り、北瀬氏も 「大企業では見えない才能を発掘でき、新プロジェクトで優先活用できる」 と価値を強調する。
風土醸成について、久保氏は 「エントリー期間に著名人講演などのイベントを開催し、既存業務のスキルアップにもなると伝えることで参加者を増やしている」
結果、参加者は2倍近くに増加したと話す。
制度運営では撤退戦略も重要で、北瀬氏は 「止めるべきものは潔く撤退する。そうしないと既存事業で利益を作る人たちからの信頼を失う」
と説く。井上氏は 「ビジコンがなかったら絶対に挑戦していなかった」、久保氏は 「応募者が成長したと言ってくれることがやりがい」 と結んだ。

大企業とスタートアップの協業をいかに成功させるか
第3セッション「オープンイノベーションとCVCの最前線」では、SolveX Capital Partners株式会社 代表取締役CEOの丸田俊也氏、森ビル株式会社 Tokyo Venture Capital Hub室長の飛松健太郎氏、リブライトパートナーズ 代表の蛯原健氏が、企業とスタートアップの協業について語った。

丸田氏は、多くの大企業で 「スタートアップからの提案書が事業部の机上に積まれていても、何から手をつけていいかわからない」
状況があると指摘。「スタートアップを探すのではなく、事業部のニーズを探すべきだ」 とし、現場の課題に目を向けるべきと説いた。
飛松氏は、大企業120社以上の施設運営を支援してきた経験を踏まえ、「ビジネスコンテストを実施する企業が約3割、CVCを導入している企業も約3割存在する一方で、皆が
『現場が動かない』 『上が動かない』 と口をそろえる」 と語り、意思決定プロセスの整備が課題であると指摘した。特に、「ベンチャークライアントモデルでの関わりからCVC投資、さらにはM&Aへと段階的に関係を発展させようとしても、それぞれに決裁権者が異なるため、関係構築がうまく機能していない」
と述べた。
蛯原氏は、協業成功の手法として 「経営企画部門ではなく現業部門の担当者を最初から巻き込み、ソーシング段階から参加させる」
ことを紹介。「最終的に決定能力のある経営者かどうかで、協業の成否の8割が左右される」 と経営陣のコミット力の重要性を訴えた。
CVCの成功には技術的なデューデリジェンス能力だけでなく、現場との継続的なコミュニケーションと経営陣の強いコミットメントが不可欠であることが浮き彫りになった。
「脱優等生」への挑戦──正解のない世界に飛び込む
最後のセッション 「新規事業推進における体験学習の実践と効果」 では、JFEエンジニアリング株式会社 βセンターの玉置琴奈氏、NTTテクノクロス株式会社 フューチャーネットワーク事業部の羽室大介氏、フィラメント取締役CSOの柿木原明良氏が、Musashino Valley代表の伊藤羊一氏のモデレートで体験学習を取り入れた人材育成手法について議論した。

羽室氏は受託開発の課題として、「お客様から具体的な要求をいただく仕事が多く、自ら課題を発見・設定する経験が少ない」
と述べ、現在は 「課題設計エンジニア」 の育成を目指していると語った。「ソフトウェア設計の領域を超えて、お客様の課題を適切に設計するエンジニア」 と同社が定義する人材像だ。
NTTテクノクロスでは、フィラメントのビジネスゲーム 「Biz Builder」 を活用して、新卒1年目から役員までの250名が同じゲームに参加した。羽室氏は 「新規事業をつくる時に経験や年齢、役職は本来関係ない。フラットな関係性を作ることが大事」
と語る。伊藤氏も 「立場が上の人と下の人で共通言語を持つことで、経験のない会社でも新規事業への理解が深まる」 と評価した。
JFEエンジニアリングの玉置氏は 「脱優等生」 をキーワードに
「正解を求めがち」 な企業文化の変革に取り組み、「決まったゴールに向かって走るのではなく、自分から顧客との対話を続けてゴールを見出していく」 ことの重要性を説いた。
「ベストプラクティスはない」──リコーが制したビジコンAWARDS2025
今回、「Filament
X Frontier」 のイベントの目玉として開催されたのが、企業の社内ビジネスコンテストの成功を左右する事務局の役割にフォーカスし、優秀な事務局を決定する
「ビジコンAWARDS2025」 だ。会場では、21社の応募から書類審査を経て最終選考に進んだ
株式会社NHKエンタープライズ 「未来投資会議」、積水化学工業株式会社 「C.O.B.U.アクセラレーター」、TIS株式会社 「Be a Mover」、東日本旅客鉄道株式会社 「新事業創造プログラム
ON1000」、株式会社リコー 「TRIBUS」 の5社によるプレゼンテーションに続き、パネルセッションが行われ、各社の事務局担当者がビジコンの目的や運営の工夫について議論した。
なお、審査員については、入山氏、虎ノ門ヒルズARCHチーフインキュベーションオフィサー・株式会社アーレア代表取締役の渡瀬ひろみ氏、フィラメントCEOの角氏らが務めた。最終審査の結果、リコーの 「TRIBUS」 が最優秀賞に輝いた。事務局の森久泰二郎氏は、「ビジコンの運営に、ベストプラクティスはないと常に心がけている」 と述べ、毎週外部企業とディスカッションを重ね、新しい工夫を模索しているとコメント、現状にとどまらず、さらなる発展への意欲を語った。

審査員の渡瀬氏は、成功するビジネスコンテストの共通点として 「事務局の献身的な努力」 「社員の業務時間外の参加に対し、企業が感謝と敬意を示すこと」 「経営陣が新規事業を成長戦略の中核に位置づけていること」 の3点を挙げた。角氏も 「新規事業には粘り強さと利他性が求められる」 と語り、「ビジコンの設計・運営には、各企業に応じた柔軟な対応力が必要だ」 と指摘した。
組織プロトコルの新陳代謝──フィラメントが描く企業変革の未来図
イベントの最後に、角氏は企業内新規事業創出の根本的な困難さについて独自の理論を展開。「組織プロトコル仮説」という概念を提示し、「組織の本質は決まりごとや作法の塊」
と話した。
この仮説によると、組織には明文化された 「表のプロトコル」 と暗黙的な 「裏のプロトコル」 が階層構造で存在し、上位レイヤーのプロトコルを理解し体現できる人材が昇進していく。「既存のプロトコルに従うことが、組織内での最適な生存戦略になっている」
と角氏は指摘する。既存事業にはプロトコルが存在するが新規事業にはないため、その結果、既存事業が常に優先されてしまうという構造的な課題が生じる。
この構造的課題の突破口として、角氏はオーストリアの哲学者マルティン・ブーバーの
「人間は関係存在である」という思想を引用した。人間の営みを「Being(存在)」「Doing(行動)」「Others(他者との関係)」の三要素で捉え、これらの相互作用によって新しい自分が創造されると説明した。企業においても同様で、既存の社内関係に閉じていては新しい事業は生まれにくく、「社外の多様なステークホルダーとの出会いが重要」だとした。
角氏はさらにフィラメントの今後10年の展望として、「組織の中のプロトコルをいかに新陳代謝させていくか」を掲げ、新しいプロトコルと事業が生まれ、それによって多様な人々との新たな出会いが生まれるような環境づくりを支援していくと述べた。
本イベントでは、次の10年に向けて企業がどのように「知の探索」を継続し、組織変革を実現していくかについて、具体的で実践的なヒントを数多く提供した貴重な機会となった。参加者たちは業種や組織規模、成長フェーズの違いを越えた新たなつながりを深め、それぞれが自らの組織での実践に向けて、新たな決意を胸に会場を後にした。

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「Filament
X Frontier」
日時:2025年6月9日(月) 10:00~19:30 (懇親会 19:30~21:00)
会場:虎ノ門ヒルズ ステーションアトリウム
主催:株式会社フィラメント
協力:NIKKEI THE PITCH、森ビル株式会社
URL
https://fxf.thefilament.jp/