「伝説のプロジェクト」は大体その場のノリで開始が決まる?
神武直彦氏(慶應義塾大学大学院 システムデザイン・マネジメント研究科教授)
神武:最後の15分ぐらいはパネルディスカッションということで、ここからJAXA(宇宙航空研究開発機構)の小惑星探査機「はやぶさ」「はやぶさ2」のプロジェクトに携わり、この事業の講師もされている矢野創先生にも登壇いただきます。
矢野:ラグビーW杯招致と「はやぶさ」とを比べるというのはちょっと時間が足りないんですけれども、いずれにしても一番大事なのは当人の「なぜこれをやりたいのか」というモチベーションだと思うんです。2003年に招致を決意されたということですが、その部分をぜひ聞きたいです。
徳増:招致活動は日本ラグビー協会が理事会で決めたんですけれども、最初は本当に小さなきっかけだったんです。真下専務理事が2003年の正月のラグビーフォーラムで「将来はラグビーワールドカップを日本でやりたい」と言ったら、次の日に広告代理店が飛んできて、「本当にやるんですか!?」と尋ねてきました。
まだ理事会にも諮っていなかったので、私はあわててIRB(インターナショナルラグビーボード。ラグビーの国際統括団体でラグビーワールドカップの開催を司る機関)に電話して、「日本でもワールドカップ開催国に立候補できますか?」と聞いたところ、「できないことはない」という返答があったので、「IRBがOKだと言っていますよ」と言って盛り上げるという動きをしていました。私はワールドカップワールドカップを日本で開催する価値があると、もう日本のラグビーにはこれしかないと思ってしまいました。
矢野:ある種の瓢箪から駒ですけど、「その価値がある」というふうに周りの人が信じることができた駒だったということですね。
徳増:あと2002年の日韓サッカーワールドカップの成功も大きいですね。あのときに国中が一つになった感じがあり、日本はオリンピックもそうですけど、ほとんどの国際スポーツ大会を成功させていますし、「サッカーでできたんだから。ラグビーでもやろうよ」という気持ちがありました。
矢野:どうもありがとうございます。今の話で「はやぶさ」に戻すと、それに近いことを私の一回り上の先輩たちがやっていまして。きっかけとしては実は90年代初頭に日米共同で進めようとしていたあるプロジェクトが米国単独で進める方向に方針転換してしまって、会議の場で「アメリカがそうするなら日本はこれをやる」を言っちゃったという、「え、本当にやるの?できるの?」みたいな話になってというのがスタート地点なので、そこは同じだなと思って驚きました。
徳増:あまり計画するとかえってできないもので、勢いでやらないと。
矢野:確かに勢いというのはあるかもしれないですね。
質疑応答その3:頑張った物事の「やめどき」はいつなのか
矢野創氏(システムデザイン・マネジメント研究科特別招聘准教授/JAXA宇宙科学研究所助教)
神武:今回は高校生の皆さんも聴講しているので、せっかくですからご質問をいただければと思いますけど、いかがでしょうか。
Q3(高校生):私はやりたくないことも義務感で続けてしまうことが多いんですけど、そろそろやめるべきかな…と思っても、周りから「コイツは根性ないな」みたいに思われるのがイヤで。こういう時はどうしたらいいでしょうか?
徳増:いろいろな取組みの中で「これは辛いけど、あれがあるから続けられるな」ということが往々にしてあると思うんです。それは続ける動機に十分なると思うし、一方で「もうこれは自分には向かない、やるべきじゃないことだ」という判断もどこかでやる必要があると思います。
「Life is too short to regret」という英語のことわざがあるんですが、短い人生で悲しんでいる時間はもったいないし、君の大事な時間を後悔することに使ってほしくないし、やりたいことがあったらそれを思いきりやった方が結果的にいい方向に向かうと思います。
矢野:「周りの人にこう思われるから」というのが自分の義務感になっちゃうことはとても悲しいかなと思って聞いていたんですけれども、一つ言うとしたら物差しを自分の中に持つというか、価値があるか無いかを周りに決められることは大人になるとどんどん増えてくるので、せめて高校生ぐらいのうちは自分の物差し、自分の羅針盤で決められる領域も死守した方がいいかなと思います。
質疑応答その4:前例のないプロジェクトで、いかに味方を増やすか
Q4:会社で新しいことをやろうとすると、力を持つ守旧派が道を塞ぎがちということがありますよね。それをどういう風にして乗り越えていく、あるいは味方に付けていったらいいのか、教えていただければと思います。
矢野:私が先輩たちからよく言われたことは、「味方をつくるのはとても難しいかもしれないけど、まずは敵をつくらないようにしよう」ということです。
味方を増やすということは結局ゼロサムゲームで、我々の場合なら限られた予算の中で「はやぶさ」よりも例えば宇宙望遠鏡を作ったほうがいいとか、別の科学衛星にしたほうがいいとか、そういう競争があるんですね。いわば「リンゴとミカンはどっちがおいしいの?」みたいな、ちょっと難しい競争をさせられるんですけれども、その場合「私はミカンが好きだけど、リンゴも嫌いじゃないよ」と言ってくれる人をいかに増やすかというところが一つあったと思います。
そして実際にプロジェクトを任されたら、確かに「はやぶさなんかダメだ」と言う人もたくさんいましたけど、それは結果を見せていくしかない。だから、絶対に諦めないで結果を出し続けることで黙らせていくというしかないということで、もしかするとスポーツの世界もそうかもしれないですね。
徳増:私の場合、ラグビーワールドカップの招致活動は、実は最後まであまり多くのみなさんから理解されていなかったのかなという印象もあります。みんながみんな賛成していたわけではなくて、「そんなことをやっても…」と言う人たちは最後までいましたね。でも、信じてくれる人を増やしていくために必要なのは、やはり担当している人たちの情熱だと思うんです。情熱を燃やし続けることが、最後には相手に伝わると思います。非常に簡単な言葉ですけれども、大切なことだと思います。
神武:どうもありがとうございました。残念ながら時間が来てしまいましたので今日は1時間半、短い時間でしたけれども、どうもありがとうございました。ワールドカップは終わりましたけれども、2020年は東京オリンピックもありますし、いろいろこれからフロンティアプロジェクトというものが進んでいくところもありますので、今日、何か皆さんに少しでも知見が入るということになっていればうれしく思います。
徳増先生、そしてパネルディスカッションに参加いただいた矢野先生、どうもありがとうございました。
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今回、記事本編内では紹介できなかった、徳増氏のウェールズ留学時代のエピソードを最後に一つご紹介したい。
同氏が出場した試合で、ラグビーの試合で負けたあと、シャワールームでチームメイトから「Did you enjoy today’s game?」と言われた。それから一週間後、ウエイトルームで黙々とバーベル上げに励んでいた時、別のチームメイトから「Did you enjoy your weight training?」と声をかけられたという。
悔しい負け試合や、苦しいウエイトトレーニングをなぜ「エンジョイ」できるのか。徳増氏はずっと疑問に思っていたそうだが、ある時ハッと「エンジョイとは、夢中になる、力を出し切るということなんだ」と気づいたという。
日本で「持てる力をすべて使って…」というと、何かを犠牲にすることも厭わない精神論のイメージもちらつくが、もちろんそれでは「エンジョイ」できないだろう。前例のないプロジェクトを成功に導いた人たちは、すべからくこの「エンジョイ」ができていたはずだ。
自分がいま目の前の「やるべきこと」をどれだけエンジョイできているだろうか、できていないとすれば、どうやればそこに到達できるのか、改めて思い起こさせる逸話だった。