背水の陣の2回目招致活動
その後、IRBは2009年に、「15年大会・19年大会の開催地を同時に決める」という案を出してきました。今回立候補したのは日本とイングランドと南アフリカとイタリアの4か国。ただし、イングランドは2015年だけに絞っての立候補でした。またも4か国の間で激しい招致合戦が繰り広げられたのですが、IRBは、ラグビーをオリンピックの参加種目に入れたいという構想もあり、ラグビーをオリンピックに入れるためには伝統国以外でもラグビーワールドカップが開催されるという実績がほしい。その決定が、同じ年の10月に予定されていたことになっていたこともあり、突然「15年イングランド、19年日本」という推薦案を出してきたのです。つまりオリンピックの種目決定の2か月半前に、ラグビーワールドカップの開催国が決められることになっていました。
IRBでは、この推薦案を理事会で承認するかを、1カ月後に投票することになりました。
今回こそ誘致を成功させたく、専務理事の真下さんと私とで各国をもう1回回ることになりました。最初にスコットランド協会を訪問したら、「いや、この案には賛成できないよ」と言われ、どうしてですかと聞いたら、「イングランドが2015年に推薦されているのが気に食わないんだ」と言われましてね(笑)。スコットランド、アイルランドとウェールズというケルト圏はイングランドに対してのライバル意識がとても強いのです。
「これは大変だ、もし今回も取れなかったらどうしよう」と思い、イングランド協会と提携し、先方が朝を迎える毎日17時ごろに国際電話をして、「イングランドはこの協会の票を押さえてくれ、日本はこっちの票を押さえる」とターゲットを分担するやり取りをして、2009年の7月28日のIRB理事会で、ようやく2019年の日本招致が正式に決定しました。
「アジアのための招致」と題された招致ファイル (写真提供・徳増氏)
結果は賛成が16、反対が10と言われています。南アフリカとイタリアが招致合戦を繰り広げて、この推薦案を反対したことは言うまでもありません。鍵になったのは、ニュージーランド協会でした。ニュージーランド協会は基本的には2票を持っているんですけれども、ニュージーランドの近隣であるフィジー、トンガ、サモアが構成するオセアニアラグビー協会は必ずニュージーランドと連動するために、結果的には合計3票持っているようなものですね。
開票の翌朝、ニュージーランド協会のCEOが真っ赤な目をして、朝食をとっている真下専務理事と私のところに来て、「招致決定おめでとうございます。本当は私たちニュージーランドは南アフリカと同盟を組んでいるから、南アのためにもこの提案に反対しなければならなかったのですが、ラグビーの将来を考えたら絶対日本でやるべきだと思ったので、あえて日本に入れたよ」と言ってくれたんです。
もし3票がそっちに行ったら、13対13で同となり、その結果、ラグビーワールドカップの開催国はどうなるかはわかりませんでした。もし2回目でも取れなかったら、私たちもおそらくもう招致活動を止めていたと思います。彼は別れ際に「今からヒースロー空港に行って南アに飛んで謝りに行くんだ」と言っていました。ああ、そうか、こういう人たちの期待を込めた大会をこれから開くんだということで、私たちは思いを新たにして帰国しました。
「信頼関係を築く」とはどういうことか
ワールドカップの招致活動から得られたものは、国と国、協会と協会の関係ではなくて、結局は個人と個人の関係、「あなたの言うことなら信じよう、投票しよう」と言ってくれる信頼関係を作ることの重要性です。
とはいえ人間関係というのはなかなか簡単にはできませんが、IRBの元CEOのマイク・ミラーからもらった良いアドバイスがあります。「これからは投票権を持った協会に1カ月に1回でいいから、何の用事もなくてもいいから電話してみなさい」と。「それは、人間関係をcultivateする(耕す)ということなんだ。何か頼むときだけ連絡するようじゃダメなんだ」と言われたんです。とても大事なメッセージだと思いますね。
じゃあそれをどうやって実践していくのかというと、やはり人間としての引き出しの広さがものをいいます。例えばパーティのような場では、多様な引き出しを持っていれば、絵が好きだ、映画が好きだ、音楽が好きだ、とどこかの話題でお互いがヒットする。話が弾むので友達になりやすいし、人間関係を作りやすいんですね。ラグビーのことしか話題がない人、実は私自身も私の友達もほとんど90%はラグビーしか話題がない人が多いんですけど(笑)、それではやっぱりダメだと。
それから、さらに「相手からどう見られているかということをいつも意識して相手にアプローチする」ということも大切です。私が指導で関わっている渋谷インターナショナルクラブでは、子どもに大人が普通の角度でパスすると、子どもにとっては巨人からパスが来ることになってしまう。いいコーチは自分の腰を下げて相手の目線でパスをするんです。相手から、どう見られているかということを意識しているから。
そうした観点から世界地図を見ると、やはりスポーツの中心はヨーロッパという歴史的背景は厳然としてあるわけです。そこを起点に眺めると「日本はFar Eastじゃないか、本当に大丈夫なのか」という懸念がどうしても生じてしまうことはわかります。「一生懸命アピールしたから大丈夫だろう」「なんで相手は自分のことをわかってくれないのか」で終わらせてしまうのではなく、まず相手の考え方を理解する、ということが大切です。