CULTURE | 2020/02/27

『パラサイト』の受賞はなぜ快挙と言われるのか。第92回アカデミー賞授賞式から見えてくるハリウッドの変革(その1)【連載】松崎健夫の映画ビジネス考(19)

『パラサイト 半地下の家族』より© 2019 CJ ENM CORPORATION, BARUNSON E&a...

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『パラサイト 半地下の家族』より
© 2019 CJ ENM CORPORATION, BARUNSON E&A ALL RIGHTS RESERVED

第92回アカデミー賞で作品賞に輝いたのは、日本でも現在公開中の韓国映画『パラサイト 半地下の家族』(19)だった。この映画は作品賞のほか、監督賞、脚本賞、国際長編映画賞の4部門で受賞を果たし、今回のアカデミー賞では最多受賞の作品にもなった。次いで『1917 命がけの伝令』(19)が撮影・視覚効果・録音の3部門、『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド』(19)、『フォードVSフェラーリ』(19)、『ジョーカー』(19)の3本が2部門の受賞で並び、作品賞の候補となった9作品のうち、無冠に終わったのはNetflix製作で話題となった『アイリッシュマン』(19)のみ。ある特定の作品が賞を独占することなく、それぞれの作品が秀でた部門で賞を分け合った感もある。

もうひとつ、今回の受賞結果で特徴的だったのは、主演女優賞に輝いたレネー・ゼルウィガーや撮影賞のロジャー・ディーキンス、歌曲賞のエルトン・ジョンやメイク・スタイリング賞のカズ・ヒロなどを除いて、ほとんどが初受賞の映画人だった点。そして、『ストーリー・オブ・マイライフ/わたしの若草物語』(19)のジャクリーヌ・デュランをはじめ、女性の受賞者が過去最多人数を記録したこと。第92回アカデミー賞授賞式の特徴は、<変革>という点にある。連載第19回目では、「『パラサイト』の受賞はなぜ快挙と言われるのか。第92回アカデミー賞授賞式から見えてくるハリウッドの変革(その1)」と題して、『パラサイト 半地下の家族』が作品賞を受賞したアカデミー賞の結果から、変わりつつあるハリウッド映画界について解説する。

松崎健夫

映画評論家

東京藝術大学大学院映像研究科映画専攻修了。テレビ・映画の撮影現場を経て、映画専門の執筆業に転向。『WOWOWぷらすと』(WOWOW)、『japanぐる〜ヴ』(BS朝日)、『シネマのミカタ』(ニコ生)などのテレビ・ラジオ・ネット配信番組に出演中。『キネマ旬報』誌ではREVIEWを担当し、『ELLE』、『SFマガジン』、映画の劇場用パンフレットなどに多数寄稿。キネマ旬報ベスト・テン選考委員、田辺弁慶映画祭審査員、京都国際映画祭クリエイターズ・ファクトリー部門審査員などを現在務めている。共著『現代映画用語事典』(キネマ旬報社)ほか。日本映画ペンクラブ会員。

そもそもアカデミー賞はアメリカ映画のための賞だった

Photo by Shutterstock

そもそもアカデミー賞は、“ハリウッドにおけるハリウッドのための賞”だった(※詳しくは過去記事「アカデミー賞は国際映画祭ではない」を参照)。第1回アカデミー賞授賞式が開催された1929年は、世界恐慌の時代と重なる。様々な産業に従事していた労働者たちが労働組合を結成して、個人の権利を守ってゆく。そんな時代に、当時のハリウッドで企画の決定権を持ち、キャスティングや編集に至るまで口を出せる絶対的な権限を持っていた<タイクーン>と呼ばれた大手映画会社の経営者たちは、先手を打つべくして監督や俳優たちに接触。仲間内で労働組合問題の調停にあたらせるという思惑のもとで1927年生まれたのが、現在もアカデミー賞を主催している<映画芸術科学アカデミー>なのだ(労働時間や最低賃金、団結権など労働者の権利を保障する全国労働関係法がアメリカで制定されるのは1935年)。

<映画芸術家科学アカデミー>設立の名目には「映画芸術および科学の質を向上させ、文化・教育および芸術の発展のために指導者間の協力を助成する」という主旨があった。その前提のもと、特に目立った功績者に毎年賞を与えることが提案された。それが、現在まで続く<アカデミー賞>のはじまりであったという経緯がある。つまり、大手映画会社の経営者たちが労働組合問題を懐柔するために、仲間の労をねぎらう場として開催したのが<アカデミー賞授賞式>だったのだ。第1回の授賞式は晩餐会形式で行われ、受賞者には受賞の旨が事前に通達されていた。そのため、授賞式は映画人の集まるパーティが中心で、記録によると受賞者を表彰する式自体は4分22秒で終わったとされている。

その後ハリウッドでは、監督や俳優、プロデューサーや脚本家など、職種別に組織されたユニオン(=組合)が結成され、ハリウッドで働く映画人のための労働組合として機能してきた。これがギルド(=協会)となって、映画業界で働く人たちの利益保護や労働条件の改善活動を行われている。アカデミー賞で投票権を持っている<映画芸術科学アカデミー>の会員は、各ギルドに所属するハリウッドの映画人で構成されていた。それゆえ、ハリウッドの内輪で仲間の功績を称える賞であるという性格を持ったアカデミー賞は、“ハリウッドにおけるハリウッドのための賞”であることから、アメリカで製作された映画でない作品はその対象とされることが殆どなかったのである。

これまでも、劇中の言語が英語ではない(アメリカにとっての)外国映画が作品賞の候補となった事例はある。例えば、アルジェリアとフランスの合作映画『Z』(69)やスウェーデン映画『叫びとささやき』(73)などはその好例だが、受賞には至っていない。基本的には劇中の言語が英語ではない英語圏以外の映画は、アカデミー賞の外国語映画賞の対象とされてきたからだ。極端な言い方をすれば、アカデミー賞における作品賞という部門は、その年のアメリカを代表する作品に対して与えられるものであり、アメリカ映画以外の映画は全く相手にされていなかったのである。

さらに時を経た2001年。第73回アカデミー賞では、アン・リー監督の武侠映画『グリーン・デスティニー』(00)が、英語ではない言語の作品ながら作品賞など10部門で候補になったという先例もある。この時の作品賞は『グラディエーター』(00)に譲ったが、『グリーン・デスティニー』は外国語映画賞を受賞している。ただ、“台湾映画”と言われたこの映画は、厳密には台湾・中国・香港・アメリカの合作だった。つまり、アメリカの資本が入っていたのだ。このことは、かつてのように単独の製作国によって作品を括ることが難しくなっているという現状も示していた。

例えば『グリーン・デスティニー』の場合、製作・監督のアン・リーは台湾出身。製作総指揮・脚本家のジェームズ・シャイマスや編集のティム・スクワイアズはアメリカ出身。音楽のヨーヨー・マはフランス出身。アクション監督のユエン・ウーピンや撮影監督のピーター・ハウ、主演のチョウ・ユンファは香港出身。共演者であるミシェル・ヨーはマレーシア出身で、チャン・ツィイーは中国出身などなど。『グリーン・デスティニー』は、国籍を超えたチームによって製作されていたことが判る。

『パラサイト 半地下の家族』が導くアメリカ映画界の変革

『パラサイト 半地下の家族』より
 © 2019 CJ ENM CORPORATION, BARUNSON E&A ALL RIGHTS RESERVED

ハリウッド映画における製作体制のボーダレス化は、映画産業において中国市場が年々勢力を増していることにも影響を受けている。例えば、『ミッション:インポッシブル/フォールアウト』(18)や『ジェミニマン』(19)のようなハリウッド大作の製作には、中国のアリババグループ傘下であるアリババ・ピクチャーズが参加している。日本を抜いて世界第二の映画市場である中国の存在は、政治的な対立など関係なく、ハリウッドの映画業界にとって上客となっているのだ。

また、ヨーロッパ各国における映画製作状況の厳しさに至っては、戦後(第二次世界大戦後)から変わっていないという実情もある。人口が数百万人から数千万人の国々では、映画を自国のみで公開したとしても、逆算すれば(たとえ全国民が観たとしても)製作費の上限がみえてくる。つまりヨーロッパの映画人たちには、国外のマーケットに目を向けざるを得ないという現実があるのだ。当然、合作も増える。そのような国際的な映画製作が行われている現状において、アカデミー賞における<外国語映画賞>という名称は時代遅れなのではないか?という議論があり、先日開催された第92回アカデミー賞から<国際長編映画賞>と名称が変更されたところだった。

そういう意味でも、アメリカ資本の入っていない(アメリカにとっての)外国映画である『パラサイト 半地下の家族』が、作品賞と国際長編映画賞に輝いたことはどれほどの快挙であったのかを窺わせるだろう。アカデミー賞の歴史を紐解けば、アカデミー賞が“ハリウッドにおけるハリウッドのための賞”であるため、これまでアメリカ映画でない作品は相手にされてこなかったという経緯があるからなおさらだ。この<変革>の一端には、アカデミー賞の投票権を持つ<映画芸術科学アカデミー>の会員数が、ここ4年で6000人から8000人に増加している点も指摘できる。

2016年の第89回アカデミー賞では、2年連続で俳優部門の候補者が全て白人だったことが問題視された。当時、黒人女性初のアカデミー会長だったシェリル・ブーン・アイザックは、この問題に対応するため急遽<A2020委員会>を設置。投票権を持つアカデミー会員のうち、94%が白人で77%が男性、80%が50歳以上(平均62歳)という保守的な傾向を是正するため、2020年までに女性や黒人のパーセンテージを引き上げ、さらには若手俳優や国際的に活躍する映画人にまでアカデミー会員の層を広げることを提言したのだ。その努力の結果、会員のパーセンテージが激変。今回の投票に影響を与えたであろうことは想像に難しくない。

連載の第11回「映画史からNetflix問題を考える:その2 スクリーンの投影を意図しない映画は“映画”と呼べない」で、ハリウッドの映画会社はアカデミー賞を狙える自社の自信作を12月下旬に公開すると解説したが、そもそも『パラサイト 半地下の家族』はアカデミー賞を狙って製作された映画ではない点も重要。ハリウッドの映画会社がアカデミー賞を狙った各社の自信作よりも、韓国映画が優ったからだ。つまり、『パラサイト 半地下の家族』へ票を投じた人々というのは、<映画芸術科学アカデミー>の歴史が抱えるハリウッドの習わしに左右されなかったということなのである。

もちろん「アカデミー賞はハリウッド映画人のための内輪の賞」というハリウッドの習わしを忖度し、他の8作品へ投票したアカデミー会員も少なくないはずなのだが、その8作品に韓国映画である『パラサイト 半地下の家族』が優った点が重要なのだ。「アメリカの観客は字幕での映画鑑賞を嫌う」と言われてきたが、この映画がアメリカでヒットを記録していることは(アメリカの観客にとっての)外国映画に対する観客の意識さえも変えてゆくきっかけとなる可能性もある。

さらに先述の連載第11回では、Netflixをはじめとするインターネットでの配信を中心とした映画に対する議論に対して、アカデミー賞とカンヌ国際映画祭では見解が異なることも解説しているが、『パラサイト 半地下の家族』はアカデミー賞だけでなくカンヌ国際映画祭でも最高賞に輝いている点を見逃せない。映画史的な文脈で反発してきた両者で、アカデミー作品賞とカンヌ国際映画祭パルム・ドールに輝いたことは「アカデミー賞は変わりつつある」という<変革>の兆しのひとつでもあるからだ。

(次回へ続く)


参考文献

The Oscars 
・『現代映画用語事典』(キネマ旬報社)
・WOWOW「第92回アカデミー賞授賞式」(2020年2月10日放送)

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