CULTURE | 2020/01/20

編集者バーをひらく。ストロング缶とノンアルコールバーのはざまで起こる職能の拡張|今井雄紀(ツドイ)×草なぎ洋平(BAKERU)

株式会社ツドイ・代表の今井雄紀と東京ピストルあらためBAKERUの草なぎ洋平。この二人には2つの共通点がある。一つは、記...

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株式会社ツドイ・代表の今井雄紀と東京ピストルあらためBAKERUの草なぎ洋平。この二人には2つの共通点がある。一つは、記事やウェブなどのコンテンツを作り出す「編集者」であること。そしてもう一つは「バー」を経営しているということ。

草なぎ氏は、「BUNDAN COFFEE & BEER」や過去にFINDRESでも取り上げた「GODBAR」(現在は「TACOS DEL GOD」)といった、ひと味変わったカフェやバーを東京ピストル時代に数々オープンしてきた。一方、今井氏はノンアルコールのカクテルのみを扱う「Bar Straw」を月に一回程度、店舗やイベントの一角を間借りする形で展開。なぜ編集者の二人がバーを経営するのか。編集という職能はどのように変化しつつあるのか、お二人に話を聞いた。

取材・文・写真:赤井大祐

今井雄紀 (いまい・ゆうき)

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編集者。1986年生まれ。滋賀県出身。新卒で入社したリクルートでWebディレクターとして勤務。2012年より、フリー編集者として星海社に合流し新書を中心とした編集者に。2017年6月、編集とイベントの会社ツドイを設立。最近のお仕事にGinza Sony Park「My Story,My Walkman」、BRUTUS「ことば、の答え。」特集、SUUMOタウン各記事など。Bar Strawと、ツドイ文庫もやってます。

草なぎ洋平(くさなぎ・ようへい)

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1976年、東京都生まれ。株式会社BAKERU取締役、編集者。インテリア会社を退社後、2006年に株式会社東京ピストルを設立。書籍やWeb媒体をはじめ、企業広告、ブランディングから場のプロモーションまでを幅広く手がける次世代型編集者として活躍。2020年1月に株式会社BAKERUに社名変更、事業拡大した。代表作に、ももいろクローバーZの公式ツアーパンフレットの編集長(2012年〜)、日本近代文学館内の文学カフェ「BUNDAN COFFEE & BEER」(2012年)、京王井の頭線高架下のイベントパーク「下北沢ケージ」(2016年)など。

対談の舞台となったのは、神楽坂にあるカフェ・書店・展示スペースが一体となった「かもめブックス」。ストローの初回はこちらで開催された。

ところで、バーって普段行きますか?

東京ピストルの元代表にして現在BAKERUの取締役の草なぎ洋平氏(左)とツドイ代表の今井雄紀氏(右)

―― お二人はそれぞれ、編集者としてバーを経営していますよね。普段、バーって行きますか?

今井:僕は割と一人で行くことが多いですよ。飲み会って好きなんですが、ちょっとつらいじゃないですか(笑)。

草なぎ:!!! つらいですか?

今井:なんていうか、これでも結構気をつかっちゃうので、終わったら一刻も早く一人になりたいタイプなんです。

草なぎ:行きたくない飲み会に行くならわかりますね。電車で飲み会帰りの連中がワイワイしていて、駅に到着して車内で一人だけ別れた奴が、ドアが閉まった瞬間に「ほっ」としている顔を見ると、「わかるなあ〜」と思いますね。

今井:わはは、それ僕ですね(笑)。帰り道誰かと一緒だったりすると用事がある感じで別れて、一人でバーに行って、ウイスキ―を飲みながらゆっくり本を読んだりしてから帰ることはよくあります。草なぎさんもよく行かれますか?

草なぎ:めちゃめちゃ行きますが僕は一人では行かないですね。自分が友達いないヤツだって気になって辛くなってしまうので(笑)。僕はカルチャーとしてのバーがすごく好きなんです。でも最近はおじいちゃんバーが絶滅危惧種になりつつあったりもして。

今井:マスターがおじいちゃんってことですか?

草なぎ:そうそう。中野に「日登美」ってバーがあるんですが、そこのマスタ―のおじいちゃんは最強です。店内もすごくシブくて、ワンピースのチョッパーのかき氷機でカクテルを作ってるんですよ。なのに、すっと出してくるお酒が、何これ!? みたいなハイレベルの美味しさで、そういう不思議な出会いがあるから僕はバーが大好きですね。

「残業できないストレス」に感じた需要

―― そもそもお二人は普段は編集者ですよね。どうしてバーを始めたんですか?

草なぎ:僕はものを集め過ぎちゃって、捨てるのもわざわざ倉庫を借りるのももったいないからとお店にしちゃったのが始まりですね。BUNDANというカフェ&バーは僕の2万冊以上あった蔵書を自由に読めるお店にしていたり、世界中で買い集めた宗教グッズを飾ってGODBARというバーも作りました。

草なぎ氏の経営するGODBAR。世界中で集めた宗教グッズが所狭しと並んでいる。

今井:どうせコレクションを置いておくなら、それを見て喜ぶ人はいるだろうと。

草なぎ:そうです。あとバーにしてるのは、シンプルに自分が料理人じゃないからですね。やっぱりちゃんと調理ができないとしっかりとした食事提供って不可能に近いじゃないですか。その分バーは難易度が低いので。

今井:自分でお店に立つ前提だったんですか?

草なぎ:そうですね。最初はガチンコで飲食をやるっていうよりは、ノリっていうか、趣味みたいな感じだったので(笑)。でも実はGODBARはメキシコ帰りの良い料理人と出会って意気投合し、「TACOS DEL GOD」(意味は神のタコス)として、年明けからリニューアルオープンしているんです。いま僕が一番ハマっているのがメキシコ料理で、あれはサブカルの塊みたいなものですね。

――今井さんはいかがですか?

今井:僕は1年ぐらい前から、ノンアルが豊かにできる時間や空間がもっとあるのではないか、また、いわゆる意識高い系みたいな文脈でも、ノンアル需要の高まりがありそうだと思っていたんです。

草なぎ:どういうことですか?

今井:いま、残業禁止の波が来る中でバリバリ残業してスキルアップしていた上の世代と同じように成長するためには、夜の自分の時間や朝の定時前を自己投資に使いたいって人はいると思うんです。そういう「残業できないストレス」を抱えた人たちがちょっと飲んでも家に帰ってから仕事の続きができたり、翌朝に残らない分朝早く出社できるとか、そういう需要はあるのかなって思っていました。

僕はツドイという会社を2人で始めたんですが、うちの副社長がまったく飲めないんですよ。それで「バー全然行ったことないわ」とか話していて、確かにお酒が飲めない人はほとんど無いだろうし、まして一人で行くなんてほぼありえないだろうと気がついて、そういう人でも気軽に行ける場所があったら面白いかもしれないと思って始めました。

ノンアルの下地はコーヒーにあり?

草なぎ:昔は今と比べるとかなり多くの人がタバコを吸ってお酒を飲んでいたじゃないですか。じゃあどっちもやっていない人は「ストレスのはけ口どうしてるの!?」とか言ってみんなに心配されていたりしたんですけど、でもそういう人がコーヒーをやっていた気がするんですよ。タバコもアルコールも嗜まない人がコーヒーにめちゃくちゃこだわっていた。その下地があったからこそ、今のサードウェーブ系の流行があったと時代的には思っています。

つまり他の人が酒やタバコに費やしている時間でものすごいこだわったコーヒーを作っていて、今、市民権を獲得したってことですよね。それと同じような流れがノンアルの人にはあると思いますね。ニューヨークでもいち早くノンアルバーができましたよね。「Getaway」でしたっけ?

今井:はい。まさにそのGetawayに、ついこの前行ってきたんですが、地元の大学生とか若い女の子のグループが集まっていました。向こうはそもそも飲酒できるのが21歳からですし、飲酒できるお店のIDチェックも厳しいってこともあって気軽に行けるのが良いのかもしれないですね。

ニューヨーク・ブルックリンに店舗を構えるノンアルコールバー「Getaway」。

草なぎ:お、じゃあ結構流行っているんですね。

今井:いや、行列ができちゃうほど流行っているというわけではないですね。地元のメディアが取材に来たのもオープン時ぐらいで、なんなら日本のメディアの方がたくさん取材に来てくれたよ、って言ってました。たぶん、日本の方がノンアルへの抑圧っていうか、お酒が飲めない人に対する抑圧があるんじゃないかなって思います。

草なぎ:やっぱり飲めない人への圧ってありますか? 僕は基本的にずっと飲んでいるので…。

今井:下の世代に行くほどそう感じている人は多い印象ですね。それと比べると、アメリカは飲めないとか飲まないということに対していちいち驚いたりしない、バーでもレストランでも選択肢が用意されているのは一つの違いですよね。取材のときにブルックリン在住の女の子に話を聞いて、私はお酒が飲めないからあそこができたときにすごく嬉しくて、よくみんなで行くんだよね、と言っていて、シンプルに、街の中に選択肢が一つ増えたんだなって感じました。

ノンアル系と激しいアルコール系

――今井さんは、ストローを出店してみて、手応えとしてはいかがですか?

今井:単純にストローをやっての感想でいうと、回を重ねるごとに、自分たちとつながりのなかった人の割合がどんどん増えていて、ありがたいことにだんだんと外へ拡がっているなって感じます。

ただ、ノンアルコールバーというジャンルのお店がたくさんできて流行るかどうか、でいうと、正直そんなことは無い気がします。常設として成り立つのは東京で数店舗ぐらいじゃないか、という印象です。

かもめブックスで行われた「Bar Straw」の様子。

草なぎ:結構若い子も来るんですよね?

今井:はい。大学生くらいの子たちが4人くらいで来てくれておしゃべりしてたり、一人で来てた19歳の子がたまたまお母さんと鉢合うなんてこともあって、未成年の方との出会いはノンアルならではだなって思いましたね。

神出鬼没のノンアルコールバー Bar Starwの営業情報は、随時Instagramで告知されている。https://www.instagram.com/bar_straw/

草なぎ:ニューヨークでいち早くノンアルバーができたのって、やっぱり彼らは健康意識がとても高いしセンシティブだから、その延長でということですよね。どうして体に悪いアルコールをわざわざとるの?って感じで。

今井:コンブチャとかめちゃくちゃ流行ってますからね。(編注:コンブチャとはかつて紅茶キノコという名で日本でも流行した発酵飲料のこと。昆布茶ではない。)ホールフーズ・マーケットっていう、オーガニック系のスーパーがあるんですが、そこだと日本の緑茶売り場くらいのスペースが全部コンブチャ売り場だったり、ノンアルコールカクテルに使うシロップがたくさん売ってたりして、健康志向のものが流行る土壌がありますよね。

草なぎ:すごく頭で考えて選んでますよね。日本だと、最近僕のリスペクトする友達がお酒が飲めない表現者集団でソフトドリンク部というラップユニット結成していて、説教臭くなく飲めない人を擁護しようとしたら音楽制作になったと話していて、面白いなと思いました。

あと今井さんをニューヨークのノンアル系とするならば、僕は自分のことを激しいアルコール系だと思っているんですよ(笑)。今、時代に逆行する形でなぜか日本ではストロング系のチューハイが流行っていて、海外の人たちも簡単に酔える酒が路上で飲めるんだって言って、センター街のコンビニに集まって来てますよね。僕はどちらかと言えばそういう文化が好きというか、面白いなって思うんですよね。

今井:面白いんですが、なんだかちょっと怖い話ですね(笑)。

草なぎ:そうなんですよ。普通ではないです(笑)。でもそれをインスピレーションにして、道玄坂に「SHOT」という、路上で美味しいコーヒーとお酒を飲める店を作ってしまいました(笑)。

コンテンツ作り、お店作り、アバター作り

今井:草なぎさんはその時その時の店長ってどうやって見つけてくるんですか?

草なぎ:店長は本当に時の運ですね。例えばBUNDANは、実はミシュランの星を取った店の元支配人がやってくれているんです。星まで取ると転職する際、激しい労働よりも、働きやすい環境を探していたそうで、公園の中にあって9時半から5時半までしかオープンできないBUNDANは、飲食店の中ではまさにホワイトな職場だったんです。GODBARのスタッフのヴァネミちゃんは「店を夢でみたので働きたいです!」って電話をいきなりかけてきた子ですが、才能あってめちゃめちゃ面白いです。ストローはどういう方と一緒にやっているんですか?

草なぎ氏の蔵書を読みながら過ごすことができる、BUNDAN COFFEE & BEER。

今井:レシピを考えてくれているのは、渋谷のティースタンドで店長をしていた赤坂君という人です。彼はいま26歳なんですが、年齢のわりに食に対する感度がものすごく高くて、彼ならできるんじゃないかと連絡してみたら、ぜひやりたいですと言ってくれて、実際に、毎回違うレシピですごくいいドリンクをずっと作ってくれるんですよ。

―― そういう方々って、どういうきっかけで出会うんですか?

今井:今すぐ仕事をするわけじゃないけど、この人は面白いなという人は1回ご飯を食べたりお酒を飲んだりして、いつ連絡しても久しぶりと言わないような関係を作ることは意識しています。だからストローの立ち上げ時も、空間とグラフィックとレシピを作るスタッフが最初に必要でしたが、連絡したらその日のうちにみんなあつまって、普段こういう仕事で色々な人とつながりを持っているからこそだなというところはありましたね。

草なぎ:編集者って色んな職業やタイプの人と会う仕事だから、広い関係をつくりやすい環境ですよね。何だかんだ人とのつながりは本当にでかいと思います。

――なるほど、一緒に仕事をするスタッフはもちろん、取材対象の人たちも含めると、とても幅広くなりますね。

草なぎ:でもお店作りは普段やっているような雑誌とかウェブを作りとはまた違ったおもしろさがありますよね。全部まるっと作って、そこで働く人がいて、お客さんが付いてくれてって、すごく楽しいですよ。

今井:すごく良いですよね。会社を作るのもそうですけど、お店を作るのってゲームのアバターみたいに、一つのキャラをつくっているというイメージがあります。自分とは違う人格を一つ作り上げるみたいな。例えば僕なら、ストローちゃんはどう言うかな、こういうイベントには出ないかな、こういうのは出たがる子だよな、って考えたりするのがめちゃめちゃ楽しいです。

編集という仕事の行く先 

―― 最近は「編集者」という職業がどんどん拡張しているなんてことも耳にしますが、最後にこれからの編集者はどういうマインドをもつべきか、どういう人間であるべきかを伺えますか?

草なぎ:まず、大手に所属する編集者なのか、個人や中小のプロダクションとかでやっている編集者なのかで随分話が違うんじゃないかと思うんです。つまりフリーや中小の編集ってお金もそんなに無いし、大物作家みたいな人とのつながりもあまり無いじゃないですか。なので僕はそういう状況でどう戦うか、みたいなことをずっと考えてきて、その時にお店を出すのはすごくいいんじゃないかと思ったんですよ。

人が集まるから仲間を作ることもできるし、よっぽど大赤字じゃない限り日銭は稼げる。二十歳くらいのとき、働いていた会社の冬のセール期間中を盛り上げるために、キヨスクみたいな空きスタンドをお店みたいにして盛り上げたことがあったんですよ。その時も平行して編集の仕事はやっていましたが、自分が何かものやサービスを提供して、お金をもらうってことがすごく健全だなって感動したんです。編集者って空気みたいな仕事で、原稿作ってそれがいくらになるか、金額の提示がよくわからないじゃないですか。だから、大手出版社ではなく、中小やフリーの編集者として戦うのであれば、小さい店を持ってそこで仲間を作って戦うっていうのは、一つありなんじゃないかなって思います。

今井:僕が最近感動したものでいうと、「週プレ酒場」(編注:週刊プレイボーイの発刊50周年に行われた、グラビアアイドルと居酒屋をかけ合わせた期間限定の企画)って本当に素晴らしいなって思ったんですよ。僕はああいう「もうあったもの」に新たな価値を与える行為に、すごくフェティッシュを感じていて、あれって要素を分解すると、全部既存のものじゃないですか。グラビアアイドルはいたし、プレイボーイもあったし、居酒屋もあった。ただ、あれを三つ合わせて編集という掛け算をしたらすごく面白い店になった。つまり既存のものに新たな価値を吹き込む技術こそが編集なのかなと思っています。それってまさに草なぎさんがGODBARなんかでやってきたことだと思うんですが、なにかを組み合わせて価値を作り、世に出す、ということはとても大切な技術だと思います。

あと、個人的な話になりますが先日とある先輩に「お前は本当にヒマだな!!」って笑われたことがあって。それは、そのときぼくが披露した話への最大限の賛辞だったんですね。よくそんなくだらないこと調べたなっていう意味での。

僕、それがすごくうれしくて。みんなが知らないことを知っていたり、みんなが見てないものを見てたり、みんなが認知してるけど行かないとこに行ったり。草なぎさんなんかまさにそうですけど、そうやって得た変な情報を持ってる人でありたいなと思いますね。それすなわち「ヒマなやつ」であることだと思います。