© Elvin Hu
取材・文:6PAC
なぜ倉木麻衣のジャケット画像が?
昨年の11月にiPod Classicのクリックホイールとカバーフローを再現したアプリが、アメリカのTwitter上で話題となった。iPhoneをiPod Classicのように操作できることに興奮した人も多かったようだが、筆者にはカバーフローで次から次へと表示される倉木麻衣のジャケット写真の方が、なぜか気になってしまった。
気になることはすぐに本人に訊いて確かめるのが癖なので、このアプリを開発中だというエルビン・フー氏に色々と訊いてみることにした。
中国の北京出身の同氏は、現在ニューヨーク市にあるクーパー・ユニオンという大学の学生だ。ミズーリ州のセントルイス・ワシントン大学でコミュニケーションデザインと音楽を2年間学んだ後、ニューヨークへと移ってきた。アメリカの大学に進学したのは、「UIやグラフィックデザインに興味があったのですが、中国ではこれらの分野に集中できるプログラムを見つけられなかったから」だという。中国の美術系大学の多くが要求する「絵を描くという能力」を同氏が不得手としていたことも関係しているとのこと。
SwiftUIを詳しく調べるのが目的で始めたプロジェクト
エルビン・フー氏
© Elvin Hu
冒頭で紹介した開発中のアプリは、同氏がAppleの新しいUI構築フレームワークであるSwiftUIを詳しく調べるのが目的で始めたプロジェクトだ。同氏の言葉を借りると、「iPod classicとカバーフローのデザインにインスパイアされた音楽アプリで、Apple Musicとつながることで、ユーザーのローカル音楽ライブラリから音楽データを読み取る」ものだという。
iPod関連のデザイン特許や著作権はAppleが所有しているため、このアプリがAppleの審査を通るかどうかは不明だが、首尾よくAppStoreで公開されることになっても「無料でリリースします」と話す。続けて、「無料にするのは、著作権の所有者がAppleだということなど、いくつか理由があってのことです。私のソースコードに基づいてスピンオフが作成できるように、アプリの実装に関して部分的にチュートリアルを用意する予定です。iOSの開発者コミュニティで公開されているリソースから多くのことを学んだので、恩返しだと思っています」と語ってくれた。
『名探偵コナン』と倉木麻衣
一番訊きたかった「倉木麻衣のジャケット写真」について訊いてみた。すると「大ファンなんです」という予想通りの答え。さらに突っ込んで、何がきっかけで倉木麻衣の大ファンになったのか訊ねてみると、「子どものころに大好きだったアニメが『名探偵コナン』で、テーマソングを歌っていたのが倉木麻衣さんでした」とのこと。J-POPそのものとの初めての出会いは、「ZARDの“運命のルーレット廻して”でした」とやはりコナンつながりだ。その他にもテーマソングを歌った愛内里菜やGARNET CROWの曲も聴いていたというが、J-POPにハマったのも、日本語を勉強する動機となったのも倉木麻衣の歌がきっかけだと話す。
倉木麻衣の歌詞を教材として、最初に学んだ日本語はひらがなとカタカナ。「白い雪」という曲名にある“い”が最初に覚えたひらがなだという。「“happy days”、“Time after time~花舞う街で~”、“渡月橋 ~君 想ふ~”の歌詞は素晴らしいです」と力説する同氏の日本語能力は、「日本語の歌詞を英語や中国語に翻訳できる」レベルだ。
家族と離れて異国で暮らす留学生の多くはホームシックというものを経験したりするが、北京からたった一人でアメリカへと渡った同氏はどうなのだろうか。「ビデオチャットなどの最新テクノロジーのおかげもありますし、学業で忙しく余計なことを考えている暇がないので、それほどホームシックにはなりません」と話してくれたが、「初めて一人でアメリカにきたばかりの頃は、確かに夜寂しかったですね。孤独感が襲ってきた時に救ってくれたのも倉木麻衣の曲です。彼女の曲の多くが“応援歌”です。“Wake me up”が自分の気持ちを高めてくれました」とも語る。
たった一人でアメリカにいることで不安になることはないのか訊いてみると、「将来に対する不確実性ですかね、自分がどの街で暮らすのか、どんな仕事をするのか、今やっていることが自分や他人の人生にプラスの影響を与えるかどうかなどでしょうか」という答えが返ってきた。仕事に関しては今年からインタラクションデザイナーとしてGoogleのChromeチームに所属することが決まっている。住む場所も東海岸から西海岸へと移ることになるだろう。具体的な職務内容は未定だろうが、おそらく多くの人の人生のプラスになる仕事をする確率も高いはずだ。
彼のような人材が、どうすれば日本で働いてくれるだろうか
記事執筆時点で北京に里帰りしていた同氏から、「ミュージックステーションのウルトラSUPERLIVE 2019が楽しみです。倉木麻衣は“薔薇色の人生”と“Love, Day After Tomorrow”を歌うみたいです」と連絡があった。同氏のようにいまだに倉木麻衣、ZARD、愛内里菜、宇多田ヒカル、西野カナといったJ-POPを日常的に聴いていて、英語と日本語能力もあり、Googleに採用されるだけの技術的バックグラウンドがある人材にとって、日本企業で仕事をする選択肢をどうすれば持ってもらえたのかなと、ふと思った次第である。
優秀な人材の海外流出が叫ばれているが、海外の優秀な人材を惹きつけるのもまた重要ではないだろうか。「他国の文化が好き」と「その国で働くこと」は一概に結び付けられないとはいえ、日本のポップカルチャーを活かしきれていない気がするのはあくまで気のせいだろうか。