CULTURE | 2019/12/03

目的から導き出す「逆算」の思考法【連載】青木真也の物語の作り方〜ライフ・イズ・コンテンツ(1)

15年以上もの間、世界トップクラスの総合格闘家として、国内外のリングに上り続けてきた青木真也。現在はアジア最大の「ONE...

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15年以上もの間、世界トップクラスの総合格闘家として、国内外のリングに上り続けてきた青木真也。現在はアジア最大の「ONE」を主戦場とし、ライト級の最前線で活躍。さらに単なる格闘家としての枠を超え、自ら会社を立ち上げるなど独自の活動を行う。

そんな青木は、自らの人生を「物語」としてコンテンツ化していると明かす。その真相はいかに? 唯一無二の価値観を貫く異能の格闘家の連載がFINDERSでついに始まる。

聞き手:米田智彦 構成:友清哲 写真:有高唯之

青木真也

総合格闘家

1983年5月9日生まれ。静岡県出身。小学生の頃から柔道を始め、2002年に全日本ジュニア強化選手に選抜される。早稲田大学在学中に、柔道から総合格闘技に転身。「修斗」ミドル級世界王座を獲得。大学卒業後に静岡県警に就職するが、二カ月で退職して再び総合格闘家へ。「DREAM」「ONE FC」の2団体で世界ライト級王者に輝く。著書に『空気を読んではいけない』(幻冬舎)、『ストロング本能 人生を後悔しない「自分だけのものさし」』(KADOKAWA)がある。

金を稼ぐことにこだわり続けた20代の頃

格闘家は何を目的に戦うのか――? より多くのファイトマネーを稼ぐことを望むのか。それとも名を売って有名になりたいのか。その答えはきっと、選手それぞれで異なるに違いない。

デビューしたばかりの頃、僕の目的はお金だった。なにしろ修斗時代のファイトマネーは1試合あたり数万円。史上最短記録となった、5戦目で世界ミドル級のタイトルを獲得した試合ですら、僕は15万円しか受け取っていない。とにかく貧しい思いを強いられていたこの当時は、どうすれば1円でも多くお金を稼ぐことができるのかということばかり考えていた。

お金というのは生活の糧であると同時に、僕にとっては成果を測る唯一のものでもあった。受け取る金額の多寡こそが、自分がこの世界でどれだけ認められているかを知る指針であり、より多くの金を稼ぐことが格闘家としての価値だと考えていた。

やがて活動の場をPRIDEに移すと、当時の格闘技界の好況もあり、待遇は目に見えて改善する。PRIDE側が最初に提示した金額は、1試合200万円。貧しい時期にもめげずに研鑽を積み、地道に実績を積み重ねていったことが報われる思いだった。

しかし、ここで僕は考えた。試合をするごとに200万円を受け取るよりも、月給の形で毎月お金を受け取ったほうが、生活設計がしやすいのではないか。何より、一度にまとまった大金をもらうよりも、コンスタントに収入を得たほうが精神的な安心感も大きいだろう。

そこで団体と交渉の場を持ち、僕は月額30万円の固定給と、1試合100万円のファイトマネーを確約させる。おそらく月給制を申し出たのは、格闘技界では僕が初めてだろう。

月給制が僕にもたらしたもの

もちろん、こうした月給制が受け入れられたのは、青木真也という選手に相応の価値を感じてもらえたからにほかならない。そして僕自身、これは格闘家としていっそう充実した生活を送るために、必要な交渉だったと考えている。

なぜなら定収入が得られるようになったことで、日々のトレーニングにかかる費用の算段がつけやすくなり、練習環境を整えることができたのがまず大きい。さらに、試合をすれば月給にファイトマネーがプラスオンされるのだから、どんどん試合をこなしたいという意欲が生まれた。

年4試合と言わず、5試合でも6試合でもこなしたい。実際に僕は、2008年にはPRIDEで7試合を戦っている。これは我ながら不思議な心境で、もし年間800万円を12分割して毎月受け取っていたら、もっと試合をしたいとは思わなかっただろう。場数を踏むことで得るものは多く、結果的にこれが、より強くなるための土壌となった。

人間というのは基本的に怠惰な生き物だ。だから、目の前にニンジンがぶら下がっていなければ、なかなか重い腰を上げられない。その意味で、20代のこの時期に多くの試合を経験できたことは、今の僕を形成する上で非常に重要だったと感じている。

それだけ収入も増えていくわけだが、だからといって散財に走るようなことはなかった。食べるものも着るものも以前と変わらず、生活の質は何も変わらない。むしろ、次から次に試合が決まるから、金を使う暇などなかったのが実情だ。

そんなある日、ふと考えた。銀行口座に貯まっていくお金を眺めながら、果たして自分は一体何がしたかったのか、と。このお金を、どう使えば自分は満足できるのか。そう考え始めた時、僕は自分の本当の目的が、実はお金そのものではなかったことに気がついた。

考え抜いた末に見えてきた、戦うことの本当の目的とは

現在の格闘技シーンを見ていると、少なくとも僕の目には、大半の選手は本当の意味での自分の目的を見出だせないまま戦っているように見える。彼らがなんとなく見据えている目的は、他の誰かが設定した大まかなものでしかないからだ。

たとえば、お金持ちになることがすなわち幸せであるという定義は、社会通念的に漠然と植え付けられたものに過ぎない。もちろんお金はないよりあったほうがいいが、多くの人はお金を稼ぐという目的を疑うことなく前へ進んでいる。

果たしてそれは、本当に自分が追い求めるものなのか。これは格闘家に限らず、すべての社会人に通ずる問いだろう。

時に、当たり前のように信じ込んでいる前提を疑い、目的意識を整理する作業は大切だ。そしてその目的は、局面ごとに絶えず変化するものであっていい。僕自身もそうだった。

では、自分は何を目指し、何を求めて戦っているのか。悩みに悩んだ末、ここ数年でようやくたどり着いたのは、自分でなければならない仕事をすること、格闘技を通して自分ならではの価値を生み出すことだった。

4年ぶりの敗戦から導き出された新たな境地

格闘技の世界には、僕より強い人も僕より稼いでいる人も大勢いる。しかし、僕には誰よりも自分が好きなことを表現し、自分だけの物語を作ってきた自負がある。それこそが自尊心であると言い換えてもいいだろう。

僕はこの16年に渡る格闘技人生を、誰よりも必死に生きてきた。その手応えがあるからこそ、自分を保つことができている。

自分の物語にこだわり続けた結果、20代の頃は特に、妙に尖った人間であるように思われがちだった。あまり自覚はないのだが、実際に過去の言動を振り返ってみれば、否定できないものがある。

若さゆえの自我や勢いを、僕は否定する気はない。若さに任せて行けるところまで突き進むのは、若い世代の特権だ。ところが、やがて歳を重ねていくと、いつか立ち止まる時がやってくる。僕の場合、その引き金となったのが、33歳の時に喫した黒星だった。

これは僕にとっておよそ4年ぶりの敗戦で、さらに次の試合でも僕は敗れ、連敗を喫してしまう。この時、僕は格闘家人生で初めて潮時を感じていた。ここまでこだわり抜いてきた自分の物語を、そろそろ終わらせるタイミングがやってきたのではないか、と。

だから、その翌年にセットされたシンガポールでの試合は、最期を迎えるような闘いとは真逆の心境で迎えるしかなかったのだ。

「目的」をアップデートする

忘れもしない、2018年5月18日。その試合、僕は入場直前にも関わらず、まるで自分を奮い立たせることができずにいた。

戦う意欲がまったく湧かず、ファイトマネーも何も要らないから、できることならリングに上がりたくないと、真剣に考えていた。こんなことは初めてだった。それでもリングに上がらなければならないから、自ずと不安ばかりが増してくる。

その時、会場に駆けつけてくれたファンの声が耳に飛び込んできた。日本から遠く離れたシンガポールまで足を運び、「青木! 青木!」と僕の名をコールしている。それを聞いた瞬間、ふと心の中に新しい感情が芽生えるのを僕は感じていた。

「今日この試合だけは、こうして声援を送ってくれている人たちのために戦おう。彼らのために全力を尽くして頑張ってみよう――」

結果は1ラウンドKO勝ち。僕にとって、約2年半ぶりの勝利だった。

これ以降、僕はすべての試合を応援してくれるファンや仲間のために戦い、そして勝利を納めている。そこで今振り返ってみて感じるのは、人が行動を起こす際、エネルギー源とするのは何であってもいいということだ。

人のためではなく、自分のために戦うことにこだわる選手もいるだろう。それはそれでいいと思う。しかし僕の場合は、ある時期からこうして使うエネルギー源を変えたことで、活動を通してより多くの人々を巻き込むようになったのも事実だ。

積極的に他者を介在させるようになったからこそ、30代後半に差し掛かった今も後に引けなくなったのは事実だが、それまで勝者が総取りする気持ちで戦ってきた僕からすれば、これは明らかな成長だった。

勝者総取りの世界では、周囲が糧を得ることができず、やがて潰れてしまうだろう。それでは結果的に、自分が生き残ることもできない。対照的に今は、周囲の人たちと協力し、助けを得ながら共に前へ進んでいる。

皆さんもぜひ一度、立ち止まって考えてみてほしい。仕事を続ける上で、自分が目的としているものは何か。エネルギー源にしているものは何か。もしかすると、着地点を切り替えることで、知らず識らずの内に閉塞していた世界から脱することができるかもしれない。それにより、パフォーマンスとがらりと変わるとすれば、あなた自身の物語の次のステップが見えてくるはずだ。