『混浴温泉世界』『国東半島芸術祭』『in BEPPU』などアートフェスティバルの企画・運営や地域産品のプロデュース、企業へのコンサルタント業務など、アートやクリエイティブを軸にさまざまな活動を展開するBEPPU PROJECT。その発起人であり、代表理事の山出淳也が、アートと地域を接続する活動について語り、よりよい未来を考える連載。
第3回目は、地域や社会に本当に求められているデザインと、それを実装するために必要な人材やプロセスについてご紹介します。
構成:田島怜子(BEPPU PROJECT)
山出淳也
NPO法人 BEPPU PROJECT 代表理事 / アーティスト
国内外でのアーティストとしての活動を経て、2005年に地域や多様な団体との連携による国際展開催を目指しBEPPU PROJECTを立ち上げる。別府現代芸術フェスティバル「混浴温泉世界」総合プロデューサー(2009、2012、2015年)、「国東半島芸術祭」総合ディレクター(2014年)、「in BEPPU」総合プロデューサー(2016年~)、文化庁 第14期~16期文化政策部会 文化審議会委員、グッドデザイン賞審査委員・フォーカス・イシューディレクター (2019年~)。
平成20年度 芸術選奨文部科学大臣新人賞受賞(芸術振興部門)。
言い訳がてらの近況報告。グッドデザイン賞の審査委員を務めました
連載とはいいながら、前回の記事公開からずいぶん時間が経ってしまい申し訳ありません。
言い訳というわけではありませんが、その間にBEPPU PROJECTがどのような活動をしていたのかを簡単にご紹介します。
まず、僕が総合プロデューサーを務める2つの芸術祭『in BEPPU』と『ベップ・アート・マンス』が、大分県別府市で同時開催されました。『in BEPPU』は毎年、国際的に活躍する1組のアーティストを別府に招聘し、地域性を活かしたアートプロジェクトを実現する個展形式の芸術祭です。今年はガムテープと新聞紙のみで立体造形作品を制作する関口光太郎さんをお招きし、『関口 光太郎 in BEPPU』を開催しました。大分県下1000人以上の小学生も制作に参加し、幅15m・奥行き25mにもおよぶ巨大な作品空間を公開。「多文化共生」をテーマに作られた作品は、国内外の来場者に驚きや感動、そして創作の喜びを提供しました。
『関口 光太郎 in BEPPU』
また、もう1つの芸術祭『ベップ・アート・マンス』は、今年で10周年を迎えました。これはプログラム登録型の市民文化祭で、今年は約51日間で123プログラムが実施されました。年々プログラム企画者同士の連携が強くなり、ジャンルを超えた共同企画が生まれるなど、事務局の関与しないところで自然発生的に新しい動きが生まれているのが何よりも嬉しいことでした。
『ベップ・アート・マンス』10周年記念パーティーの様子
さらに大分県内の中小企業とクリエイターをマッチングし、新たな商品やサービスを創出する『CREATIVE PLATFORM OITA』でも、今年度マッチングが成立した企業とクリエイターとの協働事業がいよいよ始動しました。他地域でのプロジェクトのコンダクターという大役もいただき、この2カ月間、大分県内外問わずあちこち移動続きだったんです。更新が滞ってしまった言い訳にはなりませんが、この2カ月間の出来事も、大きな流れの中で俯瞰し、いずれこの連載の中でお伝えすることになるかと思います。
前置きが長くなりましたが、今回はこの期間にグッドデザイン賞の審査に携わるにあたって、デザインについて考えたことをお伝えします。
今年から僕はグッドデザイン賞の審査委員、そして地域社会にフォーカスを当てた取り組みを発見し顕彰する『フォーカス・イシュー』のディレクターとして関わらせていただくことになりました。
2019年度 グッドデザイン賞受賞展
そして、今これを書いている10月31日、グッドデザイン賞の大賞およびグッドフォーカス賞をはじめとする各部門の受賞者が決定しました。
一般的な意味でいうと、僕はデザイナーではありません。しかし、地域や社会が抱えるさまざまな課題の本質を見つけ、その解決方法について考えるというBEPPU PROJECTの活動は、広い意味でデザインに関係していると思っています。
そのような観点からグッドデザイン賞の審査をさせていただいたことで、現代の日本が抱える課題や、それに対して社会が何を望んでいるのかということが少し見えてきました。せっかくなので、今回はそれをご紹介させていただきたいと思っています。
課題解決のための優れたデザイン「結核迅速診断キット」と「チョイソコ」
東日本大震災以降、全国各地で大きな災害が相次ぎ、人命救助や地域復興など、人間の横のつながりによってレジリエンスを養成・強化するためのデザインが多く生み出されるようになりました。
また、もう1つの潮流として、日本だけではなく世界中で最重要課題として認識されているテーマがSDGsです。貧困や温暖化、フードロスなど、世界が直面している課題は数多くあり、今、我々がそれにどう立ち向かっていくかが問われています。しかし、それらの多くは文明によって引き起こされた出来事です。その社会の課題を解決する取り組みが大きなビジネスに変わっていくという皮肉な現状を、僕はモヤモヤとした気持ちで眺めています。
グッドデザイン賞にノミネートされた作品にも、さまざまな社会の課題を解決する取り組みがありましたが、数ある作品の中から2019年の大賞を受賞したのは富士フイルム株式会社の診断キット「結核迅速診断キット」でした。
「結核迅速診断キット」。これまで結核の診断には喀痰(かくたん)が広く用いられてきたものの、これを使えば尿での検査が可能になります。ちなみに本製品は患者数が多い開発途上国に向けたものとして開発しており、日本での発売は予定していないとのこと
今、世界で結核による死亡者は年間160万人にものぼります。HIV感染者の一番の死因は結核なのだそうです。『結核迅速診断キット』は、健康不良や経済的な事情で検査を受けられずに命を落としてしまうことがないように開発された、安価で簡便な結核の診断キットです。開発者は国内随一のフィルムメーカーである富士フイルム株式会社。写真現像の技術を応用し、結核菌の有無を判定する仕組みなのだそうです。
この作品で僕が最も興味を持ったのは、課題に対して新たな技術やシステムを開発するのではなく、既に持っている技術を応用して、人命の救助につながる商品を生み出したという点です。今ある技術をまったく異なる目的のために転用する、これはつまり編集力です。
地域の課題を解決するデザインの好例として印象に残ったのは、グッドフォーカス賞[新ビジネスデザイン]に選ばれた、デマンド型交通サービス「チョイソコ」です。
「チョイソコ」のサービス概要
これはアイシン精機株式会社と株式会社スギ薬局との協働事業で、高齢者や交通不便者を対象としたサービスです。電話で事前に申し込みをすれば、自宅最寄りの乗降場から希望の行き先まで乗り合いのマイクロバスで送迎が受けられます。乗降場は高齢者のニーズが高い病院やスーパー、公共施設など。通常の公共交通機関との大きな違いは、事前申し込みによって乗降場があらかじめ決まるので、無駄な立ち寄りがないということです。また、運営については乗降場の周辺施設から協賛を募ります。これにより、乗車料金を安価(一律200円)に設定しても採算がとれるビジネスモデルを構築していました。
『チョイソコ』は、最初から大きな仕組みを作ろうとするのではなく、小さなコミュニティの中でさまざまなリソースを編集しながら、スピード感を持って実証実験を実施しました。アクセシビリティに課題を持つ人たちに向けた、限定的かつ切実なこのサービスは、今後全国への拡大も予定しているそうです。
優れた問いを投げかけられる人物こそが、プロジェクトに強度を持たせる
今年ノミネートされた作品は、どれも今の時代を反映した優れたデザインばかりでした。そのなかでも授賞作品を選考するにあたって、審査テーマとなったのは「共振力」と「美しさ」です。
この2つは表裏一体です。人の心を動かすのは「共感」です。共感が極めて強く心を揺さぶったとき、共振が生まれるのだと感じています。また、心が大きく動く理由の1つに「美しさ」があります。それは必ずしも表面を綺麗にお化粧したり、見栄えを良くしたりすることとは限りません。本質的な美とは、余計な情報を取り除き、伝えるべきメッセージを明確にすることによって生まれます。
グッドデザイン賞の審査会は数カ月間に渡り、その本質的な美を探りながら議論を重ねました(それは想像を超える大変な作業で、連載が止まってしまうほどでした。重ね重ねすいません…)。
「結核迅速診断キット」と「チョイソコ」に共通していたのは「編集力」です。地域や社会が抱える課題の解決のために、これから必要とされるのはまさにこの能力であると実感しました。
同時に必要なのは、まず誰かが1歩前に進もうとするということです。そのサービスや商品は誰の役に立ちたいと思っているのか、今後誰が担っていくのか、実現可能性を検証し、持続可能な運営体制も組み立てながら、アイデアを形にしていくために、まずアクションを起こすということが重要です。
「結核迅速診断キット」の最終プレゼンでは、HIV陽性患者の中から結核と診断された患者の70%もが集中しているというアフリカで、結核治療のために奮闘している医師のビデオメッセージが流れました。「チョイソコ」は地域の高齢者をサポートするため、民間企業が運営主体となって、高齢者のニーズを汲み取るとともに自治体に働きかけることによって、さまざまな課題をクリアし実現させました。このように、いずれも顔が見える誰かを救うための動きであるということも、現代社会に必要とされるデザインが生まれた要因だったと感じています。
大企業であれば、新しいプロジェクトに取りかかることは比較的容易かもしれません。しかし一方で、本当に地域に必要とされることを実現するまでには時間がかかります。組織の枠にとらわれず、プロジェクトごとにさまざまなセクターや能力を持つ人たちとチームを組める柔軟性が許容されれば、地域の課題はもっと早期に解決できるのかもしれません。
チームを編成するときにまず必要なのは、パッションを持ってプロジェクトを推進する中心人物です。この人物がプロジェクトの動きを左右します。次に必要なのが、そのパッションをロジカルに整理し、プロジェクトを組み立てる人物です。そして、僕が個人的に重要だと思うのは、異なる観点からプロジェクトに問いを投げかける人物です。
パッションを持つ中心人物は、ゴールに向かっていくために力強く物事を推し進めていきます。しかし、その進め方が果たして正しいのかを振り返って考える必要がある。その時に優れた問いを投げかけることができる人物こそが、プロジェクトに強度を持たせるのだと思っています。
コンパクトな形であっても、ますはリリースし、評価・検証し、改善する。このプロセスを短期間で行うということを僕は重要視してきました。次回はこのような考えに基づいて組み立ててきたBEPPU PROJECTの事業について、具体例を挙げながらご紹介します。
【BEPPU PROJECTからのおしらせ】
『CREATIVE PLATFORM OITA』公開中
大分県内の企業が有する技術やノウハウに、クリエイティブな発想や考え方を取り入れることによって、競争力の高い商品・サービスの開発や、新規マーケットの創出につなげていくことを目的としている『CREATIVE PLATFORM OITA』。その一環としてBEPPU PROJECTが運営しているウェブサイトは、全国各地のクリエイティブを活用した事例の紹介や、第一線で活躍するクリエイターへのインタビュー記事などを掲載しています。