©2018 Home Box Office, Inc. All rights reserved. HBO® and related channels and service marks are the property of Home Box Office, Inc.
梅澤亮介
ライター
1988年、埼玉県生まれ。リアルサウンド映画部・リアルサウンドテック・IGN Japanでも執筆。映画・海外ドラマ、ゲームのレビュー、芸能コラム、ポップカルチャーから見た社会批評が守備範囲。
Blog:http://edwardbickle.hatenablog.com/
Twitter:@ryosukepocky
不寛容で閉鎖的なムラ社会の辛さをこれでもかと描く
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本作は、不寛容で閉鎖的なムラ社会の辛さをこれでもかと描く。家族、ムラ社会が、人格形成や成人後の人生の足かせとなる恐怖をまざまざと見せつける。トラウマは、運命を過去の似たような状況へと引き込みうる。因縁から逃れられ、自由意志をつかみとれるか、視聴者の心をえぐるような形で語られる。
アメリカ南部といえば、フィクションの世界では何度も、「よそ者に不寛容」として描かれてきた。同質性が強く、排他的、閉鎖的、差別的社会であると。
それ故、ハリウッドの、リベラル志向なクリエイターからしてみれば、「未開社会」とみなされてきた。本作の舞台も、ミズーリ州にある「ウィンド・ギャップ」という架空の町ではあるが、南北戦争における南軍の功績を称える町であり、アメリカ南部に他ならない。メキシコ系住民や同性愛者に対し差別的、現在においても黒人女性を給仕として雇い、よそ者や同質性を乱す者には排他的。今も続くこうした現状を鑑みると「未開社会」と言わざるを得ない面も多い。
本作は、『ゴーン・ガール』などの原作者ギリアン・フリンのデビュー小説、『KIZU―傷―』(原題:Sharp Objects)をHBOがミニシリーズ化した全8話のミステリードラマ。彼女は製作総指揮、脚本も務めている。
製作総指揮・監督は、ジャン=マルク・ヴァレ。ドラマでは、『ビッグ・リトル・ライズ セレブママたちの憂うつ』でエミー賞監督賞を受賞している。さらに忘れてはならないのは、製作総指揮のジェイソン・ブラム。『パラノーマル・アクティビティ』、『ゲット・アウト』など、低予算ホラー映画の帝王と呼ばれている。
ミステリーであり、サイコサスペンスでもある
主人公のカミール・ブリーカー(エイミー・アダムズ)。母との確執など過去のトラウマから逃れるためアルコールや自傷行為に依存、精神科病院から退院し現場復帰したばかり。
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本作の主人公、カミール・ブリーカー(エイミー・アダムズ)はセントルイス在住、地方誌の新聞記者だ。世間とは距離を置き、自傷行為と酒浸りの日々を送っている。ある日、彼女は、故郷の町ウィンド・ギャップで起きた連続少女殺人事件を取材してほしいと、編集長に頼まれる。
彼女の生まれは地元の名家だが、母親であるアドーラ・クレリン(パトリシア・クラークソン)との不仲で家を飛び出した経緯があり、そのトラウマからいったんは拒絶するも、最終的に取材することになる。しかし、この町はよそ者や変わり者に対して冷たい目を向ける排他的なところだ。カミールは、カンザスシティから捜査の支援に来たウィリス刑事(クリス・メッシーナ)とともに、事件の真相を探っていく。
写真左がウィリス刑事(クリス・メッシーナ)。カンザスシティーから捜査の支援に来ている刑事。閉鎖的な田舎町での長引く捜査に辟易している中で出会った唯一の“よそ物”のカミールに心を開く。
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しかし、捜査の過程で、再びウィンド・ギャップでのトラウマと向き合わされ、さらに古傷を広げていくことになる。
本作は、連続少女殺人事件の犯人を探すミステリーであり、カミールの過去や人間関係に着目し、“現在”の行動や情動との因果関係を見出すサイコサスペンスでもある。
カミールの目的は、事件の関係者への取材から、全貌を明らかにすること。一方ウィリスは、関係者への聞き込み、事件現場での立ち合い、重要資料の閲覧などの一連の捜査から、犯人を逮捕すること。2人は、目的や役割こそ違えど、常に現況を報告し合う。そうした2人の行動は、住民にとって目障りだ。
個人的にこの作品は、サイコサスペンスとしての魅力がより強いように思う。わかりやすい大仰な演技・演出ではなく、細かく印象的な画を、ある規則の下で偏在させているからだ。例えば、小刻みのカットの挿入でフラッシュバックを見せる、特徴的な演出をクローズアップでとらえてそれを随所に散りばめるなど。それにより、視聴者側の不安感を徐々に高めていくのが非常に上手い。
こじれ続ける母と娘の関係。そして…
カミールとアマの母親であるアドーラ・クレリン(パトリシア・クラークソン)。生粋の南部白人富豪の出身で、しつけが厳しく娘たちに対して過干渉。常に世間の噂や評判を気にしている。不安になるとまつ毛を抜く癖がある。
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カミールは母アドーラとの関係がうまくいっていなかったと書いたが、もう一人の重要人物として、異父妹アマ(エリザ・スカンレン)がいる。アマはアドーラの前では理想的な「いい子」を演じ、彼女から溺愛されているように見える。しかし母親の目の届かないところでは天真爛漫でもあり非行に走りがちだ。夜遊びが好きで、酒やドラッグにも手を出している。その理由は、「自分のことを着せ替え人形としてしか見てくれていない」という不満を感じているからだという。
カミールの異父妹アマ。母アドーラの目を盗み、外では普通のティーネージャー、家では母の言うことを守る人形のような娘を演じ分け、母に溺愛されている。
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アマは、異父姉カミールがかつてアドーラに反抗していたことも知っており、カミールに憧れている。「カミールも夜遊びしていたから私もする」という思いから、彼女はカミールを夜遊びに誘うこともあるが、そんなアマに対し、カミールは思春期時代の自分を重ねる。序盤では、彼女の非行をとがめるものの、次第に故郷での記憶をよみがえらせ、カミールと行動をともにするようになる。
カミールは、母親のアドーラからの過干渉に嫌気を感じながらも、一方で彼女にすがりたい気持ちも抱えている。まず、後に語られるある理由から家出をしたにもかかわらず、故郷での取材となると、結局は自家に戻ってしまう。
帰宅して間もなく、アドーラから、「連絡してくれたら食事を用意したのに」という言葉をかけられるシーンもあり、もはや日常会話すら困難なほど関係がこじれているわけではないことはわかる。だが、アドーラはカミールへの干渉をやめようとしない。例えば第2話にて、教会で犠牲者の少女をとむらう際、カミールは取材で得た情報をメモするが、遺族の気持ちも考えてほしいということからアドーラはそれを止める。しかし、カミールは構わずメモを続ける。アドーラが再度止める。このやりとりに業を煮やしたカミーラは教会を去っていく。
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アドーラは、カミールにも、アマにも、親心を超え支配欲で抑えつけようとしている。ウィンド・ギャップ名家であるクレリン家の家長である身としては、カミールの自由意志からの行動に対して嫌味を言うし、アマが夜遊びを止めない場合、力づくで押さえつけることもある。
以上のような関係性の中、カミールは取材を続け、何か強い感情が起こるたびに自傷行為を繰り返し、町でアマを見かけ追跡しては様子を見て、思春期の自分と重ねる。
アドーラは、過去にクレリン家の次女を亡くした悲しみと2件の殺人事件、またカミールとアマによる反抗から心身を病んでいく。
アマは、アドーラへの反抗、カミールへの憧れから、夜遊びを重ねる。
そして、ある時点で物語が一気に飛躍する。
本作は、主要人物がそれぞれ相反する側面を持つ。「こう思われたい」という気持ちでふるまおうとするが、一方で「本来の欲求」も隠さない。そして「こう思われたい」という願望が強まるほど、エゴも強まるという状況を突きつける。
その様はおぞましくもあるが、登場人物たちがトラウマや抑圧にしばられた人生から逃れ、自由意志で自分の運命を開拓していく姿はすがすがしくもあるのだ。
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https://finders.me/articles.php?id=507
『KIZU―傷―』公式サイト:https://www.star-ch.jp/drama/sharp-objects/sid=1/p=t/
同作はスターチャンネルで放送中。同社のオンデマンドサービスで配信しているほか、Amazon Prime Videoチャンネル内の「スターチャンネルEX」(月額プラス900円が必要)でも視聴可能。