『ロイヤルホスト』を始め、数多くの飲食ブランドを有する、ロイヤルホールディングス株式会社。創業は1951年。当時、営業を開始したばかりの国内線飛行機のための機内食搭載と、福岡空港の喫茶室の運営から始まった企業だ。それから60年余り――。製菓、製パン業、集中調理方式(セントラルキッチン)を採用した業務用冷凍食品の製造、そしてレストランやホテル経営への進出と、日本人の食のニーズの移り変わりと共に、外食産業の中では類を見ない思いきった決断力とスピードで事業を展開してきた。
そんなロイヤルホールディングスが今、さらなる注目を浴びている。
2017年11月6日に日本橋の馬喰町にオープンした『GATHERING TABLE PANTRY 馬喰町店』は、生産性向上と働き方改革を実現するためのひとつの施策として完全キャッシュレス、セルフオーダーのオペレーションを導入し、外食産業の新たな可能性を示唆する研究・開発店舗として大きな話題を呼んだ。この「外食店舗へのIT活用」をさらに推し進め、2018年10月2日に浅草にオープンしたのが、『天丼てんや』の実験店舗『大江戸てんや』だ。立地上、訪日観光客の利用に対応すべくメニューの多言語タブレットを導入。さらにシニア世代や外国人スタッフが天ぷらの調理をしやすいように、キッチンディスプレイを設置して“視覚でわかる”新しいキッチンオペレーションも導入した。このような改革を次々と成し遂げるヒントと、外食産業のこれからについて、常務取締役でイノベーション創造部担当の野々村彰人氏に話を伺った。
取材・文:石井絵里 企画:立石愛香 写真:神保勇揮
野々村彰人
ロイヤルホールディングス株式会社 常務取締役 イノベーション創造部担当
昭和30年長崎県生まれ。昭和53年にロイヤル株式会社(現在のロイヤルホールディングス株式会社)に入社し、ベーカリー、カフェ、レストランなどの支配人を経て一度会社を離れる。平成16年に同グループ内の専門レストランを運営するアールアンドケーフードサービス株式会社の営業部長として復帰し、同社の代表取締役社長に着任。その後、ロイヤルホールディングス株式会社の取締役を経て平成28年に現任。
「一人の人材を7つの店舗が奪い合う」状況では、小手先の時給アップだけでは対応できない
―― 浅草に『大江戸てんや』がオープンして約2カ月になります。手ごたえはいかがでしょうか?
10月2日に浅草でオープンした『大江戸てんや』。訪日外国人客が90%を占める立地特性を考慮し、外国から来られた方にもわかりやすく選びやすいメニューを提供している。
野々村:売上はまだ未知数ですが、店舗にITを活用した成果は出ています。当社がITを積極的に導入した裏側には、日本人の少子高齢化による労働力減少問題が横たわっています。その中でも外食業界は労働条件の厳しさ、業務の煩雑さなど、さまざまな課題を抱えており、現在では「一人の人材を7つの店舗が奪い合う」とまで言われるほどの人材不足に陥っています。時給を周辺相場の最大値付近で設定しても、そもそも応募がほとんどないといった場所もあります。そこで当社は「外食産業で働く人が困っている点をITに置き換え、人が行って価値のあることに集中できるようにしよう」と、発想を切り替えました。
具体的な取り組みは3つあります。まずは従業員にストレスの多いオーダー管理とレジ締め作業。これは独自開発したモバイルPOSによって、注文、会計、料理、提供までを一元的にサポートすることにしました。
『大江戸てんや』の業務フロー。注文を簡素化するだけではなく、調理・配膳も極力シンプルにすることで、経験の少ない店員でも短期間のトレーニングで働くことができる。
2つ目は、従業員の高齢化、グローバル化に対応できるキッチンシステムです。年齢や言語の異なる人たちがストレスを抱えることなく働くにはどうすればいいか。厨房の3カ所(揚げ場、盛り場、セッティングカウンター)にキッチンディスプレイを設置し、ディスプレイに表示されたイラストや数字を見れば、商品ごとに必要な食材の組み合わせや数、盛り付け方法が、誰にでもわかるように工夫しました。
キッチンオペレーションの詳細。どのメニューで何の天ぷらをいくつ揚げればよいか、どの順番で盛り付ければよいかが一目瞭然となっている。
そして3つ目が、2017年の『GATHERING TABLE PANTRY 馬喰町店』オープン時に、業界でも大きな話題となったキャッシュレス化ですね。『大江戸てんや』は、訪日外国人のお客様のご利用が約9割を占めます。クレジット、電子マネー、中国のモバイル決済サービスなど、現金を使わずにご利用いただけるシステムにしました。そして完全キャッシュレス化は働き手にとっても優しい試みです。従来の店舗が約40分かかっていたレジ締めを約5分で終了できます。また、現金を扱う作業は多大なストレスと責任を伴うものです。キャッシュレス化することで店長の拘束時間や精神的負担を減らすことができました。
『GATHERING TABLE PANTRY 馬喰町店』と既存の店舗の店長業務の内容がどのくらい異なるかを示すデータ。Royal Garden Cafe目白店と比較して、レジ締めに代表される事務作業の時間が大幅に少なく、人が行うことで付加価値の向上と生産性の向上につながる接客や調理、店舗ミーティングの時間を増やすことに成功している。
決裁権者が本気ならイノベーションは実現できる
『大江戸てんや』の店内
―― 半世紀以上続く老舗企業でありながら、ITやIoTをビジネスの現場で即活用できるのは、なぜなのでしょうか?
野々村:それは「新しいものを創り出せないものは落伍する」という創業者からのDNAかもしれませんね。当社は外食産業で一番大きな会社ではありませんが、60年以上前から「ケーキを冷凍してみよう」、「肉も冷凍できるのではないか」、「調理を一手に引き受ける場所(セントラルキッチン)を採用してみてはどうか」と、他社では試みていないことに挑戦し続けてきました。時代の流れを常に読む。そして挑戦や新規導入は、我々にとってそれほどハードルが高いことではないんですね。
―― 現在、その「挑戦」の主軸を担っているのが、野々村常務率いるイノベーション創造部です。皆さん、どのような働き方をしているのでしょうか?
野々村:部署には8人のスタッフが働いています。新卒採用者は2名で、あとは各業種から異動してきた人材です。スタッフにはシステムが大好きな人、AIが大好きな人、ロボットに関する情報ならば誰にも負けない人……。本当にいろいろなメンバーがいますよ。ただそういうメンバーは、社内にはない知識・経験を持っているものの、業務に直結しない組織の中だとその利点の評価が難しい(笑)。そこで私のようなイノベーションに関する決裁権を持つ立場の者が、彼らのようなキーマンを集めて、アイデアの調整に専念し、ビジネス化の実現へと持っていくようにしています。
―― 社内のキーマンたちの提案を支援するために、野々村常務自身が自らに課していることはありますか?
野々村:フィーリングや感性で部下の斬新なアイデアにOKを出す…と言いたいところですが、実際には私自身も、時代と彼らについていくために泥臭く情報を集めています(笑)。例えば、月曜日から金曜日までは日経新聞を読んでいますが、土日には、他紙を含めて平日に読みきれなかった情報を隈なく確認します。そうすると、次の一週間に必要なビジョンが見えてきますので、週明けにメンバーが出すアイデアに真摯に向き合うことができるわけです。彼らも、私に読んで欲しい情報をどんどん仕入れてきますよ。私の方で「インバウンド」「AI」「ロボティクス」などの必要なキーワードを伝えてあるので、関連した話題があると「Anews」というニュースクリッピングサービスに入れてくる。そうやってどんどん情報共有し、部署全体で「次の世の中はこうなるだろう」と予測を立てられるようにしています。
―― すでに店舗内でのキャッシュレス化、従業員の高齢化、グローバル化を見据えたユニバーサルなキッチンオペレーションの導入と、外食産業の問題解決に取り組んでいますが、この先のビジョンはどうお考えなのでしょうか?
野々村:外食産業は人による労働力の割合の大きい労働集約型の産業です。この点に関してはまだ改善の余地があると思っています。例えば、ディッシュウォッシャー(食器洗浄)や掃除などは、ロボットやテクノロジーに置き換えられるでしょう。報告や発注業務などの判断もAIやRPAで解決できる部分が大きい。それでは外食ビジネスで人が出来ることとは何か。私どもは「ホスピタリティ(おもてなし)」だと思っています。デジタルを活用し、働き手に優しい環境を作ることにより、お客様への気配りやおもてなしという人が持っているアナログな部分を強化できるのではないでしょうか。
多様な食のニーズから出てくる新アイデア
―― さらに食品業界全体、というくくりではどのようなビジョンをお持ちでしょうか?
野々村:そうですね。この先は、もう「リアル店舗をやみくもに増やす時代じゃない」と思っています。
―― と言いますと?
野々村:今までのように箱(店舗)を作って、高い賃料を払い、働く人を集めるために時給を上げ、採用費をかけて店数を増やすのは違うのではないかと。現在、『ロイヤルホスト』は217店舗(2018年11月末時点)に抑えています。終日営業が常識だったファミリーレストラン業界の中で、営業時間の短縮、24時間営業の廃止も先駆けて始めました(2018年1月末に24時間営業を完全廃止)。何しろ日本人の人口自体が減っていくわけですから。労働人口の減少が本格化する2030年に向けて、今までにない顧客サービスを行う企業に変化していこうと思っています。
―― 具体的にはどのようなビジネスを考えていますか?
野々村:当社グループの食品事業では冷凍食品に成長の可能性を感じています。当社の成長の分岐点も実は1970年の大阪万博においてセントラルキッチンの冷凍技術を活用したのですが、今、食品業界全体の流れもフローズンにシフトしてきています。なぜかというと、冷凍食品に比べて、日配品と言われる弁当、惣菜などはどうしても食品添加物や廃棄ロス、運搬時のCO2排出問題があり、ビジネスモデルに無理がきていると感じています。
一方で長期保存食というとレトルト食品が思い浮かびますが、レトルト食品には独特のレトルト臭がある。それに反して、作った瞬間に急速冷凍をかけられるフローズンだと、食品添加物を必要最低限に抑えることができ、レトルト食品のような臭いもありません。しかし、現段階のフローズンは、「お弁当のおかず」、「食卓にもう一品」といったイメージが強い。セブンイレブン、MUJI、ピカールなど各社がフローズン市場に参入していますが、私には独自のイメージがあります。
それは「レストランの味をご家庭で手軽に再現していただける冷凍食品を販売すること」です。今の時代、4K、8Kのテレビがあって、好きな家具が置いてあってと、昔に比べれば自分たちの家が格段に居心地の良い空間になっているでしょう。高齢化により外出を控えて食事をしたい人も増えていますし、子育て世代の中には外食はハードルが高いと感じる人もいる。であれば、記念日や週末には、少しいい飲み物と一緒に、買ってきた美味しい料理を“家で”楽しむ、そういう時代も見えてきているのではないかと思います。実はそのための試みとして、考えているのがフローズンミールを体験していただける店舗です。
――『GATHERING TABLE PANTRY 馬喰町店』、『大江戸てんや』に続く、新たなる挑戦ということでしょうか?
野々村:そうかもしれませんね。今、『GATHERING TABLE PANTRY 馬喰町店』では、お客様から調理しているところは見えません。でも次のステップは、お客様に冷凍食品の加熱調理を全て見ていただく場がつくれたらと考えています。「この美味しさで冷凍食品なのか!?」という驚きとともに、お帰りの際に購入していただける、体験と購入が同時にできる店づくりを考えています。私どものセントラルキッチンのコックや調理スタッフが手間をかけて製造した冷凍食品をお召し上がりいただき、ご家庭でも再現できる料理としてお持ち帰りもできる。きっとお客様が評価して下さるのではないかと期待しています。
―― このような革命的なアイデアが次々と生まれる、クリエイティブ×ビジネスのキモは何なのでしょうか?
野々村:それは外食業界における危機感です。従来のビジネスモデルでは生き残れないという思いを持っています。先ほども申し上げましたが、私どもは「未来はこうなるであろう」と思考する習慣を大事にしています。その上で「こうなるであろう」ところには、なるべく最初に踏み込もうと思っていますね。もちろん先駆けてやると失敗もありますが、それでも早くやった分、早く分かることも多いのです。