EVENT | 2018/08/03

売上目標もノルマもないベストエフォートで働く会社【連載】「遊ぶように働く〜管理職のいない組織の作りかた」(7)

倉貫義人

株式会社ソニックガーデン代表取締役
大手SIerにてプログラマやマネージャとして経験を積んだのち、20...

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倉貫義人

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株式会社ソニックガーデン代表取締役

大手SIerにてプログラマやマネージャとして経験を積んだのち、2011年に自ら立ち上げた社内ベンチャーのMBOを行い、株式会社ソニックガーデンを設立。ソフトウェア受託開発で、月額定額&成果契約の顧問サービス提供する新しいビジネスモデル「納品のない受託開発」を展開。会社経営においても、全社員リモートワーク、本社オフィスの撤廃、管理のない会社経営など様々な先進的な取り組みを実践。著書に『「納品」をなくせばうまくいく』『リモートチームでうまくいく』など。「心はプログラマ、仕事は経営者」がモットー。ブログ http://kuranuki.sonicgarden.jp/

前回までのおさらい】

「納品のない受託開発」を提供するソニックガーデンは、全社員リモートワークにして本社オフィスをなくしてしまった。それでも順調に成長を続け、ビジネスの成果と社員の幸せな働き方を両立している。その経営は、セルフマネジメントで管理職がいないことが特徴。そしてついには、給与を一律にして評価までなくしてしまった。

高すぎる目標のために失ってしまう時間の大切さ

前回は、評価などなくても生産性を高めるインセンティブは、自由に使える時間が得られることだという話をしました。時間的な余裕が未来への投資になります。しかし、多くの企業では、半期や四半期などの短期間での成果を最大化しようとしていまいがちです。

はるかに高い売上目標を掲げたり、世界を変えようなんて大きな野心を持つことは悪いことではないと思いますが、実現するために社員の人生を犠牲にしても良いということならば、私は共感できません。

ベンチャー企業だと急成長こそ命で、それこそ命を削るほど働いたりする人たちがいます。そうでないと成功を手にすることは難しい、成功するために犠牲はつきものだという考えなのかもしれません。

上場している大企業だと株式市場からのプレッシャーもあって、右肩上がりの成長が求められます。日本全体の人手不足の中で求められる成長を実現するためには、長時間労働せざるを得ないなんてこともあるでしょう。

もちろん、一生懸命に働くことも、成長しようという意欲があることも大事です。だからといって、ただひたすらに長い時間を働くのは違うのではないかと考えています。

それに、短期的にがんばりすぎて身体を壊してしまっては元も子もありません。人生100年と言われる時代、一発当てて楽に生きるなんて短期的な視点ではなく、長く健康で幸せでいる方法を選択した方が良いように思います。

売上目標もノルマもなくてもうまくいく

私たちソニックガーデンには、営業目標や売上目標のような明確な数字の目標がありません。皆でできる範囲でがんばって、その結果を皆で享受しようという考え方でいます。できる範囲で最善を尽くすことを、IT業界ではベストエフォートと言います。だから、私たちはベストエフォート経営と呼んでいます。

そう言うと、まったくがんばらないで、ゆるくまったりした会社のように思う人もいますが、決してそんなことはありません。

数字を掲げた目標管理をしていないだけで、職人気質の社員たちはプログラマとしての成長意欲が非常に高く、日々の努力を続けています。成長意欲の高い社員の方が多数派なので、成長しようとしない社員にとっては居心地の悪いものになります。

そして、私たちのビジネスモデルは個々人の成長が会社の成長につながるようになっています。高い品質を維持することでお客さまに満足して頂ける限りは顧問契約は続きます。そこで生産性を高めることができれば、時間の余裕ができて新しいことに挑戦できます。そこに売上目標は関係ないのです。

「プログラマを一生の仕事にする」これは私たちのビジョンの一つです。私たちはプログラマという仕事に誇りをもっていて、その仕事を通じてお客さまに喜んでもらい、自分たちの腕を磨き続けていきたいと考えています。

私たちの言うプログラミングは、さまざまな技術に精通し、アイデアを実現する腕を持ち、問題解決のコミュニケーション能力も欠かせない難しい仕事です。だからこそ生涯かけて取り組むだけの価値がある仕事だと考えています。

短期的にお金を稼いで早くリタイアすることを狙うよりも、長期的に続けていくことを考えたら、無理をしないで持続可能なやり方を優先するのは当然なことです。

数字を使って人をコントロールをしない

会社に売上目標がないので、部門目標もなく(そもそも部門がないですが)、個人毎にストレッチさせるような目標やノルマもありません。それが評価をなくせる理由でもあります。

営業目標や売上目標がなくて、社員ががんばれるのか?と心配されるかもしれません。しかし、私たちの会社では労働力として社員を雇っているわけではなく、一緒に働く仲間がいて、みんなで稼いだ分をみんなで分配するという考え方なのです。

ともすればプログラミングや顧問の仕事は孤独な仕事に見えるかもしれませんが、私たちはチームで働いていて、助け合ったり互いががんばっている様子を見ることも刺激になって働いています。むしろ1人ではないからこそ、ちゃんと働こうと思えます。

そのため自分の給料分くらいは各自が責任を果たそうと働きます。そうはいっても、それすらも別にノルマではなく単なる目安です。足りなかったからといって給与が減るということもありません。ベーシックインカムのようなものです。

そもそも、個人ごとの売上を集計したり公表したりもしていません。数字を出してしまうと、ほんの少しの違い、たとえば10円違うだけでも、そこに上位下位の序列が出来てしまいます。序列は心理的安全を損なうだけで良いことはありません。

数字の目標を立ててしまうと、数字だけを追いかけることになってしまいがちです。数字を達成するために、どうやってお客様からお金を引っ張ってくるか、というような考えを生んでしまいかねません。そうなるのは構造的な問題なのです。

「お客様を財布として見ない」。この言葉は私たちが大事にしている価値観です。お客様の役に立つことで共存共栄し、長期的な関係を築いていきたい私たちにとって、見るべきは数字ではありません。数字を達成するために働くのではなく、お客様やユーザのために働くのです。

わかりやすい数字があると管理はしやすいし、本人も数字だけ達成すれば良いので楽かもしれません。それでも、あえて私たちが数字を使わないのは、満足度も生産性も不確かだからこそ、思考停止せずに頭を捻って創意工夫を続けていくためです。

数字に管理されない自由の裏には、数字に頼らずに努力することが求められる、ある意味では厳しい世界があるのです。

売上目標のない会社の経営者の仕事

お客様とは月額定額の契約をして、社員には残業がほとんどなくて固定費のみとなれば、良い意味でも悪い意味でも非常に安定します。そうなると数字のことで一喜一憂せずに、お客様のためだけに一所懸命に仕事に打ち込むことができます。

その環境は社員にとっては良いとしても、経営者にとってはどうでしょうか。もし会社を大きくしたいと考える経営者にとってみると、数字が安定してしまっている経営はストレスの溜まるものになりそうです。

もし私が裸一貫で、すべてのリスクを自分1人で背負って会社を始めたとしたら、大きなリターンを得たいと会社の規模や収益に目が向いていたかもしれません。しかし自分で立ち上げたとはいえ社内ベンチャーから始まって、そこでやってきた仲間たちと一緒に独立をして起業したのです。

多少のお金を出してリスクをとったのは私と副社長ですが、それまで仲間と共に積み上げた資産や信頼がなければ起業もおぼつかなかったことは重々承知しています。だから一緒に働いてくれる仲間には幸せになってほしいし、それができないなら会社を経営する意味などないとさえ思っています。

売上目標などなくても、今のところ創業以来ずっと売上は上がり続けることができました。売上目標を立てて無理やり働かせることで達成するのではなく、先に働きやすさや働きがいを重視した仕組みや環境を作ったことで結果がついてきたように思います。

もし良い環境を作れているのだとしたら、そこで働く誰もが、そんな環境を壊したくないし続けたいと思って自然とがんばるのではないでしょうか。誰も無理をせずに一所懸命に日々を過ごせば利益が出せるような仕組みを作ることが経営者の仕事だと考えています。


ソニックガーデン

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