思い立ったが吉日。まさにこのことわざを体現する起業家である。「個々人のニーズに応じた働き方が選べる会社が無いならつくってしまおう」と起業し、小売・サービス業向けのeコマース対応や省力化といったITソリューション提供を軸に、農業、家電、通販、中古車販売など次々とユニークな商品やサービスをリリースしてきた薮崎敬祐氏。「未来の事業はお客さんが教えてくれる」と、この先どんな新規事業が生まれるのか自分でも予想がつかないと話す。
当面はAmazonの一人勝ちのようにも見えるeコマース業界にこそ大きな商機があると見据え、リテールテックを武器にさまざまな事業展開を目論む。はたして薮崎氏は、小売業界の現状、そして未来をどのように分析し、どこに勝機があると考えているのか。
聞き手・写真:神保勇揮 構成:成田幸久
薮崎敬祐(やぶさきたかひろ)
株式会社エスキュービズム 代表取締役社長
1979年兵庫県生まれ。東京大学大学院経済学研究科修了後、リクルートに入社。新卒および中途採用を中心にした人材サービスのソリューション営業部門を経て、2006年5月のエスキュービズムを設立。テクノロジー、小売、製造、農業、ヒューマンキャピタルなど広範な領域に事業展開。2018年はテクノロジー領域に再度注力、リテールテックのリーディングカンパニーとして躍進を続ける。
世の中を変えたいと思う人が、損をしない組織をつくりたかった
ーー エスキュービズムはどんなきっかけで起業したのですか?
薮崎:新卒で入社したリクルートを1年半で退職し、2006年に起業しました。ただ具体的に「この事業をやりたいから始めた」というよりは「本当に世の中を変えたいと思って働く人が、損をしない組織があるといいな」と思ったのがきっかけなんです。
日本の会社組織は“やったもの負け”になるところがあるじゃないですか。200%の力でがんばっても、サボり気味でも毎月の給料が変わらない。クビになることも少ない。なので、社員にとっては、「ほどほどに働く」というのが最も合理的な行動パターンになっちゃうわけです。転職というかたちで望む環境を探し当てるよりも、自分でつくってしまった方が早いと思ったんですよ。
ーー 御社のことを最初に知ったのは、社名を冠した家電ブランドシリーズ「S-cubism」でした。「できるだけ小型に、かつデザイン性も高いものを。機能は必要最低限に抑えて手頃な値段で提供」というコンセプトが、大手メーカーの逆を行く発想で非常に興味深かったです。
家電事業(18年5月に「株式会社ピクセラ」に売却)の一例。PCからもCDドライブがほとんどなくなってしまった昨今、改めてリーズナブルなCDプレイヤーを発売したことで話題も呼んだ。
薮崎:ありがとうございます。IoTの時代に備え、2014年からハードウエア製造のノウハウをためるために始めました。すでに事業自体は売却しましたが、そのノウハウを活用して、今も新しいサービス開発を行っています。
ーー ただ、その他にもこれまで様々な事業を展開していますよね。
薮崎:事業としては、リテール(小売・サービス業)向けのIT支援がメインとなります。ECやPOS以外にも様々なテクノロジーを使った課題解決を得意としています。今までだと、農業や通販、家電、中古車、業務用かき氷機の輸入販売、飲食店経営、さらにはドライフルーツの製造販売まで行っていたことがあります。基本的には「自社の持つテクノロジーで変革できそうな領域で見込みがありそうなら即参入、しばらく様子を見て手応えがあれば拡大」という考え方でやってきたので、外から見ると複雑な沿革だと思います(笑)。
ただほとんどの事業について、たとえば通販は2017年に縮小、18年5月には家電も売却するなどして、VRコマースや動画コマース、AIスピーカー、セルフレジ、AIチャットボットなど、いわゆる「リテールテック(小売業態×テクノロジー)」関連の事業にリソースを集中しようと見直しを図りました。
ーー 「リテール(小売・サービス業)向けのIT支援」とは、具体的にどういうことをされてきたのですか?
薮崎:企業のECシステム開発から始まり、2011年には「EC-Orange POS」というタブレットで利用できるPOSレジを開発し、2年連続で国内シェア1位を占めました。ただ特定の製品・サービスを提供するだけでなく、クライアントのニーズを把握しオーダーメイドのソリューションを提供する、SIer的な取り組みも数多くの実績があります。
※エスキュービズムのサービスサイトより引用
「小売・サービス業向けのIT支援」関連の実績。 ※エスキュービズムのサービスサイトより引用
「Amazon一強」が実現する前にすべきこと
ーー リテールテックという観点から、小売・流通の今後はどのようになっていくと考えていますか。Amazonを筆頭とするグローバル企業が巨額の投資を行い、市場を制圧してしまうイメージもあるのですが。
薮崎:日本の小売・流通業界の市場規模は約140兆円で、その5%程度がeコマースになったと言われています。おっしゃるようにECは「Amazon一強」のイメージが強いですが、日本のEC市場シェアを見ても、1位がAmazonで20.2%であるものの、実は2位の楽天が20.1%でほぼ同一に並んでいるんですよ。つまり業界全体で見るとまだまだ一強というわけではないですし、取りに行けるパイは数多くある。
ただ一方で、今後もECの市場規模や、巨大EC企業の売上・シェアが増えていくことは間違いなく、大手家電メーカーが事業再編で切り売りされているように、同じ淘汰が小売でも起こるでしょう。
この淘汰の時代に生き残るべく、EC企業がリアル空間のチャネルを増やしているように、小売企業はIT化を進めたり、AIを使ったり、いろいろなテクノロジーを導入することが必要です。当社はこうした課題に関するソリューションをトータルで提供していきたいと考えています。
小売・流通のIT化には多くのチャンスが眠っている
ーー 「小売・流通企業×IT」という領域で、今から手をつけても遅くない分野にはどんなものがあるんでしょうか?
薮崎:「リテールイノベーション(小売革命)」と呼んでいるのですが、小売・流通領域において、まだまだテクノロジーで変革できることは多いのです。ECではUI・UXの部分がまだまだですし、店舗では無人化や業務ツールの改善など、生活者が接する部分だけでも数多くあります。
また、企業向け製品、BtoBのEC市場は今後ますます大きくなります。メーカーが生産した製品がユーザーの元に届く過程には、卸や小売といった多くの事業者が介在しています。
企業がモノを注文する際、やり取りを電話・FAXなどを介さず、オンライン上のシステムだけで完結させるEDI(電子的データ交換)というものがあるんですが、これを導入している企業の割合は、経産省の調査によると2017年でも約30%です。扱っている製品ジャンルを問わず、これだけ見てもビジネスチャンスや合理化によるコスト削減の余地がありそうだと思いませんか?
ーー なるほど。ではBtoCの領域ではいかがですか?
薮崎:今勝っている小売企業は、たとえばニトリやユニクロ、ABC-MART(ホーキンス)などがあります。こうした企業の共通点は、ざっくり言えばPB(プライベートブランド)が強いということだと思います。PBは価格設定権が自社にしかなく、他の小売店によるなし崩し的な値崩れを防げるので、PB化の流れには今後も進むでしょうね。
ーー 今後はどの小売企業もPBをやらざるを得ないということですか?
薮崎:そうですね。小売とメーカーが融合し、デジタルとリアルも融合して、すべての産業が融合していく。だから、他社製品、つまりナショナルブランドだけを扱っている小売は価格競争に巻き込まれてより苦しくなると思います。
ただ、勝っているのが自社開発の製品のみを売るSPA(製造小売業)だけかと言えばそんなことはなく、たとえば家電量販店などで売っている「有名メーカー製品の○○(小売店)限定モデル」はOEM(製造を依頼したクライアント企業のブランドとして販売される製品)として作ってもらっています。これはリアル店舗だけじゃなくて、EC企業も「東芝のパソコン・価格.com限定モデル」みたいなことを普通にやっています。メーカーはメーカーで流通部分でも趣向を凝らしているわけです。
ただ、僕らもPBというか自社開発の家電をやってみてわかりましたが、製品開発は本当に大変です。継続的な開発が必要で、時間もコストもかかる。メーカーはそれだけやっているからまだ良くても、小売企業がそれをやろうとすると、本業ではないことが求められるので、すごく大変です。
未来に何をやるかは、すべてお客さんが教えてくれる
ーー エスキュービズムの事業展開を見ていると、次にどういった新事業が出てくるか予想できない面白さがあります。今後はどんなところを狙っていきたいと考えていますか?
薮崎:最初にも言いましたが、自分たちで「数年後にこの事業をやろう」ということは特に決めていないんです。「何が欲しいか」はお客さんが答えを知っているので、打ち合わせなどでしっかり話をして教えてもらう感じですね。
あとは世の中をちゃんと見ていれば変化がわかるので、それに合わせて次に何をどうやって売っていくかを考えていきます。お客さんや世の中が欲しいというものをつくって売るだけなので。
ーー たとえば今、お客さんが欲しがっていることとは?
薮崎:これまでの実績からお話しすると、今年のバレンタインデーに合わせて、セブン&アイホールディングスさんのECサイト「omni7」でVRショップを開発しました。
VRショップ「Valentine Paradise VR」。2018年1月10日から2月6日までの期間限定で公開された。
ECサイトとして勝負していく場合、Amazonや楽天と同じようなサービスやデザインをしていては、新しい価値が生まれません。我々としてはまずインターフェイスを変えようと提案しているところです。
ーー それはさまざまなクライアント企業に対して、VRコマースや動画コマースなどの新基軸を試しましょうと提案していくというようなことですか?
薮崎:何か1つのパッケージ商品単体を売るというよりは、クライアントの課題を聞き、それにあったオーダーメイドのソリューションを提供していきたいということです。課題に合わせて全方位で何でもやるというのがエスキュービズムのやり方ですね。
当社はリテールテックカンパニーで圧倒的なパワーを持ちたいので、いろいろなテクノロジーとそれを扱った実績を増やしていかないといけないと思っています。もう本当に、面白そうなら何でもやってみたいという感じですね。あちこちに投資もしていきますし、人材採用も積極的に行っています。加えて他社にソリューションを提供するだけでなく、自社でもECプラットフォームをつくってしまうことも検討中です。
ーー 次々と新しい事業を展開していく、藪崎さんご自身の原動力はどこにあるのですか?
薮崎:僕は基本的に負けず嫌いで、仕事でも勉強でもスポーツでもとりあえず一番になりたいんですよ。上に誰かいるのが見えたら、そこに辿り着きたい。そのための魔法のコツみたいなものはなくて、「やるべきこと」を定めて1つずつ全部実行していくだけです。
「どうしてそんなにうまくいくのですか?」とよく聞かれるのですが、「それはできるかぎりのことをやってみる」からです。多くの人は、なんだかんだ言い訳を見つけて、そこまでやらないんですよ。やっていけば何とかなるものです。やる前にあまり深く考えても意味がない。とりあえずやる。えいっ!と(笑)。それが僕の原点です。
困ったら、みんな何とかするんですよ。イーロン・マスクが「俺は人類を火星に移住させる」って言って本当に実現させちゃいそうなのと似たようなものだと、個人的には思っています(笑)。