北九州市という人口約100万人の都市で誕生した「コワーキングスペース秘密基地」。
コワーキングとは、主にフリーランスや小規模法人が、オープンなワークスペースを共用しながら、情報交換したり、協業したりするワーキングスタイルのこと。
「コワーキングスペース秘密基地」の設立者・岡秀樹氏は、「人が動けばバリュー(価値)も動く」という信念のもと、独自のワーキングスタイルを築き、ビジネスを急成長させてきた。
北九州という地方都市を拠点としながら、全国区ブランドとして成長し続ける「コワーキングスペース秘密基地」。今後はシンガポールにも拠点を構えるなど、グローバル展開も視野に入れている。
岡氏はなぜ、コワーキングビジネスを始めようと思ったのか。なぜ全国や海外までも視野に入れているのか。そして、コワーキングを通じて、社会に何を訴えていきたいのか。そこには「終わらない“近代”を終わらせたい」という、強い信念があった。はたして「終わらない“近代”」とは?
聞き手・文:米田智彦 構成:成田幸久
岡秀樹
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1976年 福岡県北九州市生まれ。大学卒業後、ロンドンへ留学。2003年に帰郷し、一級建築士事務所を経て、住宅やマンション及び店舗など様々な設計を経営。2014年には、「集めて 混ぜて 繋げて 尖らせる」を理念として掲げる『coworking space秘密基地』を創業し、運営会社である株式会社HOA(エイチオーエー)の代表取締役。2016年には、まちの人々による「アライアンス」方式の組織により、組織の枠をこえたスキルを集結することによって、社会的な課題の解決に挑む、一般社団法人まちはチームだの代表理事も務める。
東日本大震災から「秘密基地」へ
−− 「コワーキングスペース秘密基地」(以下、秘密基地)って、おもしろいネーミングですね。
岡:ありがとうございます。
−− いつから始めたのですか?
岡:2011年の東日本大震災を機に、自分のスキルで何かできることはないかと考え始めました。準備したのは2013年からで、オープンしたのは2014年1月です。
当時はまだコワーキングの認知度が低かったので、インパクトを狙って「秘密基地」というネーミングにしました。まずは「秘密基地」という言葉に興味を持つ人に訴えたかったんです。「秘密基地」という言葉って、男の子が悪だくみをする拠点みたいなワクワクする感じがしませんか?(笑)。最新のトレンドや技術革新にピンと来くる情報感度の高い人たちが、敏感に反応する言葉にしたかったんです。また、地方の人たちにも直感的にわかりやすい方がいいと思ったので、親しみやすい日本語にしました。
「秘密基地」は約100坪のフロアに、コワーキングスペースとシェアオフィスを併設し、 3つのエリアに分かれている。ソファ席に変えてゆっくり家飲みのようにくつろぐこともできる。
−− 当時、北九州にコワーキングスペースはありましたか?
岡:ほとんどなかったですね。シェアオフィスはリージャス(大手レンタルオフィス会社)さんのように昔からありましたが、コワーキングスペースは、認知度も低かったし、機能自体もなかったに等しいですね。
イギリスでの原体験が生んだ「集めて 混ぜて つなげて 尖らせる」という理念
−− 東日本大震災を機に日本も大きく変わりました。人口減少の問題も含め、社会の変容が僕たちの働き方を変えつつあります。国も「働き方改革」とさんざん言っていますが、「秘密基地」の具体的な理念(ヴィジョン)は何ですか?
岡:設立当初からの理念は、「集めて 混ぜて つなげて 尖らせる」です。そこには、「人が動けばバリュー(価値)も動く」という考えがあります。
僕は15年ほど前にイギリスでシェアハウスに住んでいて、設計施工をやっていたんです。そのときにシェアオフィスを4軒、ワークスペース2軒を手がけました。ロンドンにはワンルームがほとんどなくて、学生や若者はシェアハウスに住むのが普通なんです。シェアすることはコスト的な理由もありますが、でも実はそこが本質ではないと気づいたんです。
たとえば、集まった人たちと夜な夜なワインを飲みます。その時に、ある学生が課題を持ってくる。すると集まった人たちが、それぞれ自分の専門分野の観点から課題にアドバイスをする(取り組む)んです。僕は建築設計の観点から、グラフィックデザイナーはグラフィックの観点から、哲学科に通っている学生なら哲学の観点から…といったように。僕が住んでいたシェアハウスはそういう場で、みんなでワインを酌み交わし、パンとチーズを食べながらいつも議論していたんですよ。
−− そういう原体験があったんですね。
岡:はい。コワーキングを通じて、違う職種の人たちが新しいビジネスを生み出したり、そのためにコンテンツを作ったり、イベントを開いたり…。コワーキングらしい、シェアすることから新しいバリュー(価値)を生み出すことを言語化したのが、「集めて 混ぜて つなげて 尖らせる」です。
仕事も「秘密基地」が窓口になって初めて、アライアンス(協業)が成立しているんです。そういうタイプのコワーキングスペースを作りたいと考えていました。
プロジェクターの貸出も行っており、壁一面がスクリーンになっている。
北九州という街でコワーキングスペースをやる意味
−− 北九州という街で始めたのは、どんな狙いがあったのですか?
岡:僕は生まれが北九州なので、この土地をよく知っているし、人とのつながりがあったことが大きいですね。大学は愛知県の豊橋というところで、働き始めたのはロンドンですが、一番長く過ごしたのは北九州。だからよく知っていて、仲間がいるという状態からスタートする道を選びました。
−− 北九州の人の面白さ、そこに集まってくる人の魅力もあるのでは?
岡:そうですね。北九州は官営の製鉄所が生まれてできた、ちょっと特殊な歴史を持つ街なんです。だから、プロジェクトシティ(計画都市)みたいなもので、外から集まってきた人たちも多く、過去に囚われず、新しいことにチャレンジしやすい街だと思います。神戸や横浜もそうですが、割と出入りが激しい港町ならではの、外からの人を受け入れる気質もある。フレンドリーだし、コワーキングがやりやすい理由の1つです。
コワーキングならではのバリューの生み出し方
−− 「秘密基地」のデザインや設計は、どんな思想で作られたのですか?
岡:コワーキングならではのバリューを作りたかったので、あまり個室を多くしていません。経営的には個室が多い方が収入が安定しやすいですが、あえて半々くらいにしました。一部屋50坪くらいの広さのスペースもあるのですが、地元のパーティやセミナー、集会場の役割を果たすこともできます。人々の交流から新しいものを見つける場になればと思って、「交流専門施設」と呼んでいます。
「秘密基地」の司令塔でもあり、交流の拠点でもあるバーカウンター。18時以降はパブタイムとなり、交流場所として利用できる。
−− 「秘密基地」に集まるのは、どんな人が多いですか?
岡:入居者はデザイナー、コンサルタント、動画編集者など、フリーランスの方が多いですね。特に他のコワーキングスペースと比べてコンサル系の方の比率が高いです。人間力が高い人が多く、願った通りで良かったと思っています。
−− 人間力が高い人、とは?
岡:人とつながりながら仕事をしていくタイプの人ですね。
CSV(共有価値の創造)は、社会やコミュニティに対する貢献
−− 「秘密基地」での具体的な活動内容と、事例があれば教えてください。
岡:基本的にアライアンスのスキームを作り上げることがコワーキングスペースのミッションだと考えています。普通は一業種一社の対応になりますが、「秘密基地」では、多種多様なコンサルタントがいるのが特長です。僕は建築が専門ですが、グラフィックデザイナーやIT系のディレクターもいれば、有名なプロのインスタグラマーもいます。そうやって総合的なビジネスコンサルができる人たちが集まっていることは、「秘密基地」の大きな強みになっていると思います。
事業が多様化しているので、コワーキングスペースが窓口になるタイプの仕事は、これからも伸びていくと実感しています。
あと地元の人たちも多く、新しい街づくりの仕組みやCSV(Creating Shared Value=共有価値の創造)的なアプローチができているので、都市ブランディングなども請け負えるんです。
街づくりのイベントもやっていますが、年間で延べ100万人くらいを呼びます。多いときはフードフェスティバルのような数十万人規模のイベントもあります。CSVの観点を持った街づくりイベントなど、街としてやった方がいいという話になれば、無料で使ってもらうこともあります。新しい機能を生み出すためのプラットフォームの役目を果たしたいせればいいので。
−− 無料で「秘密基地」を使えるのですか?
岡:CSVのアプローチの仕方は、コワーキングと同じで、社会やコミュニティに対する貢献なんです。そのマインドがあって初めてコワーキングができる。ヴィジョンの共有や、新しい事業に自分の観点から貢献する−−コワーキングはそういうことができるから、アライアンス方式でプロジェクトベースの仕事ができるんです。
個々に仕事を持ち働く人たちが、お互いにコミュニケーションを行い、情報や知識を共有できるのが、コワーキングスペースの最大のメリット。
北九州発の「美食の街」とは?
−− 今後やっていきたいと考えているプロジェクトなどがあればお教えください。
岡:次にやろうと思っているのは、「美食の街」の研究です。おいしい料理がある街は日本中にありますが、シェフが注目されることがあまりない。ヨーロッパではよくシェフの写真がレストランの外に飾ってあるんですよ。つまり食材の価値だけでなく、人(シェフ)の手が加わることで、より高い価値を生み出しているんです。日本でも「シェフがおいしい料理を作っているんだ!」とアピールしていこうというのが、今年のテーマの1つです。
スペインにサン・セバスチャンという美食で有名な街があるんですが、そこではレシピをどんどん公開しているんです。美食の街としての価値をみんなで作り上げてつながっている。まさにCSVで美食の街を演出しているんです。それは北九州でもできないはずがない。シェフを集めてシェフの会を作って、クリエイティブとは何か?ということをみんなで考えてシェアする−−都市ハッキングみたいなことです。どうやったらこれができるのか考えています。
終わらない“近代”を終わらせる
−− そういう動きを広げていくにあたって、岡さん流の手法があれば教えてください。
岡:「秘密基地」では、「創生塾」という国の支援も入っている塾を開催しているのですが、ここで徹底的に理念(ビジョン)の共有をしています。これまで延べで1万2000人くらい受けているのですが、これを全国に発信しようという段階です。eラーニングも行っています。会社にも支援してもらっています。
−− 教育事業も視野に入っているということですか?
岡:教育事業をやろうということではありません。協業をしていくには、共通の理念(ビジョン)を持っていたいということです。CSVとは何か、について共通理念がないと、すぐに一緒に仕事をしましょう、とはならないので。
−− その共通理念というのは、具体的には? 目指すべき生き方を語るとしたらどんなことですか?
岡:僕の課題は、「終わらない“近代”を終わらせよう」というもの。3月から始まった僕の講義は、それがテーマです。皆さんが感じているような古い体質は、だいたい根本に“近代”があると考えてほぼ間違いないんですよ。近代という時代がいったいなんであったかをちゃんと理解すると、その先で新しいものが見えてくるという講義なんですが、それに気づいた僕が、それをみんなに共有する。そうすると、別の人からまた違う発見が出てくる。それを取り込みながら、次の発見がでる。これまでもビジネスを生み出してきました。興味を持ってくれる人たちにファンになってもらう。そこからまた研究会を作り、みんなで新しいビジネスモデルをみんなで考えていきたい。
定期的に開催される「創生塾」の様子。
重要なのは「地域性」ではなく、「つながる」こと
−− 東京にいると北九州の話題はあまり届きません。でも東京を経由しなくてもグローバルにやればいいという印象も受けますが、その辺はいかがですか?
岡:東京はあまり意識していませんね。僕は時々シンガポールでも仕事をしているのですが、場所にあまりこだわらなくてもいいかなと思っています。自分のキャリアがイギリスで始まったこともあって、地域性の意識が薄いんです。ただ、日本自体がチームとなってやったほうがいいと思うことは多いです。海外に行くと、膨大なお金が動いている都市がいっぱいあるのに、日本は小さくバラバラに動く。それって“近代”的だなという感じがするし、近代的な哲学だけに頼って、個々として生きる方法しか知らないというのは動き方をしているのは、もういい加減やめた方が良い間違いだと思っています。
だから、みんなでつながってアクションを起こしたらけっこう変えられるぜ!ってことを、ずっと実証したいと思っています。まだ小さなステップですが、それが僕の役割かなとも思っています。
未来がどう変わるか、予想できないからおもしろい
−− 「秘密基地」を始めて4年目ですが、岡さん自身の変化はありましたか?
岡:あります。始めるときにある程度自信はあったし、描いた通りにやれてきていますが、集まってきた人たちで未来がどう変わるかは予想できません。そのおもしろさを知りました。本当に漫画の『ワンピース』みたいな状態なんですよ(笑)。乗組員が変わると、動き方が変わる、という感じなので。基本的に仲間は多ければ多いほどいいですね。
−− よく言われる「何をするか、ではなく誰とするか?」ってことですね?
岡:そうです。その誰かは同じ理念を持っているかどうかだと思うんです。理念が違うと、どこかで分かれてしまうんです。
−− それが“近代”では理念じゃなくて、お金だったり共同体の規範だったりしたんでしょうね。
岡:そうだと思います。今はテクノロジーの勢いがすごいから、そこだけで牽引している面はありますよね。テクノロジーは非常に有益ではある一方、生身の肉体を持っている人間は、オーガニックのフードを食べたくなったりする。そこをデザインする課題はたくさんあると思います。片方が強くなりすぎるのはバランスが悪いので。やはり人間性やバランスを考えることが大事だと思います。それは地方都市でも同じことが言えて、デザインが偏っていると良くない。
誰でも自由に出入りができ、セミナーなどのイベントや2次会などでも利用できるコワーキングエリア。
自分のスキルを普遍化していけば、可能性が広がる
−− 地方都市では普通に就職してフルタイムで働くより、自分で「○○屋さん」になったほうが、時間もできるし、お金も満足いくものになったりすると思うのですが。
岡:そうですね。「秘密基地」にはそういう人は多いですよ。僕も最近は、兼業農家みたいな感じで、兼業建築家と言っています(笑)。建築って異物いろいろな素材を組み合わせながら建物を作っていきますが、実際に作るのは職人さん。左官屋さんや大工さんがバラバラの材料をオーガナイズしながら作ります。当然自分一人では作れない。だからコミュニケーションのスキルがとても重要になるんです。自分のスキルを普遍化していくと、他の領域で普通に使えることって多い。コミュニケーション力やファシリテーション力を身につけて上位職に変わっていくことって、すごくおもしろいと思うんですよね。
現代は、パーツとして存在する近代的な社会との関わり方が崩れてきています。逆に言えばスキルを普遍化していけば、ビジネスの川上に立つことも可能なんですよね。そういう視点を取り入れながらやるのが素敵だなと思います。
−− 若い人に向けて、「秘密基地」に入ってくるとするなら、どういうメッセージを送りたいですか?
岡:「“近代”を終わらせよう」です。僕がわざわざそう言うのは、それだけ社会が“近代”に囚われているからなんですよね。
“近代”の囚われから解放されれば、羽ばたけると思うんです。だからそういう目線で新しい方とお会いするようにしています。何が正解とかはないので、これまで考える時間もなかったという人でも気軽に来てほしい。
いつも「一緒に酒を飲んでください」と言います(笑)。
−− 僕も会社を作って新しいメディアを立ち上げたのですが、岡さん流にいうと東京には“近代”がゴロゴロ転がって毎日戦ってますよ(笑)。“近代”とのせめぎ合いがずっと続くのかなという気もしています。
岡:そうですね。過渡期ですから当然あると思います。僕は周辺都市の支援もしていますが、そこでよくあるのが、商店街の旧世代と新しい世代のぶつかり合いです。そのときに僕はいつも「一緒に酒を飲んでください」と言います(笑)。
地方都市には、シャッター街になっている商店街がありますよね。その原因は結構根深くて、お年寄りが商店街を活性化させたいけど“変な人”には貸したくないんです。そのときにお年寄りは「私はもう引退だから貸さない」って言うんですよ。その言葉尻だけを捉えて「あのおばあちゃんが貸してくれないからシャッター街になっているんだ」となる。でもおばあちゃんにしてみれば、信頼できる人がいないって話なんですよね。それで酒を飲むと「あんた意外といい奴だね」ってことになる。リアリティのないところで物事が動いたりする。稟議書だけで成り立つとか、形式的になりがちなんです。始まる前から問題化しちゃうってこともあったりする。
だから、「一緒に飲んでください」という話をするんです。過渡期ゆえに起こるせめぎ合いですが、そういうときだからこそコミュニケーション力やファシリテーション力を身につけなければいけない。対立を乗り越えるスキル、対立を前提としてどうすれば道が拓けるのかを考えるんです。
こういうスキルを持った人を、僕は「中間人材」と呼んでいるのですが、「中間人材」を増やしていくべきだと思っています。縦割り組織やセクショナリズムの壁を超えるためにも、「中間人材」が専門職としてあったほうがいいと思っています。
僕らのミッションは、新旧をつないで、対立や多様性を乗り越えること。それを手法としてビジネスを作り上げる。そうやって街を活性化させる事例を積んでいるところです。
コワーキングエリアにある「秘密基地カウンター」。
今後やっていきたい4つのこと
−− 次の世代に託すところもあるわけですよね?
岡:次につなぐというよりも、もう僕らが今やらないと誰がやるんか!という感じの使命感ですね。
−− 今後はやっていきたいことは?
岡:まず1つは、各地に拠点を作りたいということ。僕らがやっている事例は、他の都市から依頼をいただくケースもあります。なので今取り組んでいることは、各地に拠点を展開して進めたいと思っています。
2つ目は、シンガポールなど海外に「日本人による日本人のためのコワーキングスペース」を作ろうと思っています。海外にいる日本人コミュニティは、結構熱いんですよ。やっぱり海外で外国人として生きるって大変なんですよね。荒波に揉まれると内側が固まるんです。それを考えると、日本人のために海外に行った方がいいと思って。僕のミッションは“近代”の克服なので、「みんなで行って体験しようぜ」って感じですね。
3つ目は、日本の“意思あるコワーキングスペース”とつながりたい。コワーキングスペース同士のコワーキングですね。
あと、コワーキングカンファレンスを開催して、未来に対してメッセージを出していきたい。僕らの都市はこうあるべきなんじゃないかというのを提議する会を作りたいです。
一緒につながったりしながら、新しいことを実践している人たちがいますよね。「秘密基地」で言えば、お笑い芸人の西野亮廣さんや、ライフネット生命の出口治明さん、ジャーナリストの佐々木俊尚さんなど。そういう人間力の高い人たちを呼んで、メッセージを出せればいいなと思っています。
年1回でも2年に1回でもいいです。きちんと継続的に僕らの世代のメッセージを出していかなきゃいけないなと思っています。