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「合法漫画村計画」を進めるマンガ図書館Zの実証実験のゆくえ。そして「有料マンガサブスク」が実現しない理由|赤松健(マンガ家)
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  • 2018.10.26
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「合法漫画村計画」を進めるマンガ図書館Zの実証実験のゆくえ。そして「有料マンガサブスク」が実現しない理由|赤松健(マンガ家)

『ラブひな』『魔法先生ネギま!』などが大ヒットし、現在は『UQ HOLDER!』を連載中のマンガ家、赤松健氏が2010年に立ち上げた「マンガ図書館Z」。過去の作品を投稿者(第三者でもOK)がアップロードし、それを作者が公開を許可した際には、無料でマンガを読むことができるというサービスだ。

そのマンガ図書館Zが、今年8月に実業之日本社との実証実験を発表。上記の仕組みで同社の過去作品かつ未電子化本(マンガ以外も含む)のアップロードを募るものだが、実験期間の1年間限定で広告収入の10%をアップロード者と出版社にもそれぞれ分配する(残りの80%は作家へ分配される)という、これまでにない取り組みとなっている。

実証実験の開始時には大きな話題を呼んだが、あれからどんな成果が出たのか。実験開始から1カ月後のタイミング(取材は9月6日に実施)で話をうかがった。

聞き手・編集:神保勇揮 文・構成・写真:立石愛香

赤松健

マンガ家

1968年生まれの漫画家。中央大学卒。代表作に『魔法先生ネギま!』『ラブひな(第25回講談社漫画賞)』など。現在は別冊少年マガジンにて『UQ HOLDER!』を連載中。公益社団法人「日本漫画家協会」常務理事。「マンガ図書館Z」を運営する株式会社Jコミックテラスの取締役会長。

実証実験から1カ月で約90作品がアップロード

赤松健氏

―― 8月に実業之日本社(以下、実日)さんとの実証実験がスタートして、アップロード可能作品としてラインナップした約9,000近くの作品のうち、実際にどれくらいアップロードされたのでしょうか?

赤松:(取材当時の)9月上旬時点では作者への許諾確認中のものも含め、約90作品がアップロードされていて、パブリックドメイン(著作権切れ)のものが20作品あったので、それはもう公開しています。

あとは、小説などの活字作品の公開も数冊程度ですが始まっています。

マンガ図書館Z内の実業之日本社作品の一覧ページ。10月26日現在では109冊がアップロードされている(表紙下部に「無料で読む」ボタンがついていない作品は作者への確認中のもの)。

―― パブリックドメインの本は『青年立身訓 : 成功実例』や『日清韓実業論』ですとか、歴史史料として図書館に入っていそうなものが多いですね。

赤松:そうそう。これをアップしたの図書館の関係者ですかね。まず、これらが何の資料なのかということをネットの集合知で解明したいです(笑)。

―― 赤松さんがネットで問いかければ、結構簡単にわかりそうですけどね(笑)。

赤松:ただ、パブリックドメインの場合は収益をどうするのか考えていなかったんですよね。通常は80%が作者に、10%が実日に、10%がアップロード者に行くという仕組み(アップロード者が分配を希望しない場合は出版社への分配が20%となる)なんですが、パブリックドメインの場合は、実日さんがもらうのも変でしょう。うちでプールかなとか、考えるだけでもいろいろ面白いですね。

あと、実日の9,000冊のリストにあってアップロードしたのに、すでに他社が電子化していたり、作家さんから「すごく前の作品で絵が古いから、電子化したくない」と拒否されたりする例もありました。そうした作品をアップロードしてくれた方には、申し訳ないので実日の500円クオカードと私のサイン入りグッズをお送りする予定です。なかなかやらないですよ、普通はね(笑)。

各種の事情で正式アップロードできなかった作品のアップロード者にプレゼントされる、赤松作品グッズのイメージ(写真はJコミックテラス公式ブログにアップされたもの)。

―― 太っ腹ですね(笑)。

赤松:あとは作品を集めるために送った実日の封書に返事がない先生には、今後ネットで連絡を取っていこうと思います。かつてマンガ図書館Zで同じようなことをした時は、7割方はオーケーが出たんです。これも作家だからできることだと思っています。

出版社が抱える「過去作品」電子化のジレンマ

8月1日に行われた「新たな仕組みを採用した『マンガ図書館Z』の実証実験開始に関する記者会見」にて。

―― そもそも、実業之日本社さんとはどういう経緯で組むことになったんですか?

赤松:実日の社長さんから「なるべく低コストで、過去の本を含む1万冊を全部電子化したい」と、ある作家さん経由で相談に来られました。

―― 「なるべく低コストで」という会社の気持ちはすごくわかります。自分も中小出版社にいたことがあるのですが、特に過去の本のアーカイブへの経路を維持したい気持ちはあれど、マネタイズが見込みづらい、しかし経費はかかるだと動きづらいんですよね。

赤松:ただ出版社からのオファーがあったとはいえ、1カ月程度でここまでできたのは、早いと思います。誰か知らない人が過去の作品をアップロードして、作者がオーケーを出して作者に収益が行くという、随分派手なことをやっている割には、スイスイ良い感じに事が進んでいると思っています。

これに関しては出版社主導でなかなか動けない、マネタイズ面以外の理由も結構大きい気がしているんですよね

―― それはどういうことですか?

赤松:例えばもう電子化も出版もされていないマンガの中には、ゲームやホビーのコミカライズ作品が少なからず存在します。ただ当時、元作品の人気が落ちてくると「マンガの最終巻を出しても売れない」ということもわかるので、途中で打ち切りになったり最終巻のコミックスが出ないといったケースがいっぱいありました。だから憤りを感じている先生方もたくさんいますし、そういう状態では著作権は作者にあるので、大手出版社がやろうとしても交渉は難航すると思います

加えて、紙の単行本として出ていても、何らかの事情で雑誌に掲載された一部の回が単行本未収録になっているケースもあったりするんですよ。でも海賊版で当時の掲載誌バージョンがアップされていたら読めてしまう。海賊版の方が付加価値が高いんです(笑)。マンガ図書館Zでは過去作品に限りますが、こうした問題もできるだけクリアして海賊版に勝っていきたいですね。

なぜ「大手出版社横断のサブスクリプションサービス」は実現しないのか

―― 「漫画村問題」がメディアで話題になる度に「音楽や映画のように、小学館、講談社、集英社を筆頭とする大手出版社が一堂に会する有料のマンガサブスクリプションサービスはなぜできないんだろう」という声が上がります。けれど実現は当分しなさそうであると。率直に言って、なぜ実現しないのでしょうか?

赤松:それは簡単な話ですよ。未だに増収増益の大手出版社もたくさんあって、それぞれまだまだ余力があるということです。実際に各社がそれぞれ配信しているマンガアプリもそれなりの利益を上げていると思いますし、そのブランドを活かして読者を囲い込みたいという願望が非常に強いんです。

―― 一方で赤松さんは、それこそSpotifyやNetflixのような「黒船の海外資本」が同様のサービスを実現してしまう未来への危惧もずっと表明していますよね。ただ出版界では2016年に鳴り物入りでスタートしたKindle Unlimitedが、電子化された本のほとんどをカバーできているとは言いがたい状態ですが。

赤松:AmazonやGoogle、Appleなどがプラットフォームを寡占化したら、そのあと彼らは出版社・作家に対して容赦しないでしょうからね。その前に国内の出版社、作者主導でプラットフォームを作る必要はあると思っています。

もし海外企業がマンガのプラットフォームを全部握ったとしたら、彼らは自分たちと作者の利益が最大になる価格設定などを、徹底的に調べると思うんです。例えば、出版社は再販制度のもとでマンガを「1冊〇〇円」と決めつけているけど、電子書籍は再販制度がないから、一番利益が出るところを探ってくるはず。ただその結果も見てはみたいですが(笑)。

「作家発」からスタートし、出版社や電子書籍取次も支援する体制に

―― そうした「作者主導」の数少ないプラットフォームとして存在するのがマンガ図書館Zですが、今年の7月には親会社がGYAOからメディアドゥホールディングスに代わり、同時に講談社からの出資も受け入れています。このことによって新たな取り組みが始まったりするのでしょうか?

赤松:メディアドゥホールディングスは電子書籍取次としてのシェアが1位だし、講談社は言わずもがなですが、これによっていちマンガ家が運営しているサービスではなく、電子書籍取次や出版社も一丸となって取り組んでいるサービスなのだということがより明確にできたと思っています。

あと、うちの社外取締役の森田浩章さんは、私が『ネギま!』を連載していた時の『マガジン』の編集長だったんですよ。

―― なるほど、そういう縁もあるわけですね。

赤松:なので講談社も実日と同様に過去の本の電子化に興味を持っています。マンガだけでなく、文芸やノンフィクションでの取り組みもいずれできるようになると良いのですが。

―― 会社自体は、今年で8年目になりますが、これまで運営されてきた中で、一番大変だったことは何ですか?

赤松:最初の立ち上げが一番大変でしたよ。『ラブひな』のヒロイン役声優だった堀江由衣さんを呼んで、明治記念館で記者会見をしたりしました。当時は『魔法先生ネギま!』を週刊連載しながら、ブログ『(株)Jコミックテラスの中の人』やTwitterに宣伝投稿しつつ、全コメントに返信していたからさすがに知恵熱が出た(笑)。

あまりにも大変だから、経営とか運営は任せたいなということになってGYAOと組んだんです。それまでは、全部私が行っていました。

―― ええっ!当初はスタッフ何人ぐらいでやられていたんですか?

赤松:4、5人だと思います。当時は代々木辺りに住んでいたんだけど、連載漫画のアシスタントたちは「たまに赤松先生がスーツを着て出て行くけど、あれは何だ!?」と思っていたと思います(笑)。

電子書籍が主流になると、人気マンガの傾向は変わる?

―― マンガ図書館Zに掲載された作品から発生する広告収益は、100%作家に還元するシステムであり、初期の頃はブログで広告収入額を公開していたこともありました。サイトオープンから8年を経て、作家さんの収益という意味では傾向が変わってきたりはしているのでしょうか?

赤松:収入額を公開していたのはβテストや開設して数カ月段階の頃ですが、現在の数千冊規模になるとどうしても格差が出たり、1冊あたりの収益も下がってしまったりしています。この辺りは悩みのひとつではあります。

ただ、作家の立場から言わせてもらうと、今までは収入がゼロだった過去作品が、多少なりともお金になるのは嬉しいですし、電子化すらされておらず読むのが困難だった本などは、ネットにアップされることで「懐かしいな」という読者からの反応もあったりするわけです。

―― 確かに八神健さんの『密・リターンズ!』を見つけた時は、「懐かしい!」と声を上げてしまいました。

赤松:そういう反応はTwitterなどでもよく目にしますね。

―― ところで、今後仮に書店よりも電子プラットフォームが優位になった場合、人気ランキング入りする作品の傾向に変化が出てきたりするものなのでしょうか?例えばガラケー時代から「実は電子書籍で女性向けの性描写アリ作品がすごく売れている」という話をよく耳にしますが。

赤松:BLなどは確かに強いですね。電子書籍の売上は女性が牽引しているという話もあるぐらいです。

ただ私としてはやはり少年マンガ出身なので、長いシリーズものの作品が絶対的な売上額としては大きくなっていくんじゃないかと思いますけどね。作家として長編作品が売れて欲しいという気持ちもありますが、電子書籍プラットフォーム老舗の会社でそうなっていたという話も聞いたことがあります。

あと、私自身はコレクター気質が強いので、ずらっとマンガのタイトルが並んでいるのを眺めるのが楽しかったりするんです。どれだけたくさんの巻数を揃えても本棚を占領しないのが電子書籍のいいところなので、そういうかたちの売れ方もあるかと思います。

「多くの人がマンガを読んでいた頃」を取り戻したい

――実証実験を始めてから、他の出版社さんからアクションはありましたか?

赤松:興味を持っているところは多いと思います。でも、出版社側から公式には言いづらいですよね

―― 確かにそうですね。

赤松:加えて「投資ゼロで電子化したい」という本音も、あまり大きな声では言えないですよね。だから私が直接行って、やってみませんかと営業してきます。いずれは大手とも組んでやりたいですね。

―― 大手が参加するとさらに大きな流れになりそうですね。漫画村が一番流行っていた頃に感じていたのですが、電車でスマホゲームかSNSしかしていなかった若者やサラリーマンの結構な割合がマンガを読んでいた気がするんです。海賊版は根絶されるべきですが「あの現象は一体なんだったんだろう」と思い返すことがあります。

赤松:私もそれは思っていました。「スマホ上での可処分時間の奪い合いで、無料でも厳しいと言われる中でも、マンガを選んでくれるんだ」ということがわかりましたよね。大手出版社が全部参加するサブスクリプションサービスの実現は難しいと言いましたが、もし実現したらかなり読まれると思いますよ。

―― 僕なら、月額1,980円ぐらいでも加入しちゃうと思います。

赤松:いや、私はそんなには出さないかな(笑)。でも『ジャンプ』と『マガジン』と『サンデー』が全部読めるなら、確かにそれぐらい出す価値はあるかもしれない。…せめて980円とか3桁で!

いずれにせよ「どこに行っても誰もがマンガを読んでいる」というあの世界をいまだに夢見たいですね。「漫画村が潰れてざまあみろ」で終わるのではなくて、次の状況をきちんと考えていきたいです。

紙の雑誌の良かった点は、お目当ての作品があってマンガ雑誌を読んでる人が、読み終わった流れで新人さんの作品を偶然発見して、こんな新人が出たんだ、これから注目しようかな、というかたちでどんどんつながっていくことでした。でも、今はみんな暇がなくなっているので、単行本を買うだけの人も多い。作品との新たな出会いを作るために、電子版の最後に、新人さんのマンガがランダムに付いてくるといった工夫も今後できたらいいなと思っています。


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