写真左からモデレーターの志賀智之氏、パネリストの高橋篤史氏、木村佳史氏、田中正樹氏
ウェブサイト、ECサイト、アプリなどの顧客体験を分析するサービスを提供するContentsquare(コンテンツスクエア)は、デジタル顧客体験(CX)の最適化に取り組む実践者たちが登壇するカンファレンス「CX Cicrle Tokyo 2022」を2022年11月に開催。「デジタル世界の接点において、どうすれば顧客に愛される素晴らしい体験を提供できるのか」をテーマに、業界の識者たちが講演やパネルディスカッションを行った。
今回はContentsquare Japanから記事提供をいただくかたちで、同カンファレンスの書き起こし記事を掲載する(全6回中の5回目)。
本記事では「UXの創り手が語る現場のリアル」をテーマに、ゴルフダイジェスト・オンラインの執行役員 CMO/CIOの志賀智之氏をモデレーターとして、下記3名のパネリストを迎えたパネルディスカッションの模様をお伝えする。
なお、コンテンツスクエアは2023年6月28日(水)に神田明神ホールにて「CX Circle Tokyo 2023」を開催する。キューサイ、三井住友カード、freeeなど各業界のデジタルリーダーが登壇し、顧客を満足させるための戦略や施策を共有。参加者同士がつながるためのアフターパーティも予定している。(参加登録はこちら)
【パネリスト】
アクサ損害保険 マーケティング本部 ウェブマーケティング部 部長
高橋篤史氏
エイチームライフデザイン プロモーションマーケティング本部 本部長
木村佳史氏
日立製作所 グローバルブランドコミュニケーション本部 コーポレートデジタルコミュニケーション部 Web戦略グループ 主任
田中正樹氏
そもそも「UX改善」とは?
志賀:私はゴルフダイジェスト・オンラインの志賀と申します。2008年に入社して、現在は執行役員とCMO/CIOをやっております。ゴルフ関連のビジネスで、ゴルフのポータルサイトというふうに捉えていただけるとうれしいです。ECやブッキングサービス、メディアなど、ゴルフにまつわる全ての情報がそろうサイトを目指しています。
今回はテーマがUXということで、UXに関わる方とお話しできることにわくわくしています。最初に自己紹介をしながら、各社のUX改善への取り組み事例をご紹介し、質疑応答を交えつつ、最後は社内推進体制についてお話いただきます。
早速ですが「UX改善とは、そもそも何?」ということについて、最初に認識合わせをしておきたいと思います。UX改善は、まず一つは「見える化と分析」が非常に重要です。お客さまの動きを仮説で考えながら、ギャップを洗い出して、弱みを改善していくような取り組みもあります。
昔からあるようなUX改善、特にUIでよくいわれる「IA(インフォメーションアーキテクチャー)」ですね。また、もう少し客観的に進めるなら、ユーザーテストのような行動・観察調査もあります。過去にアイトラッキングなどに挑戦された方もいるかもしれません。
実際にWebサイトやアプリケーションを触っていただいて、お客さまがどのような行動をするのか、どの部分でUIが引っかかってしまうのかを分析する試みもあります。
ほかにも、最近ではコンテンツスクエアもそうですが、ヒートマップにおけるセッションリプレイのような「これまで見えなかった行間」を見える化して、実際に何が起きているのかを探ることができるようになってきています。分析後は、送料無料にしたり、返品保証をしたり、返金の保証をしたりとサービス改善を行います。
速度改善は「業界最小単位のユーザー行動データを用いたCX向上」のセッションで出てきましたが、とても重要なポイントだと思います。そのほか施策を打ち出した後にABテストをするのも方法の一つです。
当然、Webサイトやサービスを改修する改善ではなくて、Web接客やMAを使うような改善もあります。おおむねこのようなことが、UX改善と言われていることなのではないでしょうか。
UXにまつわる各社の課題
志賀:まず自己紹介とUXにまつわる各社の課題について伺います。
高橋:アクサダイレクトのマーケティング本部で、ウェブマーケティング部を率いている高橋と申します。元々はWebクリエイターをやっていまして、9年ほど前に事業会社に転身してからUX改善に取り組んでいます。SEOを中心とした流入改善やコンバージョンの向上が業務領域です。
保険商品というのは、残念ながらお客さまが楽しみで購入する商品ではありません。その商品性から難しく感じてしまい「ちょっと面倒くさいな」と思われているパターンが多いです。
特に自動車保険の場合、基本的に検討から購入に至るタイミングが1年に1回の商品になっています。ですから、少ないチャンスでお客さまとの接点でいかにコンバージョンさせるかが、非常に重要です。また、流入チャネルや検討タイミングによって、お客さまのモチベーションはすごく変わると感じています。
志賀:基本的にはお客さまの顔が見えない状態でパーソナライズする必要があるのですね。
高橋:はい。「早いタイミングで顧客情報を入力してください」といっても、保険に加入する前に会員登録する人はなかなかいません。これからのクッキーレス時代、どうやって戦っていくのかというのは、非常に大きな課題だと思っています。
エイチームのサービス展開例
志賀:では次にエイチームの木村さん、お願いいたします。
木村:改めまして、エイチームライフデザインの木村と申します。エイチームに入社したのは5年前で、Web広告を中心にマーケティング活動を行ってきました。年間の広告費が数十億円で、結構使っています(笑)。
15種類くらいのサービスを持っていまして、私の役割としては、それぞれのブランド・メディア・サービスのマーケティングを統括しています。
これまでそれぞれのサービスがエイチームグループの別々の子会社として独立していて、それなりの規模感に成長してきました。
しかし、実は30%ほどのお客さまで二重に広告費を使っている状況で、会社として生産性が高くないということで、それぞれの子会社を一つの会社にまとめました。その関係で、各社のデータを統合してどのように相互送客していくかということを考えていくのが、現在の主なミッションになっています。
志賀:統合される前は、例えば会員登録がそれぞれのWebサイトで必要だった状況ということですか。そこがUX的にはあまりよくないというのが課題になっているのでしょうか。
木村:はい、そう認識しています。
志賀:最後に日立製作所の田中さん、よろしくお願いいたします。
田中:改めまして、日立製作所のグローバルブランドコミュニケーション本部、コーポレートデジタルコミュニケーション部のWeb戦略グループに所属している田中と申します。
元々エンジニアとして入社して、10年ほど社内のITサービスの開発や保守を担当していました。3年ほど前に今の部署に異動して、国内外を含めたコーポレートサイトの運営企画やガバナンス教育、自部門のDX推進などを担当しています。
UXの課題としては、運営しているコーポレートサイトの訪問者がさまざまな目的を持っているという点が挙げられます。
家電を目的にしたお客さまから、BtoBで法人向けのソリューションサービスを探しているお客さまなど多種多様なので、何をどのように伝えるのか、誰に何を見せるのかといったところの調整が難しい状況です。
田中氏は「目的がさまざまな訪問者」がUX課題と語る
志賀:お話を伺い、日々いろいろなことが起きているのだろうなと感じました。株主向けのIRなども同じサイトですか?
田中:はい、全部入っています。
志賀:それは大変ですね。株主もコンシューマーもパートナーも全部来る、そんな状態ですよね。どんな文脈で来ているか全くわからないです。
田中:分析してもよくわからないことがかなりあります。日立の商品名のような検索ワードで入ってきてくれれば、ランディングしたときに何か変えられそうですが「日立製作所」で入ってきたら、もうどうにもならないですね(笑)。
志賀:UX改善の取り組み事例ということで、ここからは各社が具体的にどのようなことをしているか聞いていきたいと思います。
各社のUX改善の取り組み事例①:アクサダイレクト
高橋:自動車保険を検討している人は、最初にWebサイトを訪れてから契約に至るまでに保険の見積もりを取る行動が必ず発生します。ただし、見積もりした後、すぐに申し込んでくれるかというと、そこで一度悩むお客さまが大半ではないでしょうか。 見積もりが終わった後、そのまま離脱してしまうケースも少なくありません。
その一方で、悩みながらも再来訪してくれたお客さまに対して、初回来訪とは異なるエクスペリエンスを提供することで、コンバージョンに良い影響を与えられないかということを考え、簡単なABテストから取り組んでみました。
例えば再来訪時に「手続きを完了するのに必要な書類はこれだよ」と明示したり、「ありがとうございます」というウェルカム感のようなものを出したりしました。とても単純なことを実現しただけですが、これだけでもWebの遷移率が大きく変わっていくというのがわかり、これは何かが変わるきっかけになると感じたのを覚えています。
志賀:ある意味、リードナーチャリング的な再訪問ということですよね。お客さまのブラウザにクッキーを埋め込んでステータスを持たせて、見積もりしてくれたユーザーに対して最適な接客をしていくイメージですね。
高橋:そうです。ABテスト的にはすごく簡単なので、皆さんもできるのではないかと思っています。
木村:お見積もりいただいた情報は、どのように再訪する直前に出し分ける設定をされてたのですか?
高橋:いわゆるアナリティクス系のツールで、どこまで進んだかを情報として持っていて、それをABテストツールに渡すことで、この情報を持っている人にはこっちの画面を出す、持っていない人には元のものを出すというような出し分けをしています。
志賀:ちなみに、この発想に至ったきっかけは何だったのでしょうか。
高橋:元々「パーソナライズを取り込んでいかないと難しい」というのは常々思っており、オンライン上だけでまずやれるとしたらどこがいいかということで、最も確度が高そうなところから試してみようと考えました。
事例②:エイチーム
木村:今、社内のいろいろなサービスを相互送客させようとしている状況で、これをUXに落とし込むのがすごく難しいと感じています。
さまざまなサービスで相互送客できる環境を目指している
どのような連絡をどのタイミングでしていくのが一番いいのかというところを、データ統合しながら進めていこうとしているのが、現在のUX改善の取り組みです。
志賀:まずIDの問題があって、それぞれのサイトでログインしてしまうところを解決しなければならないわけですよね。それから、関連サービスの認知度の問題もある。要は企業の都合でお客さまに「引越し侍」を使った後に「Hanayume」どうですかといっても、お客さまはそもそも「Hanayume」を知らない。そのタイミングやきっかけをどう捉えていくかというのは、IDを統合して、かつ来訪者のデータを取って分析しないとなかなか出てこないですよね。
弊社も同じようなことをやっています。予約や物販、メディアがあって、例えば、普通はゴルフ場の予約をしたら、当然ゴルフ場に行きますよね。 そこで、ゴルフ場に行くタイミングで、ボールを買い忘れていませんかといった比較的わかりやすい文脈でいろいろな情報を流します。
ただ、なかなかこういう文脈を作っていくのは難しいとも感じます。お客さまは、エイチームのサービスを全て同じブランドがやっていると認知しているのでしょうか。
木村:残念ながら、まだしていないですね。これから認知度を高めて、間口も広くしていこうと思っています。
事例③:日立製作所
田中:私たちの取り組み事例としては、まずは課題の抽出や仮説の検証をしました。特にページ内の行動分析です。
我々のトップページはあえて下の方に、クリックしてほしい情報を置いています。お客さまがそこにスクロールしてくれるだろうと思って配置したのですが、実際、コンテンツスクエアで見てみると、ページの下半分の部分が40~50%のスクロール率しかなかったことがわかりました。
日立製作所のUX取り組み事例のイメージ
要は、半数の人がファーストビューで行動を完結している。それを元にABテストの実施や分析をしました。離脱してしまう方のデータがどうしても取れないので、VOCツールを用いて離脱コードを取る際にアンケートの実施もしました。
データを分析したところ、4割ぐらいが弊社の製品・ソリューションを探している。さらに、その中でも約半数が家電を探しているのですが、我々のページの中には家電情報がないので、それで離脱しているということがわかったのです。
それを踏まえて、トップページに重要な情報を載せるのではなく、ファーストビューにわかりやすいものを置くなど小さな改善をしたところ、一定の成果が出たというのが弊社のUX改善事例です。
志賀:4割近くが製品・ソリューションを探してさらにその中の約半数が家電の情報を求めているお客様ということで、やはり家電推しのようなページ構成になっていったのでしょうか。
田中:いえ、そこはしていません。ファーストビューの段階からある程度パーソナライズしようということで、「家電をお探しの方はこちら」と誘導する形にしました。
社内のUX推進体制について
志賀:では、社内の推進体制のお話に進みたいと思います。
高橋:我々の会社では、UXに関する専門部署があるかというとそうではなくて、いわゆる新規顧客獲得やカスタマージャーニー改善の企画を練っている複数部門の関係者が集まって、UX改善を行っています。
こういった関連部門のメンバーが集まることにより、いろいろなナレッジや、今まで気が付かなかった課題の共有がしやすくなるので、週1回くらいの頻度で会議を開催し、きちんとサイクル化するように心がけています。
そして、コンテントスクエアを使い「この施策は成功したのか、失敗したのか」を分析することを重視しています。
志賀:マーケティング本部に入っている会社は結構多いですよね。弊社ももう垣根があまりわからなくて、「UX=マーケティング」といってもいいぐらい融合しています。
木村:エイチームは、マトリクス型の組織みたいな形をイメージしていただければわかりやすいかと思います。それぞれのサービスを独立的にしっかりと成長させるという役割を持ちつつも、デザイナーやエンジニアの開発の組織、営業やマーケティングの組織があり、UX・CX推進のようなところは、少し意図的に切り出して動かしています。
エイチームのマトリクス型組織のイメージ
UXの分析・改善が非常に煩雑なので、しっかりとそこにリソースを割り当てたいと思うからこそ、意図的に切り離して、そこを中心的に動かすための組織を作っています。
ただ、先ほどお話もあった通り、ほぼマーケティングとイコールではあるので、どちらかというとミッションをわかりやすくするために箱を分けている感覚ではあります。
志賀:今まで別会社で縦割りだった体制を、今は横割りにしているということですね。UXやマーケティング、集客とかそういうところと、広告系やカスタマーエクスペリエンスをいったん分けているということですか。
木村:そうですね。今後の社内状況によって柔軟に変わっていくとは思っています。
志賀:ありがとうございます。次に田中さんにお話を伺います。
田中:我々は組織が大きくて、昔ながらのところもあるのでピラミッド型になっています。横のつながりがあまりなくて、トップダウン型ですね。
日立製作所のUX社内推進イメージ
私がいるのが推進体制の一番上の部分で、海外を含むWeb戦略の基本方針は我々が担当しています。その配下で事業領域や取り扱う製品・ソリューションが多岐にわたるので、それぞれのWeb担当者がいて、そこでCXに関わる施策をそれぞれの部署が実行しているというのが実情になります。
会社組織としても、4つの大きな事業体があり、その中にさらにビジネスユニットがあって、さらにその中に事業部があって…という形です。実際のWeb担当者になると、私も会ったことがない人がたくさんいます。その方々とどのように連携していくか、横のつながりを確保するのかというところは、まさにこれから取り組んでいこうとしている部分です。
志賀:その形だと、ガバナンスも結構大変ですよね。
田中:はい。グループ会社を含めると770社ほどあります。
志賀:特に海外の皆さんは、自分たちで好きにやりたいという気持ちもあるので、全てを統率するのはなかなか難しいですね。
皆さん、ありがとうございました。今日のお話の中で、業種・業態、会社のステージや、縦なのか横なのかなど、その会社のポジションによって、組織の形態も変わってくるという印象を受けました。
ただ一ついえるのは、UXというものに関する責任部隊をしっかりと用意しているというところが大きいのかなと思います。
UX改善における今後の展望
志賀:それでは最後に、今後どういったUX改善の取り組みを行っていきたいかをお伺いできればと思います。
高橋:マーケティング部門という組織の中にUXがあっても、全体の中の一部でしかないので、もっと会社全体でUXの組織を作っていくためのアクションを起こしていきたいと思っています。コンテンツスクエアがあると、チームでそのような取り組みは実現できますが、動的なことを行うためには、やはり組織が必要と感じます。
木村:エイチームとしては、それぞれのサービスの改善は当然継続していくのですが、サービス同士をつなぐハブの役割をしっかりと作って、成功事例として発信できるように頑張っていきたいと思っています。
田中:弊社としても、今後さらにグローバルに活躍していこうと思っているので、日本のみならず、海外のUXの取り組みなどもどんどん取り入れていけたらと思っています。
志賀:最後になりますが、今日いろいろなお話を伺い、UXというものを中心にマーケティングがあって、さまざまな事業戦略が取り巻いているのだろうと感じました。UX自体がマーケティング活動そのもので、この垣根をなくしていくのが重要なのではないでしょうか。本日はありがとうございました。
【お知らせ】
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