EVENT | 2023/01/31

榎本温子、声優がアニメ出演だけでは食べていけない理由を解説する

アニメに命を注ぎ込む存在とも言える声優たちの報酬があまりにも低いことをご存知だろうか?有志グループ VOICTION が...

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アニメに命を注ぎ込む存在とも言える声優たちの報酬があまりにも低いことをご存知だろうか?有志グループ VOICTION が2022年9月29日に発表した「声優の収入実態調査」によると約7割以上が年収300万円以下という状況だ。

また近年では若手声優がメンタル面の不調を訴え休業してしまうケースも続出。こうした問題をネット番組の『ABEMA Prime』が取り上げたところ大きな反響を呼んだ。

そこで今回は同番組にも出演していた現役声優の榎本温子さんに、声優界の現状をさらに詳しく尋ねた。

文・構成:ひでたかくん 聞き手:ひでたかくん、神保勇揮(FINDERS編集部)

※続編記事も公開しました!こちらもぜひお読みください↓↓↓
声優ギャラ問題「アニメよりゲームの方が高い」になるワケ…榎本温子と松山洋が語る業界の構造問題

榎本温子(えのもと・あつこ)

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声優/ナレーター。アニメ「彼氏彼女の事情」の主役・宮沢雪野役で声優デビュー。「ふたりはプリキュア Splash☆Star」(美翔舞役)、「カードファイト!! ヴァンガード」(先導エミ役)ほか多数に出演。Abema Primeのメインナレーターも務める。
Twitter:https://twitter.com/atsuko_bewe
YouTube:https://www.youtube.com/@atsuko_bewe

アニメ出演は拘束と報酬が見合ってない

ーー 近年、声優業界の報酬の低さや体調不良を訴える人が続出している問題が取り上げられる機会が増えましたよね。そこで声優業界の現状を聞かせていただければと思います。

榎本:私自身、声優業界の報酬の低さは解消されてほしいと考えています。特にアニメ出演の報酬があまりにも低すぎるのを変えたいです。

声優のアニメ出演に対する報酬はキャリアと作品形態に応じた日俳連(日本俳優連合)が定めたランク制で計算されています。声優としてデビューした最初の数年間はジュニアなのでアニメ/吹き替えの報酬は1本につき1万5000円(二次使用料を含めた買取料金)で固定されています。主役を担当しても、通りすがりの通行人でも、拘束時間やセリフの量に関係なく同様です。

ーー 声優として本格的に稼げるのはジュニアを終えてからですか?

榎本:ジュニアを終えてランカーになったとしても1万5000円から値上げしていくのは非常に難しいです。中堅以降になっても「ベースが1万8000円では高くてレギュラーでは使いにくいですね」と言われてしまうこともあります。

ーー 「声優業だけで食っていけなくもない月収」として仮に毎月手取り20万円を稼ぐことは、どの程度売れれば可能になるのでしょうか。

榎本:うーん……。正直、現状では「アニメ声優の仕事だけ」で食っていくのはかなり厳しいと感じています。例えば1本1万5000円の収録が週2回・月8回あっても、そこからさらに事務所のマネジメント料や各種税金が引かれた手取りはざっくり月収10万円程度です。ランカーになればTV放映や配信、ブルーレイ販売などの二次使用料も上乗せされるのですが、その金額も決して高いわけではありません。インタビュー対応やイベント出演などで着る服の用意、ヘアメイク、交通費なども基本的に自腹です(キャラの衣装などコスプレ的な服の場合は貸してもらえますが)。

後でお話ししますが、イベント出演やナレーション仕事、あるいはアニメ業界以外での声優仕事のギャラはランク制の対象外なので、いかにそうした仕事を増やせるかにかかっていますね。

ーー 足りない生活費はアルバイトで補填することになりますか?

榎本:アルバイトのための時間を確保するのも一苦労です。声を録るアフレコのためにキープが発生します。例えばアフレコが毎週火曜日の10時〜15時とします。1クール(3カ月)のアニメでしたら6カ月、キープされてしまいます。

ーー キープは何故、発生するのでしょうか?

榎本:絵の制作現場の遅れや調整のために必ずしもスケジュール通りにアフレコができない場合があるからです。一カ月前に「絵が間に合わないのでこの週はナシでお願いします」と言われればまだ他の仕事を入れることができます。ですが実際には前週、あるいはもっと直前に言われることも少なくありません。そして収録がない日のキープ分のギャラはゼロです。

ーー 作品によってはいわゆる“別録り”をすればキープを減らせませんか?

榎本:制作側が「どうしても出演して欲しい」という人の場合は別録りも認められます。ただアニメの制作の現場では「特例を認めない!皆が集まるアフレコ至上主義!」が根強いです。その方が若手は先輩の技術を盗めるといったメリットもあるので分からなくもないですが、長く続いている作品でしたら共演者の呼吸やリズムも把握しているところもあるので、たまには別録りでスケジュールに自由を持たせてもらえたら有難い気持ちもあります。

ランク制の適応外の仕事は報酬がアップするが…?

ーー 榎本さんは現在、事務所に所属しないフリーランスで、かつナレーション仕事が中心ですよね。

榎本:はい。ナレーションはランク制の適応外ですので「大物ベテラン声優・ナレーターが特番を担当したら100万円」といった事例も当然、出てきます。しかもスケジュールの融通もかなり効きます。

また、イベント出演では作品の大きさにもよりますが新人でも3〜5万円程度は支払われていると思います。私も最初は「あれ?アニメ出演よりイベントの方がお金をもらえる?」ってビックリしました。ゲーム、玩具などのCMナレーションでもアニメ出演とは比較にならない額をもらえます。

ーーランク制の適応外になると一気に報酬の形態が変わるのですね。

榎本:そうですね。デビューしたばかりでも可愛くて踊れて、アイドル声優グループに所属できればその企画が続いている間は年収1000万円も夢ではないと思います。イベント、ゲーム、CMとランク制の適応外の仕事が続くので。勿論、このような機会に恵まれる人はごく一部だけです。

ただこれには落とし穴があります。その企画が終わってしまったら一気に仕事が無くなってしまいますし、活動期間中はレッスンやライブのリハーサルなどでもかなり時間が取られますから「30歳近くになってもアイドルや若いヒロインしかやったことがない」というキャリアになってしまうケースは十分想定できます。作品の終わりが声優生命の終わりに直結してしまう場合もあります。

ーー ハードワークで休みも取りにくい、しかもずっと将来の不安もつきまとう。かなりメンタルを病みやすい環境なのですね。

榎本:もしも声の演技だけに集中し続けることができたら違うのかもしれません。今だから言えますが、私自身も若いときはメンタルをやられて死にたくなったこともありますよ。アイドル声優についてはABEMAでも話したのでお時間があったらご視聴いただけると嬉しいです。

ランク制が使い続けられる理由

ーー お話を聞く限りランク制が現状に合っていないようにも思えてしまいます。

榎本:確かに合っていません。ただこのランク制は声優を守るために誕生したものでもあります。昔は今よりも無茶な交渉が多く、クライアントの言いなりにならざるをえなかったことが多々、ありました。それらから声優たちを守るために日俳連が尽力した経緯があります。ただ21世紀の今、設定した額で安定した生活が送れるかと聞かれたら肯定はできません。

ーー 現状、このランク制を使い続けるメリットは何でしょうか?

榎本:制作側はランク制のおかげでアニメを作る際の予算組みがしやすくなりました。1話あたりの制作料の中で声優に回せる額も決まっています。「予算が足りないからキャラの出番を調整する」となることもあります。

声優と所属事務所の関係

ーー 事務所のサポートについてお話を聞かせてください。最近だとSNSに脅迫が来る場合もあるじゃないですか。その際は法的な手段を用いた対応はしてくれますか?

榎本:そこまでしてくれる事務所もあるでしょうが、大半は無いですね。多くの声優事務所は1人のマネージャーが何人も並行して担当しているので、きめ細かなコミュニケーションが難しいという構造もあります。仮に相談したとしても「大変ですね…じゃぁちょっとSNS休んでもらって」程度でしょうね。それどころか同業者が仕事を干されそうになる嫌がらせをマネージャーから受けたこともあるようです。他にも「事務所を変更したら報酬をかなり中抜きされていたことに気づいた!」という話も聞きました。

ーー 事務所に所属する際はしっかりとした契約書を交わしますか?

榎本:私が現在、業務提携している事務所はしっかりとした契約書を交わしていますが、それ以前は覚書程度でしたね。声優と事務所は業務委託契約ですが大半は「ちゃんと契約書に判を押して」といった法的なやりとりはないでしょうね。

ーー それでは契約書の必要性を理解できないまま業界で働き始める方も多いのではないですか?

榎本:大半の方がそうじゃないですかね。私もデビューしたての頃は「そういうものだ」と思っていましたし。ある程度、キャリアを重ねた方でも源泉徴収や、請求書の作り方を知らない方も非常に多いですよ。私はフリーで活動する道を選びましたが日々、学ぶことばかりです。

日本の貴重な輸出物を守るために外から現状を変えていく

ーー 今後、声優業界の労働環境を改善するために考えていることがあれば教えて下さい。

榎本:海外のユニオン(俳優組合)がどのように機能しているかを勉強したいです。参考にできることがあるかもしれないじゃないですか。私自身、ユニオンに所属してみたら面白いとも考えています(笑)。外国語での芝居は難しいかもしれませんが、ピカチュウのように鳴き声の演技ならできるわけですし。海外のアニメのビジネスモデルを勉強したいです。

ーー 夢があっていいですね。

榎本:外を知ることが現状を改善することにつなげられればいいなと考えています。将来的には報酬形態を改善していきたいです。例えば「アニメ映画の出演料+興行成績に応じたインセンティブ」のような提案、改善をできればと思います。

私は漫画家の赤松健先生が国会議員になられたことにとても期待しています。内部から環境を変えられないのならば、外から政治的な力で働きかけてくれることを期待しています。

ーー 最後に読者に望むことをお願いします。

榎本:読者の皆様にも現状を知っていただき、解決方法を一緒に考え出してほしいです。アニメをはじめとしたIP(知的財産)を輸出することはもはや日本が外貨を稼ぐための重要な手段の1つだと言っても過言ではないでしょう。日本の輸出物を守るために、これからも自分のYouTubeなどで警鐘を鳴らしていきたいと思います。

ーー 確かに総務省が毎年まとめる調査「放送コンテンツの海外展開に関する現状分析」の2020年度版によればコロナ渦の世界でも日本のアニメの輸出総額は増加し続けていますよね。本日はありがとうございました。


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