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「僕はウクライナ人選手だ。やがて植民地か廃墟にされる国の選手だ」プロゲーマーの衝撃の一言が浮き彫りにする「戦争と競技のコントラスト」
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  • 2022.08.06
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「僕はウクライナ人選手だ。やがて植民地か廃墟にされる国の選手だ」プロゲーマーの衝撃の一言が浮き彫りにする「戦争と競技のコントラスト」

連載「ゲームジャーナル・クロッシング」

Jini

ゲームジャーナリスト

note「ゲームゼミ」を中心に、カルチャー視点からビデオゲームを読み解く批評を展開。TBSラジオ「アフター6ジャンクション」準レギュラー、2020年5月に著書『好きなものを「推す」だけ。』(KADOKAWA)を上梓。
ゲームゼミ
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「僕はウクライナ人選手だ。ロシアによって日々何百人もの市民が殺され、やがて植民地か廃墟にされる国の選手だ」

esportsとして世界中で遊ばれるFPSゲーム『VALORANT』の世界大会「VALORANT Champions Tour 2022: Stage 2 Masters」が7月に開催された。

世界中から約80万人を超えるファンが見守る中、その玉座にたどり着いたのはFunPlus Phoenix、「FPX」という名で親しまれるチームだ。そのFPXのキャプテンを務めるウクライナ人選手が、決勝戦を前に呟いた一つのツイートが、この心痛極まるメッセージだった。

2014年に始まり、2022年2月からは本格的なロシアの侵攻が進んだロシア・ウクライナ戦争。今もウクライナの兵士たちは攻撃に耐え続け、市民は兵士たちの虐殺、略奪、そして性的暴行に晒され続けている。一方、侵攻当初はロシアの蛮行に憤り、支援や報道を惜しまなかった日本を含む西側諸国は、半年を経て既に「疲れ」を見せているとの報道があり、事実としてマスコミやSNSでの情報量は明らかに減っている。今も続くウクライナの惨状は、世界的には徐々に「他人事」として視界の外へ追いやられつつある事実を、指摘せざるをえない。

こうした「他人事化」されていく現状に対し、FPXにおいて唯一のウクライナ人選手であり、チーム創設当初からキャプテン(IGL= In Game Leader)として率いてきたANGE1(エンジェル)が、あえて「自分がウクライナ人である。今も虐殺をされ続けるウクライナ人である」とSNSで改めて公表したこと。(もちろんそこに関連性があるわけではないが)結果として、FPXを80万人の観衆の前で優勝に導いたことが、自分の祖国に迫る暴力とのあまりに残酷なコントラストとして映った。

実はANGE1がキャプテンを務めるFPXは、世界的にも稀有な多国籍チームである。チームは5人で構成されており、スウェーデン人のZyppan、ラトビア人のardiis、そしてなんと、ロシア人のShaoとSUYGETSUが在籍。これら4カ国のプレイヤー、しかもロシア人とウクライナ人が同じチームで戦い、優勝した。その上、FPXの母体であるFunPlus社は中国創業だが、FPXはEMEA(ヨーロッパ・中東・アフリカ)リーグから勝ち上がっている。多国籍チームはサッカーやバスケットボールなど他のスポーツでも珍しくないものの、これほど複雑かつ(偶然にも)深刻な組み合わせは珍しい。しかもそんな彼らが、世界的なタイトルで優勝を果たしてしまったのだ。

FPXはどのようにして優勝にまで至ったのか。バーチャルな「戦争」は国際紛争に対するアンチテーゼ足りうるのか。ANGE1はなぜ勇気を振り絞って今ウクライナで起きている「現実」を改めて告発したのか。ロシアの侵攻から5カ月が経過した今、改めて別の角度からこの紛争とスポーツの関係を照らし合わせていきたい。

esportsシーンにおけるロシア・ウクライナ人選手の存在感

ロシアといえば、フィギュアスケートやアイスホッケーをはじめ、氷上のスポーツが盛んな国だが、それと同じぐらい彼らが得意とするものがesportsである。『Warcraft Ⅲ』『Dota 2』『リーグ・オブ・レジェンド』『Counter-Strike』シリーズなど、さまざまなesportsシーンでロシア人プロゲーマーが活躍している。

同時にウクライナもまたesportsで目覚ましい活躍を見せた。Twitterで70万人のフォロワーを誇るesportsチームNatus Vincere、「Na'Vi」と呼ばれるチームは世界的に有名で、多くのゲームジャンルで優勝を経験している。

ロシアとウクライナは、2000年初頭から早くもesportsのさまざまなタイトルで強豪として知られ、時に計算高く、時にアグレッシブなそのプレイは、アメリカや西欧のプレイヤーを畏怖、あるいは尊敬させてきた。

ウクライナのチームにロシア人が、ロシアのチームにウクライナ人が所属することも珍しくなく、2014年のクリミア併合以前から存在したであろう両国の亀裂も感じさせないほど、esportsシーンでは両国のプレイヤーが切磋琢磨しながら大会に挑んでいた。

戦争によって壊れていくesportsシーン

Photo by ELLA DON on Unsplash

2022年2月に始まるロシア軍の直接的なウクライナ侵攻は、「世界のしがらみ」をゲーマーの若者たちに残酷なまでに持ち込んだ。ウクライナの若者たちは兵士として駆り出され、彼らの故郷は榴弾や白燐弾によって破壊され、家族は命の危機に晒されている。『Counter-Strike』のウクライナ人選手sdyは、ワシントン・ポストにこう語る。

「この時代に、一体誰が戦争を始めようとするのか」

sdyは現在、プロゲーマーとしての活動を続けながらも、領土防衛隊に志願。戦火が迫ってきた場合、自分も家族を守るために戦うつもりだという。『Counter-Strike』はテロリストと特殊部隊に分かれて戦うFPS。ゲームの中で「AK-47」を構え続けてきた彼が、いつ実際の「AK-47」をその手で握る日が来るのかわからない。そんな現実が今も続く。

一方、ロシアのプロゲーマーたちもウクライナ侵攻による打撃を受けている。まずウクライナの侵攻が決まったその直後、ほとんどの国際的なesportsシーンにおいてロシアチームは排除され、出場禁止となるか、立場の変更を余儀なくされた。その結果、ロシアの名門esportsチームの「Team Spirit」は拠点をセルビアに移し、同じくロシアの強豪「Gambit Esports」は「M3 Champions」というチーム名として再出場。またロシア人全体に対する渡航制限によって海外大会に参加することもできず、ANGE1率いるFPXも4月開催の「VCT 2022 Stage 1 Masters」の出場を断念している。

こうした対応はウクライナの31歳の副首相、ミハイロ・フェドロフによる要請も大きい。ロシアに対する主にIT企業の経済制裁を積極的に求め、あのイーロン・マスクに「スペースXのスターリンクを提供してくれ」と直接交渉した男だ。当然、デジタル・ネイティブのビデオゲームやesportsへの関心の高さを把握しており、TwitterでMicrosoftとソニーにすぐさま警告、さらにロシアチームのesportsからの除外を要請した。

戦争はロシア人プロゲーマー、ウクライナ人プロゲーマー、双方の活躍の場を奪ってしまった。ウクライナ人は自分の故郷や家族、そして自分自身に対する保障を、ロシア人はウクライナ人ほどでないにせよ経済と名誉を失った。さらには彼らの活躍を願う世界中のファンやライバルたちも心を痛め、ヨーロッパの平和を祈っている。

当事者であるプロゲーマーはどう立ち向かうのか

s1mple Instagramより

こうした実情に対し、当事者となったプロゲーマーの多くは、国際平和を求める。プロゲーマーたちは多国籍チームの中で、お互いの出自など関係なく共に切磋琢磨し、憂いも喜びも分かち合った仲間だ。ウクライナのチーム「Na’vi」に所属するs1mpleは、「私はこれまでウクライナ人、ロシア人、アメリカ人の選手とプレイしてきた。皆素晴らしい人間で、本当の友達だ」と話す。

だが現実には、ロシア人選手のpureが試合中に「Z」の文字をマップに描き、ロシアの侵略への支持を表明するなど、全てのプロゲーマーが政治と距離を保っているわけではない(pureは後に本件を謝罪。チームを解雇されている)。2022年5月にはロシア下院ではプロゲーマーの兵役延期や学費免除などの国家政策「esports中隊」が検討されており、切羽詰まった政府はプロゲーマーを取り込もうとしている。

そして何より、いくら「国際平和」を掲げ、政治とesportsを切り離したところで、今まさにウクライナの街が破壊され、市民が虐殺されている現状は変わらない。

侵攻開始から半年が過ぎようとする今、明確に日本を含む西側諸国も徐々に「ウクライナ疲れ」を見せ、報道は消極的になり市民も議論を避けるようになった。都合よく解釈すれば「中立の姿勢」と言えるそれは、言い換えれば見たくないものを遠ざけているだけの「傍観者」にすぎないとも考えられる。

ウクライナ侵攻直後の大会「Masters 1」に渡航制限により出場できなかったFPXが、7月の「Masters 2」には出場し(SUYGETSUのビザ問題が浮上したが)、優勝を果たした背景にはそうした「中立の姿勢」へのシフトが存在する。実際、デンマークのコペンハーゲンで開催されたこの大会のバーチャルな戦場を世界中が見守る中、わずか1500kmしか離れていないウクライナのキーウ周辺では砲撃や銃弾が飛び交っていた。

ANGE1が「国旗を掲げてステージに立つことは認められないから」と前置きした上で、「僕はウクライナ人選手だ。ロシアによって日々何百人もの市民が殺され、やがて植民地か廃墟にされる国の選手だ」とツイートしたのは、まさに世界が少しずつ目を逸らそうとする「1500km先の現実」を突きつけるためのものではなかったか。ShaoやSUYGETSUといったロシア人のチームメイトといくら共に戦っていても、その現実は変わらない。むしろ、彼らと国籍を超えて戦い、そして優勝を果たした中で、一体どれほどの痛みを分かち合い、そして耐え忍んできたのか想像すらできない。

誰もが国境を超えて楽しむことができるesports。その中で育まれたロシア人とウクライナ人たちの絆と、世界大会優勝の結果。そうした若者たちの希望を容易く打ち砕く戦争。このアンビバレントなバーチャルとリアルの戦場の対比は、今まさに「中立」や「平和」を建前に現実から目を逸らそうとする我々の心理に、途方もない「現実」の錘(おもり)となってのしかかる。


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