CAREER | 2025/10/20

センシングで見える“要素”と“つながり”
ヒエラルキーを横断するSDMの思考と実装
「畜産・まちづくり」

特集:慶應SDM神武研究室 「オープンラボ2025」 開催レポート
2025年7月11日・12日、スペース中目黒にて開催

文・構成:カトウワタル(FINDERS編集部) 写真:菅 健太(株式会社DALIFILMS )

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観察・仮説・検証を往復するSDMの作法

「一見関係なさそうな“畜産”と“まちづくり”ですが、SDMの考え方で見ると、実はつながっているのでは、と感じていただけるかもしれません」 と、モデレーターを務める特任教員の小高暁さんの投げかけではじまったトークセッション 「畜産・まちづくり」。登壇者は、防災・人流のセンシングを担う研究員の管野天さんと、放牧と牛の行動を研究する博士学生のセキウンエイさん。小高さんは 「現地で観察することが研究の根幹」 と前置きしたうえでセッションを進行した。

まずはモデレーターの小高さんが2016年にSDMへ着任した当時の写真を映し自己紹介をはじめた。「衛星データを軸に都市防災の分析などに取り組んでいます」 と研究領域を説明。さらに 「タイの田舎に5年ほど住んでいたことがありまして…」 と、現地生活のエピソードも。虫害に困る地域で煙による虫除けを試みたところ、火の始末を誤って自宅を焼いてしまったという “強烈なアイスブレイク” を明かし、「その事件で一気に地域に溶け込めた」 と笑う。また現地に赴いてのフィールドワークでは、「現地で散髪する」 のが趣味だという。「散髪台に座ると暮らしの手触りが一気に近づく。タイだと脇をガッと刈り上げるのが定番で、文化の違いがよく分かるんです」と持論を展開した。

神武研究室 特任准教授の小高暁さん

続いて、中国出身のセキさん。学部では交通工学を学び、修士からSDMへ。「『宇宙システム工学』の授業がきっかけで牛の研究に出会いました。沖縄で闘牛を見たり、中国の市場で無造作に置かれた牛骨に出会ったり、北海道では酪農とアートを両立する作家の作品に触れたり。最近は”牛の耳の毛が一番かわいいよね”という会話に共感できるほど、牛に目が行く日々です」 と笑う。そのうえで 「IoTで行動を把握するだけではなく、牛が社会の中でどう捉えられてきたのか——文化的な文脈も重ねて考えたい」 と研究の視野を示した。

一方、管野さんは早稲田大学で機械工学、月面に初めて降り立ったニール・アームストロング船長の母校としても有名なパデュー大学で、飛行機の翼の形状最適化の研究に取り組んだという。UAVや大規模データの文脈に身を置きながら、「使ってくれる“誰か”が実在する座標の上で設計すること」 の重要性に気づき、防災へ軸足を移し、「アプリや検索の匿名位置情報から、人の集まり方・動き方の“型”を読み解き、どの時間にどこへ人が集まるのかを可視化して、防災計画へ生かしています」と紹介した。

小高さんはふたりの研究の共通点として、神武研究室のセンシング・デザインラボという名前の通り 「センシング」 をキーワードに活動しているとしつつ、「放牧地の牛と都市の人びと——対象は違っても、観察・仮説・検証を往復するSDMの作法は同じです」 と本題へつなげた。

牛の行動から“性格”が見える―研究を通じて人間と牛の関係を考える

セキさんが取り組む牛の研究は、“放牧型” の生産方式。牛を囲いの中ではなく、自然の環境の中で自由に草を食べさせるという方法だという。研究の目的としては、“牛の放牧管理をリモートでできるようにして農家の負担を減らす” ことだ。

そこでまず耕作放棄地のような、これまで利用されていなかった土地に牛を放牧し、牛がどのように行動し、何を食べて、それによってどれくらい体重が増えるのか、という一連のプロセスを観察した。また、実際に現地に赴き自身で写真を撮り、草の種類を調べて地図化(マッピング)。さらに上空からはドローンのマルチスペクトルで植生指数(NDVIなど)を面として把握し、地上では自ら牧草地を歩き回って撮影・同定した植生を地図化する。そこに牛の位置・行動データを重ね合わせ、時間帯・場所・植生・採食の相関を追う。

面白いことに、データを見ていくと牛の“性格”も行動パターンからある程度読み取れるという。サンプル数がまだ少ないため定性的な段階ではあるというが、たとえば 「リーダー的な牛」 と 「その後を追う牛」 では、明らかに体重増加のパフォーマンスに違いが出るということもわかってきたという。

さらに研究では、牛がどの時間帯にどのエリアで採食しているか、牛の個体差により好んで食べている植物などを分析、たとえば耕作放棄地に育ちやすいイネ科の植物を好んで食べるタイプをそのエリアに集中的に放牧することで景観整備や土地活用につなげる、そんな応用も考えているという。

ただ一方、「データへの理解の方が、牛そのものへの理解を上回ってしまう状態は非常に危険だ」 と感じているという。「データを見ることで“わかったつもり”になってしまう」 が、自身がいまひとつその結論についてしっくり来ないこともあるという。その理由としてセキさんは、「私がまだ牛のことをちゃんとわかっていないからだと思うんです」 と語り、「データを通じたセンシング」 だけでなく、「自分自身の身体や経験を通したセンシング」 の重要性について強調した。

牛の研究に取り組む博士課程学生のセキウンエイさん

また一緒に現地を訪れた小高さんも、「本当に、牛ってとても面白い存在なんです。牛にははっきりとした性格の違いがあって、好奇心旺盛でこちらに近寄ってくる牛もいれば、少し近づいただけでサッと逃げてしまうような臆病な牛もいる。そんな個性豊かな牛たちの生活は、実はとても豊かな“ドラマ”が繰り広げられているんです。」 と補足し、「ただ、牛たちは自分の気持ちを言葉で伝えることはできません。だからこそ、私たちが “それをどうセンシングするか” という点が、とても難しくもあり、同時にとても重要なポイントになります。彼らから直接 「今どう感じているか」 を聞くことはできないからこそ、どう観察し、どう読み取っていくのか―そこにこの研究の面白さがあるのだと思います。」 と解説した。

これに対しセキさんも、さらなる研究においては 人間と牛との関係をどのように構築していくべきか、「アニマルウェルフェア(動物福祉)」 の問題や、「温室効果ガス」 といった社会的・環境的な課題に向き合う必要性があると続けた。

人流データを活用した防災研究

続いて研究員の管野さんが共同研究先であるLINEヤフー研究所上席研究員の坪内孝太さんとの研究内容を紹介。管野さんが扱うのはLINEヤフーと連携したスマートフォンの検索や位置情報などの匿名化されたデータだ。「この時間帯にこのエリアにはどれくらい人がいたのか」 「何を検索していたのか」 「どんな属性の人がいたのか」 といった情報を分析し、防災分野に活かす研究を行っている。

人流データを活用した防災の研究に取り組む研究員の管野天さん

管野さんが取り扱う人流データは、「その場所に何人いたか」 という情報ではなく、「その場所にいた人のうち、Yahoo! JAPANを使って検索をした人」 という "アクティブユーザー" だという。

たとえば、「平日朝の通勤や通学の時間帯にスマホで何かを検索している、という行動データ」 は、月曜日から金曜日までずっと同じパターンかと思うと、そうでもないという。
週末になると、当然朝や夕方のピークがなくなり、代わりにお昼頃に検索数のピークが来るが、月曜日もまた朝夕のピークがなく、お昼が一番高くなることがある―こういったデータからは、「月曜日はみんな出勤してるはずなのに、なんで検索しないんだろう?」 とか、「もしかして週末に検索しすぎて、月曜はちょっと疲れてるのかな?」 といった仮説を立てながら考察するという。

続けて、この分野の研究を一緒に行う小高さんからも、「ある日・ある時間・ある場所にどれくらいの人がいるのかということは、位置情報からパターン化して捉えることができる」 と補足、こうした人流データと 「どこで災害が起こるリスクがあるのか」 というリスク情報を重ね合わせることで、より現実的で具体的な防災計画を立てることが可能になるという。

また、横浜市港北区と連携協定を締結し、共同研究を進めている特任教員の西野さんも客席からコメント、横浜市が2027年に開催予定の 「GREEN × EXPO 2027 (国際園芸博覧会)」会場における 「熱中症対策」 においても人流データを活用していることに触れた。

さらに西野さんは、日本一暑い街として知られる埼玉県熊谷市をフィールドに、衛星データを活用した 「地表面温度」 の分析をもとに熱中症のリスクを示す 「暑さ指数 (WBGT)」 を推定するNTT東日本との共同研究についても紹介した。

議論が進む中で、センシングの難しさを問われると、管野さんはデータ選別の現実も明かす。「統計やトラッキングのデータは大量に見えても、欠測や不整合を除けば、連続して使えるものは一気に絞られます。だからこそ、使える“線”を見いだす視点が必要です」 という。

セキさんも 「高解像度データは高コストになりやすい。農家にとって負担にならない頻度と解像度の設計が鍵になります」 と課題を挙げた。ふたりの応答は、都市と牧場という異なる現場において、SDM研究科が重視する “V&Vの作法” —— 「設計どおりにつくれているか (Verification)」 と 「そもそも作るべきものか(Validation)」 をしっかりとトレースしていることが伺える。

また小高さんも、「防災は “まちづくり” の一要素です。同じ駅のプラットフォームでも、朝のラッシュと休日の昼では人の密度も属性も違う。その違いを把握して初めて対策は現実味を帯びる。人流とハザードのレイヤーを重ねる設計は、放牧地で植生・行動を重ねる設計と、発想の筋道がよく似ています」 と説き、“人間もセンサー” であり、「センシングは装置だけの話ではなく、人が現地で何を見て、どう解釈するかも含むはずです」 と語った。

ディスカッションの後半、小高さんは両者の共通点として 「ヒエラルキー」 という考え方を示した。ヒエラルキーといっても単なる格差の話ではなく、細胞から器官、身体、家族や社会といった階層的な構造を切り替えて眺めることで、異なるつながりや共通性が見えてくるという考え方だ。

本セッションのテーマである 「まちづくり」 と 「畜産」 も、一見無関係に見えるが人と牛を比較すると多くの共通点があることが分かる。たとえば牛も人間と同じく熱中症になるし、暑ければ日陰に逃げるなど、行動原理に共通性がある。こうした 「行動レベル」 や 「コンセプトレベル」 での共通点を探ることで、異なる分野間でも協働や分析手法の共有が可能になり、知的な化学反応のような新しい発見が生まれる。これこそがシステムデザイン・マネジメントの醍醐味であると語った。

会場からも 「体験とデータをどう結びつけたか」 との質問が上がり、これに対しセキさんは 「畜産の人と同じ作業を自分の身体で経験することが大切でした。体験があるからこそ他者と共感でき、データの意味づけもぶれません」 と答えた。さらに 「理想的でない現場データとの向き合い方」 についての質問には、管野さんが 「大量データに見えても、連続して使えるものは限られる。欠測・不整合をどう扱うかが勝負」 とし、セキさんは 「解像度・頻度・コストのバランスで価値ある“線”を見いだす」 ことの重要性を強調した。

議論はやがて “複言語・複専門性” へと広がる。セキさんは、最近耳にした 「多言語ではなく複言語を目指す」 という教育現場の言葉を引き、「SDMも “多専門” が並ぶ場ではなく、互いに飛び込み、理解し合い、共通の言語をつくりながら進める “複専門” の場だと思います」 と語る。管野さんは、アメリカの研究室で体験したフラットな距離感に触れ、「神武研究室のオープンさはそれに近い。肩書きよりもアイデアで会話する空気が、学際の推進力になる」 と手応えを共有した。

セッションの冒頭に、「一見関係なさそうな“畜産”と“まちづくり”ですが、SDMの考え方で見ると、実はつながっているのでは、と感じていただけるかもしれません」 と小高さんが切り出したように、畜産とまちづくり。遠く離れて見える二つの研究が、センシングとヒエラルキーの視点を通じて重なり合い、階層を横断するシステムデザインの思考と実装の可能性が示されたセッションだった。


慶應義塾大学大学院システムデザイン・マネジメント研究科 (SDM)
神武直彦研究室「オープンラボ2025:世の中、きっとシステムデザインでなんとかなる!」 
https://www.kohtake.sdm.keio.ac.jp/openlab2025/

慶應義塾大学大学院システムデザイン・マネジメント研究科 (SDM) 神武直彦研究室
https://www.kohtake.sdm.keio.ac.jp/