CULTURE | 2022/05/13

「インフルエンサー」と「ミラー配信」が変えたスポーツ観戦のあり方。ZETA世界3位を目にした41万人はどこからやって来たのか【連載】ゲームジャーナル・クロッシング(15)


Jini
ゲームジャーナリスト
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Jini

ゲームジャーナリスト

note「ゲームゼミ」を中心に、カルチャー視点からビデオゲームを読み解く批評を展開。TBSラジオ「アフター6ジャンクション」準レギュラー、2020年5月に著書『好きなものを「推す」だけ。』(KADOKAWA)を上梓。
ゲームゼミ
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今年4月にアイスランド・レイキャビクにて行われた、Riot Gamesのファーストパーソン・シューティングゲーム (FPS)『VALORANT』の世界大会、「Champions Tour 2022: Stage 1 Masters」にて日本人5人のチーム「ZETA DIVISION」が3位を勝ち取ったことが大きな話題となった。

ZETA DIVISION リリースより

Twitterでは「#ZETAWIN」がトレンド1位になり、そのまま民放各局でも「日本のesportsチームが大きな結果を出した」ことが報道された。間違いなく、日本のesportsにおいて極めて大きな前進だったといえる。

どのようにZETAはこの功績をもぎとったのか。それはひとえに、選手たちの血の滲むような努力、アナリストたちの的確な分析、そしてチームのデザイナーたちの演出など、ZETAの情熱と努力が実った結果であるのは間違いない。

しかし、彼らがいかに偉業を成し遂げたとしても、それを実際に見届け、評価し、拡散をする存在がいなければ、その偉業は「所詮、ゲームでの結果」などと言われ広く理解されなかったかもしれない。少なくとも、日本の旧態依然としたマスメディアを中心とする社会にあっては、どんな偉業にも「いいね」や「再生数」などの数字で評価する「証人」が必要である。だがこの「#ZETAWIN」には、その偉業に相応しいだけの、圧倒的な証人の数がいた。

その数、なんと「41万人」。試合中、国内の全ての配信チャンネルでの最大の同時接続者数の合計は「41万人」だった。これは当然、日本のesports史において過去最多のものである。41万人が見守り、熱狂したこの瞬間。そこに「3位」という実績が掛けあわさったことで、「41万人」×「3位」の大熱狂が起こった。それがSNSのトレンドとなり、テレビを通じて日本全国へ駆け巡ったのである。

ではどのようにして41万人もの証人を集めることができたのだろうか。それはゲームや選手の人気だけによるものではない。従来の興行では考えられない「放映権」の拡大実現と、esportsシーンにおいて当事者としての顔も併せ持つ「配信者」たちだからこそ成し得た。言い換えれば、ソーシャルネットワーク全盛の現代ならではの異例の発達によって実現したものだ。

今回はあえて、「3位」ではなく「41万人」に注目してこの「熱狂」を論じたい。

放映権を独立したストリーマーたちにも認める異例の興行ビジネス

そもそも日本のesportsシーンにおいて、同時接続者数「41万人」がどれだけ多いものか説明したい。結論から言うと、桁が違う。esports大会の情報を網羅するサイト『Taiyoro』によれば、2021年の日本国内向けeスポーツ大会配信数は合計1500件以上。その中で最も国内で視聴されたのは、『リーグ・オブ・レジェンド』の世界大会「Worlds」の9万人だった。有名配信者・インフルエンサー同士の私的な大会を除くと、国内のプロシーンでは『リーグ・オブ・レジェンド』の日本リーグ「LJL」の3~5万人が天井で、1万人を超える大会はほとんどない。その点において『VALORANT』が出した「41万人」が記録的な数字であることは言うまでもない。

意外なことに『VALORANT』が日本国内で特別人気のゲームかといえば、そうではない。世界的に人気のあるFPSであるのは間違いないが、『VALORANT』はPCでのみプレイ可能なビデオゲームだ。ゲーミングPCの普及率が低い日本では、コンソールでも遊べる『Apex Legends』やスマホで遊べる『荒野行動』などのバトロワタイトルの方が人気だと言えるだろう。

ではどうして『VALORANT』のプロシーンに41万人もの視聴者が集まったのだろうか。その鍵となるのが、「ミラー配信」の存在だ。

『VALORANT』における試合の様子は、基本的にYouTube(VALORANT // JAPAN)とTwitch(valorant_jpn)それぞれの公式チャンネルで配信されており、ファンはここから無料で観戦することができる。実は「41万人」と発表された同時接続者数のうち、これら公式配信は約18万人に留まる(それでも桁違いに多いが)。では残りの半分の人々はいったいどこで観戦していたのか。

『VALORANT』は一部の「ストリーマー」と呼ばれる人々に試合の「公式ミラー配信」……つまり各自の配信チャンネルで試合の様子を映す許諾を与えたのだ。

ストリーマーとは、ビデオゲームをプレイする様子をYouTubeやTwitchといったプラットフォームで生放送する人々のことを指す。2020年にはコロナ禍も相まってゲーム関連コンテンツだけで視聴時間合計は1日当たり2.9億分になるなど、今特に注目されるUGC(ユーザー生成コンテンツ)だ。ゲームは普段やらないが、ゲーム配信は見るという人も決して少なくない。

そう、今回の41万人のうち半分以上は、stylishnoob、shaka、葛葉といった人気ストリーマーたちのミラー配信によって集められたものであり、「ストリーマーとファンが一緒にスポーツ観戦を楽しむ文化」こそ「41万人」の熱狂を作り出していたのだ(「ZETA DIVISION vs Paper Rex」、国内同時視聴者数41.2万人を記録、日本のVALORANT史上過去最高を塗り替える)。

公式ミラー配信には多くの人気ストリーマーが参加となった

だがこの「ミラー配信」という文化、スポーツ興行の常識を考えればかなりの異例である。

そもそも、あらゆるスポーツ興行にとって、試合をどのチャンネル(サイト)で配信するかを決める「放映権」は貴重な収益源である。東京オリンピック・パラリンピックがパンデミックによって無観客開催することが決定したときも、組織委幹部は「開催さえ果たせば、巨額の放送権料が入る。観客の有無や人数でIOCの腹は痛まない」と語ったと報じられた

esportsとてこの放映権を巡るビジネスには意欲的で、アメリカであればスポーツチャンネルの大手「ESPN」が2016年にesportsに参入し、韓国であればesports専門のケーブルテレビとしてOGN(OnGameNet)が約20年に渡って放送するなど、実際に放映権によってesportsをマネタイズする事例は多くある。インターネットにおいても、配信プラットフォームと放映権を巡る契約は珍しくない。

さらに『VALORANT』の興行的な価値は世界的にも高く、米esportsビジネスメディアの『The Esports Observer』がプレイヤー数や配信の視聴時間などから独自のスコアリングによって「ゲームの規模」の順位付けを試みた調査によれば、2021年の第3四半期時点で『リーグ・オブ・レジェンド』(Riot Games)、『Counter-Strike: Global Offensive』(Valve Software)に次ぐ3番目の規模を有すると評価されている。そのように世界的に注目されるプロシーンの放映権を、自社と関係性がない、独立したストリーマーに対して認める『VALORANT』の判断は、極めて異例なものだ。

この判断は、今振り返れば英断と言わざるを得ないだろう。現在いくらesportsが盛んだと言っても、野球やサッカーのようなスポーツと比べれば歴史も人口も遠く及ばないのが現状である。

しかし、『VALORANT』は放映権をチャリタブルにすることで、実際に遊んでいなくてもストリーマーを通じて「観戦」を楽しむ人口を増やし、ストリーマーを介してプロシーンの魅力とドラマを伝えることに成功し、「世界3位」という奇跡的なドラマを最大規模で届けることができた。これはesportsどころか、スポーツ全体の文化でも極めて革新的な出来事だと言える。

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