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ビデオゲームを一から作り上げるのは、ただゲームを遊んでいるだけでは想像もつかないほど大変な作業だ。
そもそも、ビデオゲームは土台となる企画の上に、サウンド、CG、文章、プログラミング、UIなど多種多様な要素を組み合わせ、問題なく動作するよう調整した末に完成する。さながら宇宙船のように、無数のパーツ、膨大な工程を経てビデオゲームは「組み立てられる」。
中でも特に難しい行程が、「組み立てる」という作業そのものだ。各所でパーツを作るのはいい、けれどこのパーツとあのパーツはちゃんと噛み合うのか?そもそもこのパーツを作る上で、あのパーツは今どうなっているのか?まったく違う媒体をすべて無理にでもはめ込むため、常にパーツ同士の相性や摩擦を考えなければいけない。
そんな途方も無い作業をサポートするために、ゲーム業界で普及しているのがゲームエンジンというソフトウェアだ。ゲームエンジンの上では、すべてのパーツを共通規格のように扱うことができる。また開発途中でもすぐ確認や共有もできる上に、既に作られたパーツもアセットとして流用できる。このようにして、ゲームエンジンはゲーム開発におけるスタンダードの一つとなった。
実は今、この「組み立てる」工場のようなツール、ゲームエンジンが、「ゲーム」を超え、映像制作、建築、ロボティクス、製造業などあらゆるテクノロジーの領域でも活用できるのではないかと、各分野で検討され始めている。特に業界トップクラスのシェアを誇るUnityは、自動車業界においてアウディ、BMW、ホンダ、ボルボ、フォルクスワーゲンなど世界に名だたる企業で採用された実績を持つ。
今回は、このようなゲーム業界の躍進を支え、更に様々な分野で活用されつつあるゲームエンジンについて、Unity Japan(ユニティ・テクノロジーズ・ジャパン)の田村幸一さんと中嶋雅浩さんにインタビューした。
聞き手・文・構成:Jini
ゲームエンジンとは、Unityとは何か?
―― お二人の自己紹介をいただけますでしょうか。
田村:ユニティ・テクノロジーズ・ジャパンでコミュニティ・アドボケイトとして、Unityのユーザーコミュニティ支援を含めた広報業務を主に担当する田村幸一です。私自身はもう10年ぐらい前から個人ユーザーとしてUnityを使い始めて、2018年1月から当社で働いてる、ユーザーコミュニティ出身のスタッフです。実は当社は、そういうスタッフも結構多くてその中の1人という感じですね。
田村幸一氏
―― もともとUnityをご趣味で使われていたということですか。
田村:2011年頃にスマートフォンゲームをUnityで作り、ストアで販売していました。子供の頃からゲームを作りたい意欲はあったんですが、特にプログラミングにハードルを感じ、うまく作れなかったんです。それで10年前、日本でも注目されていたUnityで再挑戦したらちゃんと完成でき、販売までこぎつけたんですよね。その時、Unityというソフトウェアだけでなく、Unityのユーザーコミュニティーに助けてもらえた経験が、今この仕事に繋がっていますね。
――実際にゲームを作られて、ゲームを作る過程でユーザーコミュニティに触れたことがきっかけになって、Unity Japanのコミュニティ・アドボケイトになられたと。次に中嶋さんお願いします。
中嶋:ユニティ・テクノロジーズ・ジャパンでビジネスデベロップメントをしている中嶋雅浩です。日本語で言う事業開発統括マネージャーのようなポジションで、主に産業分野の営業とマーケティングを見ています。私自身は当社にジョインしたのは3年前で、その前は約20年以上コンピューターグラフィックスのツール販売に営業やエンジニアの立場で携わりました。
中嶋雅浩氏
―― 長いキャリアを過ごされた上でUnity Japanへの転職に踏み切られたのですね。どのようなきっかけがあったのでしょう?
中嶋:前職から製造業、建設などの分野のお客様からご相談を受けていましたが、共通の課題として「設計している3Dデータを活用し、エクスペリエンスの価値を上げたい」というものがあり、Unityならそれに対する解決策がそのまま活用できるなと入社を決めました。
―― ありがとうございます。早速お二人に質問ですが、そもそもUnityとは、ゲームエンジンとは何か、平たく教えていただけませんか?
田村:専門用語を使って簡単に言えば、ゲーム制作に必要な共通する技術要件を統合した開発ツールです。技術要件とは、例えば、ゲームを遊んでいる時に、プレイヤーがなにかボタンを押したら、必ずなにか画面に反応がありますよね。RPGだとモンスターと遭遇して戦闘になったらコマンド選択でボタンを押したり、村人と遭遇して会話するためボタンを押したり。表面的にはモンスターと人間は全然違いますが、技術としては「押したボタンに応じて反応がある」「絵を表示する」という点で同じです。その共通部分を束ねていき、ゲームを作る際によく使われる機能とか、技術要件とかをまとめ、且つ皆さんが開発しやすいように環境を整備する。それがゲームエンジンなんだと言えます。
Unityを用いたゲームの一つ、ロシアの独立スタジオが手掛ける人気ゲーム『Escape From Tarkov』。Unityを用いて極めて複雑な兵士の行動から戦場をシミュレートしている。(引用元:Unity「Escape from Tarkov」より)
中でもUnityは、概ね皆さんが想像つくであろうほとんどのゲームが作れる点が特徴です。テキストアドベンチャーでも、アクションゲームでも、2Dでも、3Dでも対応していますね。更に、Unityはスマホ、コンソール、PCを含め20以上のプラットフォームに対応しています。昔は同じゲームでもプラットフォームごとに1から作り直さないといけなかったのですが、今はUnity一つで異なるプラットフォーム毎に出力することができます。
Unityが対応するプラットフォームの一例。(引用元:Unity ウェブサイトより)
ーー 非常にわかりやすいご説明ありがとうございます。技術要件を束ね、抽象化する。これは開発コストを大きく減らすことにもつながりますね。
田村:そうですね。作り手は、モンスター、人間それぞれの絵やテキストさえ用意してもらえれば、それをゲーム内で好きに入れ替えたり、作り変えることが簡単にできるんです。
共通する規格はUnityにまかせてもらい、開発コストを下げることで、浮いた時間やお金を、ゲームであれば「面白さ」のようなクリエイティブの本質に全力を割けるようになる。これがUnityなどゲームエンジンが持つ価値ですね。
―― 実際、私もUnityを使った経験があるのですが、物理演算もできる3Dゲームが数時間で作れてしまうんですよね。物理演算といえば2004年の『Half-Life 2』がエポックメイキングでしたが、今はUnity等のゲームエンジンで誰でもそれに近いものが作れる。そのテクノロジーの上に、プロのクリエイターなら「面白さ」というクリエイティブをますます盛り込めると。
田村:そうですそうです。書籍『ゲームエンジンアーキテクチャ 第3版』(ボーンデジタル刊)によれば、ゲームエンジンの誕生は欧米圏のMOD文化が大きく影響しているそうです。MOD文化というのは、PC上で市販されたゲームのデータ、武器やレベルなどを独自に改造して、新しい、自分だけのゲームを作ってしまう文化です。ゲームエンジンはそういう発想で生まれたのではないかと。
―― 宇宙じゃなくて現代戦で戦える『DOOM』のMODもありましたね。確かに発想としてはなかなか日本のゲームではあまりないですよね。
田村:日本でゲームエンジンが広がった契機はスマートフォンですね。スマートフォンによってApp Storeとか誰もが作ったゲームを自由に販売できるプラットフォームが登場して、その時に誰でもゲームを作れるようになるツールとしてUnityが注目されました。
―― 興味深いですね。MOD文化は海外の、特にPCゲーム中心の文化で日本だとあまり浸透しませんでしたが、それが日本ではスマートフォンゲームが一気に入ってきて流行した。ある種、スマホゲームとPCゲームは共通点があると。
田村:Unityがスマートフォンに対応できた理由の一つに、Unityは最初MacOS用のゲーム開発ツールとして誕生した点が挙げられます。当時のゲーム開発ツールはWindowsのみ対応が主流だった中、MacOS環境に対応したゲーム開発ツールとしてUnityが誕生したんです。その後、MacOSをベースにしたiOSが搭載されたiPhoneが登場し、さらにiPhone上でApp Storeが登場すると、MacOSに対応していたUnityが注目され、Unityも程なくiOS、そしてAndroid出力をサポートするようになりました。その結果、スマートフォン向けにゲームやアプリを開発する際にUnityを採用する開発者が爆発的に増えたという経緯があります。例えば2020年末では世界のトップ1000のモバイルゲームの中で71%はUnity製なんですよね。因みに、Unity Japanの創立は2011年で、このスマートフォン普及の波に上手く乗れたという幸運もありました。
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