なぜ産業分野でゲームエンジンが活用されつつあるのか
―― Unityがゲーム以外の用途、特に産業分野で使われるようになった契機を教えていただけますか。
中嶋:2018年頃、UnityからBMWの事例が発表されました。そしてほどなくトヨタ自動車でも採用実績がでてきて、レクサスのデータを使ったUnityのデモシーンも公開され、自動車が主軸となって産業でのビジネスがスタートしました。
引用元:Unity blog「レンダリングを加速する ― 自動車のリアルタイム表現」より
―― 先ほどゲーム産業においてゲームエンジンが種々の技術要件を抽象化して、開発コストを抑えつつ、クリエイティブを拡大していくっていうということでしたが、これは自動車産業でも同じように利用されているのでしょうか?
中嶋:はい。例えば自動車産業での応用であれば、先の説明にあった「人間」や「モンスター」は「自動車」となりますが、絵だけではなく、先ほど言ったゲームの共通の機能とか技術要件とかの枠組みを業務の仕様に置き換え、ソリューションとしてコンテンツを開発します。
元々、自動車産業では新しい車を開発する時に、モックという模型を粘土なんかで作りながら細かく設計していきますが、そのモックをUnityであればデジタルで作れるわけです。デジタルなので大画面に映して同時に検討することも、個々のPCで調整することもできますし、Unityであれば、走る道路やユーザーとなる運転手を作り、バーチャルな空間で実際に車を走らせ、どのような走行体験となるのかまでシミュレートできます。
特に今、自動車産業は「CASE(コネクティッド、自動化、シェアリング、電動化)」と呼ばれる領域を通じて、100年に1度とも言える技術革新が起きています。車そのものがこれまでとはまったく違う乗り物としてデジタル化していく上で、まさにゲームエンジンであるUnityが活用できる余地は大きいんですね。
引用元:Unity Blog「Honda のデザイナーが 1 日で美しいインタラクティブなプレゼンテーションを作れるようにした仕掛け」より
―― 非常に興味深いですね。
中嶋:もともと、車は「移動する道具」だったわけですよね。目的地までいち早く連れてくれることが大切だった。それがCASEを機に、自動運転や他デバイスとの繋がりが求められ、様々なアプリケーションなんかもインストールできるようになると、まるでスマートフォンのようにあらゆる機能に基づくユニークな体験が求められていくんです。
―― 確かにそうですね。
中嶋:例えばテスラでは、自動駐車や自動車線変更といったアプリケーションがオプションとして提示されています。他にもスマート家電など、一つのモノに対して複数のアプリケーションを導入する形式は、スマートフォンに限らず一般的になってきていますよね。
つまり、具体的にどんな機能、体験が将来的に求められるかはまだわかっていないので、メーカーは開発段階から試行錯誤する必要があります。その際、従来であれば新しいアプリケーションを試してみようと思ったら、1000万とかを払ってアプリケーション開発の会社にお願いしなければならなかった。しかも実際に試せるまでに数ヶ月待たなければいけない。というかそもそも1000万の予算を確保するには1年前から会議に上げて……と、それぞれすごく時間もコストもかかっていました。でも、社内にUnityの技術者がいたり、Unityのコンテンツを開発・サポートしてくれる会社が側にいるだけで、少なくとも仮説を立てて目的を実証するのに1年2年かかっていたものが、2〜3カ月で実証できるようになるんです。体験してみたら価値がなかったら作り変えて、新しいことを試す。時間もお金も圧倒的に抑えられますから、自動車産業はいち早くゲームエンジンに投資をしています。
―― 自動車に求められるようになったものが、ゲームでも求められてきた本質である「体験」と合致してきたということですよね。
中嶋:これは商品開発の事例ですが、大きな工場などでもUnityの導入例は増えています。例えば工場の製造ラインはどうしても肉眼だと死角が生まれてしまい、パーツが劣化したり異常があっても発見することが難しいですよね。そこでセンサーなどで死角を埋めてただ数値のデータを出力しても、今度は人間の感覚的にわかりづらい。そこで、センサーで読み取った製造ラインを、Unity上に立体のレプリカとして再現することで、どれぐらい劣化しているか等の情報を誰でも簡単に認識できるようになります。
―― ゲームエンジンを通じて開発や管理をシミュレーションするというか、本当にデジタル上だけで物作りを完結させてしまえるっていうところがゲームエンジンのまさに強みであるということになるんですね。
中嶋:そうですね。ただ高度なシミュレーションを行うには、当然、Unityとは別に高度なプログラマーや、CGデザイナーが必要になります。なので3次元データと組み合わせて、仮想空間でもの作りを完結させるって意味では、「シミュレーション、3D、Unityの組合せ」が今後重要になると思います。
「プラットフォームを作るプラットフォーム」拡散し続けるUnity
―― ゲーム以外の分野でも、ソリューションとして使われているUnityですが、それぞれの分野における実例やノウハウは他分野に応用されたり、共有されたりっていうことはあるんでしょうか?
中嶋:共有という意味では、私達はUnityブログを通じて、各産業及びお客様の事例を提供しています。またUnityというプラットフォームの上にそれぞれの業務に特化したテクノロジーのレイヤーを乗せ、各お客様自身が小さいプラットフォームを作るという動きも実はあるんです。具体的には、「Unity Forma」と言うテクノロジーとして提供していまして、元々、フォルクスワーゲンで培われた技術を一般のお客様に向けて開放したものになります。例えば自動車のCADデータを読み込むと、Unity上で簡単にタイヤやボディなどの色を変えたり、パーツを交換したりするためのインターフェースへと様変わりする、というようなものをツールとしてとしてお客様へ提供しています。
―― なるほど。コンテンツだけじゃなくて、ツール、プラットフォームすらUnity上で作ることができるっていうことなんですね。
中嶋:副次的なビジネスがどんどんこれから生まれていくと思います。
―― すごすぎますね(笑)。ゲーム産業以外の分野での伸びしろを強く感じますが、そうなった時に「ゲームエンジン」っていうものに代わる概念というか、名称って検討されているのでしょうか?
田村:我々自身もちろんゲームエンジンという言葉は今でも使ったりはするんですけども、メインでは「リアルタイムエンジン」っていう言い方したり、あるいは「リアルタイム3Dプラットフォーム」という言い方をしたりしてます。
―― ゲームではなく、「リアルタイム」。
田村:リアルタイムっていくつかの意味があるんですけども、一つはユーザーの入力とかに対して、その場ですぐ反応するっていうリアルタイム。いわゆるインタラクティブのところを指す部分です。
もう一つはUnityで何かを作っている時、例えば木の色を変えたいなとか思ってパラメータを変えれば、それが即座に反映され、プレビューボタンを押せばすぐにその3D空間上で確認し、動かすことができる。という意味でのリアルタイムもありますね。
――なるほど。インタラクティブであること、つまりユーザーにとってわかりやすい、ということでしょうか?
田村:いえ、「リアルタイムエンジン」の価値は、「自分たちが作ったものがすぐに検証できる状態が担保されてる」という点です。例えば映像制作の現場ではプリレンダリングという技術を昔から使っていて、オブジェクトやキャラクターをここに置いて、それに対してこの位置からライトを当てて……といった作業を事前計算で表示するってことをやるんですね。これが規模や品質によっては1時間、2時間、長いと1日かかるみたいな話になってくるわけですよ。ライトの当て方でどういうふうに見えるのか試してみても、結果がわかるのが1日後なんで、当然1日に1回しか試すことができないですよね。ところがリアルタイムエンジンではリアルタイムレンダリング、つまりその場ですぐレンダリングできるので、自分たちが調整したものの状態をすぐに確認できる。この調整と確認のイテレーションを何回も何回も素早く繰り返すことができるのが、リアルタイムエンジンの強みだと思います。トライアンドエラーがたくさんできるということです。
――先ほどお話いただいたリアルタイム性のメリットが、そっくりそのまま製造業や全般に応用することが可能であるっていうことですよね。
田村:そうですね。それによってグラフィックスだけじゃなくてシミュレーションができるようになって、物を作るためのデジタルの利用価値というのがより高まっているというのが今迎えている実態だと思います。
中嶋:余談になりますが、Unityはアカデミー分野でも注目されています。特に理系の学生が卒業研究の研究成果を、3DデータとをUnityで組み合わせて作ったることで、文章やデータだけではないプレゼンテーションをすることが増えています。UnityはStudentプランとして無料で支援しているので、学生の方は一度使ってみてほしいです。
引用元:Unity「Unity Student Plan」より