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上司から堂々と「不正をしろ」と言われたらどうする?日本郵政Gの「悪気ない悪弊」から考える【藤田知也『郵政腐敗 日本型組織の失敗学』】
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  • 2021.06.23
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上司から堂々と「不正をしろ」と言われたらどうする?日本郵政Gの「悪気ない悪弊」から考える【藤田知也『郵政腐敗 日本型組織の失敗学』】

神保慶政

映画監督

東京出身、福岡在住。二児の父。秘境専門旅行会社に勤めた後、昆虫少年の成長を描いた長編『僕はもうすぐ十一歳になる。』を監督。国内外で好評を博し、日本映画監督協会新人賞にノミネート。第一子の誕生を機に、福岡に拠点を移してアジア各国へネットワークを広げる。2021年にはベルリン国際映画祭主催の人材育成事業ベルリナーレ・タレンツに参加。企業と連携して子ども映画ワークショップを開催するなど、分野を横断して活動中。最新作はイラン・シンガポールとの合作、5カ国ロケの長編『On the Zero Line』(公開準備中)。
https://y-jimbo.com/

国営から民営へ 政治経済の荒波に揉まれ続けた郵政事業

人の振り見て、我が振り直せ。藤田知也『郵政腐敗 日本型組織の失敗学』(光文社新書)で掘り下げられている日本郵政グループの不祥事の数々によって、もし気分が悪くなって「読書酔い」のようになってしまったら、この言葉が読者を回復させてくれるだろう。本書は、誰もが一度は使ったことがある郵便局という場の深い闇を巡るルポルタージュだ。

2000年から朝日新聞社に勤め、『週刊朝日』勤務を経て、現在は朝日新聞社経済部に所属している著者は、本書で約300ページをかけて弛まず日本郵政グループの「不都合な真実」を指摘していく。

まず、簡単に現在の日本郵便グループが形成されるまでの経緯について紹介しておきたい。第二次世界大戦後の1947年、日本国憲法をもとに「新しい郵便法」が公布(翌年から施行)され、郵便法によって検閲が禁止された。そして、1949年には郵政省が発足し、国営事業としての郵便事業が開始された。

次の転機は2007年の郵政民営化だ。1990年代から続く規制緩和の流れを受けて、時の小泉内閣は郵便・郵便貯金・保険の3事業を民間の日本郵政株式会社に委託するという「構造改革」を行った。新自由主義の「小さな政府」思想のもと、郵便事業を普通の民間企業による運営にしようという改革で、言い方を変えると、一般企業として市場競争に晒されるようになったということだ。日本郵政株はしばらく100%日本国政府によって保有されていたが、2015年に「21世紀最大の新規上場案件」と呼ばれる東証第一部上場が行われた。

このような荒波に揉まれてきた日本郵政グループ内で、バランス感覚を麻痺させる社員が続出するようになった。この数年で露見しているだけでも、かんぽ生命の不正販売、内部通報の内容が告発対象に伝わり恫喝される制度の機能不全、ゆうちょ銀行の不正引き出しと投信販売不正、かんぽ生命問題を扱ったNHK「クローズアップ現代+」への猛抗議、総務事務次官からの行政処分内容の漏洩と癒着など目眩がするような不祥事が相次ぐが、改善の兆しが見える前に新たな不祥事が発覚するということが続いている。

保険事業を担う株式会社かんぽ生命で営業に従事する社員は、入社当初は数字至上主義や保険契約時に支給される手当金・営業実績を増やす目的から生まれた「乗り換え潜脱」(顧客に不利益な契約乗り換えをさせる)というやり口に疑問を持っていたが、同調圧力と見て見ぬ振りの環境に飲み込まれていき、心を蝕ばまれていった。

パワハラで心が壊れていく人は何人も見た。前日に言葉を交わした同僚が自殺したこともあった。それでも上司のパワハラをやり過ごし、器用に保険を多く売って会社から表彰されることには誇りを覚えた。苦しいながらも、家族ぐるみで付き合う仲間もできて、「郵便局が好きだった」と男性は振り返る。(P61)

このように、一人ひとりはいたってマジメな社員が集団で間違った方向に突き進んでいき、深刻なヒューマンエラーに自他もろともを巻き込んでいくという日本企業の典型的な失敗の要因を、日本郵政グループの事例から炙りだそうと著者は本書で試みている。

「深く考えないこと」の罪

悪弊というのは、どのように組織に浸透していくのだろうか? 本書ではミス・問題点・不祥事が数多く列挙されているが、対顧客と組織風土の悪習を一例ずつご紹介しよう。

不正と認めることには極めて後ろ向きである一方で、顧客から強く抗議されると、「配慮が足りなかった」などと口実をつけ、保険料を返すハードルは低くしていた。「合意解除」や「無効」と呼ばれる手法を駆使し、契約はなかったとすると同時に、顧客には口外しないよう約束もさせていた。(P45)

販売実績の悪い局員には“指導”という名の「懲罰研修」が待っていた。成績の悪い局員を集め、勧誘の方法などを教えるという建前だが、パワハラめいた「恫喝指導」で知られていた。(P51)

(筆者注:2014〜15年度に39万件台だった苦情件数が、2018年度に9万9000件に減少した「マジック」に関して)かんぽは2017年4月、内容が抽象的なものは外し、苦情は「具体的な不満の表明があるもの」に絞り込むことにした。さらに2018年4月、同じ顧客からの苦情を一つずつ数えるのはやめ、「1件」と換算することにした。これが“激減”を演出していたと判明するのは、2019年末のことだ(P187)。

このように、自らの行動について深く考えないがゆえに生じる負の連鎖を語る際には、ドイツの政治哲学者ハンナ・アーレントによる「悪の凡庸さ(陳腐さ)」という言葉が参考になる。アーレントは、ユダヤ人大虐殺において中心的な役割を果たしたアドルフ・アイヒマンが裁判で「上からの命令に従っただけだ」と陳述したことを一般化して「考えることを放棄するならば、誰しもがアイヒマンのような悪事を意図せずして行う可能性がある」ということを、1963年に出版された『エルサレムのアイヒマン──悪の陳腐さについての報告』で指摘した。

成果を上げることより問題を起こさないことを重視してきた日本郵政グループの管理職や幹部たちには、皆が深く考えずに平穏に日々を過ごせれば、出世や昇格の道が待っている。こうしたスタンスは、例えばゆうちょ銀行口座からの不正出金事件に関する外部有識者委員会による検証報告書で、下記のような記載となって表されている。

<ゆうちょ銀行本社の役員および社員のなかには、預金者が顧客であるという意識が希薄で、保有する預金が不正に出金された預金者の心情等への想像力を欠いたものが含まれていた(略)本社は顧客の想像を図るという意識が乏しい>(P128)

特に年輩の顧客は、かつて国営であった「郵便局」というある種のブランドを盲信してしまいやすいという。そうした環境も手伝って、「想像力なき現場」は底なし沼のように社員たちを飲み込んでいき、「待った」の言葉が内にも外にも響かなくなり、大失敗が起きて初めて事の重大さに気付くしかなくなってしまうのだ。

次ページ:人の心も企業の体質も、そんじょそこらじゃ変わらない

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