ITEM | 2021/06/23

上司から堂々と「不正をしろ」と言われたらどうする?日本郵政Gの「悪気ない悪弊」から考える【藤田知也『郵政腐敗 日本型組織の失敗学』】


神保慶政
映画監督
東京出身、福岡在住。二児の父。秘境専門旅行会社に勤めた後、昆虫少年の成長を描いた長編『僕はも...

SHARE

  • twitter
  • facebook
  • はてな
  • line

人の心も企業の体質も、そんじょそこらじゃ変わらない

少なくない読者は、本書が掘り進めていく闇の深さに飲み込まれ、「読書酔い」のような症状を経験するかと思う。そんな負のオーラに満ちた世界を進んでいく著者のモチベーションというのは一体どこから湧いてくるのかと不思議に思ったが、おそらくごく単純に、「変わってほしいから」なのだと思う。

終始、不正や非人道的な出来事に対する抑えようのない怒りや呆れを原動力に文章が進んでいくが、終盤、著者の糾弾的な筆致が若干クールダウンして郵便局員に寄り添う箇所がある。2020年に「悪気なく」不正を行ってきた50代郵便局員が、ベストセラービジネス本である渋沢栄一『論語と算盤』を読んだ上で反省文を書くという課題を会社から与えられたという場面だ。

undefined

undefined

男性も感想文に「今までの自分が恥ずかしい」「間違いがあれば声をあげられるようにしたい」などと書き綴った。ただ同時に、「これを読むべき人は、もっと他にいるのでは」と思わずにいられなかった。男性は保険営業20年のベテランで、3年前から不正に手を染めた。異動した郵便局で上司から「これがウチのやり方だ」と半ば強要されたからだ。その郵便局では、支社に所属するインストラクターが不正の手法を教え、若い局員はそれが正しい勧誘と信じ込んで実践していた。(P265-266)

こうした若干の揺り戻しが、読書体験の出口をしっかりと提示してくれる。筆者は「自分もこの本に書かれているのと同じようなことをしてはいないだろうか」という疑問を思い浮かべながら、絶叫アトラクションのセーフティーバーをあげるように本書を閉じた。

例えば、気候危機について「このままでは◯年以内に◯度気温が上昇して〜という変化が起こり、◯◯にとっては致命的になる」という緊急性の高いニュースをしばしば聞きながらも、なぜ自分は特段何もアクションを起こせないのだろうかと、本書を読んで思った。マイバックの持参、リサイクル、食べ残しをしないぐらいはしているが、逆に言うとそれぐらいしかしていない。

筆者の本業である映画・映像については、大容量映像データの交換に必要なインフラ、ストリーミング素材を保管しているクラウド・ストレージ運営や迅速な再生のために必要な大量のエネルギーに関して、よく思いを巡らせる。特にBBCが制作した2020年の『Dirty Streaming: The Internet's Big Secret』というドキュメンタリーで、「パワーステーション」からデータストレージセンター冷却による煙がモクモクと立ち上る光景を見てからは、何十・何百ギガバイトの大容量ファイルをデータストレージや動画プラットフォームにアップしないと成立しない自分の仕事というのは、一体何なのだろうかと思うようになった(英語のみだが、終盤の煙のシーンだけでもぜひ観てほしい)。

より身近なレベルで例示するならば、思い込み・決めつけ・無意識によるステレオタイプ解消における課題は、本書で指摘されている企業風土改善の問題点と通底している。

undefined

undefined

どんなケースや選択にも当てはまることは、ひとりで思い悩みすぎず、問題を長く抱えて引きずらないほうが懸命だということだ。職場に相談相手がいないのなら、家庭や酒場で愚痴るだけでもいい。思い悩むことを誰かと共有することは、感情を沈める効果に加えて、「普通の感覚」や「社会の常識」に照らして、抱えている問題の進化を推し量ることにも役立つ。(P291)

キャリア・子育て・恋愛・結婚・ジェンダーなど、人生観について気遣うべき要素は数多いが、「自分は正しい」と思うことにこそ危機の種がある。ステレオタイプや思い込みが無い人はいないのと同様に、悪弊というものは必ず出てくるので、埋没させず表出させてしっかりと拭い取り、じっくりと変化をもたらす環境づくりが本書では提唱されている。日本郵政グループをただ批判しているだけではなく、助けの手を差し伸べようとしている本書は、読者が所属している組織や読者自身のことも省みさせてくれる示唆に富んだ一冊だ。


過去のブックレビュー記事はこちら

prev