
- CULTURE
- 2021.03.17
『Apex Legends』も苦しむサイバー犯罪「チート」とは何か。人気ゲームを次々に衰退させる理由と問題点【連載】ゲームジャーナル・クロッシング(4)|Jini
(c) 2021 Electronic Arts Inc.
Jini
ゲームジャーナリスト
はてなブログ「ゲーマー日日新聞」やnote「ゲームゼミ」を中心に、カルチャー視点からビデオゲームを読み解く批評を展開。TBSラジオ「アフター6ジャンクション」準レギュラー、今年5月に著書『好きなものを「推す」だけ。』(KADOKAWA)を上梓。
チーターだ。チーターがいるぞ!
Photo by Shutterstock
見よ、あの恐ろしき獣を。彼奴は今も子供の腹を食いちぎり、大人の脚をもぎ、そしてとてもよく腕の立つ男を、誰もが認めるほど話のうまい女を、食い散らかしている。何ということだ。そしてこの畜生は、緑が美しいスマートシティを、放棄された大闘技場を、それらを創造した偉大な神々さえも、赤い血で染め上げている!このような所業を、どうして許してくれようか。
・
何やら誤解されたかもしれないが、私の言う「チーター」とは、無論愛らしいネコ科動物のことではない。(驚くべきことに)我々と同じくたいていは二本足で歩き、我々と同じ社会で生活をしている。そして、愛すべき負けず嫌いたちが銃撃戦、剣激などを繰り広げるオンラインゲームを、闇市で仕入れたツールによってハックし、公平性を害する輩だ。
今まさに、このチーターなる畜生は(繰り返すように、彼らは奇跡的に二足歩行ができる動物である)、『Apex Legends』、『Fortnite』、『Rainbow Six Siege』、『Call of Duty: Warzone』といった日本でも有名なゲームに寄生し、不正にプレイすることによって深刻な打撃を与えている。このままではチーターにより、このゲームの文化、ひいては今話題となりつつあるeスポーツやゲーム実況文化まで死滅しかねない状態にある。
では一体、チーターとは何なのか。なにゆえチーターによりゲームが滅びるのか。チーターを駆逐するには何が必要か。多くのゲーマーが「当たり前」と考えていながら、一方でゲームをプレイしない人々にとってはその脅威が理解しかねる、あるゲーミング害獣たちとの戦いを説明する。
チートとは何か
Photo by Shutterstock
あらゆるゲームには、ルールがある。それがアナログゲームであれば、ルールの設定は多くの場合、プレイヤー同士に委ねられる。トランプを使ったゲームであれば、ジョーカーを何枚入れるか、色と数字どちらで揃えるか、数字の順序はペアとして認めるかどうかなど。こうしたルールは公の大会でない場合、当事者同士の相談、了解によって決まっていくことが多いだろう。つまり、状況に応じてルールを調整していくことができるというわけだ。そしてそこには、チート(イカサマ)が介入する余地が生まれる。それを防ぐべくジャッジが立ち会う場合もあるが、それでも物理的なトークンを用いた競技である以上、やはりチートは避けられない。
ビデオゲームであれば、そのルールはゲームの作り手によってほとんどすべてが支配、制御される。例えば第二次世界大戦をモチーフとした銃撃ゲームであれば、「このソ連製の短機関銃は毎分732発もの銃弾を発射可能で、35発打つごとにリロードを必要とする仕様がいい。照準器の焦点をあわせるまでには、0.17秒かかるようにしよう。対して、このアメリカ製のライフルは……」といったように、各銃のステータスはすべて、数名のゲームデザイナーが決める。プレイヤーはこの数字を実戦で観測・分析することは可能でも、短機関銃を改造して発射レートを上げたり、「やい、我々の地元でこの短機関銃は対物ライフル同様の破壊力があったのだ」と主張することは不可能である。
かように、ビデオゲームにおいてプレイヤーはルールに一切触れられない。ゲーム企業が決めたルールは、法も倫理も凌駕してプレイヤーを束縛する。しかるにルールを巡った争いは発生しようがなく、ルールやトークンの穴をついたチート、イカサマはほとんど成立しない(※)。例外的に発生する抜け穴も、インターネットを介するゲームにおいては定期的なアップデートにより“修復”される。
(※ただし『スト2』の「ガイルによる投げハメ」や『CoD:WW2』の「M1ガーランドなど強すぎる銃」の使用禁止といった、一部コミュニティにおいてプレイヤー同士で暗黙の了解のもと新たにローカルルールが作られる場合もあるし、一部ゲームでは重大なバグが発生しそれが“攻略テクニック”として用いられる場合もある)
おそらく、ビデオゲームを愛好する者の多くは、この完全にして全体主義的な世界を愛している。しばしば、ビデオゲームは暴力の象徴だとか、社会の絆を拒絶する虚弱な子供たちの逃避先と評されるが、そういった視点よりも、ゲームクリエイターが天地あまねく支配、制御する世界で、あからさまな不正義による人間同士のディスコミュニケーションがほぼ起きないクリーンな条件のもと、何らかの競技を楽しみたいという欲望に応えることにゲームの本質がある。少なくとも、筆者はおっちょこちょいな神々の作るこの小さなユートピアを愛している。
繰り返すように、ビデオゲームのルールは人の手で構築されるため、不正の余地はほとんどない。そこで外部からビデオゲームをハックし、スクリプトの改竄や、送受信データの抽出によって、予め神により設定された数値や情報を都合よく不正利用してしまうのが、ビデオゲームには本来存在し得なかったチーターである。
問題となるチート行為は、特にFPSというジャンルにおいて多く見られる。FPSの強者に求められる素養は、的確に照準を合わせる反射神経・技術と、マップの位置情報を瞬時に把握する動体視力であり、この2つはチートにより容易に補完できるからだ。
前者には「オートエイム」という、自動で敵に照準を較正する(合わせる)ハックが、後者には「ウォールハック」という、建物など立体的な構造物により視界が遮られた場所から敵の位置を透視するハックが、頻繁に用いられる。他にも自分だけ銃弾の威力を高めたり、意図的に当たり判定を拡大するなど、直接データを改竄するもの、あるいはPS4などのハードウェアにおいて、FPSにおいて有利とされているマウスをコントローラーと誤認させ、通常コントローラーのみにかかるエイミングの較正を引き出す「コンバーター」というデバイスチートもある。
そんなチートによって、具体的にどのような被害が発生するのだろうか。被害者の目線で考えれば、まずチーターが存在する試合はその時点で成立せず、時間の無駄になる。それだけならまだしも、自分の実力をランクポイント(RP)などの数値に置き換え、それを賭けて勝負する「ランクマッチ」ではRPまで不正に奪われることになる。何よりも、チーターが存在するという事実だけで、自分が手に入れた、あるいは手に入れようとする実力、知識、地位の全ての価値が踏み潰され、ゲームをプレイしようという気がなくなる。
言うまでもなく、オンラインゲームにおいてチートは不正であり、発覚した場合はアカウントの利用停止措置が取られる。それどころか刑事と民事の両方で起訴される危険もあり、日本では警視庁が警告文を公開している上に、逮捕者も出ている。中国、韓国、アメリカなどにおいても例外ではない。
すでに一名、チーターでの逮捕者が出たようなので、警察に提出させて頂いた告訴状の一部を公開いたします。
— ぎんなん@荒野行動開発者 (@ginnan_0) February 16, 2020
現時点でさらに複数名のチーターに対する告訴を進行しております。
示談には一切応じません。よろしくお願い致します。 pic.twitter.com/qYWw67s7Lq
加害者の目線で考えるチートの問題性は、麻薬に近いものがあると考えられる。つまり、中毒性である。一度チートを使って勝負をすると、もう二度とチートのない状態で勝負しようとは思えなくなるのではないか。本来、経験によって培われる能力をチートで補い、ルールさえ自分用に改竄しているため、根本的にチーターは全く別のゲームを、いやゲームとさえ言えない、流れ作業に近い「ごっこ遊び」をしている状態にあるからだ。だからチート経験者は、仮に発覚しアカウントが削除されようと、何度でもチートに手を染める。既に彼らは「ゲームを遊ぶ」という当たり前の行為が、できなくなってしまうからだ。
このように、チートは逮捕でもされない限り減らない。そしてチーターの存在は他プレイヤーの努力、経験、工夫、そして勝利の喜びを否定し、ゲームへの意欲を削ぐと同時に、そのゲームを「つまらないもの」と認識させる。次第に、多くのユーザーがプレイをやめ、最終的にそのゲームを作り、維持する企業の収益まで奪うという深刻な問題を、長らくビデオゲーム文化にもたらしている。
次ページ:今チートが問題視される理由