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『麒麟がくる』から考える、「本能寺の変が起きる日本」と「中国・韓国風トップダウンの理想」の違い【連載】あたらしい意識高い系をはじめよう(12)
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  • 2021.02.07
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『麒麟がくる』から考える、「本能寺の変が起きる日本」と「中国・韓国風トップダウンの理想」の違い【連載】あたらしい意識高い系をはじめよう(12)

『麒麟がくる』公式サイトより

明智光秀が主人公の大河ドラマ『麒麟がくる』の最終回が2月7日に放送されます。

私は最初からずっと観ていたわけではなく、SNSで話題になっているのが気になって5回前ぐらいから観始めた程度なのですが、それでも

「誰でも知っている最終回の展開」=「本能寺の変」

に向かって徹底的にぶつかりあう人間模様が盛り上がっていく展開に目が離せなくなっています。

今回は、大河ドラマ『麒麟がくる』の魅力について語ると同時に、日本史にとって「本能寺の変」とはどういう事件だったのか、経営コンサルタント兼思想家の視点で考えてみる…という記事をお送りします。

倉本圭造

経営コンサルタント・経済思想家

1978年神戸市生まれ。兵庫県立神戸高校、京都大学経済学部卒業後、マッキンゼー入社。国内大企業や日本政府、国際的外資企業等のプロジェクトにおいて「グローバリズム的思考法」と「日本社会の現実」との大きな矛盾に直面することで、両者を相乗効果的関係に持ち込む『新しい経済思想』の必要性を痛感、その探求を単身スタートさせる。まずは「今を生きる日本人の全体像」を過不足なく体験として知るため、いわゆる「ブラック企業」や肉体労働現場、時にはカルト宗教団体やホストクラブにまで潜入して働くフィールドワークを実行後、船井総研を経て独立。企業単位のコンサルティングプロジェクトのかたわら、「個人の人生戦略コンサルティング」の中で、当初は誰もに不可能と言われたエコ系技術新事業創成や、ニートの社会再参加、元小学校教員がはじめた塾がキャンセル待ちが続出する大盛況となるなど、幅広い「個人の奥底からの変革」を支援。アマゾンKDPより「みんなで豊かになる社会はどうすれば実現するのか?」、星海社新書より『21世紀の薩長同盟を結べ』、晶文社より『日本がアメリカに勝つ方法』発売中。

1:それぞれの人物イメージを強烈に塗り替えてくれる『麒麟がくる』の魅力

「今回の主役は明智光秀」と聞いた時に、失礼ですが私は「なんか地味なドラマだな」と思ってしまいました。

それぐらい、明智光秀という人物は信長とか秀吉とか家康とか武田信玄とか上杉謙信とか毛利元就とか…もっと言えば松永久秀や斎藤道三みたいなレベルの知名度の人物と比べても「地味」な印象が、よほどの日本史マニアというわけではない多くの日本人にはあったのではないかと思います。

よくわからないけど、「本能寺の変」の時にポンと歴史の舞台に飛び出てきて、その後すぐに秀吉に敗れ去って消えた人物…というぐらいの印象の人が多いのではないでしょうか。

しかし、『麒麟がくる』を途中からでも観始めると、そんな明智光秀像が一変するというか、世の中全体のことを考える良識があり、高い能力があり、周囲のあらゆる人に対する人間的な優しさがあり、そして織田信長とも強い信頼関係で結ばれている…そういう非常に魅力的な人物であるように思えてくるわけですね。

このドラマでは長谷川博己さん演じる光秀だけでなく、剽軽ぶった振る舞いの奥に不気味なくらいに底知れない人間的深みを感じさせる秀吉(佐々木蔵之介)とか、「神秘的な魅力」と言っていいほどの存在感を放つ正親町帝(坂東玉三郎)とか、最終的には光秀に謀反を決意させた張本人といっていい役割になる、迫力ある帰蝶サマ=濃姫(川口春奈)とか、私のように「一応は知っているけど最新の研究動向を事細かに知っているわけではない」ようなレベルの人間の人物イメージを徹底的に覆してくれる、鮮烈な人物像がたくさん描かれます。

特に圧巻なのが染谷将太さんが演じる信長で…。

2:「ほんとうにこういう人がいそう」な信長の描写

『麒麟がくる』公式サイトより

ドラマや映画で織田信長が描かれる時、それは「圧倒的な英雄」だったり、「サイコパス的な思い切りのある人物」だったり、とにかく「普通の物差しでは測れない人物」として描かれることが多かったように思います。

しかし、染谷将太さん演じる織田信長は、なんかこう、「本当にこういう人がいそう」なんですよね。

元々最初から「突発的に何するかわからない人物」として部下に恐れられていたのではなく、むしろ部下のことに細部まで気が付き、相互の信頼関係を結ぶことができる人物であり、掲げる高い理想に共感していろんな武士が馳せ参じてきた経緯がある。

にも関わらず、年を重ねて権力が大きくなるに従って、どんどん“おかしく”なっていく。

嫉妬心と猜疑心がものすごく強くなり、ちょっとしたことで過剰なまでに部下に当たり散らすようになる。ちょっとでも敵対するそぶりを見せた人間を全く許せないようになり、光秀が「命は取らないように約束する」と言って囚えた敵をわざわざハリツケにして殺し、その塩漬けの生首を宴席の余興に持ってきたりする。

これは現代人の私たちの生活においても、「あの優しかった夫が(妻が)…」「あの人間味溢れる存在だった上司が…」的に、ものすごくリアルに感じられる人間像だと感じます。

高い理想を共有できていたリーダーだったのに、どんどん「おかしく」なってきて、次々と残虐な決定を続けている。

「このままでいいのだろうか?」と真剣に思い悩むのは光秀だけではなく、「出てくる登場人物の“ほぼ全員”の共通の思い」にまで発展しつつあるように見えます。

そして、そういう“ちゃんと悩んでいる部下たち”と、逆に「単純かつ徹底的に信長に心酔している森蘭丸(信長と同性愛関係にある小姓)」というギャップもふとした瞬間の絶妙な演技の中に描かれているように思います。

でも信長は、「森蘭丸みたいに心酔する部下」ではなく、光秀のように自分の意思と考えがある部下にちゃんと自分のことを理解してほしいんですよね。

でもどんどんすれ違っていく。お互いもうちょっと意地を張るのをやめればいいのに…というところで引き下がれず、「果てしなく無意味な意地悪」にしか見えないような子供じみたぶつかり合いに発展してしまう。

「本能寺の変で光秀がなぜ謀反したのか?」というのは諸説入り交じる日本史上の大きな謎ですが、このドラマを観ていると、

いやもうほんと、本能寺の変の原因はこういうことだったんだろうな! 間違いないわ!

…という気分にすらさせられてしまう魅力のあるドラマになっていると思います。

本能寺の変という最上級にベタな題材を、ここまで心に迫ってくるドラマに仕上げた関係者の力量に感服しています。

最近のNHKは受信料を払っていれば放送後見逃し配信が「NHKプラス」というサービスで1週間見れますし、その配信期間が終わっても「NHKオンデマンド」で少額払えば観られます。

最終回に向けて、その前の4~5回だけでも観ておくと、この「名作ドラマ」の最終回を楽しめること間違いないですよ。おすすめいたします。

次ページ 3:本能寺の変は、日本史においてどういう出来事なのか?

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