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メンバーは副業当たり前!なのに結成22年目でも輝き続ける学ラン・ダンス集団「コンドルズ」【前編】
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  • 2018.06.28
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メンバーは副業当たり前!なのに結成22年目でも輝き続ける学ラン・ダンス集団「コンドルズ」【前編】

日本でも大手企業を中心に社員の副業を認めるケースが増えてきた。労働人口の減少が続く中で、優秀な人材を確保するための切り札として注目を集める “副業解禁”だが、その実現性や効果を疑問視する声もいまだに根強い。

だが、そんな議論が起こるはるか昔から「副業あたりまえ」で実績を残してきたチームが存在する。近藤良平氏が主宰し、学ラン姿でダンス・映像・コントなどを展開する男性のみのダンス集団「コンドルズ」だ。国内では約3,800人の収容人数を誇るNHKホール公演が即完売、世界20カ国以上での公演実績を有し、ニューヨークタイムズ紙にも絶賛された異色のパフォーミングアーツ集団だ。

彼らはコンドルズのメンバーとして高い評価を得ているにもかかわらず、なぜ別に本業をもっているのか。二足のわらじを履く理由や、本業・副業を両立させるためのノウハウなどについて、メンバーの古賀剛氏、オクダサトシ氏、橋爪利博氏にうかがった。

聞き手:米田智彦 文・構成:伊藤僑 写真:神保勇揮

古賀剛

外資系ITシステム会社(ナスダック上場) 副社長 日本法人 代表取締役

筑波大学ダンス部出身。専攻は人間学。大学院はCity University London(Laban Center)で学ぶ。英・独・ベルギーにおける5年間のダンス留学を経て、あまたのカンパニーに振付出演。コンドルズ参加は98年から。トリッキーなダンス、パフォーマンスが持ち味。英語、仏語の達人で、オープンカー狂い。

オクダサトシ

美術家・役者

東京藝術大学大学院で油画専攻(芸術学修士)。99年からコンドルズ参加。演者としては体重120キロの巨体を活かした破壊的なステージングを得意としており、作品中の映像作品、小道具、美術なども担当する。野田秀樹作演出NODA・MAP「パイパー」、山田洋次監督作品「家族はつらいよ」などに客演。

また、アーティストとして「goen°」に参加し、2017年発売のKIRIN「若葉香るホップ」「夏冴えるホップ」のパッケージイラストを担当。人気上昇中のアートユニットのATGを主宰。プロレスマニア。元女子美術大学非常勤講師。

橋爪利博

新宿ゴールデン街のバー「DUME Bar(ヅメバー)」マスター

新宿ゴールデン街のバーのマスターも務める。早稲田大学第二文学部卒。97年からコンドルズに参加する。神懸かり的なズッコケぶりで舞台に花を添えるキャラクターとして人気。野田秀樹作演出NODA・MAP「パイパー」に出演。小説執筆にも精力的に取り組み、インディーズ映画の脚本なども手がけている。

N證券から内定をもらっても「興味ない」と断る時代

オクダサトシ氏(写真左)と古賀剛氏(右)

 ―― コンドルズは結成22年目を迎えたそうですね。お2人とも、そのときからのメンバーですか(インタビュー開始時は古賀氏とオクダ氏の2人)。

古賀:いや、我々は20年目ぐらいかな。

オクダ:設立時のオリジナルメンバーは6人で、我々が入った時には12、3人ぐらいいたよね。

古賀:オリジナルの6人は、卒業直後から参加しているんじゃないかな。我々が加入したのは2年後ぐらいなので、ほぼほぼ社会人になりたてみたいな感じでした。

―― 皆さん、元々ダンスはされていたんですか?

オクダ:ダンサーは古賀ちゃんと良平(近藤)とか、大学ダンス部出身者が多いですね。

古賀:近藤が横浜国大で私が筑波。石渕聡さんという非常にアクの強い人がいるんですが、彼が群大出身で早稲田の大学院を出ていた。

―― 石渕さんは今は大学教授でしたっけ。

古賀:今は大東文化大の准教授かな。

オクダ:その頃、石渕さんと近藤、勝山(康晴)が西早稲田にある朋来居(ほうらいきょ)というボロボロのアパートに住んでいて、溜り場になってた。みんな椎名誠さんの本にかぶれていたから、汚いアパートに集まりたかったんだよね、お金もなかったし。

―― 近藤さんは就職しなかったんですか?

オクダ:内定を蹴って、親に怒られたって言ってたよね(笑)。

古賀:我々が就職するタイミングはバブル期の終盤で、N証券のような大きな会社から電話が来ても、「そんなの興味ない」って断ってしまうような時代だったので。

―― それだけダンスに情熱を注いでいたんですね。

古賀:近藤とは、何かやりたいねと常々話していたんですが、当時、日本ではコンテンポラリーという言葉がまだポピュラーではなく、モダンダンスというカテゴリーしかなくて。当時、コンテンポラリーっぽいことだけをやって食べていたのは、勅使河原三郎さんと山海塾ぐらいでした。

オクダ:両方白いね(笑)。

古賀:その後、私はイギリスの大学院に留学してしまったんですが、近藤はダンサーとしてがんばって有名になり、コンドルズを立ち上げました。勝山も、プロデューサーとしていろいろなヴィジョンを掲げて動き始めています。

オクダ:ダンサーとしてはひどいけどね(笑)。

古賀:そして、近藤は作品のヴィジョンで、勝山はカンパニーのヴィジョンで、コンドルズの創作活動を支えるようになったという流れです。

ジャンル自体なかった時代を切り開く

オクダサトシ氏

オクダ:数年前に会社にして、自分たちでどんどん公演を売っていくスタイルにしたことで、出演者にちゃんとお金を払えるようになった。これが一番画期的でしたね。他のダンスの舞台に出ても、お金の話は一切出ません。当時はそれが普通でしたから。

古賀:それどころか、チケットノルマが50枚あったりとかね。

―― 大変ですよね、あれは。僕もバンドマン時代にやってましたけど。

古賀:あと、最初は貧乏だったので、制服だけで踊りをしようと。

オクダ:学ランでね。

―― 学ランだから女性メンバーは入れないんですね。

古賀:女の子を入れなかったのは、異性関係でドロドロしちゃうのが嫌だったからなんですよ、単純に(笑)。

オクダ:大勢の若い男たちの中に女の子を放りこんだら、そりゃあ揉めるよね。

―― そして、学ラン姿のダンスカンパニーによる公演は大成功をおさめるわけですね。

オクダ:シェイクスピアの劇場であるグローブ座に僕らが立てるなんてあり得ないと思っていたのに。

―― それはいつですか?

オクダ:1999年の春フェス公演でした。その時、僕がコンドルズに入ったんです。

古賀:当時、結成3年そこらでがんばってチケットを売って、人を呼んだら満員になった。我々みたいな新米のダンスカンパニーで、それだけの人を集めることができたんです。

オクダ:ネームバリューもなかったのに。

古賀:それが「ロックスター」という会社を作ることにもつながりました。

―― なぜロックスターというネーミングになったんですか?

オクダ:勝山はバンド(THE CONDORS、ストライクという名称を経て、現在は「FF0000」という名称で活動活動)でボーカルをやっているんですよ。ロックスターになりたかったけど、ダンスの世界にいるという男なので、事務所宛ての電話をとった時に「はい、ロックスターです」と言いたかったらしい。

 ―― そんな理由なんですか(笑)。

古賀:彼は、社長をやりながらバンドもやるし、ダンスもやる。

オクダ:今は故郷の静岡で地域密着型の演劇プロデューサーもやっています。

初の海外公演で主催者がブチ切れ

―― その後、コンドルズはだんだん有名になって、公演をすれば満員が続くようになっていくわけですね。

古賀:近藤良平が一人でさまざまな活動に取り組み、どんどん有名になっていったおかげで、コンドルズもそれにつられて知名度がアップしていきました。

オクダ:その結果、毎年夏から秋にかけて日本縦断ツアーを実施するなど、今までダンス業界にはなかったムーブメントを起こすまでになった。

古賀:海外公演も、もう17年ぐらいやっているんじゃない。

―― 海外からのオファーは、どういう形で受けるんですか?

オクダ:最初はニューヨークのショーケース公演に参加したんですが、山本光二郎というメンバーがアメリカで仕事をしていたので、その流れで実現しました。

日本のカンパニーは5つ参加していて、それぞれの持ち時間は20分だったんですが、私たちは頭に流す映像のタイムを計算に入れていなかったので大幅にオーバーしてしまい、主催者にブチ切れられました。楽屋の使い方が汚いことも怒られましたね(笑)。

―― コンドルズは必ず煽りビデオがありますよね。

オクダ:はい。怒られて出番を一番最初にされてしまったんですが、映像を流しはじめたら大ウケして、観客の拍手が止まらなくなってしまったんですよ。

それがきっかけとなって、日本のカンパニーとしてはこれまでに例がないほどのオファーが来るようになり、アメリカだけでなく、世界中のいろんなところから呼んでもらえるようになりました。

Photo:HARU

古賀:とはいえ、みんな副業も持っていて、すべてに応えることはできないので、実際に出られるのは年に1カ所ぐらいですね。

副業ケース1:新宿ゴールデン街のバーのマスター

―― さて、いよいよ今回メインの兼業論、副業論に入っていきたいと思います。

オクダ:今から、ウチで一番副業がすごいヤツが来ますよ(笑)。

(ここで橋爪利博氏登場)

橋爪利博氏

橋爪:遅刻してすみませんでした(笑)。

オクダ:彼は、今日もこれから新宿ゴールデン街のバーに出勤するんですよ。

―― 僕も週1ぐらいでゴールデン街には行きます。何番地ですか?

橋爪:3番街のあたりにある「DUME Bar(ヅメバー)」という店です。

―― お店は何年ぐらいやっているんですか。

橋爪:もう13年になります。

―― その前は?

橋爪:コールセンターのバイトとか、映画の脚本の添削とか。

オクダ:彼は元々、早稲田の演劇サークル出身なんですよ。

古賀:本当は小説家になりたかったんだよね。まだ、諦めてないの。

橋爪:まだ諦めてはいないけど、そろそろ年齢的にマズいなと。

―― 橋爪さんは、どの時点でコンドルズに参加されたんですか?

橋爪:僕は元々勝山と一緒に演劇をやっていたことがあって、その縁で。勝山のところに遊びに行くと、あいつはいないか寝ているかだったけど、良平さんだけはいつもいた。大学を出て、やることがなくて暇だったから。

オクダ:大学を出て暇人っておかしいよね(笑)。

橋爪:その後、僕が大学を卒業してからは縁遠くなってしまったんですけど、勝山から突然、「公演をやるぞ」と連絡が来たんです。非常勤講師をしながら悠々自適に生きると言っていたはずなのに(笑)。

それで「じゃあ行くよ」と顔を出したのが1996年10月のことです。東京・神楽坂に今もある「セッションハウス」という劇場で芝居をやっていて、行ったら良平さんもいた。

古賀:それが最初の公演ですね。

橋爪:当時はまだコンドルズという名前もなかったんだけど、30分ぐらいの短い作品で、気軽なのに面白いことやってるなと思いました。

公演後、一緒に飲みに行ったら、「来年の2月にも公演が決まっているんだけど、手伝わない?」と誘われて、手伝うことになった、みたいな。

―― 橋爪さんはそれまでにダンスとかの経験はあったんですか?

橋爪:いや、ないです。

オクダ:でも、早稲田の演劇サークル出身ですから体力づくりのメニューもこなしてたし。

橋爪:大嫌いだったから、極力避けていたけど(笑)。だから、僕は最初はダンスじゃなくて、何か運動しているという感じでした、みんなの真似をして。

副業ケース2:外資系IT企業の社長

古賀剛氏

―― では続いて古賀さんのお話を。今はIT企業の社長もやられているそうですが、どんな会社なんですか?

古賀:ニューヨークに本社があって、ナスダックに上場しているITの会社です。

オクダ:ウソみたいな話だけど、本当なんだよね(笑)。

古賀:日本支社の社長を任されています。どんな会社かというと、コールセンターに電話すると、よく「お客様の通話を品質向上のために録音しています」というメッセージが流れるじゃないですか。うちは、あれを実現しているシステムでシェアがトップの会社です。

―― 電話の録音ですか。

古賀:録音と言っても、コールセンターでは1,000席とか1万席分の通話を同時に録音して、「この日・この時間の○○さんの通話」をすぐに検索し再生できなければならないわけです。このシステム構築が結構大変なんですよ。録音に漏れがあってはならないので。

今はコールセンター以外の分野でも、カスタマーエクスペリエンスを上げることでカスタマーとの関係性をさらに良くしていこうという流れになってきています。

―― 本業で日頃お忙しいと思うのですが、コンドルズと仕事との両立は、どういう風になさっているんですか?

オクダ:コンドルズの練習は、普通の仕事が終わってからの時間帯で、18時〜22時がメインなんだけど、橋爪の場合は逆。

古賀:僕は朝練スタイル(笑)。朝練してから会社に遅刻していく感じですね。

―― みんなと一緒の練習には参加しているんですか?

古賀:例えば、2018年3月(22~25日)に行った「ダブルファンタジー」という公演の稽古には、最初の頃は出ていたんですけど、3月の第1週にはシドニーでの出張が入ってしまって。

オクダ:その次の週も会わなかったよ。

古賀:自分の就任パーティがあったから。

オクダ:僕たちは呼ばれなかったぞ(笑)。

古賀:呼ばない、呼ばない。こんなの呼んだらイメージが崩れますよね(笑)。

本番2週間前に練習に出られなくても、なんとかしちゃえる

―― 仕事とはいえ、本番前に練習を休んで大丈夫なんですか?

古賀:普通のカンパニーだったら許されないですよね、本番直前の2週間、練習に出られないなんて。そのあたりが近藤、勝山の懐の深さというか……。そんな状況でも出してくれるというのがあるから、二足のわらじが履けるんです。

オクダ:我々は、例えば古賀がいなくても、彼がここにいるかのごとく練習ができるカンパニーなんです。橋爪なんて嫁さんと喧嘩して、本番1週間前に沖縄に行っていましたからね(笑)。

橋爪:それ、もう11年ぐらい前のことだから(笑)。

―― それをやるためにはメンバー全員が全体の動きを把握していなければならないわけですね。

古賀:そうですね。各人がどんなキャラクターを演じるかは分かっているので、次にどんな動きをするか、これとこれの対比はどうするのかとか、そのあたりは飲み屋の会議で決まるんです。

オクダ:というかほぼ飲み屋だね(笑)。練習時間より、飲み屋の方がウエイトが高い。

古賀:そこに出席していないと、いつの間にか役から外されている、みたいな。

オクダ:今回の「ダブルファンタジー」は前半のAパート、後半のBパートと分かれていたんですけど、飲みニケーションを1回休んだら出演するパートを変えられてた(笑)。

コンドルズ ニューダンス計画001「ダブルファンタジー」
Photo:HARU

古賀:頭から最後まで出ている近藤とスズキの他に、Aパート、Bパートにはそれぞれ6人の出演者がいて、同じストーリーを繰り返すんですが、微妙にずらしたりゆらぎを与えたりしているという内容でした。

最初の4週間はAパートのみの練習だったので、Bパートだった私は遅れて行っても大丈夫だったんです。

オクダ:逆に僕は、本番2週間前にBからAに移籍したのでめちゃくちゃ大変でした(笑)。

後編に続く)


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