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「ビジネスとクリエイティブ」の最適な融合を目指して。クリエイティブスタジオ「Whatever」のつくり方【前編】
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  • 2020.12.03
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「ビジネスとクリエイティブ」の最適な融合を目指して。クリエイティブスタジオ「Whatever」のつくり方【前編】

「Whatever(なんでも、どんなことでも)」という社名を持つ、気鋭のクリエイター集団をご存知だろうか? その名のごとく、世界中の広告やブランディング、テレビ番組、ゲーム、プロダクトといったあらゆるものづくりを手がけるクリエイティブ・スタジオだ。Whateverは単なる日本の企画・制作会社にとどまらず、「自分たちで考えてつくる」ことから生まれる卓抜したアイデアと実現力を武器に、東京、台北、ニューヨーク、ベルリンといった拠点でグローバルに活躍している。

メンバーには、クリエティブディレクターやデザイナーといったクリエイターはもちろんのこと、ビジネス面を支えるコンサルティングといった業界からの人材をはじめ、建築家、はたまた振付師やドローンレーサーまで、多士済々のスタッフを擁し、さらに有望なベンチャーに出資までしている。まさにFINDERSが標榜する「クリエイティブ×ビジネス」を体現する企業である。彼らは六本木ミッドタウンにほど近い、一棟まるごとのビル「WHEREVER」で自社オフィスやコワーキングスペース、ファブスペース、イベントスペース、はたまたお店までも展開している。

今回のインタビューではWhatever設立秘話から今後のビジョンまで、CEOの富永勇亮氏、CCOの川村真司氏、Corporate Development Directorの井上裕太氏の3人に話を聞き、日本最高クラスのクリエイティブ・スタジオの全容に迫った。

聞き手・文:米田智彦 写真:神保勇揮

富永 勇亮

立命館大学在学中の 2000年に AID-DCC Inc. 設立に参画、COOとして在籍、2014年4月 dot by dotを設立。2018年からPARTY New Yorkのプロデューサーを兼務、2019年1月に合弁、Whatever Inc.を設立、代表に就任。2019年8月に東北新社と共同出資しWTFCを設立、CSOに就任。 広告、インスタレーション、ミュージックビデオ、IoT、ファッション、TV などメディアを横断したプロデュース活動を行い、カンヌライオンズ、SBSW、文化庁メディア芸術祭、The Webby Awardsなどを受賞。 Lyric Speakerを開発するCOTODAMAへの出資、AI×ブラインドテイスティングで好みの日本酒がわかるサービス“YUMMY SAKE”への出資、テクニカルディレクター集団BASSDRUMへ出資、社外取締役を兼務、クリエイティブコミューン “WHEREVER”を運営するなど、クリエーター同士のゆるやかなネットワークをつくる事がライフワーク。

川村 真司

Whateverのチーフクリエイティブオフィサー。東北新社と共同出資して設立した、WTFCのCCOも兼任。 Whatever合流前はクリエイティブ・ラボPARTYの共同創設者/エグゼクティブ・クリエイティブディレクターと同時にPARTY New YorkのCEOを兼任し全てのグローバルビジネスを担当。数々のブランドのグローバルキャンペーンを始め、プロダクト、テレビ番組開発、ミュージックビデオの演出など活動は多岐に渡る。カンヌ広告祭をはじめ数々の賞を受賞し、アメリカの雑誌Creativityの「世界のクリエイター50人」やFast Company「ビジネス界で最もクリエイティブな100人」、AERA「日本を突破する100人」などに選出されている。

井上 裕太

マッキンゼーで日米欧における経営コンサルティングに従事後独立。企業の組織変革・事業創出を支援するほか、『WIRED』誌の北米特派員も兼務。2014年、TBWA HAKUHODOを母体としたスタートアップスタジオ・quantum設立に参加。CSOやCIOとして大企業及びスタートアップとの共同事業開発・投資を統括。
また、被災した若者のリーダーシップ育成支援の財団設立、文科省初の官民協働プロジェクト「トビタテ留学 JAPAN」の発起、九州大学 客員准教授として SDGsデザインユニットを支援するなど、産学官民連携も経験。
2020年よりWhateverに参加し、変革戦略と投資を主導。現在、デザインファームのKESIKI INC. パートナー、グッドデザイン賞 審査委員・ユニットリーダーなども務める。

「考えるだけ」「つくるだけ」に留まらない、「考えてつくる」チームのための合併

―― まずはWhateverの結成の流れをお聞かせ願えますか。

Whatever CEO 富永勇亮氏

富永:僕と川村が出会ったのは2010年ぐらいで、その頃、僕は大学生の時に兄たちと3人で一緒に立ち上げたAID-DCCというプロダクションで、プロデューサーとして、デジタルのプロジェクトを担当していました。一方で、川村はニューヨークのBBHでCD(クリエイティブ・ディレクター)として在籍していました。

AID-DCC時代はGoogleのWorld Wide Mazeとかで一緒にアワードを獲ったり、エージェンシーのCD、プロダクションのプロデューサーとして、沢山ものをつくっていたんですね。

その後、僕はdot by dotという会社を立ち上げて、いわゆるプロダクションからもう半歩ぐらい前に出てできるだけエージェンシーの仕事は受けずに、考えてつくれる会社にしたいなと思っていたんです。川村もニューヨークに居を移してPARTY New Yorkを立ち上げて、ほぼ海外だけの仕事をやって戦っていた時期があって。僕と川村にとってこの5年間はまったく一緒に仕事をしない空白の期間だったんです。

川村とはそれまでさんざん、一緒に仕事をしてきたんですが、この5年間は、それぞれ自分たちの領域で戦って、年に1回ぐらい川村が日本に帰ってきたタイミングにお互いにキャッチアップするくらいでした。

川村:そうですね。僕がPARTY New Yorkを立ち上げたことで経営もやらなきゃいけなくなったので、「経営って全然分からねえよ、パイセン!」みたいな感じで経営の相談をしたり(笑)。

富永:僕は逆に、クライアント・フェイシングとかプロジェクトをリードしていくCD(クリエイティブディレクター)が必要だったり、海外展開も視野に入れ始めた時期だったので、そのことを川村に相談したりして。

その時に、じゃあ久しぶりに一緒にやろうかということで、僕はPARTY New Yorkのプロデューサーに、川村がdot by dotのCDを兼務する、アライアンス期間を1年間設けました。

そういう期間を経たことでプロダクションサイド、エージェンシーサイドをまたいで、僕たちはたぶん考えてつくるという、“Brain and Hands”みたいなものをやりたいんだなとお互いに納得し合ったので、だったら会社をつくろうぜと。そしていまの”Whatever”が出来ました。

PARTY New Yorkでも困難だった「内製できる」チームビルディング

Whatever CCO 川村真司氏

―― Whateverという社名に込めた思いとは?

川村:文字通り“何でも屋”です。井上をはじめ、エージェンシー、プロダクション、コンサルティングなど、いろいろな業種の人間がいて、横断的にいろいろなものをつくっていけるような組織作りをしています。

コミュニケーションデザインはますますメディアのヒエラルキーがなくなって、課題によってどの媒体で何を作のが効果的かを選択することがより重要になってきています。そんな社会的な要請に応えるためにも僕らは、ブランドコンサルティングから、広告のCMや、テレビの番組、更にARアプリを自社開発して販売したりと境界を越えてさまざまなコミュニケーション領域で企画と制作をしています。その両方の意味ですごく僕らの活動にあった名前だと感じています。

―― 特に、受託制作じゃなくて発信型というか、自分たちでつくっていくという姿勢はすごくカッコいいし、今っぽいなと思いました。

富永:そうですね。もちろん受託の仕事もあるんですけど、エージェンシーとダイレクトクライアントの受注比率で言うと95%がダイレクトの仕事なんです。自社プロダクトもどんどん増えていて、いま例えば、最近めちゃバズったヤツで言うと「らくがきAR」というアプリがあります。

川村:僕らはともかく、これまで世の中になくって、僕らじゃないと思いつかなかったり実現しようと思わないようなアイデアを形にすることを一番の行動指針としています。だから、こういう「らくがきAR」のような自主開発プロジェクトは本当に好きでやっているというか、元々そこまでお金にしようと考えないで作ってみたら、予想以上にバズになってお金にもなったというハッピーなケースです。ただ、こうした自社開発事業は売上になる、ならないとは別に、自分たちのスキルを上げたり、ノウハウや知見を溜めたり、あとは単純に、そういう作り方をしていかないと、前述のように本当に世界が見たことをないものをつくる機会を生み出せないということもあってやってます。

世の中にこんなものがあったら面白いよね、僕ら以外わざわざ作ろうと思わないよね、みたいなものは仕事に隙間があったらすぐみんなで着手できるような風土ができているので、そのカルチャーは今後も育てていきたいと思っています。

―― そうですよね。今は単に商品やビジネスモデルだけじゃなくて、会社のカルチャーが重要だと思います。

川村:PARTY New York時代も、ずっとそんな感じのことをやっていたんですが、内製できるチームがそこまで育てられなくて。今のチームになってエンジニアやデザイナーも抜群に優秀なメンバーが増えたので、そのリソースを使ってどんどんアイデアを具現化することで、ここからまた次の仕事につながるような実験ができるようになりました。それこそ「らくがきAR」を見たクライアントから新規案件の相談もありましたし、つくって話題になって仕事に繋がる、というすごく健全なエコシステムができているなと感じています。

富永:今は東京とニューヨーク、台北、それから、うちのエンジニアが家族でベルリンに居を移したので、それを機にベルリン支社も立ち上げたので、世界に4拠点があります。

メンバーも多種多様で、プロデューサーやディレクターから、手を動かせる建築家や振付師、ドローンレーサーもいたりします。私たちのオフィスがある「WHEREVER」も川村と私、そしてうちの建築家と大体のデザイン・設計を全部やりました。

――ドローンレーサー?

富永:うちのCTOのクマをかぶっているSaqooshaというプログラマーが、本業としては、Lyric Speakerという製品のテクニカルディレクターとして、開発責任者も務めているのですが、プロドローンレーサーでもあって、日本代表で世界を転戦しているんです。

川村:しかも、チームのキャプテンになったらしいですね。バリバリ仕事しながらそんな時間、どこでみつけてるんでしょう(笑)。

次ページ:クリエイティブスタジオに「ビジネスデザイン」が必要なワケ

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