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なぜ「映画祭はオンラインで完結すればいい」では困るのか【連載】松崎健夫の映画ビジネス考(22)
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  • 2020.07.31
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なぜ「映画祭はオンラインで完結すればいい」では困るのか【連載】松崎健夫の映画ビジネス考(22)

映画祭開催の意義と意味

映画祭にはいくつかの意義がある。例えばそれは、「芸術とマーケットの両立」、「新たな才能の発見と育成」、「作品や作家に対する権威・格付け」の三点が挙げられる。応募作品から才能のある新人監督を発見し、賞を授与することで国際的な映画市場における格付けする。それが、作品に価値を与え、映画監督が育成されてゆくことに繋がるからだ。同時に、既に才能が発掘されている人気の映画人に対して、最高賞を与えることで権威や栄誉をもたらすという側面もある。北野武が『HANA-BI』(98)で第54回ヴェネチア国際映画祭の最高賞に当たる金獅子賞に輝いたことで、世界的な映画監督の称号を得たことは、その好例だろう。

そして、映画祭にとって意外と重要なのは、“マーケット”を開催するという点にある。実は、中止となった今年の第73回カンヌ国際映画祭では、マーケット部門のみオンラインで開催している。「マーケット」とは、世界中の映画配給会社の人々が、映画を配給する権利を買い付ける場のことである。国際映画祭の多くは、映画の上映だけでなく、マーケット部門が併設され、映画の配給権が会場のブースで売買されている。コンペで上映されている作品などの新作だけでなく、既に完成された映画の世界配給権や、これから製作予定の映画の権利を企画の段階で事前販売する<プリセール>が行われているのだ。ハリウッド映画では<プリセール>によって資金調達している映画も少なくない。まだ映像すらなく、完成していない作品の配給権を買うためには、映画配給会社の買い付け担当の目利きが重要になる。

「買い付けるだけならオンラインで十分では?」という意見もあるだろう。しかし買い付ける側は、作品を観て感じた出来不出来や完成度だけで選んでいるわけでない。例えば、完成度はイマイチだけど、どこか光る点があると感じる作品の場合。監督や製作者たちの言葉、時には人柄に惚れて買い付けることがある。その青田買いが、結果的に新たな才能を発掘することに繋がる例が多々あるからだ。有名無名だけでなく、実際に映画人と対面して得た“何か”によっても買い付けるという点がとても重要なのだ。

自戒も込めて、筆者のような映画評論を生業にする者たちは試写で先んじて観た映画を“発見”した気になることが多い。だが実際は映画を買い付けた人たちが選んだ作品を観ているに過ぎない。「発見した」のは買い付けた人たちであって、評論家が「発見」したわけではない。それは大いなる勘違いなのである。さらに突き詰めれば、国際映画祭の場で上映される作品は、作品選定に関わるプログラミングディレクターのような人たちが発見した作品であるということも指摘できる。特に外国映画の場合は、数多の作品の中から買い付けの玄人の目を通して既に選ばれ、日本に入ってきた作品を観ているわけで、映画ファンから「邦画よりも洋画の方が面白い」という言葉をよく耳にする理由もここにある。

例えば、邦画の大手映画会社(上映館を開拓するインディペンデント映画は除く)による作品は、その年の公開作品としてラインナップされ、製作に至った作品は、出来不出来にかかわらず、必ず自社作品として(不祥事などがない限り)劇場公開される。しかし洋画の場合は、大手スタジオの作品であっても、社内で選別された作品が劇場公開に至るというプロセスの違いがある。つまり、「キネマ旬報」誌などが映画の年間ベストを選ぶ際に、邦画と洋画を分ける意味もこの点にあるのだ。

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