CULTURE | 2018/05/22

現代のクリエイターに求められるのは「不便」の設計術かもしれない|山田秀人(ライブアライフ)


コミュニケーションをテーマに、さまざまなサービスやデジタルコンテンツの企画、プロデュースを手がけるライブアライフの山...

SHARE

  • twitter
  • facebook
  • はてな
  • line

コミュニケーションをテーマに、さまざまなサービスやデジタルコンテンツの企画、プロデュースを手がけるライブアライフの山田秀人氏。インターネットの黎明期から、日立、ナムコといったコンピュータグラフィックスの最先端を走る企業でビジュアルコンテンツを手がけ、その後、ウェブやネットデバイスとの出会いをきっかけに活動の場を広げメディアクリエイターとしての才能を発揮してきた。

インターネット社会が訪れて四半世紀が経つ今日、スマートフォン、SNSやブロックチェーンなど、新しいテクノロジーも次々と台頭し、進化・発展を遂げる。そんなIT全盛の時代、山田氏は「クリエイティブには、あえてアナログ的な不便さと制限が必要だ」と語る。そしてIT社会において新しい価値を生み出すために、京都と東京の2拠点生活も始めた。

「見えないものを、見えることにする」

「不便なアナログと、便利なデジタルとの融合」

「大事にしてきたものを、大事にする」

新しい価値を生み出すため、山田氏はこれまでずっと「モノやコトとのコミュニケーションはどうあるべきか」というテーマを掲げてきた。彼がこれらのテーマを掲げる真意は何か? 何を求め、どこへ向かおうとしているのだろうか?

聞き手:米田智彦 構成・文:成田幸久 写真:神保勇揮

山田秀人

株式会社ライブアライフ 代表取締役

インターネット、映像、ゲームなどの様々な領域で、コミュニケーションをテーマに、ゲーミフィケーションを取り入れたサービスやコンテンツの企画ディレクション、プロデュース、コンサルティングの提供を行う。

デジタル技術で現実をより面白くする

ーー ライブアライフ(LiveALife inc)の事業についてお教えください。

山田:インターネットやデジタルメディアが出現した世の中で、合理的に利便性が追求される中、見えないものを見えていることにし、新しい価値をどうつくっていくかを考えながら、ライブ感のあるデジタルコンテンツをつくっています。例えば、アプリならアプリ上だけでおもしろかったり、便利だったりすることを、現実にあるモノ・コトとうまく融合して、新しい価値を生んでいくことにチャレンジしています。

ーー 具体的にはどんなプロジェクトを手がけてきたんでしょうか?

山田:例えば、NTTドコモが提供している地図サービス『3D地図』があります。地図アプリは普段誰もが接しているツールの1つです。でも、ツールは必要とされているときにしか使われません。逆に必要がないときでも使うような新しい価値を設計できないかと思ったんです。

旅をする人には、地図を開いて妄想や想像の旅をするコアな人がいます。鉄道マニアが時刻表を眺めながら楽しむのと同じですね。そういった人もより楽しませるような地図がつくれないか、と提案しました。

NTTドコモが提供する「3D地図」。山田氏はサウンドスケープ機能のコンセプト開発からプランニング、UI/UX、コンテンツ制作で参加。

このプロジェクトは、「家にいながら屋久島の縄文杉の前に立ちたい」という思いつきがきっかけでした。なかなか簡単には行けない所にありますが、地図上ではすぐに行ける。でも、地図や画像で見て、「ここがそうなんだ」で終わってしまったらもったいない。その見えないものをアプリを通じて感じてもらえるコンテンツをつくれないかという思いから始まったんです。

このプロジェクトでは、実際にその場所に行き立体音響で音風景(サウンドスケープ)を収録して、そのときの気温、時間、季節の情報を一緒に情報としてアーカイブしていきました。同じようにして、日本の失われていく自然や伝統工芸など、200〜300カ所ぐらいをロケしました。

例えば紙漉き工房での紙漉きの音やい草を叩くときの音、伝統的に伝わっている紙漉き歌などを、その空気感とともにバイノーラルで録音して地図上に閉じ込めることをやったんです。それがサービスとして出ると、すごくおもしろがってもらえて、徐々に使う人が増えています。

ーー ほかにはどんなものがありますか?

山田:「Unity」という3DCGゲームなどのコンテンツ制作のためのエンジン(開発環境)があって、リアルタイムでハイクオリティな3Dコンピュータグラフィックを見ることができます。その開発会社であるユニティ・テクノロジーズさんから「Unityを使って何かゲーム以外でできることはないか」という相談をいただいて、提案したのがオーディオビジュアル・パフォーマンスのための『fuZe(フューズ)』というプロジェクトです。

Unityはリアルタイムで3Dコンピュータグラフィックを生成したり、その映像にエフェクトをかけたりすることもできるので、映像作家がミュージシャンと一緒になって、まるで楽器のように映像を“演奏”できる環境を提供してみてはどうか、と提案しました。

2013年12月に渋谷WWWで開催された「“fuZe” powered by Unity Vol.2」。この日は元スーパーカーの中村弘二氏、ドラマーの沼澤尚氏、そして山田氏による特別編成ユニットでのライブも行われ、ミュージシャンの演奏に同期して生成される映像を、楽器のようにmidiコントローラーでリアルタイムにコントロールするパフォーマンスが披露された。

具体的には、まずUnityでビジュアルパフォーマンスをするためのアセットと呼ばれるテンプレートやツールの入った“vjkit”をつくり、無料で配布しました。その後、ワークショップ参加者がその“vjkit”とUnityを使って、ミュージシャンと一緒に舞台でオーディオビジュアル・パフォーマンスをするというプロジェクトです。3カ月のワークショップを経て、年に2回、クラブで一流ミュージシャンと並んで発表できるというカタチです。プロジェクトは約3年間続きましたね。

ーー 反響はいかがでしたか?

山田:すごく良い反応が返ってきました。リアルタイムで映像が音楽に合わせて操れて、ミュージシャンと一緒に映像で演奏できる感覚が、クリエイターたちに非常に支持されました。

日立「図形部」からナムコの花形チームへ

ーー そもそも、メディアクリエイターになるきっかけは何だったんですか。

山田:もともとは映像、コンピュータグラフィックスをやりたいと思ったのが、きっかけですね。

ーー 最初は日立に入社されたんですよね。

山田:そうです。当時はコンピュータグラフィックス(CG)のプロダクションは狭き門で、まったく入れなくて。日立は工業用のCGソフトウエアをつくっていたので、少しでもコンピュータグラフィックスに関わりたいと思い、新卒で日立の図形部と呼ばれていた部署に入りました。

具体的にはCAD/CAMと呼ばれるコンピュータグラフィックスを利用した製品設計のソフトウエア開発の、UI部分にかかわりながら、デモ映像などを作ったりしていました。でもやはり直接もっとエンターテイメントなCGを作りたいと思って、転職した先がナムコの映像研究部門でした。

1990年代のナムコにはゲーム部門とCG映像部門があって、CG映像部門は日本の黎明期からCGをやってきたJCGL(Japan Computer Graphics Lab。1981年に設立、88年解散)という日本初のCGプロダクションが吸収されてできあがった部門だったと思います。その頃からオムニバス・ジャパンやトーヨーリンクス(現IMAGICA)など、日本のCGプロダクションの草分け的存在が登場してきます。

僕がCG映像部門に入って2年ほどで、1994年に初代プレイステーションが発表されました。これを機にゲームも3Dコンピュータグラフィックスが全盛になるぞということで、映像部門はゲームのほうに吸収されていきました。このあと僕は、映像を一から創造する楽しさに加え、メディアを扱うおもしろさに気付いていったんです。

やっぱり移住は発想の転換に効く

ーー 現在は京都に住んでいるとのことですが、どういうきっかけで移られたのですか。

山田:東日本大震災以降、いろいろ自分の人生や家族との生活を考えるなかで、移住を決めました。東京は刺激的でおもしろい所ですが、情報量がものすごく多くて取捨選択できるスキルを身につけなければ流されてしまう。スピードが速すぎると、大事なものを大切にする機会を損失しちゃうな、と感じていたんです。

そこで、子どもが小学校に上がるタイミングで京都に移りました。自然とか文化とか、自分が大事にしてきたものを感じられる場所に暮らしたいと思って選んだのが、京都でした。

ーー 移住してみた実感はいかがですか?

山田:京都は生活のペースがスローなんです。すごくゆったりしている。そのペースに流されると自分のペースも落ちてしまうんですが、スピードを選べるところがいいですね。東京は、お金もすごいスピードで稼いで、すごいスピードで消費するというサイクル。これはこれで醍醐味があっておもしろいし、ビジネスをやっていくうえで大事なことだと思っていますが。

ーー 京都に住むことで、生まれるアイデアに変化はありますか?

山田:結構あると感じています。僕は企画を考えるときは、いかに不便さを楽しむか、いかに制限を楽しむか、というところを大事にしています。合理的で便利なことは放っておいても世の中にどんどん出てきますが、そこでいったん不便さがあると、自分で考えようとする力が生まれますよね。そうした瞬間にこそクリエイティブなアイデアが生まれると思うんです。

ーー 京都にいるからこそ生まれたプロジェクトはありますか?

山田:何でも探求して楽しむ子どもが持っている力を生かしたプロジェクトを、今やっています。「おやすみルーニー」という、絵本の世界のような森を探求するという絵本のような、おもちゃ的なアプリなんですが、絵本作家さんと組んで子どもが自分で遊びを見つけられる世界を構築しています。

アプリ内の時間は現実時間と同期していて、昼間は森でキャラクターと遊べるのですが、夜になるとキャラクターが家に帰ってしまいます。あえて不便な感じにして、「いつでも何でもできるわけじゃない」という設計にしています。

夜になるとキャラクターが樹の上の家に帰るんだけど、ベッドで待っている。キャラクターに「おやすみ」と言うとベッドに入って寝るんです。その「おやすみ」というメッセージは、お父さんのスマホに飛んでいくようになっていて、子どもが寝るときに会えないお父さんにも「おやすみ」が届く。離れている家族をつなぐ役割も担っています。

子どもがベッドで寝ようと静かにしていると、森のサウンドスケープが聞こえてきて、子どもが眠りに入りやすい自然の音が、枕元で流れる仕掛けです。雨が降っていたり、風が吹いていたり、虫が音いていたり、毎日違う音で、寝ることが楽しみになるようにしました。

こういうプロジェクトが生まれたのは、京都に求めた不便さや制限、自然や文化と無縁ではないかなと思います。

「何か×コミュニケーション」はまだ深掘りできる

ーー 今後、やっていきたいことはありますか。

山田:いろいろありますが、今は大きく2つあります。1つは今までやってきているような映像や音、テクノロジーで、見えないものを見えるようにすることで、新しい価値を生み出していくこと。何らかの社会性をもってビジネスにしていきたいと思っています。

もう1つは、コミュニケーションのカタチや、その価値の出し方が変わってきているので、新しいコミュニケーションの価値を生むサービスをつくることです。

ーー どんなコミュニケーションのあり方ですか?

山田:例えば、国境も言語も超えてやりとりすることで新しい価値を生み出す。日本人はどうしてもドメスティックに物事を考えがちで、何か新しいサービスを考えようと思ったときに勝手に日本語で考えているんです。そういうときに国境や言葉を超えたコミュニケーションのカタチを考えたいですね。

ーー ノンバーバル(非言語)コミュニケーションですね。

山田:はい。インターネットによって物理的な距離はなくなった。でも、実際に人と人が会ってコミュニケーションすることそれ自体は、まだ発展途上のままです。そこでサービスとして、新しい価値を生む余白はいっぱいあると思っています。例えば、旅行で日本に訪れた人たちに、日本人が自分のもっているスキルや、今あるテクノロジーを利用してできる“おもてなし”があるんじゃないかと。

SNSは、いろいろな人とつながれるコミュニティがあるけど、SNSがコミュニケーションの中心となって育った子たちはオンラインだけではつながっている実感はないし、手触りもない。本当につながったと感じられるのは、リアルで1回会ってからみたいな。つながった人と実際に会って初めて、オンラインではできないことが生まれる楽しさに気づき始めているんじゃないかと思っています。

ーー リアルとネットの掛け算みたいなところがある気がします。

山田:ただ「いいね!」を押されるだけじゃなくて、コミュニケーションをする。テキストだけのコミュニケーションでも、自分がもっているスキルを相手に提供して、対価を得るようなサービスができればと思っています。

ーー それは、日本だけでなくグローバルで?

山田:もちろんグローバルになればいいと思っています。それは世界の人たちに使われるということかもしれないし、日本から世界へ発信していくものかもしれません。

ーー コミュニケーションは人間の基本的な言語欲求ですよね。アフリカに行ったときに無電化、無舗装、無水道だけど、ケータイだけは持っているという農村があったんですが、とても象徴的だなと思いました。

山田:ホントにあるんですか?(笑)。

ーー みんなソーラーパネルで充電しているんです。2台持ちの人とかもいて。人間がぺちゃくちゃしゃべりたいというのは、原初的なものだと痛感しました。

山田:なるほど。僕はしゃべることで、話し相手との間に新しい発見が出てくることにすごく魅力を感じます。この人とはこういうことがトライできるから今度やって見ようとか、自分だけで考えた角度とはまったく違う角度がその人としゃべると見えてくるとか。そういう新しい発見ですね。子どもとしゃべっていても相手に気づかされたり、相手に引き出させたり、そういうことも楽しいです。

SFのような世界が現実化したとき、クリエイターは何をすればいいのか

ーー 最近、注目しているヒト・モノ・コトで、おもしろかった、すごく良かったと思ったものはありますか?

山田:ブロックチェーン技術にはすごく注目していますね。世の中の構図を変えると思っています。例えば著作権管理でも、クリエイティブコモンズのような性善説でやらなくてもシステマチックにできる。誰もが誰かの著作権を認識したうえで利用できる。ブロックチェーンはそういうものがつくれる技術だと思っています。そのスマートコントラクト(※)などのブロックチェーンの技術が、これからの世の中と人と人の信頼関係まで変えていくと思っています。

※スマートコントラクト:ブロックチェーン上で動くスマートコントラクトには、「ある契約をプログラムで定義し、その定義された条件に合致した際には、強制力をもって自動配布できる」という特徴がある。

ーー 情報にしろお金にしろ、政府などの中央機関を一切介さなくても流通できるようになってきたのは完全にSFの世界ですよね。人類が絶滅しても、ブロックチェーンは生きている、と。

山田:本当にそうですね。ここ5年ぐらいで、家電もIoTでつながるじゃないですか。家の中の情報がネットに上がり始めると、スマホのレベルじゃないプライバシーが晒されていく。そんな世の中が来るのをネガティブに捉えても仕方がない。ポジティブに捉えていくクリエイティブの力と発想力が必要になってくる。そうでないと、世の中がつまらなくなってくると思います。

ーー 仕事以外で注目していることはありますか?

山田:最近また改めてレコードがいいなと思って(笑)。作法があるというのがいいんですよね。山の中から「これを聴こう」と探して1枚選んで、埃を拭いて針を落とすというのは、端的に言って面倒臭いじゃないですか。でも今の世の中は合理的になり過ぎているから、あえて面倒臭いことをするのが楽しい。

ーー 茶道みたいですね。音楽に向き合うための作法、順序があって、茶道みたいにお茶をいただく前の作法というのはいいですね。

山田:自分が若かった頃は、そんなものは要らないと思ったかもしれないけど・・・。面倒な作業があると、その間に何かを思ったり考えたりするんですよ。でも不便な体験をしながら音楽を聴くと、「ああ、あのレコードを聴いていたときのアレだ!」っていう感じで、根強い記憶になって忘れないんですよね。

ーー アメリカなんかでレコードの売上が盛り返してきたと言われる理由も、そういうところにあるのかもしれませんね。

山田:僕もレコードを聴くのはいいと自分の子どもにも教えています(笑)。これからは、1回消えかけたものが、もう1回戻って出てくることが増えてくるんじゃないかな。そういう意味でも、不便や制限を楽しさやビジネスに変換していけるものをつくっていければいいと思っています。


ライブアライフ(LiveALife inc)