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放置され廃墟になった「温水プール」がサステイナブルなコワーキングスペースとして大復活したワケ【連載】オランダ発スロージャーナリズム(21)
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  • 2020.02.13
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放置され廃墟になった「温水プール」がサステイナブルなコワーキングスペースとして大復活したワケ【連載】オランダ発スロージャーナリズム(21)

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吉田和充(ヨシダ カズミツ)

ニューロマジック アムステルダム Co-funder&CEO/Creative Director

1997年博報堂入社。キャンペーン/CM制作本数400本。イベント、商品開発、企業の海外進出業務や店舗デザインなど入社以来一貫してクリエイティブ担当。ACCグランプリなど受賞歴多数。2016年退社後、家族の教育環境を考えてオランダへ拠点を移す。日本企業のみならず、オランダ企業のクリエイティブディレクションや、日欧横断プロジェクト、Web制作やサービスデザイン業務など多数担当。保育士資格も有する。海外子育てを綴ったブログ「おとよん」は、子育てパパママのみならず学生にも大人気。
http://otoyon.com/

今年は世界的に暖冬とはいえ、一年の内でも一番寒いこの時期、唐突ですが今回はオランダにある室内温水プールのお話をしたいと思います。なんで温水プールの話か?と言いますと、アムステルダムに次ぐ人口規模を誇る第2の都市・ロッテルダムにあるこの施設は、今や世界で最もサステイナブルなコワーキングスペースになっているからです。

ロッテルダムといえば、元サッカー日本代表の小野伸二選手が活躍したオランダ1部リーグの名門チーム、フェイエノールトとの本拠地として、その名前を聞いたことがある人も多いかもしれません。今や、中国やシンガポール、そしてドバイなどに貿易量としては抜かれてはいるものの、今だにヨーロッパナンバーワンを誇る港として君臨しています。

街自体は第2次世界大戦でのドイツ軍による空爆で壊滅的な被害を受けたため、戦後に復興された建物が多く、日本人がイメージするいわゆるヨーロッパ的な伝統的な建物は少なく、逆に超モダンな、あるいはオランダの誇る建築家たちが設計した、いい意味で奇抜な建物が多い。アムステルダムとも印象の違う、かなりユニークで存在感のある都市です。

さてさて、そんな街に、いやそんな街だからこそ存在するコワーキングスペースが、今回ご紹介する「ブルーシティ」。ここはかつて、いやわりと最近まで街の人たちに親しまれていた「Tropicana」という名前の温水プールだったのです。では一体、なぜこの温水プールがサステイナブルなコワーキングスペースになったのか。そして、どんな人たちがそこにいるのか?今回はブルーシティへの突撃レポートをお送りします。

舞台は営業停止になった温水プール

廃墟となった、かつては子どもたちの楽しげな声に溢れていただろう温水プール

さて、この元温水プールを利用したコワーキングスペース。実は、正式にコワーキングスペースとして市からの許可が出たのはごくごく最近とのこと。なので、今までは必要最低限のリノベーションだけをして、暫定的に利用していたのが実態です。

今でも普通に温水プールの残骸が残っています。かつては子どもたちの声が響き渡っていただろう、この残骸。いわゆる廃墟に感じる一種のノスタルジーも感じてしまいますが、これをそのままの状態で残しているあたり、なんともオランダらしくサステイナブルといえばサステイナブル?ですが、こうせざるを得なかったある事情があったようです。

リノベーション後の完成予想図

この温水プール、実は高層ビルへの建て替え計画があったのですが、周りの市民が大反対。結局、その計画は白紙になってしまいました。この点、日本では住民の反対がいくらあろうが、計画が強行されることが多い印象もありますが、オランダやドイツなどのヨーロッパでは結構、こうした住民の反対によって開発計画が頓挫してしまうことがあるようです。

さて、その高層ビルへの開発計画を拒否されたオーナー。その後、市からの再三の警告にも関わらず、この温水プールのメンテナンスを怠ったということで営業停止となり、2010年にクローズしてしまいました。

おそらく、自分の開発計画を拒否されてしまったオーナーは、もはやこの市民の憩いの場であった温水プールを維持していくモチベーションがなくなってしまったのではないでしょうか。あるいは、営業的にも採算が取れなかったのかもしれません。タイミング的に、あのリーマン・ショック後ということもあったのかもしれません。いずれにせよ、オーナーはこのプールへのメンテナスなどを含む投資は一切行わなかったようです。その後も建て直されることはなく、そのまま宙ぶらりん状態で残ってしまっていました。

「コーヒーかすで作るマッシュルーム栽培」がヒットし起業家が集結

家庭用のマッシュルーム栽培キット

さらにその後、ヨーロッパではよくあることなのですが、ここも御多分にもれずスクワットされることになりました。これ、日本ではあまり聞きなれない言葉かもしれませんが、要は不法占拠。そう、浮浪者やホームレスなどなどに不法占拠されてしまったのです。

しかし、そのことをあまり良しとしない、あるスタートアップが2012年にここに入居しました。とはいえ、スクワッターが嫌いだからと言って追い出したところで、彼らもまた正式にはここに入居する権利もなく、家賃も払えなかったのです。まあ、スクワッターには変わりなかったわけです。そこで彼らは「街の近隣から出たコーヒーかすを使ってマッシュルームを育てる」というビジネスを始めました。2015年くらいにそれが軌道に乗り始めると、このことが話題を呼び、ここに次々と起業家が集まってくるようになったのです。

 ちなみに「コーヒーかすで作るマッシュルーム栽培」は、いまやロッテルダムのみならず多くのレストランで取り入れられており、家庭用栽培キットも販売されています。これは廃棄物の再利用という観点だけでなく、フードマイルを大幅に減らしたり、流通コストを抑えたりすることに役立っています。以前の連載記事「日本人は本当に「環境問題に興味が無い」のか。オランダ最新事情から見えてくる日本のビジネスチャンス」でも紹介しましたが、こうした持続可能な発展を目指すビジネスのあり方は最近では「サーキュラーエコノミー(循環型経済)」と呼ばれ、オランダではビジネスを進めるうえでの大前提となっています。もはや、ことさらに「これがサーキュラーエコノミーである」ということが大きなセールスポイントにはなっていないほどの状況なのです。

ベテランも新参も同じビジョンのもとに集うから強い

今回、ブルーシティを案内してくれたニンケさん

現在、ブルーシティには35社が入居しており、これまでに112のプロジェクトが誕生しました。ミミズの住まう環境を快適にして、まったく嫌な匂いを発することなく生ゴミから良質な堆肥を作るコンポストの会社、廃棄された果物の皮から靴・鞄などを作る会社、港や運河に面している立地を活かし、そこに流れ着く流木でテーブルや机を作ったり、近隣の畑で自分たちの食堂で飲むハーブティを作ったり、サンゴの再生を行う会社など、こうしたアクションがBluecityのエコシステムを形成しているのです。

多少偏見のある見方かもしれませんが、世界一合理的な人種と言われ、お金儲けも実は大好きなオランダ人ですから、利益を追及するのは言わずもがなです。それを実現した上で、人間や地球にポジティブなインパクトをいかに残すか?ということを非常に大事にしているのが、サーキュラーエコノミーの真髄でもあります。

入居企業「Fruitleather Rotterdam」のプロトタイプ。果物の皮で作ったプロダクトが並ぶ

この日、急な依頼にも関わらず快くインタビューを引き受けてくれたのは広報担当のイフェット・コーダイク(Yvette Koedijk)さん、そして実際、ブルーシティを案内してくれたのは同じく広報のニンケ・コーダイク(Nienke Binnendijk)さん。

彼女たちのリラックスした雰囲気からも、ブルーシティの誰に対してもオープンで、フレンドリー、そして環境に対してポジティブなインパクトを残していきたいという、静かなる心意気が伝わってきました。

実際、Nienkeさんは前職で、海洋のプラスティック汚染を防ぐために、デルタエリアの都市の河口のプラスティックゴミを回収するスタートアップで働いていたそうで、そことは何か違うアプローチをしたい、という思いからこのブルーシティに移ってきたということを教えてくれました。

リノベーションプランについて説明してくれるニンケさん

施設内には、さまざまなバイオの実験などを行えるラボ、3Dプリンターや、ちょっとした工作機械などを兼ね備えた工房、クライアントがつい寄りたくなってしまうようなミーティングスペース、そして入居者が集えるバーなどがあります。志を同じくするこの分野のエキスパートから、未来に輝くヤングスターまでが一堂に介しているのです。

地下にあるラボ。バイオ関連の実験なども行われている

筆者がオランダに住んでいて、サステイナブルな環境づくりや事業に取り組んでいるスタートアップエコシステムの強さの秘訣は、こういうところにあると感じています。つまり、明確なビジョンのもと、多様な人材が集まり、オープンでフレンドリーな環境の中、縦横無尽にネットワークを使いながら、時にお互い切磋琢磨し、時に協力し合いながら、今までに無いものを次々と作り出していく。こういうことができる環境そのものを、政府や行政、企業などあらゆる立場の人が一緒になってボトムアップで作り出していく。時に、それはスクワットなどという、日本では到底認められない手法かもしれませんが、こういうことも含めて、なんとかまとめていってしまう実行力や柔軟性、そして違いを受け入れる懐の広さ。ブルーシティは、まさにこんなことが体現されている施設だなと実感しました。

筆者は日本からやってくるスタートアップの設立やブランディングなどのお手伝いをしておりますが、こうした各コワーキングスペースの設立ストーリーやビジョンを理解しないままに、「安いから」「大きいから」といった極めて安直な理由で、自社のビジョン・事業内容に合わないコワーキングスペースに入居してしまう(そしてあっという間に撤退してしまう)ケースを散見してきました。

現在、オランダのスタートアップエコシステムは、欧州内でも非常に評価が高まっています。日本発の技術やナレッジは普通に世界でも通用すると思います。世界進出を考えている方がいましたら、ぜひそのチャレンジの選択肢にオランダを入れていただき、そのチャレンジを効率的に行うためにも、こうしたバックストーリーを気にしてみてください。

ブルーシティの成り立ちはこうした経緯だったので、施設自体のリノベーションの許可が出たのも前述の通りつい最近。なので、いまだに一部は当時のプールがそのままに残されており、今も絶賛リノベーション中です。

しかし、そこはもともと古いものを上手に残すのが得意なオランダ。サーキュラーエコノミーを謳っている施設ですから、このままのイメージや施設もできるだけ上手に残したすばらしいリノベーションが行われるでしょう。完成は今年の6月ごろとのこと。今から待ち遠しいですが、完成したらまたレポートしたいと思います。


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