CULTURE | 2018/04/11

アート&サイエンスで導く人類のネクストヴィジョン【後編】/田崎佑樹氏(WOW コンセプター)【連載】テック×カルチャー 異能なる星々 (1)

(前編よりつづく)
聞き手・文:深沢慶太 写真:増永彩子


田崎佑樹(たざき・ゆうき)
WOW コンセプター...

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前編よりつづく)

聞き手・文:深沢慶太 写真:増永彩子

田崎佑樹(たざき・ゆうき)

WOW コンセプター/クリエイティブ・ディレクター

1977年、愛媛県生まれ。マサチューセッツ大学ボストン校留学を経て、アート&サイエンスと建築プロジェクトを中心に、コンセプト構築、クリエイティブ・ディレクションにおいて国内外、メディア領域を問わず活動する。

未来を牽引していく「Vision = Imagination × Real Tech」

Vision = Imagination x Real Tech

―― 前編ではイーロン・マスクの名前が例に挙がりましたが、一方で田崎さんは少数精鋭のクリエイティブ集団であるWOWに身を置いているわけですよね。自分が描いたヴィジョンを実現していくという意味でいえば、GoogleやAmazonなどの巨大プラットフォーマーでリサーチや研究開発に従事するのも一つの方法だと思うのですが、なぜWOWであえて“一人シンクタンク”的な動きをしているのでしょう?

田崎:いや、いくらプラットフォーマーだからといって、組織の論理の下で本当にクリエイティブなことができるとは限らないと思いますよ……。それより僕にとっては、WOWが持つCGによるヴィジュアライゼーション映像は、単なる娯楽や広告ではありません。それは、世界を変えうるヴィジョンと本当のテクノロジーを具現化するパワーです。現代企業にとって、映像はヴィジョンをストーリー化し伝えるためのパワフルなエンジンであり、投資を集める強力なツールとなるからです。そして未来を牽引していくパワーあるヴィジョンを創るには、個人や企業が持つゲームチェンジャーになり得るテクノロジー(Real Tech)と、それをベースにした「思考実験」による想像力の拡張(Imagination)の掛け合わせが必要です。

これはSF映画を創ることと同じです。『2001年宇宙の旅』が未だに未来世界のスタンダードとして君臨し続けているのは、スタンリー・キューブリック監督がサイエンティストやリサーチャーと長い間対話し続け、その研究をベースに自分の美的想像性を組み合わせたことによって、この映画が実現したから。だからこそ、今でも魅力的で、示唆に富み、多くのサイエンティストやビジョナリーが憧れを持ち続けられるわけです。最近の例だと、スペキュラティブな思考実験映像番組としてNetflixの『Black Mirror』やナショナル ジオグラフィック チャンネルの『MARS』が挙げられると思います。

同じように、単にテクノロジーがすごいというだけのプレゼンでは、未来を牽引することはできません。僕の役割は、(Real Tech)と(Imagination)を組み合わせて、ヴィジョンを作り、未来予測としてのヴィジュアライゼーションを行い、そのビジュアルを元にプロダクト化し、事業を実現していくことだと考えています。

―― なるほど。しかし、田崎さんに自由な活動を許容しているWOWという会社にも、他にはない先見の明があるとつくづく感じます。

田崎:それは本当ですよね。よく面倒見てもらえるなあって時々思います。先見の明かどうかはわからないけど(笑)。

サイボーグベンチャー 「MELTIN」の衝撃

―― そういえば、東京工業大学ELSI(地球生命研究所)の科学者とともに、土星の衛星エンセラダスにおける地球外生命探査のプロジェクト『Enceladus』にも関わっていますね。

WOWによるNASA「ニューフロンティア計画」へのプレゼンテーション映像『Enceladus / Mission for life detection in universe.』(2016年)

田崎:宇宙生物学者で、東京工業大学ELSI(地球生命研究所)の藤島皓介さんとのプロジェクトですね。土星探査機カッシーニによって、エンセラダスでは氷に覆われた地表の割れ目から、内部の熱水が氷となって宇宙空間へと噴き出していることが観測された。つまり、氷の下には水の海が広がっていて、そこに生命が存在する可能性がある。ならば、宇宙へ噴き出た氷の粒子を探査機で回収し分析することで、地球外生命体が存在するかどうかの謎に迫ることができるはず。その思いに共鳴し、計画の様子を映像によってヴィジュアライズしました。学会で藤島さんが自分の研究発表の後で誰にも言わずにこの映像を流したところ、大きな反響がありました。NASAにも呼ばれもしましたし、宇宙関係のベンチャー企業から投資家向けの映像制作の問い合わせが来るなど、ヴィジュアライゼーションの力を実感した出来事でした。

ちなみに、MELTINとつながるきっかけもこのプロジェクトでした。そもそも面白いヴィジョンがあれば、最高に面白い人たちが集まってくるんですよ。MELTINのファウンダーの粕谷昌宏君(『Forbes』が30歳以下の世界が注目する人物を選出する30 under 30の「ヘルスケア・サイエンス」分野で選出)なんて、発想自体が完全にブッ飛んでますから。子どもの頃に宇宙の真理を突き止めたいと思ったけれど、それには人間の脳はスペック不足だし、寿命も足りなければ予期せぬ事故で肉体が壊れたら死んでしまう。だからこそ、生き続けて宇宙の真理を解き明かすためにサイボーグ技術を確立しなければならない。その発想自体はアーティストと言ってもいいし、狂気をはらんでいます。

MELTIN『MELTANT-α』コンセプトムービー(2018年)

―― この3月にはアバターロボット『MELTANT-α』を発表していますが、技術自体も非常にイノヴェーティブな可能性に満ちたものだと聞きました。

田崎:MELTINのヴィジョンは最終的にはサイボーグ技術を確立することです。サイボーグ技術は彼らが持つ二つの世界最高峰のコアテクノロジーによって実現されます。一つ目は生体信号処理。これは義手や義肢を人間の意志で駆動させるソフトウェア技術で、例えば手を開いたり指を折り曲げたりする筋肉の微弱な電気信号を世界で最も素早く、正確に解析します。二つ目は、その動きを正確かつ瞬時に再現するロボット機構制御技術。従来のロボットのように関節部分にアクチュエータを搭載することなく、人間の筋肉の構造を模倣する生体模倣構造によって、これまでできなかった細かい指の動きを世界最高の精度、パワー、速度で実現しています。

MELTINの場合はサイボーグ技術の達成というヴィジョンが明確なこともあり、「これが私たちの技術の結晶です」ということではなくて、ゴールから逆算して「このヴィジョン達成のために今できることがこれです」という逆算的物語を描く必要がある。そのために、長年の友人であり、編集者/キュレーターで、大阪芸大アートサイエンス学科「Bound Baw」編集長でもある塚田有那さんを中心に、「思考実験チーム」をチームアップして、ヴィジョンを掘り下げる「思考実験ワークショップ」をプロジェクト初期の段階で導入しました。

いずれ人間がサイボーグ化した時に、サイボーグ社会では何が起きるのか? サイボーグ化した人間の人間性はどこにあるのか? という完全にアカデミックな議論の場を設定し、MELTIN、投資家、デザイナー、映像ディレクターなど、プロジェクト参加メンバー全員で議論し、マインドマップと進化シナリオをまとめていきました。最終的な成果物としてできあがったのが、サイボーグの未来進化史(ダイアグラム)です。現在は人間の機能を模倣したアバターロボットの段階。そこから人間の能力を拡張して、ポストヒューマンになる段階があり、身体の一部だけ、あるいは全身サイボーグ化していくわけですね。ここまでのシナリオを踏まえた上で、ロゴデザインやプロダクトデザインに発展させていきました。

―― それは、将来的に人類は必ずサイボーグ化をしていくということですか? 腕時計であれスマートフォンであれ、人間はすでに技術と一体化しつつありますが、それが肉体的に行われるというのは、かなりドラスティックな変化になると思います。

田崎:サイボーグは人類の新たな生き方の選択肢の一つでしかないと考えています。サイボーグ化を選択する人もいるし、しない人もいると思います。その上で、僕が考えるMELTINのサイボーグは“好奇心適応体”といってもよい存在になると思います。深海であれ宇宙であれ、自分が好奇心を持った環境に自分の身体を適応させて生存していけるもの。人類にとっては、例えば宇宙環境はひどく厳しい環境です。だからこそ、サイボーグ化は火星や他の惑星に移住するために必要な選択肢になってくると思います。

また、哲学的な側面としては人間性を捉え直す存在としてもサイボーグは面白い存在です。ELSIの藤島さんに、地球外生命を見つけなくてはいけない理由を聞いたら、現在比較対象する生命体が地球以外にないので、地球生命を評価できないからだと言ってました。つまり比較文明論はあっても、比較生命論が成立しない。比較する対象があり、初めて本質を理解することができる。仮にサイボーグとして火星に移住すれば、新しい文明をそこから築いていくことになります。火星で行われるのはいわば、“人類文明のやり直し”です。そこから逆説的に地球文明とは何だったのか、人間の身体はなぜ2本腕、2本脚なのか、それらの意味がわかってくることで、新たな人間観や哲学、そして文化を作り出せるはずだと考えています。

「Creation × Technology × Finance」の三位一体で目指す人類変革のゆくえ

田崎:その上で、未来の姿を想像力で思い描くことは、プロトタイピングよりも遙かにスピードが速い。手塚治虫が『火の鳥』で描いた遠未来の生命の姿にしても、量子力学者のマックス・プランクの量子論にしても、いわば思考実験の産物です。その意味で人間のイマジネーションには、他の何物をも凌駕するラピッドプロトタイピングの力がある。こうした考えを元に、思考実験からCreation × Technology × Financeを掛け合わせていくことでゲームチェンジを仕掛けていけるような三位一体の仕組みを2年ほどかけて構想し、MELTINという一つのケーススタディを作り上げることができました。

WOWのアートステートメント「アニマ」を体現した、人工生命プログラムによるインスタレーション作品『UNITY of MOTION』(2016年)。韓国・ヒュンダイ社の体験型複合施設「ヒュンダイ・モータースタジオ・ソウル」での展示風景映像

―― その田崎さん独自のメソッドを、今後あらゆるところで展開していくということでしょうか?

田崎:今、このCreation × Technology × Financeを掛け合わせた新たな事業と方法論を準備しています。事業の名前は「KANDO」といいます。感度があるから感動する。感動すると感度が上がるという円環の関係性を表しています。そして、そのための方法論は「ENVISION DESIGN」と呼んでいます。KANDOはヴィジョンを具現化する未来視野に特化したコンサル事業です。新規事業立ち上げ、CVCやベンチャーにおけるビジョン構築、事業計画、アウトプットまで総合的なコンサルテーションサービスを実践していきます。

ENVISION DESIGN

一方で、「ENVISION DESIGN」は日本語で表すとしたらどうなるか。ヴィジョンを思い描くことで世界を変えていくわけですから、「神通力」でいいんじゃないかと(笑)。でも、そう考えるのには理由があります。ENVISIONの「EN」は、英語の「Enable」と南方熊楠がいう「縁起」、複雑な事象をつなげる目に見えない力のことです。そして、人間の意思にはそこに作用する力がある。例えば、量子力学における「二重スリット実験」の実験でいえば、光は粒子と波の両方の性質を持ちながら、人間が関わった時だけ波の特性を示した。量子力学的に、人間の意思が現象の結果を変えうるという結論になったわけです。このことを量子論の生みの親であるマックス・プランクは、「意識は物質よりも根源的で、物質は意識の派生物に過ぎない」と言いました。つまり、「現象の結果は人間の意志の力が決める」と僕は信じています。

だからこそ、僕は「こんなの実現するわけない」と自制してしまう人々に向けて、「もっと自分のことを信じていいよ」と言ってあげたい。だって、単純に自分がやりたいことを信じて実行したほうがシンプルだと思うし、言い訳しない人生の方がよくないですか? 死ぬまで疑問を持ちながらやるって辛くないですか? って思うんです。

―― それはずばり真理でもあるし、「人類よ、“ビューティフル・ドリーマー”であれ」というメッセージでもありますね。ちなみに……田崎さん自身の今後の野望はありますか?

田崎:野望……そうですね、建築を学んだ身としては、やっぱり建築を作りたいですね。その中でも最大の目標は、移動するフローティングステート(独立国家)を作ることです。というのは、世界では今でも1000年前の祖先の恨みを代々ぶつけ合っているような、悲しい負の連鎖が絶えないわけですよ。そういうのはほとんどは“土地”に紐づいているので、そこから解き放たれるために移動し続けるのがいいと思います。そこで、人種とか歴史のぶつかり合いを超えて人々の才能を活かすことができるようなスーパーニュートラルな場を、表現者、研究者、企業家たちとともに作り上げられたらいいなと。これは本気で今後10年くらいの目標だと思っています。プロジェクトの名前は「Ark」といいます。次世代の人類を培い育む新たな箱舟を作り出すことが、このインタビューで話してきたことの総決算になると思います。

【展覧会情報】

WOW Visual Design Studio ―WOWが動かす世界―

4月6日(金)〜15日(日) 

スパイラル 東京都港区南青山5-6-23

映像作品アーカイヴや、世界的デザイナーのマーク・ニューソンによる現代日本刀などのプロダクト、透明有機ELディスプレイ20枚を用いた新機軸のインスタレーション作品まで、昨年20周年を迎えたWOWの過去/現在/未来を一望する展覧会。


WOW

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