EVENT | 2019/08/28

テックと人類の行方は、書物が教えてくれる。杉山知之が影響を受けた名著たち【連載】デジハリ杉山学長のデジタル・ジャーニー(13)

テクノロジーが加速すればするほど、自分たちの足元を振り返る機会は貴重になっていくかもしれない。本来的にスローな行為である...

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テクノロジーが加速すればするほど、自分たちの足元を振り返る機会は貴重になっていくかもしれない。本来的にスローな行為である読書は、そして本という存在は、ゆっくりと立ち止まって世界の来し方行く末を考え直させてくれる。

デジタルハリウッド大学学長・杉山知之さんの連載第13回のテーマは、「影響を受けてきた名著」。デジタル・ジャーニーを彩ってきた、SF、シュルレアリスム、ホール・アース・カタログ、情報科学のパイオニアたちの伝記……テクノロジーと人間の接点で道しるべとなってくれる豊かな想像力は、ページを広げればそこにある。

聞き手:米田智彦 構成:宮田文久 写真:神保勇揮

杉山知之

デジタルハリウッド大学 学長/工学博士

1954年東京都生まれ。87年よりMITメディア・ラボ客員研究員として3年間活動。90年国際メディア研究財団・主任研究員、93年 日本大学短期大学部専任講師を経て、94年10月 デジタルハリウッド設立。2004年日本初の株式会社立「デジタルハリウッド大学院」を開学。翌年、「デジタルハリウッド大学」を開学し、現在、同大学・大学院・スクールの学長を務めている。2011年9月、上海音楽学院(中国)との 合作学部「デジタルメディア芸術学院」を設立、同学院の学院長に就任。VRコンソーシアム理事、ロケーションベースVR協会監事、超教育協会評議員を務め、また福岡県Ruby・コンテンツビジネス振興会議会長、内閣官房知的財産戦略本部コンテンツ強化専門調査会委員など多くの委員を歴任。99年度デジタルメディア協会AMDアワード・功労賞受賞。著書は「クール・ジャパン 世界が買いたがる日本」(祥伝社)、「クリエイター・スピリットとは何か?」※最新刊(ちくまプリマー新書)ほか。

SF小説の古典から、身体拡張やベンチャーの世界を学んだ

影響を受けてきた本ということで、真っ先に思い浮かぶのは、中学1年生の時に読んだロバート・A・ハインラインのSF小説『宇宙の戦士』です。「機動戦士ガンダム」シリーズにおける「モビルスーツ」の元ネタ、「パワードスーツ」というアイデアが描かれていて、登場人物たちがこの装甲を施した兵器を着衣として身につけ、宇宙空間で戦うんですね。

これは今でいうところの、「身体の拡張(エンハンス)」とでもいうようなビジョンです。中学生であれば、人間の身体を縛っている限界も自ずとわかってきていました。そんな折、科学技術によって身体を拡張していくという物語に触れて、一気に引き込まれたことを覚えています。2015年には新訳版が出ており、多くの人の心をとらえ続けているようです。

ハインラインのSF小説というのは、今読んでもすごくためになるものがあるんですよね。たとえば、『夏への扉』も有名な作品です。中学生、高校生、大学生と年齢が上がるごとに読み返した愛読書ですし、その後MITメディアラボで研究員をしていた時には、原書で改めて読みました。

 するとだんだん、小説の見え方が変わってきた。最終的には、「そうか、これはベンチャー企業の話じゃないか」と腑に落ちたんです。世間ではタイムトラベルを描いた一冊として有名ですが、どういう物語かといえば、家事用ロボットを発明した技術者である若い男の子が、悪い大人たちに騙されて自身の会社を追い出されてしまい、時間を遡りながらそれを取り返す、というお話なんです。

まるで、ベンチャーの世界で日夜繰り返されているような話でしょう?(笑)。いつ読んでも古びないし、豊かな教訓が書き込まれているんです。

テックの時代のシュルレアリスム

アートの分野で何度も手に取ったのは、シュルレアリストであるダリの画集です。小学校5~6年のころから大好きで、今でもダリの展覧会があればよく足を運びます。ダリは写実が得意でありつつ、そこからシュルレアリスムの方法で、女性の身体に引き出しがついている絵画「燃えるキリン」のように、想像力を飛躍させていく点に魅了されますね。

その後、私はロック・ミュージックの世界にものめりこんでいったのですが、当時紹介されていったサンフランシスコ発のロックにシュルレアリスムの言葉が使われていたことは、とても印象的でした。私がずっと愛してやまないサイケデリック・ロックバンド、ジェファーソン・エアプレインの2ndアルバムのタイトルは、『シュールリアリスティック・ピロー』。シュルレアリスティックな夢を見る枕、という感じでしょうか。

この連載でも改めて触れることになりますが、テクノロジーによって環境がどんどんと便利になっていく中で、人に残されたクリエイティビティのひとつは寝ている時に見る夢である、と私は感じます。人間はもはや、行動することによって――駅で交通系ICカードを使うにせよ何にせよ、日々膨大なデジタルデータを生み出す存在になってきている。そのことの是非とは別に、現代社会において、あの脈絡のない夢を見る私たち人間の創造性は、とても重要なものなのではないかと思います。ダリのようなシュルレアリストたちの残した作品を繙(ひもと)いていくことは、未来の人間の在り方を考えていくことに、実はつながっているのではないでしょうか。

ホール・アース・カタログと、情報技術者の伝記――原点を知る

テクノロジー周辺の書物でいうと、読者の皆さんの中でもお好きな方も多いであろう、1968年~1974年に刊行されていた伝説的な雑誌『ホール・アース・カタログ』からも、大いに刺激を受けてきました。最初は学生の頃、1976年に創刊された『ポパイ』に掲載されていた情報から知っていったはずです。その後大学院生になって、実物の『ホール・アース・カタログ』を手に取りました。

面白かったのは、サバイバルに関するノウハウが書いてあった点ですね。要するに、文明の生活、都市の機能といったものから距離をとっていく中で、こういうことをやれば生き延びることができる、という方法がたくさん書いてあったんです。もはやジャンル分けの不可能なスタイルの雑誌で、貪るように読んだ記憶があります。

こうした、今では古典とされるような書物であっても、改めて読んでみると学ぶことが溢れている本というものはあるものです。

今回、皆さんに最後にお勧めしたいのは、西垣通さんという情報学者の方が書いた、『デジタル・ナルシス 情報科学パイオニアたちの欲望』という一冊です。コンピューターの最初のプログラマーは女性だった、ということなど、情報科学のパイオニアたちのことを、文学的とさえいえる格好いい文体で描いた、小説のように読める本でした。

 刊行されたのは1991年ですから、私が37歳の頃でしょうか。とてもいい本で、夢中になって読みました。今では岩波書店から文庫化されていますので、ぜひ手に取ってみてください。

本連載でも今後考えるテーマになりますが、コンピューター技術というものは、私たちの社会を飛躍的に発展させた一方で、なかなか初期に描かれたビジョンのようにはいかないところに来ています。インターネットも、人々をつなげる一方で、昨年からヨーロッパで実施されているGDPR(EU一般データ保護規則)のように、情報のあり方をめぐって判断が分かれるようにもなってきています。

だからこそ、情報科学の先駆者たちは、そして人類は、最初にどんな夢をコンピューターに抱いていたのか――その原点を、この本を読みながら、じっくりと考え直してみてもいいのではないでしょうか。