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『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド』が描く、当時のハリウッドの裏事情【連載】松崎健夫の映画ビジネス考(14)
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  • 2019.08.23
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『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド』が描く、当時のハリウッドの裏事情【連載】松崎健夫の映画ビジネス考(14)

レオナルド・ディカプリオとブラッド・ピットが初共演することで話題の映画『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド』(19)が、8月30日(金)から全国公開される。クエンティン・タランティーノ監督の新作であることでも話題となっているこの映画は、1969年に起こった実際の事件を題材にしている。それが、<シャロン・テート殺人事件>。当時『ローズマリーの赤ちゃん』(68)が世界的な大ヒットを記録して時代の寵児となったロマン・ポランスキー監督の妻で女優のシャロン・テートが、カルト集団を率いるチャールズ・マンソンの信奉者から襲撃を受け惨殺。そのあまりにも残酷な犯行が、世間を戦慄させた事件だった。

『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド』では、この<シャロン・テート殺人事件>と並行して、当時のハリウッド映画事情が描かれている。あくまでも物語上は、1960年代後半におけるハリウッドの映画ビジネス事情として参考程度に描かれているのだが、実はその映画史的な流れを知っていれば、『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド』をさらに楽しめるだけでなく、現代につながる映画事情も見えてくるのである。連載第14回目では、「『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド』が描く当時のハリウッド裏事情」と題して、映画史的な観点からタランティーノの新作について考えてゆく。

松崎健夫

映画評論家

東京藝術大学大学院映像研究科映画専攻修了。テレビ・映画の撮影現場を経て、映画専門の執筆業に転向。『WOWOWぷらすと』(WOWOW)、『japanぐる〜ヴ』(BS朝日)、『シネマのミカタ』(ニコ生)などのテレビ・ラジオ・ネット配信番組に出演中。『キネマ旬報』誌ではREVIEWを担当し、『ELLE』、『SFマガジン』、映画の劇場用パンフレットなどに多数寄稿。キネマ旬報ベスト・テン選考委員、田辺弁慶映画祭審査員、京都国際映画祭クリエイターズ・ファクトリー部門審査員などを現在務めている。共著『現代映画用語事典』(キネマ旬報社)ほか。日本映画ペンクラブ会員。

1950年代にテレビ製の西部劇が量産された

レオナルド・ディカプリオが演じるリック・ダルトンは、ピークを過ぎたテレビ俳優で、映画スターへの道がなかなか拓けず焦る日々が続いていた

『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド』の題材となっている<シャロン・テート殺人事件>については(※映画公式HPの「シャロン・テート殺人事件とは」項を参照 )、ここでは詳しく触れないが、映画ではレオナルド・ディカプリオ演じる主人公が住む邸宅の隣に、ロマン・ポランスキー夫妻が引っ越してくるという設定になっている。邸宅があるのは、ロサンゼルスの西部ベネディクト・キャニオン。いわゆる“ビバリーヒルズ”と呼ばれている高級住宅街だ。最近では、ジャスティン・ビーバーが妻のために850万ドルでベネディクト・キャニオンに建つ豪邸を購入したことが報道されたように、ここには多くの有名人が住んでいる。つまり、レオナルド・ディカプリオが演じている“リック・ダルトン”という人物もまた、有名人という設定なのだ。

『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド』は実際の事件を題材にしているが、“リック・ダルトン”は架空の映画スターとして描かれている。だが、実在しないハリウッドの映画俳優でありながら、彼の人物設定に当時の映画界の裏事情が盛り込まれている点が注目ポイント。“リック・ダルトン”は、1950年代に放送されたテレビ製の西部劇ドラマ「バウンティ・ロー」で主人公を演じて人気を博したスターだという設定。その後、彼は映画俳優への脱皮を図れず、1960年代後半には過去の名声にすがったテレビドラマのゲストスター扱いになっている。ここには、当時の映画界事情を知るいくつかのキーワードが隠されているのだ。

まず、「1950年代に放送されたテレビ製の西部劇ドラマ」という点。1950年代は<ハリウッド黄金期>最後の時代だと言われている。『ローマの休日』(53)や『雨に唄えば』(52)など、1950年代には現在も人気の高い名作映画が製作されているが、映画産業は徐々に斜陽化してゆくことになる。その斜陽化の理由はいくつか存在するが、そのひとつに挙げられるのが家庭用テレビ受像機の普及。自宅で映像が観られるようになったことで、映画館へと足を運ぶ観客が徐々に減少していったのだ。この時代、映画では西部劇が人気だったことにあやかって、テレビドラマとして西部劇が量産されたという背景がある。

例えば、日本でも高視聴率を記録した「ララミー牧場」や「ローハイド」、「ガンスモーク」や「ボナンザ」といった西部劇。アメリカで1959年から1963年に放送された「ララミー牧場」は、主演のロバート・フラーが来日した際、羽田空港に数千人のファンが押し寄せる騒ぎとなり、最高視聴率43.7%を記録するほどの社会現象になった人気ドラマ。ちなみに日本放映時には、番組の最後に映画評論家・淀川長治による「西部こぼれ話」のコーナーが付け加えられた。これが後に「日曜洋画劇場」における淀川長治の前説・後説へとつながることになるのである。また、アメリカで1959年から1965年まで放送された「ローハイド」も、日本では最高視聴率43.4%を記録した人気ドラマ。そして、ロディ役でブレイクしたのが、当時まだ無名のクリント・イーストウッドだった。つまり、“リック・ダルトン”が、「テレビの西部劇ドラマからスターになった」という設定には、1950年代から60年代にかけての実際のハリウッド事情が密接に関係しているのである。

マカロニ・ウェスタンへの出演は都落ちだった

シャロン・テート(マーゴット・ロビー)は1969年当時、『ローズマリーの赤ちゃん』(68)が世界的な大ヒットを記録して時代の寵児となったロマン・ポランスキー監督の妻で駆け出しの女優でもあったが、自宅でのパーティ中にカルト集団を率いるチャールズ・マンソンの信奉者から襲撃を受け、惨殺された

賞金稼ぎのことを英語でBounty Hunter と言うが、“リック・ダルトン”主演のドラマが「Bounty Law」というタイトルであることは、主人公が賞金稼ぎであることを匂わせている。賞金稼ぎが主人公のテレビ西部劇ドラマといえば、アメリカで1958年から1961年まで放送された「拳銃無宿」だろう。原題「WANTED Dead or Alive」とは、賞金稼ぎが手配犯を捕らえる際に生死を問わない、つまり、生け捕りでも、殺しても構わない、どちらでも懸賞金が支払われるという意味。先日他界したルトガー・ハウアー主演の『ウォンテッド』(87)の主人公は、「拳銃無宿」の主人公ジョッシュ・ランダルの孫という設定だった。そして、このジョッシュ・ランダルを演じて一躍スターになった俳優が、スティーヴ・マックィーンだった。

『大脱走』(63)や『ゲッタウェイ』(72)、『パピヨン』(73)や『タワーリング・インフェルノ』(74)などの大ヒット作に主演し、1980年に50歳の若さで急逝したスティーヴ・マックィーンは、『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド』にも、当時の大スターとして劇中に登場する。彼を演じるダミアン・ルイスは、外見がさほど似ていないにも関わらず、どんどんマックィーンに見えてくるという高度な役作りを施しているのが見どころのひとつ。「テレビの西部劇ドラマからスターになった」という点で、スティーヴ・マックィーンは代表的な存在なのだ。「拳銃無宿」に出演中の彼が出演した『荒野の七人』(60)は、黒澤明の『七人の侍』(54)を西部劇に置き換えて世界的な大ヒットとなった作品。主役であるユル・ブリンナーを嫉妬させるほどの存在感で、マックィーンがテレビスターから映画スターへと転身するきっかけとなった。

現在では、テレビドラマでスターになった俳優が映画の世界で活躍し、逆に映画スターがより自由な場を求めてテレビドラマに主演することは珍しいことではなくなった。しかし、映画の都・ハリウッドでは長らく、映画俳優/テレビ俳優/CM俳優の間に超えられない大きな壁が存在していたのである。それは、テレビ俳優が映画俳優になることがビジネス的に難しく、また、映画俳優がテレビ俳優になることは“都落ち”と揶揄されていたことにある(とはいえ、現在でもこのヒエラルキーは残っている)。“リック・ダルトン”が「映画俳優への脱皮を図れず」という点は、このヒエラルキーに由来するものだ。スティーヴ・マックィーンは映画スターへと華麗な転身を遂げたが、実は当時のクリント・イーストウッドは、まだ「映画俳優への脱皮を図れない」存在だった。ここで重要となるのが、<イタリア製西部劇>である。

<イタリア製西部劇>は、アメリカやイギリスで<スパゲティ・ウェスタン>と呼ばれているが、日本では『荒野の用心棒』(64)が公開された時に<マカロニ・ウェスタン>と命名されたという経緯がある。通説では「スパゲッティでは形状が弱々しい印象がある」と淀川長治がマカロニに変えた、あるいは、「映画評論家の南部僑一郎が発案した」と配給した東宝東和の元社員が証言するなど、諸説あるが、“まがいもの”として評価が低かった当時のイタリア製アクション映画に対する“中身がない”という揶揄を含んでいるものであることに異論は見当たらない。『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド』では、過去の名声にすがり、ドラマのゲストスター扱いに甘んじていた“リック・ダルトン”が、マカロニ・ウェスタンへの出演を依頼される。当時、ハリウッドのスターが出稼ぎに行くことは、つまり、“都落ち”を意味していた。

タイトルにはセルジオ・レオーネへの敬愛が込められている

ブラッド・ピットが演じるクリフ・ブースはリック・ダルトンに雇われたスタントマン兼付き人で、リックとのプライベートでの関係も良好

スティーヴ・マックィーンは早逝し、クリント・イーストウッドは今なお現役であることから、意外に思うかもしれないが、2人は同じ1930年の生まれ。また、マックィーン主演の「拳銃無宿」とイーストウッドが出演した「ローハイド」は、放送時期を比較しても判るように同時期に放送されていた番組だ。つまり、当時の感覚として、イーストウッドは「映画俳優への脱皮を図れない」存在だったのだ。そのイーストウッドがキャリアの停滞から脱するため、単身イタリアへと渡って出演したのが、セルジオ・レオーネ監督の『荒野の用心棒』、いわゆるマカロニ・ウェスタンだった。

結果的な話をすると、『荒野の用心棒』は世界的なヒットを記録し、マカロニ・ウェスタンは亜流と揶揄されつつも映画の一大ジャンルとなった。それゆえ『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド』というタイトルには、セルジオ・レオーネへの敬愛を感じさせる。そもそもクエンティン・タランティーノ監督は、マカロニ・ウェスタンへの偏愛を公言し、レオーネ作品で音楽を担当していたエンニオ・モリコーネの映画音楽を自身の作品へ頻繁に引用してきた。セルジオ・レオーネが監督した『ウエスタン』(68)の英語題は『Once Upon a Time in The West』、むかしむかし西部では…という意味がある(※2019年9月27日から『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ザ・ウェスト』のタイトルでリバイバル上映される)。さらにレオーネは、1984年に『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・アメリカ』(84)を監督していることからも判るように、タランティーノは「ワンス・アポン・ア・タイム〜」という言葉を継承しているのだ。

アメリカの西部劇とは異なり、マカロニ・ウェスタンの多くは復讐譚であるという共通点がある。クエンティン・タランティーノの監督作品も、例えば『キル・ビル』(03)や『イングロリアス・バスターズ』(09)がそうであるように、復讐譚を多く手がけている。このことも、タランティーノのマカロニ・ウェスタンへの偏愛を感じさせる点である。つまり、マカロニ・ウェスタンが存在しなければ、タランティーノの作風は生まれなかったかもしれないのだ。そして、マカロニ・ウェスタンの礎となった『荒野の用心棒』は、黒澤明の『用心棒』(61)を無許可で翻案した(これもまたイタリア製西部劇が当時“まがいもの”とされた由縁)作品であり、クリント・イーストウッドの出世作となったこと。さらに、黒澤明の『七人の侍』をリメイクした『荒野の七人』でスティーヴ・マックィーンがスターになったこと。つまりは黒澤明という人物を介して、今もなお作品の系譜を後進が継承し、映画に影響を与え続けているのである。そんな背景を知ることで、『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド』は、単に<シャロン・テート殺人事件>を題材にした作品だということではなく、当時のハリウッド裏事情を描いた映画としても楽しめるはずなのだ。


過去の連載はこちら

【参考資料】
『ファミリー シャロン・テート殺人事件(上・下)』エド・サンダース(草思社文庫)
『現代映画用語事典』(キネマ旬報社)
『外国映画テレビ読本』(朝日ソノラマ)
『海外ドラマ超大事典』(スティングレイ)
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