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人はどのように「暮らすように旅する」ようになったのか【ブックレビュー】
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  • 2018.04.30
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人はどのように「暮らすように旅する」ようになったのか【ブックレビュー】

神保慶政

映画監督

1986年生まれ。東京都出身。上智大学卒業後、秘境専門旅行会社に就職し、 主にチベット文化圏や南アジアを担当。 海外と日本を往復する生活を送った後、映画製作を学び、2013年からフリーランスの映画監督として活動を開始。大阪市からの助成をもとに監督した初長編「僕はもうすぐ十一歳になる。」は2014年に劇場公開され、国内主要都市や海外の映画祭でも好評を得る。また、この映画がきっかけで2014年度第55回日本映画監督協会新人賞にノミネートされる。2016年、第一子の誕生を機に福岡に転居。アジアに活動の幅を広げ、2017年に韓国・釜山でオール韓国語、韓国人スタッフ・キャストで短編『憧れ』を監督。 現在、福岡と出身地の東京二カ所を拠点に、台湾・香港、イラン・シンガポールとの合作長編を準備中。

http://y-jimbo.com/index.html

Airbnbがつくった新しい「旅」の形

2018年6月15日、住宅宿泊事業法(民泊新法)が施行される。個人宅の空き部屋に旅行者を泊める、いわゆる「民泊」の営業可能な日数や、求められる設備の基準などに関して定めた法律だ。

その民泊を世界的なムーブメントにまで押し上げたのが、リー・ギャラガー『Airbnb Story』(日経BP)に登場するAirbnb(エアビーアンドビー)だ。いまや日本でも民泊といえば何を指すか、おおよそ理解が行き渡っていると思うが、民泊自体は彼らが“発明”したビジネスではない。では、一体どんな要素が彼らを一躍有名にしたのか。

こほとんど話題にならないが、エアビーアンドビーの一番の特徴は、都市型だという点だ。それまで、ほとんどのホームレンタル会社は、別荘か、昔ながらの休暇地やリゾート地の物件しか扱っていなかった。(P19)

「暮らすように旅する」ことがAirbnbのコンセプトだ。旅におけるありとあらゆる非日常な時間は消費され尽くされ、まだ見ぬ世界はどんどん減っている。飛行機の中でさえWi-Fiがつながるようになり、「どのように旅を楽しむか」という今までは問題にならなかった根本的な行き詰まりが、世界中の旅行者の間で生じつつあった。そうした中で、旅の多様性に「革命」と呼んでも遜色ないブレークスルーを彼らは起こした。

これまで、筆者もAirbnbを幾度となく利用してきた。スコットランド・エディンバラでは、「attic」とカテゴライズされる部屋に泊まった。atticとは“屋根裏”という意味で、壁の一端が斜めになっており、そこに窓がついていた。壁が斜めであることを忘れて頭をぶつけたことや、「灰色の町」と呼ばれるエディンバラの景観をその窓から眺めて現地人の気分を味わったことはとても思い出深い。イングランド中部にある小さな村・ハワースでは、早く到着しすぎて家の外でホスト(Airbnbでは、家の提供者をホスト、宿泊者をゲストと呼ぶ)を待っていた。ホストが帰ってくるまでの間、いわゆる「お隣さん」が紅茶をごちそうしてくれて、思いがけなくイギリスの近所付き合いのような雰囲気を体験することができた。

3兆円企業Airbnbと、40ドルのシリアル

都市に暮らす自分の生活の延長線上にあるような時間として、旅のひと時を楽しむ。そうした体験を私ができるようになった礎は、3人の男たちの創意工夫によって作り上げられた。ブライアン・チェスキー(最高経営責任者)、ジョー・ゲビア(最高プロダクト責任者)、ネイサン・ブレチャージク(最高技術責任者)である。

前例のないスピードで3兆円企業をつくりあげた3人だが、どんな起業物語もそうであるように、彼らの試みも苦難の連続から始まった。チェスキーが、憧れのデザイナーに自分のアイデアをプレゼンした時のやりとりはこうだった。

チェスキーは自己紹介して例のコンセプトを語った。だが、そのデザイナーには全く響かなかった。「ブライアン」と彼は言った。「アイデアってまさか、それだけじゃないよね」。それはチェスキーがこれから何度も出会うことになる現実の壁との初めての遭遇だった(「すごくよく憶えてる。頭に焼き付いて離れないんだ」とチェスキーは言っていた。)(P37)

 

政治イベント期間中のホテル不足に目をつけた彼らは、Airbnbの前身となるエアベッド&ブレックファストをはじめた。ホストにエアマットのベッドを提供し、それを使って家の余ったスペースやリビングで寝てもらい、朝食も提供するというサービスだった。

朝食の利用者が少ないことに気付き、ある時オバマのイラスト入り特製シリアルを作り、それを売ってみたところ注目を集めて宿泊料以上の売上をあげてしまった。人生というのはわからないもので、後にシリコンバレーの起業家養成スクール・Yコンビネーターの創業者がチェスキーたちを認めたポイントは、このシリアルの一件だった。

「4ドルのシリアルを40ドルで売れるなら、他人のベッドで寝るようにみんなを説得できるだろうと思ったんだ、たぶんね」(P59)

 

リーダーはコンセンサスに頼ってはいけない

多くのことを目の前にした時に、何を目的として、どんな優先順位で物事に取り組んで行くかを決め、チャンスを確実にものにしていくことはリーダーに求められる才能だ。会社が急成長を遂げ、大きくなっていくにつれて、チェスキーに求められる決断は複雑・多様になっていった。

そして、2011年。Airbnbに前例のない困難が訪れた。サンフランシスコでゲストが家の中を破壊し、かつ盗みを働いたのだ。ゲストは、その辛い胸中をブログに綴り、「ホテルに泊まることを勧める」という一言で締めくくった。この一件に対する対応を巡って、まわりのアドバイザーたちがそれぞれ全く違う意見を示す中、24時間のホットラインを開設し顧客サポートを倍増するという決断をチェスキーはした。

「危機のときコンセンサスで決めると、中途半端な決定になる。それはたいてい最悪の決断だ。危機のときには、右か左かに決めるべきなんだ」

それ以来、考え方をひとつ上のレベルに持っていくことを、「ゼロをひとつ加える」と呼ぶようになった。(P103)

 

急成長を遂げている中で、自治体・政府などとも関わりながら、先のことまで見据えた決断をする。その至難の業をやってのけているチェスキーの脳内は、ふつうの人とは違った時間が流れているらしい。著者がチェスキーに本書の出版の話をもちかけた時のリアクションは、そのことをよく示している。

「問題はね」とチェスキーは切り出した。出版の件を真剣に考えてくれていたのは明らかだ。「本に残るのが、たまたまその瞬間のこの会社を切り取った姿だけってことなんだ」(P7)

 

偶然を必然に変える力

偶然と必然はどのように異なるのか。禅問答のようだが、 “Chance favors the prepared mind.”(チャンスは準備された心に降り立つ)という、細菌学者ルイ・パスツールの名言が示す通り、偶然が訪れる前の積み重ねがなければ、偶然とは別の状態でその機会は通り過ぎていってしまう。チェスキーらAirbnbの創業者たちは、偶然をはるかに凌ぐスピードで走り続けてきた。

その結果、2008年8月の創業から約10年で3兆円企業に成長したAirbnb。もちろん、その物語はこれからも続いていく。彼らの物語が今までどのように紡がれてきたかは、弛まなく続く選択の連続を課してくる人生を切り開いていく術が詰まっている。そんな本書は、宿泊業・起業を考えている人以外にも多くの気付きをもたらしてくれるはずだ。また、民泊新法が施行されるという宿泊業界の変遷期をより深く理解するという意味でも、ぜひチェックしていただきたい一冊だ。

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