CULTURE | 2019/06/28

辻希美が炎上して気付いたインターネットの画期性「アンチも客になる」【連載】中川淳一郎の令和ネット漂流記(1)

トップ画像デザイン:大嶋二郎
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中川淳一郎
ウェブ編集者、PRプランナー
1997年に博報堂...

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中川淳一郎

ウェブ編集者、PRプランナー

1997年に博報堂に入社し、CC局(コーポレートコミュニケーション局=現PR戦略局)に配属され企業のPR業務を担当。2001年に退社した後、無職、フリーライターや『TV Bros.』のフリー編集者、企業のPR業務下請け業などを経てウェブ編集者に。『NEWSポストセブン』などをはじめ、さまざまなネットニュースサイトの編集に携わる。著書に『ウェブはバカと暇人のもの』(光文社新書)、『ネットのバカ』(新潮新書)など。

昭和にはなかった平成と令和の風物詩といえば、ネット炎上である。そのほとんどはどうしようもないもので、意味もなく単に暇人の一瞬のムカつき感情を大勢で一瞬にして爆発させ、その当事者を数日間奈落の底に突き落とす。組織の場合であれば、会議に次ぐ会議を行い、対応を検討。推敲に推敲を重ねた公式文書を発信してもそこに粗をみつけ、再び炎上させる。ほとんどの場合、炎上させる側の人生とはさほど関係がないことが多いのだが、公の場に我が貴重な御意見様を書くことができるようになった無辜の民は自身の意見が世直しになるとでも思っているのか、単に誰かを叩くのが趣味かのごとく、日々炎上案件を見つけてはその祭りに参加している。

日々発生する炎上は、まさにその瞬間、ないしは数日間の娯楽として消費されるものの、当事者にとっては深い傷を残すこともある。

これまで、無数の炎上騒動が発生したが、これらの歴史を一つ一つまとめて振り返るのは、その時代の人間の性を示すことになるのではないか――。そんなところから当連載は開始したが、初回で紹介したいのは辻希美である。厳密にいうと彼女は「炎上」はしていないが、「炎上文脈」で取り上げられることが多いので、その実態が何かをここでは報告する。

ブログに押し寄せた誹謗中傷の嵐に心を痛める日々

2009年春、アメーバブログでブログを開始した辻は、当初は楽しそうにブログを更新していたものの、途中から弱音を吐くようになったという。辻に近しい関係者と会うとそんな話をしていた。具体的には、ブログを「ヲチ」(ウオッチ)する人間が大勢いて、2ちゃんねる(現・5ちゃんねる)に、悪口を散々書いているのを発見し、心を痛めてしまったというのだ。当時のアメブロは今ほどコメントのチェック機能は確立されておらず、「縦読み」で悪口を書くとそれが反映されるなどしていた。

「私の毎日を積極的に書くよ! ファンのみんな、楽しみにしていてね!」――辻はモーニング娘。時代にファンに接するかのように振る舞っていた。いや、当時は芸能人としての姿を見せるだけだったが、プライベートな姿を見せるだけに一歩踏み込んだ接し方といえよう。

しかし、結果は日々押し寄せる誹謗中傷の嵐。途中からコメント欄はなくし、ヘッダーに使っていた辻の顔写真が消え、イラストになったりもした。前述の関係者は「辻ちゃんがネットの書き込みに心を痛めているようです」とも言っていた。今でこそアメブロの「殿堂入り」の辻だが、当時はイヤになってやめてしまうのでは……といった危惧もあった。

「やたらと料理にウインナーを使う」どうでもいいことで炎上し続ける

なら、一体辻はなぜ日々炎上していたのか。

どうでもいい話である。そのうちの一つが、「やたらと料理にウインナーを使う」というものがあった。お弁当には切ったウインナーの断面が大量に上を向いており、朝食にご飯、味噌汁、焼き鮭、納豆とあり、「いいですねぇ、日本の朝食。でも、もう少し野菜も欲しいですね。ほうれん草のおひたしなんてどうですか?」なんて思っていたらそこに目玉焼きが加わる。おいおい、これはいらねーだろ、と思ったら、さらにウインナーまで登場する。

さらには、おせち料理があるにも関わらず、ぶっ太いウインナー(しかも丁寧に切れ目入り)を焼いたものがあったり、ハンバーグの付け合わせに大量のウインナーを乗せ、海苔巻にもウインナー。極め付けは流しそうめんにウインナーを入れたことだ。

確かに流しそうめんにウインナーを入れるセンスについては承服しかねるものの、現在辻とその娘の希空ちゃんは立派に料理をしている。あくまでもウインナーが好きで好きでたまらないのだろう。他人の家の食生活などどうでもいいのに、ネット民は徹底的に辻をボコボコに叩く。

炎上というものは、「明らかに自分が悪かった」ということから発生するだけでなく、こうしたどうでもいいことからでも発生する。同様の件でいえば蓮舫参議院議員が、サンマの塩焼きをツイッターに公開した時も炎上した。サンマの頭が右側を向いていたのである。すると「焼き魚の頭は左だろボケ」「おめぇは外国から来たからわかんねぇんだろ」などの罵倒が寄せられた。同氏は“事業仕分け”の際の「2位じゃダメなんですか?」発言が有名だが、オリンピック等で日本人選手が金メダルを獲得するとツイッターには「1位じゃダメなんですか?」的なメンションが送られる。自分は悪くなくても、アンチが存在する限り、「炎上風」な状態は常に発生してしまうのだ。

話は辻に戻るが、その後も彼女はどうでもいいことでバッシングをされ続けた。後藤真希の母親の葬儀に参加した時、喪服のスカートが短すぎたり、黒いリボンをつけていたことは非常識だとされた。息子が新幹線の席であぐらをかいていたら「行儀が悪い」と叩かれた。さらには、辻一家がグリーン車に乗っていたことから「子供にグリーン車は贅沢過ぎる」という批判もあった。息子が寿司を手でつまむ姿が汚い、といった批判もある。

今でも毎日のように彼女に対する誹謗中傷はネットに書かれ続けているが、今や辻は蛙の面に小便とばかりに、嬉々として日本最強クラスのブロガーとして一日に複数回更新し、その日常を綴るとともに、仕事の告知もしている。

辻希美が築いたアンチとのWin-Winの関係

ある時を境に辻はいちいちネットの誹謗中傷を気にすることなくブログをイキイキと更新し始めた。もしかしたら「私がウインナーをブログに出せばみんな反応してくれて、アクセスも増えるし、これってWin-Winの関係なんじゃない♪」なんて思ったのかもしれない。以後の快進撃は今も続いている。辻のブログは、仰天するほどのPVがある。これは当然お金に直結するだけに、辻は途中から「私を叩きたい人って実は私のお客さんなんじゃないの♪」ということに気付いたのかもしれない。

インターネットの画期性というものは、「アンチも客になる」ということである。これまでのメディアの場合、基本的にはファンしか見ないし購入しなかった。「赤文字系」や「青文字系」などの言葉がある女性誌などその最たるものである。私もかつて雑誌『テレビブロス』の編集をしていたが、『テレビガイド』や『ザ・テレビジョン』など、「王道」的テレビ誌が苦手なサブカルな人々が読者だった。だからこそ、ジャニーズの悪口は書くし、テレビとはまったく関係のない特集を作りまくっていた。もしもジャニーズのファンが読んだら抗議の電話でも来るだろうが、あくまでもテレビブロスの編集方針が好きな人が買ってくれているのだから、抗議はそれ程来ない。つまり、アンチは買ってくれないし、客ではないのだ。

だが、ネットはアンチが「叩く材料探し」のためにサイトを訪問する。これはカネに直結するのである! ある時から辻はその法則を利用するかのように、イキイキと炎上上等で日常を赤裸々に発信し、子供たちを次々と産み、その成長過程を記す。アンチ辻の下級国民がやっかみをもって叩き続けるも、辻は豪邸への引っ越しを報告し、子供用の豪華プールを購入したことを報告する。

もはやネット界の最強的存在として君臨する辻だが、夫・杉浦太陽の存在もその戦闘力強化に大いに寄与している。結婚当初こそ「ままごと」扱いをされたりもしたのだが、2人して立派に仕事をこなし、子育てをする。まさに当代最強の「イクメン」の杉浦がアメブロでも最強クラスのブロガーとして存在しているのだ。杉浦自身の好感度も高く、夫婦揃って稼ぎまくっている。

そんな地位を2人して確立してきたが、そこに追い打ちをかけるかのように「もうダメ、アンタには負けたよ」とアンチに思わせたのが昨年12月の第4子誕生である。この頃になると少子化問題に悩む日本としては、この夫妻をホメるしかなくなっただろう。

辻がブログを開始してから10年。ここまで見事なまでにファンとアンチ両方を満足させ、しかも彼らを使ってカネを収集する存在になろうとは……。まだまだ第5子誕生もあり得るし、さらには子供たちが日々成長するものだからブログのネタはまるで困らない。希空ちゃんなど、パン作りの名人に成長した。

かくして幸せオーラ満開の辻に対し、アンチは杉浦が実は不倫をしていたり、子供たちがグレることを期待するしかなくなった。そうした日が到来することを夢見ながら、今日もアンチは辻のブログを見てYouTubeのチャンネルを訪れ広告費発生に貢献し続けている。


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