LIFE STYLE | 2023/12/28

「個人」と「多様性」の時代に、 価値観が違う人たちと共に生きていくヒントが詰まった 2023年の3冊

文:岡田基生

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代官山 蔦屋書店にてコンシェルジュを務める岡田基生が、日々の仕事や生活に「使える」書籍を紹介する連載「READ FOR WORK & STYLE」。丸1年にわたってさまざまな書籍や書店の「使い方」などを紹介いただきましたが、連載は今回で最終回。連載の中で紹介してきた書籍を振り返りながら、2023年を総括する3冊をご紹介いただきます。

岡田基生(おかだ・もとき)

代官山 蔦屋書店 人文コンシェルジュ。修士(哲学)

1992年生まれ、神奈川県出身。ドイツ留学を経て、上智大学大学院哲学研究科博士前期課程修了。IT企業、同店デザインフロア担当を経て、現職。哲学、デザイン、ワークスタイルなどの領域を行き来 して「リベラルアーツが活きる生活」を提案。寄稿に「物語を作り、物語を生きる」『共創のためのコラボレーション』(東京大学 共生のための国際哲学研究センター)、「イーハトーヴ――未完のプロジェクト」『アンソロジストvol.5』(田畑書店)など。Twitter: @_motoki_okada

2023年はどんな年だったでしょうか。やはり印象的なのは、新型コロナ蔓延防止のための行動制限が解かれ、これまでストップしていた人や物が動き出したことです。コロナ禍は、多くの方にとって、自分と向き合う期間になったと思います。あらためて人生で何を重視するのか?どんなキャリアを歩みたいのか?コロナが終わった後は、売り手市場の中で転職活動を行う人や、地方への移住のような大きな人生の方向転換を行う人も増えました。その変化は、佐宗邦威さんの『じぶん時間を生きる TRANSITION』(あさま社)の中では、「他人時間からじぶん時間への移行」と捉えられていました

「個人の時代」という時代観は、すでにコロナ以前からなされていましたが、コロナ禍の中で個人の価値観に焦点が当てられる中で、またSNSやZoomなどを介したオンラインコミュニケーションが一層活性化し、社会に対する個人の独立性が高まっているように感じます。

また、今年は生成系AIが幅広い層から注目を集めた時期であり、孫泰蔵さん(著)、あけたらしろめさん(絵)の『冒険の書 AI時代のアンラーニング』(日経BP)がベストセラーになったように、「テスト」や「資格」のようにこれまで役に立ったものがもはや有効性を失うことで、これまでの考え方に対するアンラーニング(学びほぐし)を行う必要が実感されつつあります。そんな中で、ライフスタイルやワークスタイルを問い直すことは、社会や会社になんとなく従っていればできることではありません。個人としてどう動くのかが問われています。

このように「個人の独立性」が注目される時代ですが、社会の中で活動している以上、他の個人と関わっていく必要がなくなったわけではありません。むしろ、これまでは比較的近い場所、同じような価値観、同じようなキャリアの人と関わることが多い傾向がありましたが、今は「多様化」、つまり社会や企業の制度、慣習よりも個人の在り方や権利を重視すべきである、という時流が加速しました。つまりこれまで以上に多様なバックグラウンドを持つ個人同士の繋がりを作り、維持していく必要があるのです。そんな時代に、他の人たちとどのように関わっていくのか?どうすれば共存共栄しながら生きていけるのか?今年発売された注目の書籍の中から、このテーマを考えるヒントとなる3冊をご紹介します。

「聴く」と「聞く」の違いを知る

櫻井将『まず、ちゃんと聴く。 コミュニケーションの質が変わる「聴く」と「伝える」の黄金比 』(日本能率協会マネジメントセンター)

かつて終身雇用を前提とした人事制度が基本だった時代には、会社には同じようなキャリア、同じような価値観の人が多く、コミュニケーションについて深く考えなくても問題なく回る傾向がありました。しかし、今は多様化が進んでおり、とりわけマネージャー層には、それぞれの個人がどんな価値観を持ち、何を感じ、考えているのかを、聴く力が求められるようになってきています。さらに、マネージャー層に関わらず、個人の多様化の時代では、同僚との関係、顧客との関係、家族との関係など、さまざまな場面で聴く力の重要性が増しています。

本書は、そんな時代の羅針盤となる一冊です。「聴く」の重要性はこれまでも多くの書籍で語られてきましたが、本書は類書の中でも異彩を放っています。

まず魅力的なのは、「聞く」と「聴く」の違いを明確に整理してくれているところでしょう。「聞く」とは「with ジャッジメント」(自分の評価、分析、判断が入る仕方)で耳を傾けること、それに対して「聴く」は「without ジャッジメント」(自分の評価、分析、判断が入っていない仕方で)耳を傾けることです。

例えば「やっぱり子どもには小さな頃から英語を学ばせるべきですよね!」という人に対して、「そうですよね、私もそう思います or そうですかね、私はそうは思いませんが」と同意か反対を示すのが「聞く」。それに対して、「そういうお考えなんですね。そう思った背景を教えてください」と相手の話を相手の視点から解釈しようとするのが「聴く」です。

両者の違いに関しては、わかりやすい具体例を使って解説されているので、ぜひ本書をお読みいただきたいですが、特に私が目から鱗が落ちるように感じたのは、「聞く」の関心は「相手(もしくは、自分の関心事)」で、「聴く」の関心は「相手の関心事」だという整理です。私も「聴きたい」と思い、相手に興味を持ち、いろいろと質問を重ねるのですが、それでは「聞く」になっていたことに気が付きました。本書ではこうした「聴こうと思っていても聴けない」という悩みを解決してくれます。

相手に興味を持っているときの「聞く」では「この人はどんな人なのだろう?」「なんでこういうふうに考えるのだろう?」という自分視点で相手を分析しています。それに対して「聴く」では、「何が見えているのだろう?」「何を感じているのだろう?」とどこまでも相手の視点で相手の関心事に寄り添い、相手自身もまだ気づいていないことすらも一緒に探究していけるのです。ですから、関心を持つべきは「相手」ではなく「相手の関心事」だということです

代官山 蔦屋書店で本書の刊行記念イベントを行ったとき、著者でエール株式会社 代表取締役の櫻井将さんに、参加者の方のお話を聴く公開セッションというコーナーを行っていただきました。参加者の方が「今年の一年を振り返る」というテーマでお話されるのを、姿勢、表情、しぐさ、声の大きな・速さ・明るさなどを自在に変える非言語的なスキルと、さまざまな相槌や問いかけなどを使い分ける言語的なスキルを活用されて、短い時間で話される参加者本人も自覚できていなかった感覚や感情まで出てくるような場が生まれました。

このような深さをもった「聴く」は、スキルだけでできることではありません。本書ではスキルの前に「あり方」が重要であることが繰り返し強調されています。その「あり方」とは、すべての言動の背景には「肯定的意図」があると信じて目の前の人に関わることです。たとえば攻撃的な行動の背後には相手を「保護」しなければという考えがあるとか、わざと恐怖で管理しようとするのは「安全」のためを思ってなど、その人なりに物事をポジティブな方向に持っていこうという考えや意図=「肯定的意図」がある前提に一度立ってみる、というのです。

この「あり方」に関する話で特に印象的なのは、相手の話を聴くというテーマにもかかわらず、まず目を向けるべきは自分自身だということです。

たとえば自分の中に「ダイエットをしたい自分」と「お菓子を食べたい自分」という表面的には対立する自分がいます。しかしどちらかを悪者にするのではなく、どらちも「自分を幸せにしたい」という肯定的意図を持つ自分として扱うことが重要なのです。このように自分の中にいる複数の自分の肯定的意図を扱えるようになると、誰かの話を聴くときにも、相手の中には複数の人格があるものとして関われるようになるといいます。

これは以前ご紹介した舘野泰一さんと安斎勇樹さんによる共著『パラドックス思考 矛盾に満ちた世界で最適な問題解決をはかる』(ダイヤモンド社)で扱われている「感情パラドックス」ともつながる話です。両者を合わせて読むと、さらに人間の心理に対する解像度が上がります。

まず、自分自身と向き合うことが、他の人と深く関わるための一見遠回りに見えるようで近道なのです。

ここでは「聴く」に焦点を当てましたが、本書は「聴く」を万能視しているわけではありません。本書のサブタイトル『コミュニケーションの質が変わる「聴く」と「伝える」の黄金比』 にも示されているように「聴く」と「伝える(聞く)」の両立がテーマとなっています。この二つが合わさることによって、仕事の場で、家庭の場、さまざまな場面でも、相手の悩みを解決する、さらに、相手の問題のある行動を改善することができるようになります。

実は商人=ビジネスとも馴染みの深い仏教の世界

松波龍源(著)、野村高文(編集)『ビジネスシーンを生き抜くための仏教思考』(イースト・プレス)

『まず、ちゃんと聴く』の中に、自分自身の心に向き合うことで、他の人との関係も変わるという話がありましたが、そのようなプロセスに数千年以上前から注目し、この世界から苦しみを取り除くことを実現するために発展してきた思想があります。仏教です。

現代の日本では仏教というと「寺」「お坊さん」「葬式」といったイメージはあるものの、馴染みがあるようで「仏教」それ自体が実際どういうものなのかピンと来ないという方も少なくないと思います。

本書は、現代社会を理解し、さらにその問題を解決するための、いわば「フレームワーク」として、仏教を捉え直して提示するもので、仏教のイメージが大きく変わる、とても刺激的な一冊です。

著者の松波龍源さんは、ユニークな経歴の人物です。龍源さんは、学生時代に武道と仏教に出会い、生涯の道とすることを決意されました。その後、武術の道を深めるため単身中国・北京に渡り、5年間の武術修行をされています。帰国後に縁を得て真言宗の僧侶となり、同時にミャンマーやチベットなどの高僧(※位の高い僧)にも師事します。さらに山岳修行、霊地巡礼などの修行を積み、現代に合った修行のかたちを探られています。今は京都に「実験寺院 寳幢寺(ほうどうじ)」というお寺を展開し、現代社会に仏教を社会実装することを目指して活動されています。

新たな仏教の可能性を実験し続ける龍源さんの下には、全国から訪問者が絶えず、新たな社会のかたち、新たな経済のかたちを探る人々から大きな注目を集めています。私自身、今月「実験寺院 寳幢寺」を訪れるために京都に赴き、龍源さんのお話を伺ってきました。主に経営や組織に関わる方々と一緒に龍源さんを囲み、「仏教の考え方にもとづいた企業がありえるとしたら、どんなかたちになるのか?」「仏教での幸福の捉え方とは?」など、さまざまな質問に答えていただきました。私は大学院まで大乗仏教を背景に独自の哲学を構築した京都学派の研究をしていたこともあり、仏教に関する一定の知識がありましたが、とても刺激を受けました。龍源さんは全く新しい独自の考えを語られているわけではなく、「空(くう)」や「唯識(ゆいしき)」など仏教の基本的な考えをもとに語られているのですが、その理解の鋭さ、説明のわかりやすさ、そして、それを活用して今の社会にどう実装するかを考える応用力が、尋常ではありません。

本書には、そんな龍源さんが捉え直した仏教がどんなものなのか、コンパクトにまとまっています。3部構成で、第1部では、「VUCAの時代」「ポスト資本主義」「Web3・0」など現代社会の事象を仏教で読み解き、第2部では「一切皆苦」「因果・縁起」などの仏教の基本的な考え方を論理的に納得できるように解説します。そして第3部では、西洋の考え方との比較や、仏教の中での宗派の違いなどについて明快に解説しています。「空」はポジティブに生きるためのライフハック、といった調子で、今の時代に即した語り口なので、仏教のリアリティが伝わってきます。

特に印象的なのは、「古代インドで仏教を支持したのは主に商人だった」という話です。当時の商人は国境を超えて異民族とも出会いながら商売をしていたため、生まれ故郷の神様に心を寄せるよりも、場所や状況に左右されない、大きく普遍的な真理を求めたといいます。テクノロジーが進歩し、人の流動性が活発になった時代に生きる私たちには多様な価値観や背景や持つ人たちと関わっていくことが求められますが、この状況は古代インドの商人に近いのです。

さらに、龍源さんによれば、そのような仏教の示す普遍的な真理は、簡潔に言えば「すべてのものはネットワークである」というあり方です。それは、近江商人の「三方よし」のように、商品や金銭を通じて、客や商品の作り手が互いにつながり合う共同体だと考える商人の発想と親和性があります。つまり、仏教は、多様な個人が共に生きる時代に合った考え方なのであり、どのように共に生きるのか、そのヒントを与えてくれる思想なのです。

「すぐにわからないこと」の楽しみ方を学ぶ

伊藤潤一郎『「誰でもよいあなた」へ 投壜通信』講談社

現代社会で生きる人々の生き方や心のあり方に、「スマートフォン」以上に大きな影響を及ぼしているものは少ないかもしれません。ふと電車で自分が見ているスマホから目を上げると、車内のほとんどの人がスマホを見ていることに驚かされます。ウェブサイトやアプリのおかげで、移動中もニュース、教養、物語、大量のコンテンツに気軽に触れることができます。また、SNSによって、これまでは直接会ったり、一対一で文通したりしなければ知らなかった他の人の生活の風景や考えに日常的に触れたり、一度会ったきりの人やまだ会ったことのない人ともゆるくつながって生きています。

大量の情報が溢れ、数えきれないほどの人たちとゆるくつながっている、このような状況は、私たちを幸せにしているのでしょうか。大量の情報と関わると、自ずと自分に必要なものを取り出すためにすばやくチェックするという態度になっていき、極端な場合には映画のような娯楽や芸術の領域のコンテンツに対しても倍速視聴をする人々も現れています。レジーさんの『ファスト教養』(集英社新書)で扱われている、わかりやすく摂取でき、すぐに使える教養を求める姿勢も、こういう大きな変化の流れの中で捉えることもできるでしょう。

私自身、この連載で「使える」ことを重視してきました。しかし私たちが言葉や文化と関わるとき、その態度だけでよいのでしょうか。

本書は、そんな今の文化の状況に何らかの違和感を持つ方にぜひ読んでいただきたい一冊です。すぐにわからないが、長い時間をかけて、自分なりの方法で理解できる、そんな言葉の受け取り方がテーマになっています。

鍵となるモチーフは「投壜(とうびん)通信」。難破しかけた船から壜に手紙を入れて海に投げ込み、それが砂浜に打ち上げられ、誰かがそれを拾い上げる、という一連のプロセスのことです。投げ込んだ人は拾った人のことを知らないにもかかわらず、壜を拾った人はその手紙がほかならない自分に呼びかけていると感じます。この経験は波打ち際を歩かなくても起こり得るもので、詩や小説を読んだときに、それが「まさに自分に宛てられている」と感じたら、その言葉は「私宛ての投壜通信」なのです。本書のタイトル『「誰でもよいあなた」へ』という謎めいた言葉は、誰かは知り得ないが、どこかにいるあなたという個人に宛てるという関係性を表しています。

「投壜通信」は、長い月日をかけて海の中を漂い、開封されるものであり、「発酵」のモチーフとも重なり合い、最初は理解できないが、長い時間をかけて自分の中で熟成し、ふと「こういうことだったのか」と発見が生じるというプロセスも、「投壜通信」として捉えられています。

著者の伊藤潤一郎さんはフランス哲学を研究する哲学者であり、ご自身の経験にもとづいて、哲学や文学の言葉に導かれながら、書き手、読み手、それぞれの視点からコミュニケーションについて語ります。書き手の視点では、「近い距離感で相手がはっきりとしており、わかりやすい言葉」ではなく、「誰かはわからないあなたに呼びかける言葉」について、読み手の側では「一見わからないもの、すぐには消化できない言葉」との向き合い方について、詩的でやわらかい文体で綴っています。

すぐにわからないことの中にある豊かさ、時間をかけて理解を超えて生じるプロセスの中にある創造性、そして、数百年前の人の文章に深く揺さぶられるような「言葉を介したコミュニケーション」の楽しさを感じられる一冊です。

効率や有用性を重視する生活を送る中でも、それと異なるものに向かうモードを持つことは、きっとできるはずです。

悩み、トレンド、好奇心…本は必ず答えてくれる

AI時代に読むべき本、書店での本の選び方、書店を活用した思考法、哲学書とビジネス書を一緒に読む読書術など、直球から変化球まで、さまざまな「本の使い方」をご紹介してきました。時代感、そして、代官山 蔦屋書店でのトレンドもあり、全体として「遊び」「冒険」「発酵」など、新しいアイデアやビジョンを生み出すための本が多かった印象があります。仕事に役立つ本は、ビジネス書だけではありません。考え方次第では人文書も健康本も小説も、新しい気づきを与えてくれます。一年間ありがとうございました! 


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