ITEM | 2023/07/28

代官山 蔦屋書店コンシェルジュが厳選する、2023年上半期ベスト3選。キーワードは「AI」そして「ドーパミン」!?

代官山 蔦屋書店にてコンシェルジュを務める岡田基生が、日々の仕事や生活に「使える」書籍を紹介する連載「READ FOR ...

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代官山 蔦屋書店にてコンシェルジュを務める岡田基生が、日々の仕事や生活に「使える」書籍を紹介する連載「READ FOR WORK & STYLE」。今回は、2023年上半期に人気を博した書籍の中から、これからの「AI時代」を豊かに暮らすための書籍を3冊ピックアップいただきました。

【連載】READ FOR WORK&STYLE(8)

岡田基生(おかだ・もとき)

代官山 蔦屋書店 人文コンシェルジュ。修士(哲学)

1992年生まれ、神奈川県出身。ドイツ留学を経て、上智大学大学院哲学研究科博士前期課程修了。IT企業、同店デザインフロア担当を経て、現職。哲学、デザイン、ワークスタイルなどの領域を行き来して「リベラルアーツが活きる生活」を提案。寄稿に「物語を作り、物語を生きる」『共創のためのコラボレーション』(東京大学 共生のための国際哲学研究センター)、「イーハトーヴ――未完のプロジェクト」『アンソロジストvol.5』(田畑書店)など。
Twitter: @_motoki_okada

期待値の高い書籍の刊行ラッシュが巻き起こったこの上半期。その中でも今回ご紹介する3冊は、特に深い印象を刻みました。というのも、まさしく新しい時代の世界観や価値観を体現するラインナップだからです。選定基準は、「従来型の経済成長モデルが立ち行かなくなっているなか、どうしたら楽しく豊かなライフスタイルを送ることができるか」という問いへの応答。そこでキーワードになったのは、「遊び」「アンラーン」「ドーパミン」でした。

ドーパミンの影響下を抜け、「じぶん時間」に向き合う一冊

2023年5月8日、新型コロナウイルス感染症は5類感染症に移行しました。マスクを外す人が増え、街は以前の賑わいを取り戻しつつあります。パンデミックが始まった2020年の春からの3年間、リモートワークが一般化するなど、働く環境やワークスタイルが大きく変化したことにより、家で過ごす時間が増え、自分自身と向き合う機会となりました。そのなかで生まれたものは何だったのでしょうか。

佐宗邦威『じぶん時間を生きる TRANSITION』(あさま社)

本書の著者は、ロングセラー『直感と論理をつなぐ思考法』(ダイヤモンド社)で知られる戦略デザインファームBIOTOPEの代表・佐宗邦威さん。軽井沢町への移住をきっかけに体験した「生き方についての価値観の変化」を、同じく移住をした人たちのインタビューを参考にしながら言葉にしたものです。

なお、著者が移住を行っているからといって、これは「移住礼賛本」ではありません。移住はあくまでひとつのきっかけ、選択肢であって、新たな価値観にもとづいたライフスタイルは移住しなくても実現できるといいます。

「移住」という経験は、著者の心に「時間の感じ方」を変えるようなシフトを巻き起こしました。それ以前の都市での暮らしには、生産性を上げて時間を節約しようとすればするほど、かえって忙しくなり「時間がなくなる」という矛盾がありました。

著者は、このような生産性の追求が息苦しさを生んでしまうのは、「他人に支配された時間」を生きているからだといいます。けれども、今、コロナ禍をきっかけに社会の中で「自分の時間」を求める姿勢が広まるようになりました。「他人時間からじぶん時間へのシフト」という価値観の変化が生じているのです。

本書の魅力的な点は、このシフトのプロセスを、著者自身の実体験に基づいて、学問やビジネスの知見を参照しつつ、現代のライフスタイルの問題として掘り下げているところです。さらには、どうすればシフトしていけるのか、という具体的なメソッドが構築されています。この分析と実践法の流れに、一線で活躍する戦略デザイナーならではの力量が遺憾なく発揮されています。

「じぶん時間」へとシフトしていくためのメソッドでは、読者の状況に応じて実行可能な方法がレベル別に提示されています。数年単位で現在の自分を棚卸ししながら将来的な理想像を目指していくものから「5分でできるじぶん時間のコツ」のように今すぐ実行できるものなど、生活への取り入れかたはさまざまです。

ハッとさせられたのは、情報に囲まれた都市圏で生活していると、人は常に「ドーパミンの影響下にある」という指摘です。「快楽物質」とも呼ばれるドーパミンは、期待感から生まれる神経伝達物質のことで、「何か面白いことがありそうだ」という期待が生じたときなどに放出されると言われています。SNSやネットニュースを見続けてしまうのも、この物質の影響です。都市にいると、街中にいても、仕事をしていても、ドーパミンの影響下に置かれ続けてしまう傾向となり、またドーパミンが支配権を握ると、心のバランスを整えてくれる神経伝達物質であるセロトニンが放出されにくくなると著者は指摘します。

この指摘は、私自身にとっても大きな学びでした。この連載では、たびたび新たなワークスタイルを示すキーワードとして「遊び」「冒険」「探究」といった“ワクワクする”要素を中心的に扱ってきましたが、これらだけを追求してしまうと、著者が警鐘を鳴らすドーパミン過多のライフスタイルになりかねません。このドーパミンとセロトニンのバランスをとるにはどうするべきでしょうか?

そのヒントは、コロナ禍で広まった新習慣にあります。「家族や近所とつながる」「自然と親しむ」……つい蔑ろにされてしまうこのような習慣が、オキシトシン(愛着にかかわるホルモン)やセロトニンを分泌すると著者は指摘します。興奮物質であるドーパミンについても、より主体的な活動による分泌が推奨されています。「何かを生み出す(家庭菜園、DIY、料理など)」、「自己を表現する(オンラインイベント開催、YouTube配信など)」活動などです。つまり、ドーパミン過多にならず、セロトニンやオキシトシンとのバランスを保つ生活の条件は「じぶん時間へのシフト」にあるのです。

AI時代に求められる「学び」を知る

2023年上半期、生成AIが大きく話題となりました。とりわけChatGPTのようなチャットAIは一般のビジネスパーソンでもすぐに仕事に活用できるため、広い注目を集めました。

先ほどご紹介した『じぶん時間を生きる』では、「シンプルな思考がAIにとってかわられるなかで、人間が鍛えるべき能力は何か」という問いも扱われています。それに対する答えは、「自分の心身で感じ、自分の好きに忠実に遊び、やりたいことをイメージして、そのワクワクすることをやろうと自己決定する力」というものです。つまり、「AIは遊び相手だ」ということになります。

これからの仕事では、「プロンプトエンジニアリング」などのAIを活用するスキルを学ぶことも重要です。しかし、同時に大切なのは、「自分は何をやりたいのか」を思い描く力です。同書では、副業が一般的になる社会では「やりたいこと格差」が生じるようになる、とも語っています。

今の社会を見渡したとき、ワクワクしながら「やりたいこと」に取り組んでいるビジネスパーソンが多数派でしょうか。イエスとは答えづらい社会になっている理由はいくつかありますが、特に「従来型の学校教育」が原因として挙げられるでしょう。正解が決まっている問題の解き方を学び、テストで習熟度を測る「学び」。そこから、「やりたいこと」が出てくるでしょうか。

孫 泰蔵 著、あけたらしろめ 挿絵『冒険の書 AI時代のアンラーニング』(日経BP)

ここで改めてご紹介したいのが、以前当連載でも紹介した、連続起業家の孫 泰蔵さんの『冒険の書』です。「AI時代の学び」とは? 最先端のAIに触れれば触れるほど、学校教育の意義がどんどん失われてしまうように感じた、と著者は言います。知識の蓄積や論理的思考の領域では、いずれAIが人間を越えることが予想されるからです。そもそも、子どもの頃から、「こんなつまんない勉強をして、いったいなんの意味があるんだろう?」と思っていた著者は、「どうして学校の勉強はつまらないのだろう?」という疑問から探究をスタートさせます。

著者はさまざまな過去の本を紐解きながら歴史を遡り、学校という仕組みがどのように誕生し、何を目指してきたかを探ります。ここで、「能力」「テスト」「実力主義」といった、今の社会では当たり前だと思われている発想が流通していった経緯や、その具体的な問題点を明らかにしていきます。そこでたどり着くのが、「どんな学びの在り方が望ましいのか」というクエスチョンです。

この問いを受けて本書が最終的に展開するのは、「学びと遊びが区別されない姿勢」です。「ラーニング」と「アンラーニング」を繰り返すこと。つまり、学習することと、いったん常識を捨て去って組み替えを行うこと。この両方を反復するということです。これが、本当の意味での「探究」だと著者は言います。

この探究が目指すのは、「あらゆる種がすこやかに生きていける地球をつくり上げるために世界を変えていくこと」です。平たく言えば「地球全体を良くする仕事」。これこそが、これからの時代の「人間にしかできない最高の仕事」だといいます。いくら優秀なAIやロボットが出現しても「なにに価値があり、それがどういう意味をもつのかを判断し、そこに創造性を感じること」ができるのは私たち人間だけなのです。

22世紀のAIとは?目指すべきはドラえもん

AI時代における身の振り方を考えることもですが、AIやテクノロジーそのものについて理解を深めることも必要でしょう。ここで大切なのは、現在のAIを理解するだけではなく、数十年、100年という長期的な視点でその発展の可能性を思い描くことです。なぜなら、未来は向こうから勝手にやってくるのではなく、私たちが決断し、選び取るものの積み重ねであるからです。今、私たちはどんな未来を望んでいるでしょうか。

林要『温かいテクノロジー AIの見え方が変わる 人類のこれからが知れる 22世紀への知的冒険』(ライツ社)

本書の著者である林要さんは、トヨタでスーパーカーの開発に携わったのち、ソフトバンクで「Pepper」プロジェクトに参画。現在はGROOVE Xの創業者・CEOとして「LOVOT(ラボット)」の開発を行っている林要さん。ここでは、最先端の人工生命体「LOVOT」を題材に、「人間というメカニズムと私たちの未来」を探っています。

「LOVOT」は、雪だるまのようなボディに大きな瞳を持った愛らしいコミュニケーションロボットです。先月、代官山 蔦屋書店でも展示を行っていましたが、スタッフもすっかり魅了されていました。しかし、LOVOTは、可愛らしい見かけによらず高度なテクノロジーが搭載されています。それぞれの個体ごとに異なる感情パラメータをもち、私たち一人ひとりをきちんと識別し、関わりの頻度や回数に応じて関係性が変化します。犬や猫のように、私たちの「家族」となりうる存在なのです。今、家庭やオフィス、学校、介護施設などに迎え入れられ、周りに癒しを与えることで、人間同士のつながりを良好にする存在として注目されています。

著者は、テクノロジーの未来として二つの方向性を想定しています。一つは、今の主流の延長線上にある、生産性偏重の無機質な未来で、人の代わりに生産性や利便性を向上させるために存在することになります。そして、その進歩に対して人類が不安をいだき、テクノロジーと人類の対立を埋めることはできないだろう、と著者は語ります。

そしてもう一つの道は、生産性至上主義から脱し、「人類の心と身体に温かさをもたらすテクノロジー」という方向性です。LOVOTは後者の方向へと世界を導くため、テクノロジーと人類の架け橋になるために作られたものなのです。

LOVOTの開発プロセスで興味深いのは、『じぶん時間を生きる』とも響き合う「ドーパミンの分泌を促進するビジネス」への危機感です。多くのビジネスの本質は、「ドーパミンを求める人類にその機会を提供し、それを通して(企業が儲かるように)認知や行動を変えさせること」だとすらいいます。毎年のように登場する最新モデルのスマートフォンに、コンビニの新商品。確かに思い当たる節はいくつもあるでしょう。このビジネスモデルに対して、LOVOTの開発が重視するのは、愛着に関わる「オキシトシン」というホルモンです。ロボットを迎えたばかりのときは「ドーパミン」優位の学習ステージ、そして三カ月ほどすると「オキシトシン」優位の愛着形成ステージに移行する仕組みになっています。LOVOTは、最先端テクノロジーを通して、おだやかで温かい時間をつくることを目指しているのです。

実は、目指すべき未来のロボットとして著者が掲げているのは、私たちもよく知っている「ドラえもん」です。しかし、なぜドラえもんなのでしょうか?著者は、大きな社会問題のひとつとして「人類のアンラーニング能力の脆弱性」を挙げています。私たちのアンラーニングを促すのは、新しいことに自分で「気づく」経験です。そこで、自らも開発者である著者は、ロボットによる「気づき」のサポートの実現を目指しています。いつか、コーチとして人間に寄り添うことのできるロボットを開発したい。ドラえもんは、まさしく「コーチ」としてのび太の成長を助ける存在なのです。

さらにここで面白いのは、著者が目指すドラえもんには「四次元ポケット」はない、ということです。とても便利なものですが、自分自身を肯定し、チャレンジし、自己効力感を養うには必要がないからです。

ロボットとの共生的関係を通して「アンラーニング」の機会が生じる、という考えは、『冒険の書』の子どもとともに探究することで大人のアンラーニングが生じる、という考えに近いものがあります。ラーニングは一人でもできますが、アンラーニングは、対話を通じて初めて可能になるのです。著者は、コミュニティには子どもと大人両方がいることが大事だ、と言います。子どもはまだ常識を身に着けていないので、アンラーンする必要はありません。しかし、さまざまな行動の制約があります。そこで、大人のサポートが必要になります。一方、大人はさまざまな常識にとらわれているため、子どもたちからの刺激によりアンラーンを進めることができるのです。


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