代官山 蔦屋書店にてコンシェルジュを務める岡田基生が、日々の仕事に「使える」書籍を紹介する連載「READ FOR WORK & STYLE」。第4回は、『問いのデザイン』などで知られる、株式会社MIMIGURIの舘野泰一氏、安斎勇樹氏による『パラドックス思考 矛盾に満ちた世界で最適な問題解決をはかる』です。
なにか判断に迷っているとき、自分の中でせめぎ合う「これがしたい」「こうしなきゃ」「でも本当は…」といった圧や勢いに流されないように、じっくりと向き合う。その手法と活用法を知る一冊をご紹介いただきます。
岡田基生(おかだ・もとき)
代官山 蔦屋書店 人文コンシェルジュ。修士(哲学)
1992年生まれ、神奈川県出身。ドイツ留学を経て、上智大学大学院哲学研究科博士前期課程修了。IT企業、同店デザインフロア担当を経て、現職。哲学、デザイン、ワークスタイルなどの領域を行き来して「リベラルアーツが活きる生活」を提案。寄稿に「物語を作り、物語を生きる」(『共創のためのコラボレーション』東京大学 共生のための国際哲学研究センター)など。
Twitter: @_motoki_okada
選択の時期だからこそ、自分に向き合う「手法」を手に入れる
舘野泰一・安斎勇樹(株式会社MIMIGURI)『パラドックス思考 矛盾に満ちた世界で最適な問題解決をはかる』(ダイヤモンド社)
新年度がスタートする春。入社、異動、昇格、転職など、多くの人にキャリアの転機が訪れる季節です。自分の希望とは異なる職種や部署に配属されてしまった。そろそろ転職したいが、先延ばしにしている。独立するか会社に残るか、気持ちが揺れている……。人それぞれ、さまざまなキャリアの悩みがあります。
そんな悩みの背景には、二つの感情の間で揺れ動く心があります。例えば、独立するか会社に残るかという悩みでは、「自由を求める気持ち」と「会社に守られていたい気持ち」がせめぎあっています。相反する二つの感情を二者択一だと考えて、どちらかだけを選んでしまうと、後悔してしまうことも少なくありません。
例えば、会社員として働いているときは好きな仕事ができないことに不自由さを感じていた人が、フリーランスになると「こんなはずではなかった」と感じることがあります。これまでは他の人が担ってくれていた営業や事務作業も自分だけで行うことになったり、引き受ける案件数のコントロールが難しく休みなしに働くことになったりして、逆に不自由になったと感じるためです。かと言って現状維持でずっと会社にいてもフラストレーションは溜まる一方。
そもそも、「自由を求める気持ち」と「守られていたいという気持ち」のどちらかを選ぶ必要はあるのでしょうか。相反する欲求の両方を満たすことを目指しながら、最適な選択をしていくことはできないのでしょうか。
本書は、そんな矛盾した欲求の両方を満たすためのメソッド、「パラドックス思考」を提唱する書籍です。
「パラドックス」とは、反発しあう欲求を同時に抱えている心の在り方のことです。本書ではこれを、「感情パラドックス」と呼びます。「パラドックス思考」とは、感情パラドックスに向き合うことで問題を解決するための思考法です。
「感情パラドックス」を受容して、悩みを緩和する段階
「パラドックス思考」の第一段階は、「感情パラドックスを受容して、悩みを緩和すること」です。私たちは矛盾した感情を抱いたとき、どちらか一方を選ばないといけないと思い込んだり、どちらかの感情を無視したくなったりするため、矛盾した状態の感情を受け入れられないことがよくあります。
本書では、なぜ私たちが「感情パラドックス」を抱えるのか、心の仕組みや社会の仕組みを紐解きながらわかりやすく説明し、心の奥底の「隠れた感情」を発掘するためのさまざまな方法、感情パラドックスを分析するためのツールを提供しています。
紹介される方法の中でも特に面白いのは、「言われると嬉しい褒め言葉を書き出してみる」というものです。
例えば、「クリエイティブですね!」と言われると嬉しいけれど、「物知りですね!」と言われてもそれほど嬉しく感じない場合。ここでわかるのは、「人からどのように見られたいか/見られたくないか」という自分の願望です。裏を返せば、「嬉しい誉め言葉」には「自分に足りていないと感じるもの」が現れ、「別に嬉しくない誉め言葉」には「実際の自分の強み」が現れています。
私たちは、持っていないかもしれない立派な資質や能力に反応し、すでに持っているものは過小評価してしまうのです。例えば、自分が「勤勉な努力家」であることをわかっていながらも、「非凡な天才」に憧れ、それを演じようとしてしまう。そんな心の在り方をまずは理解し、向き合うことで、その矛盾した感情を少しずつ「許せる」状態になってくる。これがパラドックス思考の第一歩です。
「感情パラドックス」を編集して、問題の解決策を見つける段階
矛盾した感情を受け入れ、悩みを緩和することができたら、次は「感情パラドックス」を編集して、問題の解決策を見つける段階です。
「編集」とは、感情Aと感情Bを分析して、それぞれの関係性を別の視点から捉え直すことです。より具体的には、どちらか一つを選ばないといけない「犠牲のストーリー」から、両方の感情が相乗効果を生む「両立のストーリー」に編み直すことです。
フリーランスとして独立するか悩んでいるケースでは、「編集」を行うことで自由or管理のどちらかを選ばないといけないという「犠牲のストーリー」を抜け出し、「どの程度の自由があれば自分の欲求が満たされるか」を問い直せるようになります。自分が求めているものが明確になれば、必ずしも独立する必要はなく、社内で交渉して調整すれば済むことかもしれません。
本書では、企画職を志望していたが営業職に配属されてしまった若手社員や、定時で帰宅して副業をしている部下の働き方を認められない四十代の課長などの実例を通して「パラドックス思考」を具体的に描き出しており、説得力と実効性が感じられます。
「感情パラドックス」を利用して、創造性を最大限に高める段階
ここまでが「パラドックス思考」の基本ですが、さらに進んだ段階もあります。それが「感情パラドックスを利用して、創造性を最大限に高める」というものです。それは、悩みに対処するのではなく、感情パラドックスを挑戦のために戦略的かつ主体的に利用するということです。
例えば、新サービス開発のアイデアを発想するシーン。大切なのは、ユーザが本当に何を欲しているのか、そこに隠された感情を明らかにすることです。ユーザも「感情パラドックス」を抱えているため、それを解決するものを作ることで、深く支持される商品が生まれていきます。
子育てにかかわるサービスの例を見てみましょう。教育熱心な親は「子どもの将来のために、週末の時間とお金を使いたい」と思っています。一方で、内心では「週末は育児から離れて、自分のためにも時間とお金を使いたい」と思っていることがあります。後者の感情に直接訴えたサービスを開発しても、教育熱心な人ほど、それを利用することを躊躇してしまいます。大切なのは、両者の感情がトレードオフなのではなく、両立可能なのだと信じて、「同時に」叶えるサービスを考えること。本書では、そんなサービスのアイデアとして、「子どもが土日に親から離れて、自立的に学ぶ機会」を提供する宿泊型サービスを挙げています。
毎日を「冒険」に変える「パラドックス思考」
本書の最後に、この本の中心的なメッセージの一つとして「矛盾を遊ぶ」経験を重ねることの大切さが説かれています。
「矛盾」をなくせばよいわけではない。自分のなかの「矛盾」、他人のなかの「矛盾」、社会のなかの「矛盾」と向き合い、それを成長の機会に変えていく。成功体験に基づいて最適化されたルーティーンを破壊することで、新たな視点を取り入れていくことができると言います。
本書では、すぐにでも実践できる矛盾を「遊ぶ」経験として、あえて少し自分が苦手なことをやってみたり、違うルートで学校や職場に行ってみたりすることを提案しています。そのような経験の蓄積が、自分にしっくりくるキャリアのデザインにも、顧客満足度の高いサービスのアイデアにもつながるのです。
大学院の修士課程まで哲学を研究していて、今はビジネス書の担当をしている私も、日々さまざまな感情パラドックスを抱えています。
例えば、自分が面白いと思う「尖った本」を提案したい気持ちと、より多くの方に手に取りやすい本を並べたい気持ちが共存しています。「尖った本」ばかり提案していても独りよがりになってしまい、見向きもされないかもしれません。本書の分類では、「自分の視点に基づく欲求」と「他人の視点に基づく欲求」の間でのパラドックスとも、「もっとプラスしたい欲求」と「そこそこに抑えたい欲求」の間でのパラドックスとも捉えられると思います。
私が本書を読んで、あらためて追求したいと思ったことは、「尖っているからこそ、売れる」という必然のストーリーをどのように実現するかということです。これまでも、例えば「現代のシステムを問い直す」という一貫した関心でリコメンドすることで文脈をつくる、自店のPodcastで小規模流通のニッチな本を紹介する、デザインの力を活用した魅せ方をする、ワークショップ型のイベントを実施するなど、「尖ったもの」に興味を持っていただきやすい工夫を追求してきました。本書を読むことで、これまで自分がやってきたことを整理する機会を得たと同時に、それをさらに先に進めるためのマインドセットとツールを手に入れたと感じています。
本書は、矛盾した感情に引き裂かれる状況を、逆に「魅力的なチャンス」に変える思考が身につき、問題解決のプロセスを「冒険」に変える一冊です。
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