未来に目を輝かせ、湯水のようにお金を使うポスト・コロナのマインドセット
ワインテイスティングをするアジア系の若者グループも多かった。その一人に話を聞いたところ、香港から来ているということだった
アメリカでの観光ビジネスの回復を個人的に実感したのは、カンファレンス出席のためのホテル予約に難儀したときだ。会場から車で30分以内の場所で推薦されていたホテルはほぼすべて満室で、1つだけ残っていた部屋を慌てて確保したところ(税金を合わせると)1泊1000ドル(約13万円)を超えていた。豪華な5つ星ホテルではない。車を駐車場に停めて直接部屋に入る「モーテル」のタイプであり、レストランやバーはなく、部屋は清潔で家具は高級だが特に広くはない。
中西部の都市なら100ドル程度の部屋がこれほど高くても満室になるのは、需要が供給を上回っているからだ。カリフォルニアワインで有名なせっかくのナパへの旅なのでテイスティングをしようと思ったのだが、有名ワイナリーのテイスティングは150ドル前後という目が飛び出るような価格で、しかも予約がなかなか取れない。有名レストラン「フレンチランドリー」まで徒歩で5分もかからない場所に泊まっていたのだが、予約は完璧に不可能だった。この町にはミシュラン星レストランが7軒もあるので、そのうち2軒でなんとかウイークデーの5時に滑り込むことができたが、店内の混雑ぶりにうんざりしてしまった。
混雑したワイナリーでもレストランでも、従業員がたまにマスクをしているだけで、客はパンデミックなどなかったかのような振る舞いである。そんなナパに滞在している最中に中国のZero Covid(ゼロコロナ)政策とそれに抗う市民のニュースを見て、同じ世界で起こっていることとは信じられない気分だった。ナパで出会ったアメリカ人からは、中国がゼロコロナで経済を停滞させているうちにアメリカ経済を揺るぎないものにしようという決意や興奮も感じた。
ナパは、パンデミックで行動制限があった2年間に貯まったお金と溜まった鬱憤を一気に発散させようとしているアメリカ人のエネルギーの大きさを感じる場所だった。ここで実感したのは、「ヴァーチャル・リアリティの技術がどんなに進んでも、人はリアルでの体験を求める」ということだ。
アメリカンオーク樽で熟成するカベルネ・ソーヴィニヨンを専門にするシルバー・オーク・セラーズでのワインと食事のペアリング
パンデミックの初期には「アメリカ人のハグの習慣はこれで変わるだろう」と予測した人が多かった。ところが、今回のカンファレンスや別件で出会った人々は、別れの時に「ハグしていいですか?」と断ったうえで何度もハグをしたがった。
ワイナリーは生き残りのための対策としてヴァーチャルでのワインテイスティングを提供するようになっていたが、それを利用した人たちはヴァーチャルでは満足せずに実際に訪れてテイスティングをしていた。テイクアウトできるレストランであっても、人は混んでいる店内に座って他の客と混じって食事を味わうほうを選んでいた。
ミシュラン一つ星のレストランでは、右隣に座ったご夫婦から「あなたがさっき食べていたのは、どの料理?」と話しかけられてしばらくお喋りを交わし、左隣に座った若いカップルとはレストランで会話こそしなかったものの、翌日のワインテイスティングで「じつは、私たち昨夜会っているんですよ。隣に座っていらしたでしょう?」と話しかけられて驚いた。人がリアルな接触に飢えているのだと感じられる体験だった。
ここで出会った多くのアメリカ人から「日本に行って美しい風景を見て、美味しいものをたくさん食べたい」ゆえに「早く日本の入国制限を解除してほしい」と言われた。私は新型コロナ感染が始まる前から感染予防に関しては慎重なタイプなので、すべてを即座に元に戻してほしいとは思わない。病院ではこのまま患者も医療従事者もマスクを着用し続けてほしいと思っているし、フライトではマスクを着用しつづけるつもりだ。
でも、このようにビジネスの未来に目を輝かせ、ナパでお金を湯水のように使っている「ポスト・コロナ」マインドセットのアメリカ人を見ていると「日本もこのチャンスを逃さないでほしい」という気持ちが強まらずにはいられない。日本政府も6月以降、段階的な外国人観光客の受け入れ拡大に向けた検討を進めているようだ。
今回西海岸で体験したことは、東海岸のボストン近郊に住んでいる私が地元の人やネットから得た情報で想像したものとは異なっていた。パンデミックに対する一般的なアメリカ人の態度もそうだ。この点でも、実際にその場に行って、人と触れる体験をして考えを修正する重要性を感じた旅だった。
カンファレンスでメタバースの話題になったとき、皆が口を揃えて語ったのが、「ビジネスではリアルとデジタルのハイブリッドになっていくだろうが、人はメタバースのみでは生きられない」ということだった。