ハード・ソフト問わず、プロアマ問わず、誰もが参加できる、そして前身イベントから数えると17年の歴史を誇るものづくりコンテスト「ヒーローズ・リーグ」。
FINDERSは2021年の同コンテストにメディアスポンサーとして参加し、「FINDERS賞」を選出。副賞として受賞者のインタビューを行ったのが本記事である。選出したのは東京都立大学大学院 システムデザイン研究科機械システム工学域の博士前期課程に在籍する手塚蒼太さんが開発したロボットハンド「Folding Gripper」。
最大の特徴はモノを掴むハンド部分が紙でできていることで、軽量・低コストを実現し、「気軽に交換できるロボットハンド」として、工場や医療機関などで活用できないかと開発されたものだ。
FINDERSは媒体コンセプトを「クリエイティブ×ビジネス」としており、作品の新規性はもちろん、「本格的な事業化、社会実装が可能そうか」という観点で受賞作品選びをしていたが、数多の応募作品の中から、ほとんど一目惚れのようなかたちで満場一致の結論を見たのが「Folding Gripper」だった。
手塚さんはどうしてロボットハンド開発を志したのか、どのように「Folding Gripper」を生み出したのか、話をうかがった。
聞き手・文・写真:神保勇揮
レゴをきっかけにものづくりの道へ。高専時代からロボットハンドを開発
―― 手塚さんがものづくり領域、あるいはロボット開発に最初に興味を持ったのはいつごろだったか覚えていますか?
手塚:明確なきっかけは覚えていないんですが、物心がついたあたりからすでに作ることが好きで、レゴブロックを組み合わせて説明書に書かれていないものを作ってみることから始まって、モーターを使うようになり、CADでちゃんと設計するようになりと、だんだん技術力が上がっていった感じです。
―― フィクション作品、あるいはYouTube動画・ニコニコ動画の「作ってみた系」などに影響を受けたというよりも、レゴの経験からどんどん興味の幅が広がってきたという感じでしょうか。
手塚:そうですね。あとは空き箱など身近にあるものを使ってロボットのおもちゃを作るといったことを毎日のようにしていました。材料として使えそうなものもたくさんため込んでいて、部屋に収納用の大きなケースを用意してもらったほどで、そういった自分で何かを作るということを幼いころからしていたというのも、今から振り返ると大きかったと思います。
次のステップとしては中学卒業後に高専に入学したのですが、そこでロボット研究同好会に入り、高専ロボコンに出るためのロボット製作に打ち込んでいました。高専を5年で卒業して東京都立大学の3年生として編入し、そのまま大学院に上がって今に至ります。
―― 手塚さんが通っていた東京都立の産業技術高等専門学校は、評判を調べると「かなり自由な校風なので、やりたい分野が定まっている子には最高だけど、方向性が定まっていない子には辛いかもしれない」という意見が多かったです。
手塚:僕も高専祭という文化祭を見学して良いなと思ったんですが、座学よりも実際にモノを作りたいという気持ちの方が当時からあったので、すごく楽しかったです。
―― 「Folding Gripper」の話に入っていきたいと思うのですが、手塚さんはその前に紙製のロボットハンド「Origami-hand」を2018年に開発し、同年に掃除機などで有名なDysonの創業者の財団が主催する、ジェームズ ダイソン アワードにて国内準優勝を果たしています。どのような経緯でロボットハンドを作ることになったのでしょうか?
手塚:高専は5年制なんですが、産技高専4年生から研究室に所属するゼミナール制度がありまして、そこで入っていた研究室(※)が、NEDO(国立研究開発法人新エネルギー・産業技術総合開発機構)と、ロボットや福祉機器などを開発するダブル技研と共同でロボットハンド「からくり」を開発しており、そのプロジェクトに関わったかたちです。
※同校で准教授を務めた深谷直樹氏の研究室。なお深谷氏は2020年に退職し現在はPreferred Networksでリサーチャーとして勤務
―― NEDOが発表した「からくり」のプレスリリースを読むと、「Origami-hand」はここで用いられた技術を応用して開発されたということですが、どういうことなのでしょうか?
手塚:当時、研究室に「からくり」を雑誌の付録にできないかという話が来ており、結局その話はなくなったものの、「付録にするならコストが安い紙製がいいのかな」と考えプロトタイプを作って先生に見せたところ、「面白いから研究にしてみたら?」と言ってもらえたので開発したという経緯です。
―― 「手の部分が紙でできているロボットハンド」というコンセプトには大きな驚きがあったのですが、手塚さんから改めて「Origami-hand」の特徴を説明いただけますでしょうか。
手塚:「Origami-hand」には大きな特徴が2つあります。ひとつは、それぞれの指が耐水性のある1枚の紙で構成され軸や軸受けなどといった機械部品を一切使必要としていないことです。そのため、関節の間に異物が入り込まず、安価で使い捨てができるため衛生的な心配をする必要がありませんし、工場以外の多くの場所でもこのハンドは利用可能です。倍率を変えれば大きさも自由に調節できるため、大型のロボットから小型のドローンまでさまざまなものに搭載できます。
もうひとつの特徴は把持する物体の形に合わせて受動的に動く「なじみ機構」という機構を取り入れていることです。これにより複雑な制御なしに掴むモノの形や大きさのばらつきに対応することができます。
―― 「Origami-hand」工夫した点、苦労した点などありますでしょうか?
手塚:「紙製の折りたたみロボットハンド」は今までなかったので参考にできるプロダクトがなく、最初の設計には苦労しました。CADでは完成形の立体か、どこをどう折るかの平面設計図しか作れず、「この平面図を組み立てると立体としてどうなるか」をシミュレーションできないので、紙として出力して折ってみてから改善するというプロセスが何度も必要になり大変でした。
ハンド部分を折りたたんで収納できるようになったFolding Gripper
―― そこから3年後の2021年に「Folding Gripper」を発表するわけですが、これは「Origami-hand」の進化バージョンと捉えて良いのでしょうか?
手塚:一応別物で、完全に上位交換というわけではないんです。Origami-handは、義手にも使える機構を採用していたので、人間の構造に似ていて関節数も少し多かったんですが、Folding Gripperは少し簡易化するかわりに、折りたたんで複数収納できる機構を搭載しています。
―― これを作ろうと思ったきっかけは何だったんですか?
手塚:Origami-handを「医療現場や食品加工工場などでも使えるようにしよう」と思って開発したにも関わらず、ハンド部分を人の手で交換しなければならないということがずっと引っかかっていて、もっと自動化できるプロダクトにできないかと思ったのがきっかけです。Origami-handを開発していたころから5つぐらいの別パターンも試していて、その時からあったアイデアのひとつが実現したのがFolding Gripperです。
―― 説明用動画もアップされているのでそれを見ればわかる部分も多々ありますが、改めてこれがどういったプロダクトなのかを説明いただけますでしょうか。
手塚:Folding Gripperは、折りたたみ式の指機構を持った使い捨て可能なロボットハンドとなっています。指機構には特徴が3つありまして、1つ目は、まずこのようにシート状の部品から1枚の指が構成できるという点です。これにより、従来のロボットハンドにあった軸や軸受けを使用しないため、大きさも自由に変更することができます。それから、低価格で製造して使い捨てるという使い方が可能になります。
手塚:二つ目の特徴は、モノの当たる位置によって、自動的に動作するリンク機構を搭載している点です。これによって少ないアクチュエーター、少ないモーター数でさまざまな物体を保持することができます。例えば、小さいものは指先でつまむように掴んだり、大きいものは指全体でなじみ込むように掴んだりといったことができます。
関節が2つあるんですが、この2つの関節を1つのモーターで制御することができて、低価格化を実現しつつ高性能であることを、なるべく両立しようという意図です。
3つ目の特徴は、薄く折りたためることです。これでストックが可能になり、保管する際にも、破損のリスクも防げるかなと思います。折りたたみ機構を持った指を収納するソケットが2つあり、使い終わった指を一瞬で分離できます。
―― ロボットハンドとしては、どういうふうに動作するんですか?
手塚:まだ制御をどんなボタンでどう動作させるまでは詰めきれておらず、写真だけだとわかりづらいので解説動画を観ていただきたいのですが、2段構造の2セットのカムが入っていまして、上と下で分岐があり形状が変わっています。これによってハンドの開閉と交換を1つのモーターで行えます。
―― 今のところ、◯◯から✕✕まで掴めますというのは実験しているのでしょうか?
手塚:まだ実験途中で、プロトタイプが壊れるのも怖いためあまり試せていないのですが、500グラムぐらいのモノは掴めました。
―― その辺りはコンセプトの違いと言いますか、「そんなに重いモノじゃないからコストを下げてほしい」というニーズに合わせていると言えるかもしれませんね。解説動画にあった、コロナ対策現場でのマスクなどの交換などはまさにそれでしょうし。
手塚:そうですね。できればもう少し強度を上げたいという気持ちはあります。
―― もし商用化ができた場合、本体と指1個はいくらぐらいになると思いますか。
手塚:本体は全く分からないです。ただ、モーターも少ないですし機構的にも特別に難しいものでもないので従来のロボットハンドとそんなに変わらないんじゃないかと思います。指に関しては、今のところは原価が20円ぐらいですかね。量産したら安くなるかもしれません。ただ折りたたみを自動化する必要はあると思います。
―― 最後に、今後の進路として、就職をするか大学に残るかは決めていらっしゃいますか?
手塚:就活も一応やってみてはいるものの、もう少し大学で研究を続けたい気持ちもあり、迷ってしまっているところですね…。
―― なるほど。今後の人生でやってみたいことなどはありますか?
手塚:とにかく誰も作ったことのないものを、いろいろ作ってみたいという思いはありますね。あとは、今までずっとハードウェアの開発が中心だったので、いつかはソフトウェアも手掛けてみたいと思っています。簡単なゲームは作ったことがあるんですが。いずれにせよ、どんなかたちであれものづくりを続けられる環境には身を置きたいと思っています。
また直近の展開としては、僕が支援をいただいているクマ財団(コロプラ創業者の馬場功淳氏が創設した、クリエイターのための活動支援や奨学金提供を行う団体)が、支援するクリエイターの成果物展示会を行うイベント「KUMA EXHIBITION 2022(手塚さんの出展は4/1〜4/10までのPart2のみ)」が六本木のANB TOKYOで行われますので、Folding Gripperの実物もぜひご覧になっていただければと思います。