EVENT | 2022/01/24

「左翼の内輪受けドラマ」Netflix版『新聞記者』が褒められているうちは「小悪の玉突き連鎖」を止められない【連載】あたらしい意識高い系をはじめよう(27)

Netflixより
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倉本圭造
経営コンサルタント・経済思想家
1978年神戸市生まれ。兵...

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倉本圭造

経営コンサルタント・経済思想家

1978年神戸市生まれ。兵庫県立神戸高校、京都大学経済学部卒業後、マッキンゼー入社。国内大企業や日本政府、国際的外資企業等のプロジェクトにおいて「グローバリズム的思考法」と「日本社会の現実」との大きな矛盾に直面することで、両者を相乗効果的関係に持ち込む『新しい経済思想』の必要性を痛感、その探求を単身スタートさせる。まずは「今を生きる日本人の全体像」を過不足なく体験として知るため、いわゆる「ブラック企業」や肉体労働現場、時にはカルト宗教団体やホストクラブにまで潜入して働くフィールドワークを実行後、船井総研を経て独立。企業単位のコンサルティングプロジェクトのかたわら、「個人の人生戦略コンサルティング」の中で、当初は誰もに不可能と言われたエコ系技術新事業創成や、ニートの社会再参加、元小学校教員がはじめた塾がキャンセル待ちが続出する大盛況となるなど、幅広い「個人の奥底からの変革」を支援。アマゾンKDPより「みんなで豊かになる社会はどうすれば実現するのか?」、星海社新書より『21世紀の薩長同盟を結べ』、晶文社より『日本がアメリカに勝つ方法』発売中。

東京新聞の望月衣塑子記者をモデルにした映画を動画配信サービスNetflixがリメイクした連続ドラマ、『新聞記者』が好評を得ているようです。公開後、Netflixの視聴ランキングでもずっとだいたい1位から3位程度に食い込んでいるのを見かけます。

私も公開初日に全部見たのですが、その感想はというと、(確かに俳優さんと監督さんの力量がすごくあって引き込まれる部分もなくはなかったものの)話全体の作りとしてはこの記事のタイトルにあるように、

これじゃ「左翼さんの内輪ウケ」映画にしかなってないんだよな

…という残念な思いでした。

「映画版」にあった噴飯ものの陰謀論描写(「エリート官僚が暗闇の部屋からツイッターに書き込みをして左翼を攻撃している」「獣医学部設立の目的は生物兵器だけどその隠蔽のために正義漢の官僚が自殺した」など)はカットされていたものの、全体として「モリカケ問題」を扱う上でのある非常に不誠実な姿勢がそのままに話全体を組み上げているので、結局「内輪ウケ」映画にしかなっていない。

別に「右翼さんの内輪ウケ映画」があってもいいように、「左翼さんの内輪ウケ映画」があってもいいじゃないか…というのはまさにその通りではあります。

しかし、現実世界における「日本の左派」がちゃんと役割を果たして失われつつある影響力を取り戻すには、こんな「内輪ウケ」映画を持ち上げている場合じゃないのではないか?

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たとえば百田尚樹氏の『日本国紀』を嘲笑しておきながら、自分たちはコレでは示しがつかないのではないか?

…と思っている「立場としては左」の人も実際には結構いるように思います。

何が一番不健全かというと、下敷きになっているいわゆる「モリカケ問題」の真相がどの程度のことであったのかを普通の日本人はほとんど知らない現状で、「いかにも実在の人物を想定しています」という筋書きでああいうドラマを作ったら、

「なんだかわからないけど、ものすごく悪どいことを当時の安倍政権がやって、その結果自殺した官僚さんがいるのにこの国は知らんフリをしているんだろう」

…という「神話」を皆信じ込んでしまうところです。

しかし、当時の安倍政権の関与が「何も知らずに映画を見た印象」とかなり違うかもしれないということが否定できないことを、事件の全貌を真剣にフォローしていた人の間では、たとえ「左派」で「安倍政権を批判している」人であっても共通認識としてあるはずなんですよ。

これは安倍政権の支持者である「右」の人でも同じで、

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「左のヤツらがここまで騒ぐんだから“何か”はあったのかもしれないが、それでも国会を延々空転させるほどのことじゃない。物事には優先順位というものがあるのだ!」

…というようにボンヤリと思っている人が多いのですが、しかし実際にはその「何か」の部分ですらかなり怪しいのだということが“右の人”もわからなくなっているぐらい不健全な状況なんですね。

今回の記事では、

・実際の「モリカケ」問題の細部が結局どうだったと考えられているのかを整理しながら映画とドラマの内容を見直してみる

ことで、

・この映画とドラマのどこが「不誠実な内輪ウケ映画」になってしまっているのか、本来“左翼界隈”が現実の日本社会において“信頼”を取り戻して影響力を回復するためにはどう向き合うべきなのか

について考察していきます。

1:まずは映画版について振り返る

そもそも読者のあなたは元の映画版 『新聞記者』をご存知ですか?この映画ほど人によって評価が分かれる作品も珍しいですよね。

「安倍政権を批判する」タイプの人の間では

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「よくぞこんな映画を作ってくれた!邦画は死んでなかった!」

…と大変好評で、2020年に「第43回日本アカデミー賞」で最優秀作品賞および主演男優・主演女優・監督・脚本・編集の賞をいわゆる「総ナメ」状態で取った作品でした。

一方で、安倍政権に批判的だった「左」の人であっても、

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「こんなムチャクチャな陰謀論映画を内輪で盛り上がっているから日本で左翼はバカにされるんじゃないかと思って席を立って帰ろうかと思いました」

みたいなことを言っている人も実は結構います。勿論、安倍政権を支持していた保守派の中では、徹底的にこき下ろされていた(あるいは全然興味を持たれていなかった)ことは言うまでもありません。

映画版が批判されている理由は、「陰謀論的展開にリアリティがない」という点が最大のものだと思います。

この記事の冒頭に書いたように、

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・内閣官房の「内閣情報調査室(内調)」と呼ばれる機関では日夜エリート官僚が薄暗い部屋にこもってツイッターで左翼を攻撃する書き込みを続けているのだ

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・「新しい獣医学部設立」の目的は実は生物兵器研究なんだけど、それを政権は隠蔽しようとした結果、硬骨漢の官僚が巻き込まれて自殺することになったのだ

…みたいな話は、実際の状況をある程度知っている人から見ると「ひょっとしてギャグで言っているのか?」という設定であって、これをなまじ実力派の俳優と映画監督が上質の映像に仕上げてしまっているがゆえに、このストーリー自体の「ギャグなのか?」感が余計にチグハグな滑稽さを醸し出してしまっている。

獣医学部の話は「モリカケ」の「カケ」の方=加計学園問題を下敷きにしているのですが、そもそも

…というのは「現実に起きていること」なんですよ。このままでは、今後も予想される家畜のパンデミックが起きれば、日本中どこでも業務がパンクするだろうという懸念が持たれている。

そういう「切実な社会のニーズ」が何もないところから単に「安倍のお友達」だからポッと獣医学部の認可が降りたという話だけでは終わらない。

そして勿論そこで、

という「対案の議論」をやるならよくわかる。そういう話をしている左派の人も一部にはいるでしょう。

左派系野党も左派メディアも、もっと真剣にそういう議論を徹底的に取り上げていき、必要な財源はどの程度なのか、実行上の懸念事項はどういうものがあるのか等の​掘り下げを進めていけば、マジメに取り上げるべき「代替案」に育っていくでしょう。ただしこの国際政治学者六辻彰二氏がYahoo!ニュース個人で執筆した分析では、国際比較で最も日本で問題なのは“ペットを診る獣医になる人が多すぎる”ことよりも“地方と都会の獣医師数格差”の課題の方が大きいらしく、私見としては加計学園がやるかは別にして四国地方に何らかの獣医学部ができるのはかなり否定し難い合理性を持っているように思われます。

しかしそういう課題分析や制度設計の具体案作りにほとんど力を使わずに、

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「獣医学部を作ろうとしているのは、生物兵器を研究したいからだろう!」

…みたいな筋書きの映画を、ものすごくハイクオリティな映像で作っておいて、

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「この映画を批判するヤツは全員安倍の犬。マトモな政府批判がなくなってしまったこの国に最後に残された光こそがこの映画なのだ!」

…という感じで盛り上がられると、「理性的な左派」の一部にも「ちょっと待ってくれよ」という気持ちになる人が出てくるのもわかるはず。

なにより「そういう映画」が、日本アカデミー賞を「総ナメ」にするほど内輪でスター化されて、ちょっとでも批判しようものなら「お前も政権の犬なのか!」って言われるような状況が健全だとはとても思えません。

さっきも書きましたけど、たとえば「百田尚樹氏の日本国紀」を嘲笑しておいて、自分たちがやってるのはコレってどうなんだ!?というのは、良識的な左派の人ならちゃんと問題だとわかっているはずです。

次ページ 2:Netflixドラマ版はどう変わったのか?

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