EVENT | 2022/01/20

「業績低迷で非上場化」から7年越しの大復活。ローランド三木社長が語る、未来の楽器メーカー論

世界的な知名度を誇り、ミュージシャンたちから愛され続ける日本発の楽器メーカー・ローランド(Roland)。ライブハウスや...

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ハードウェアメーカーが「コト」を売るための新サービス、Roland Cloud

―― ローランドの社長として、今後の楽器・音楽制作ソフトの業界をどう見ているか、そして「音楽制作にまつわるクリエイティビティ」は今後どのように進化していくのでしょうか?

三木:他の業界よりもスピードはゆっくりかもしれませんが、技術進化によって「商品そのものが必要なくなってしまった」ということは楽器業界にも結構あります。DTMツールの発展により「パソコンと作曲ソフトウェアさえあれば、専用ハードウェアがなくてもかなりの音楽制作ができるようになった」といったことですね。また今後、AIによる作曲が普及するとなると、音楽制作のプロセスが再び大きく変化していく可能性も十分あると思います。

一方で楽器業界が他業界より恵まれているのは、数百年経っても変わらないアコースティック楽器の存在があるからです。なかにはビンテージ楽器の方が新品より高い値段がついたりする。楽器そのものや演奏方法はそこまで急激には変わらない。そして楽曲・楽譜という関連資産も山のようにある。演奏を楽しむ人も減っていません。

当社はそうした需要や資産に支えられつつ、それを電子化することで演奏を楽しむことのハードルを下げていくことをやってきましたし、アコースティック楽器ではできなかったことを電子楽器で実現するという提案もできる。そうした意味で電子楽器に特化している当社の強みがそこにあると思っています。

―― 2000年代にエレクトロニカが流行った際、アーティストたちがパソコンをじっと見つめ、テクノDJなどのようにそこまで派手にエフェクトをかけるわけでもない、スタジオアルバムとそう変わらないサウンドのライブが少なからずあり「あれはライブとして楽しいのか」と問われたことがありましたが、その後は静かな音楽性でもライブでは楽器を弾いて重ねたり、VJを入れて映像と一体で楽しんだりという方向に変わってきたように感じます。やはり「人間が眼の前で何かをする」こと自体に大きな価値があるのだと思いました。

三木:そうですね。エンターテインメント性という意味でも演奏は必要だと思います。「AIに無料でバックトラックを作ってほしい」という需要はありえると思いますが、芸術の創作はその人でなければ出せない工夫やオリジナリティ、感性といったものがどれだけ反映されているかで評価されるということは変わらないと思います。

―― ここから先、御社が販売している商品に関して「ここは進化できるかもしれない」という部分はありますでしょうか。

三木:今後、より注力していきたいのはサブスクリプションサービスの「Roland Cloud」です。これには「単に楽器それ自体が良い製品だからという理由だけでは、なかなか売れにくい時代にかなり前からなってきている」という危機意識もあります。つまり「モノからコトへ、さらにはイミへ」というニーズの変化に当社がどう対応していくかということです。

楽器を楽しむためには当然練習も必要ですし、使いこなすためのノウハウを勉強する必要もあります。作曲・編曲のような創作活動の知恵やノウハウも必要だし、バンド仲間を見つける必要もある。それらをスマートフォンを通じて、クラウドを使って提供しようというのがRoland Cloudのコンセプトです。具体的にはクラウドで制作用の音源プラグインの提供に始まり、レッスン動画や楽曲・ビデオ制作用のアプリなど、多様なコンテンツを提供していきたいと考えています。

※音声は英語だが、YouTubeでの設定で日本語字幕をつけられる

―― Roland Cloudは現状では多様な音源プラグインを定額使い放題できるサブスクサービスという捉え方をされていると思いますが、その先も見据えていらっしゃるということでしょうか。

三木:はい。今後、オンラインレッスンやユーザーコミュニティの提供も考えていますし、プラグインも今はシンセ奏者やDJ・トラックメイカー向けのものが多いですが、ギター、ピアノ、ドラム、エアロフォン、ボーカル向けと増やしていきます。

他にもユーザーコミュニティを提供することで、ネット上でバンドメンバーを探す、多重録音の楽曲を制作する、演奏動画を作るといった楽しみも提供していきたいと思います。これまでにもスマホやタブレットで簡単に画面分割した演奏動画を作れるiOS・Androidアプリ「4XCAMERA」を出していますが、最終的なバーチャルコンサートをネットで行えるプラットフォームまで提供する、というのが目標です。今はその入口の土壌づくり、インフラづくりという段階にあります。

―― 音楽業界でも2001年のiPod発売以降、ハードウェアメーカーでもレコード会社でもなく、AppleやSpotify、そしてYouTubeを擁するGoogleといったITプラットフォーマーが勝ってきたと言われるわけですが、Roland Cloudはその時代に対応するための一手ということでしょうか。

三木:当社がプラットフォーマーになろうということではないので、楽曲や映像の発表はYouTubeでも全然OKですし、AppleのGarageBandを使ってもらっても良いと思っています。

加えて「今でもYouTubeなんかに膨大なレッスン動画があるじゃないか」と思う方もいらっしゃるでしょうが、多くの初心者はそうした情報が多すぎて自分に合ったコンテンツを見つけられないでいるのではないでしょうか。どこに行けば仲間が見つかるのか、ちょうど良い先生が見つかるのか、そのマッチングのノウハウがないのです。

自分でYouTubeやSNSを使いこなせる人は今でもできていると思いますが、そうでない人にとっては非常にハードルが高い、というより低いハードルの手段が見つからないということです。誰もが持っているスマホを通じて、マッチングサービスによって自分の好きなこと、やりたいことが見つかる。仲間にも出会えるし先生にも教えてもらえるし、質問にも答えてもらえるし発表の場もある、というかたちをつくりたいのがRoland Cloudの考え方です。

―― 「ネットでレッスンを受けるなんて」と考える方もいるかもしれませんが、英会話などはかなりビデオ通話の利用やスマホアプリに取って代わるようになってきましたね。

三木:そうですね。あれが近年ネットで進化した、一番分かりやすい例かと思います。コロナ禍以降、音楽教室のオンライン化もかなり進んできましたが、世界的に見るとフェンダーさんのやっているFender Playの存在感が圧倒的です。現在の月額料金は9.99ドル(英語のみ)ですが、2020年に3カ月無料キャンペーンを展開したところ、それまで20万人だった会員が100万人に増えたそうです。

Fender Playで教えているのはギター、ベース、ウクレレだけですが、これだけで100万人以上の需要があるわけです。そうなるとピアノやドラム、管楽器、ボーカルなどに広げていけばより大きな層に広がる。そうしたきめ細かいオンラインレッスンが整ったプラットフォームは、まだ見えていないのではないかと思います。

―― 確かにこれらの需要を御社が一気にカバーできればビジネスとしても大きそうです。こうしたRoland Cloudの進化はいつごろ実現できそうでしょうか。

三木:実は、現在のRoland Cloudが提供しているサービスも本来なら2、3年前に出しておきたかったのですが、さまざまな課題があり時間がかかってしまっていました。今まではパソコン向けのサービス提供がメインだったのですが、2021年10月にiOS/Android対応のスマホ向けレコーディング用アプリ「Zentracker」をリリースしたことを皮切りに、今春にかけてスマホだけで完結できる環境づくりを進めていきたいと思います。

Roland Cloudの料金体系は無料のお試しプランを含め、

・Core(年間29.99ドル/月額3ドル)
・Pro(年間99ドル/月額9.99ドル)
・Ultimate(年間199ドル/月額19.99ドル)

と計4つのプランがあるのですが、Coreですと月額約3ドルです。まずはこの価格でもレッスン動画やユーザーコミュニティを楽しめるように整備していき、有料会員10万人獲得を当面の目標としています。

―― あれもこれも楽しめて月額3ドルというのは結構な安値ではないでしょうか?

三木:オンラインレッスンといっても、face to faceではなく動画コンテンツの提供を考えていますし、さまざまなアプリやコンテンツを本格的に使っていけるのは月額9.99ドルのProからという設計にしていくつもりです。

当社だけで何もかも完結させるのは不可能なので、対面のレッスンなどは他の専門事業者と連携することも検討しています。あくまで「入口としてこういうものがあるよ」という情報の紹介、そして個々人にパーソナライズされたサービスを提供していく考えです。

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