足立 明穂
ITトレンド・ウォッチャー、キンドル作家
シリコンバレーで黎明期のインターネットに触れ、世界が変わることを確信。帰国後は、ITベンチャー企業を転々とする。また、官庁関係の仕事に関わることも多く、P2Pの産学官共同研究プロジェクトでは事務局でとりまとめも経験。キンドル出版で著述や、PodcastでITの最新情報を発信しつつ、セミナー講師、企業研修、ITコンサル業務などをおこなうフリーランス。
拙著『だれにでもわかるNFTの解説書』(ライブ・パブリッシング刊)が、まだまだ売れ行き好調で、MARUZEN&ジュンク堂書店の渋谷店さんでは、専門書週間ランキング1位になりました。ありがとうございます。
今回は、1150年近い歴史を誇る、京都の醍醐寺(だいごじ)がNFTを利用した「宇宙供養」の実施と「宇宙寺院」を建立するということで、醍醐寺の仲田順英統括本部長と、共同事業者であるテラスペース株式会社の北川貞大代表取締役にお話を伺ってきました。
ちなみに醍醐寺といえば、12月8日まで「落合陽一 物化するいのちの森 - 計算機と自然 - 醍醐寺Exhibition」が開催されていました。このイベントでは2018年の台風によって樹木が倒れた参道脇の森林跡地での「デジタルアートで表現した森」、そして霊宝館では初層の壁画の曼陀羅、空海の肖像画など貴重な美術を落合氏が写真撮影し、500年以上保存可能とも言われるプラチナプリントによる印刷で展示しており、物質とデジタルデータのどちらが長く残っていくのかを考えさせられる面白いプロジェクトでした。私のブログでも紹介記事を書いているので、ぜひご覧ください。
翻弄される権力の中で「伝統」を守り続けてきた醍醐寺
醍醐寺というと桜や紅葉で全国的に有名ですが、歴史を紐解くと常にその時の権力に翻弄されていたことがわかります。平安時代初期の874年に、弘法大師空海の孫弟子である聖宝理源大師が開山し、聖宝は同山頂付近を「醍醐山」と名付けたのが始まり。時の帝・延喜帝が、子宝に恵まれるように願掛けをして二人の子供を授かったことから醍醐天皇と名乗るようになりました。室町時代には応仁の乱などで荒廃しますが、安土桃山時代には豊臣秀吉が花見をする寺として栄えることになります。
その後も明治時代の廃仏毀釈の嵐を耐え抜くなど、さまざまな権力に翻弄されながらも、「お寺にある宝物(伝統の心)を守り抜き、数多くの国宝、文化財など約15万点を未来に伝えていく」(仲田氏)ことを続けているそうです。
醍醐寺の宇宙供養とNFT
宇宙寺院プロジェクトの概要図
そのような伝統を持つ醍醐寺と宇宙供養は、どのようにつながるのでしょうか? 醍醐寺は真言密教のお寺で、瞑想しながら宇宙とつながり、宇宙の中で生かされているということを実感することが重要とされています。だからこそ、人工衛星を打ち上げてそこに宇宙寺院を建立することは、醍醐寺の教えに合致しているのです。
プロジェクトの開始は今年2021年。実施主体は醍醐寺とテラスペースで、「浄天院劫蘊寺(じょうてんいん ごううんじ)」という新たなお寺として、2023年の打ち上げを目指しています。また今年2月からは、地球と宇宙の安全を祈る「宇宙法要」も月1ペースで定期的に行っており、他宗派の寺院も含め幅広く提携先を募っています。
宇宙供養のために人工衛星の開発・打ち上げを行うテラスペースは、レンタルサーバーやクラウドサービス事業などを手掛けるカゴヤ・ジャパンの代表取締役会長CEOである北川貞大氏が、京都大学経営管理大学院に在学中の2020年に設立。打ち上げる人工衛星は10センチ×20センチ×30センチの小さな箱型で、僧侶が供養した遺影や戒名、HPで募った「宇宙祈願」をデータとして中に収めます。
人工衛星の内部イメージ図
人工衛星の寿命は5〜10年と想定しており、物体としてはその後大気圏で流れ星となって燃え尽きますが、ブロックチェーン上に刻み込まれたデータとしては永遠に残る、という仕組みです。「供養や法要をNFT化することで、ブロックチェーンに刻み込むことで何十年、何百年先も供養や法要された心の拠り所をデジタルの技術で支えていく」(北川氏)そうです。
なんとも壮大な話ですが、これからのデジタル化していく世界、技術革新が進む世界では、一般の企業だけでなく宗教界でも大きな変革を求められています。このような中で、宇宙事業を展開するテラスペースと、宇宙という概念が教えにある醍醐寺とか事業提携したのも頷ける話です。
墓石は150年しか持たない。NFTは?
醍醐寺の仲田順英統括本部長(写真左)と、テラスペース株式会社の北川貞大代表取締役(写真右)
いきなりですが、墓石ってどれぐらい形をとどめているものだと思いますか? 歴史上の人物のお墓があるので、何百年でも雨風に耐えられると思ってしまいますよね。ところが、実際のところは、墓石であっても水が浸透しひび割れが起きて150年ほどしか持たないと言われています。
この墓石ですが、一般庶民に広まったのは江戸中期以降で、特に昭和になって核家族化が進んだことで全国に「○○家の墓」という墓石にするのが一般的になったそうです。明治元年が1868年で、それから150年が経過したのが2018年。これから全国の墓石もひび割れなどが目立つようになり、少子化やコロナ禍でのお墓参りの回数も減ったことも重なって「今後、全国的にお墓の問題が大きくなってくる」(醍醐寺 仲田順英統括本部長)ことになります。
NFTであれば、インターネット上のブロックチェーンに刻み込まれ、何十年先・何百年先でも供養や法要の記録は残っており、墓石のようにひび割れたり、欠けたりするということもありません。物理的にお墓参りなどが難しくなっているからこそ、ブロックチェーンを利用し何百年後にもお参りできるようにデジタルを活用する時代へと移行する必要が出てきているのです。
NFTで記録され、永遠に残していくべきものとは?
デジタル情報は劣化することなく、一部のデータが欠損したとしても修復する仕組みも組み込むこともできるので、永遠に記録されると思ってもいいでしょう。ただ、このような技術が生まれていくのはいいのですが、そこに「何を」記録して残していくべきかを議論していかなくてはならないと思います。
昨今のNFTアートのバブルに乗じて何でもかんでもNFTにすればいいといった風潮がありますが、今回紹介したような醍醐寺のように未来に対して何を残していくべきか、何が大事なのかをしっかり考え抜くことが、今生きる私たちの責任ではないでしょうか。